[インデックス 10353] ファイルの概要
このコミットは、Go言語のランタイムにおけるクリーンアップ作業の一環として、src/pkg/runtime/proc.c
ファイルから存在しない関数の宣言を削除するものです。具体的には、acquireproc
と releaseproc
という2つの関数の前方宣言が削除されています。これは、コードベースの整合性を保ち、不要な宣言による混乱や潜在的な問題を排除することを目的としています。
コミット
commit 3f2d787c2b4eb7a1dd75c2613be6d76dfa0dba5a
Author: Ian Lance Taylor <iant@golang.org>
Date: Fri Nov 11 14:30:27 2011 -0800
runtime: remove declarations of nonexistent functions
R=rsc, r
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/5369089
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/3f2d787c2b4eb7a1dd75c2613be6d76dfa0dba5a
元コミット内容
runtime: remove declarations of nonexistent functions
変更の背景
Go言語のランタイムは、Goプログラムの実行を管理する非常に重要な部分です。これには、ガベージコレクション、スケジューリング、メモリ管理などが含まれます。時間とともにコードベースが進化する中で、過去に存在した、あるいは計画されていたが実装されなかった関数や、リファクタリングによって不要になった関数の宣言が残ってしまうことがあります。
このコミットの背景には、そのような「存在しない関数」の宣言がsrc/pkg/runtime/proc.c
に残っていたという状況があります。proc.c
はGoランタイムのプロセッサ(P)とゴルーチン(G)のスケジューリングに関連するコードが含まれるファイルです。acquireproc
とreleaseproc
という関数は、おそらくプロセッサの取得と解放に関連するものでしたが、このコミットが作成された時点では、これらの関数はもはや存在しないか、別のメカニズムに置き換えられていたと考えられます。
このような不要な宣言は、コンパイラの警告を引き起こしたり、コードの可読性を低下させたり、将来のメンテナンス時に混乱を招く可能性があります。そのため、コードベースの健全性を維持し、クリーンな状態を保つために、これらの宣言を削除するクリーンアップ作業が行われました。
前提知識の解説
このコミットを理解するためには、以下のGo言語のランタイムに関する基本的な概念を理解しておく必要があります。
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Goランタイム (Go Runtime): Goプログラムは、オペレーティングシステム上で直接実行されるのではなく、Goランタイムと呼ばれる軽量な実行環境上で動作します。ランタイムは、ゴルーチンのスケジューリング、メモリ割り当て、ガベージコレクション、システムコールとの連携など、Goプログラムの実行に必要な低レベルの処理をすべて担当します。C言語で書かれた部分が多く、パフォーマンスと効率を追求しています。
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ゴルーチン (Goroutine): Go言語における軽量な並行処理の単位です。OSのスレッドよりもはるかに軽量で、数百万のゴルーチンを同時に実行することも可能です。ゴルーチンのスケジューリングはGoランタイムが行います。
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M, P, G モデル (Goroutine Scheduling Model): Goランタイムのスケジューラは、M(Machine/OSスレッド)、P(Processor/論理プロセッサ)、G(Goroutine)という3つのエンティティで構成されるモデルを採用しています。
- G (Goroutine): 実行されるコードの単位。
- P (Processor): Goコードを実行するためのコンテキスト。Goランタイムは、利用可能なCPUコア数に応じてPの数を管理します。Pは、実行可能なGのキューを保持します。
- M (Machine): OSのスレッド。MはPにアタッチされ、Pが持つGを実行します。
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src/pkg/runtime/proc.c
: Goランタイムのソースコードの一部で、主にプロセッサ(P)とゴルーチン(G)のスケジューリングに関連するロジックが実装されています。このファイルは、Goプログラムの並行実行を支える中核的な部分です。 -
前方宣言 (Forward Declaration): C言語において、関数や変数が定義される前にその存在をコンパイラに知らせるための宣言です。これにより、定義が後にある関数を呼び出すことが可能になります。しかし、宣言だけが存在し、実際の定義が存在しない場合、リンク時にエラーとなるか、あるいは単に未使用の宣言として残ってしまいます。
技術的詳細
このコミットで削除されたacquireproc
とreleaseproc
は、Goランタイムのスケジューリングにおいて、プロセッサ(P)の取得と解放に関連する関数であったと推測されます。Goランタイムのスケジューラは、ゴルーチンを効率的に実行するために、利用可能なPをMに割り当てたり、MからPを解放したりする操作を頻繁に行います。
初期のGoランタイムの実装では、これらの関数がプロセッサの管理に直接関与していた可能性があります。しかし、Goランタイムのスケジューラは時間の経過とともに大きく進化し、より洗練されたメカニズムが導入されてきました。例えば、Go 1.1以降では、より効率的なワークスティーリングスケジューラが導入され、プロセッサの管理方法も変更されています。
このコミットは2011年に行われており、Go言語がまだ初期の段階にあった頃です。この時期には、ランタイムの設計や実装が頻繁に変更されており、その過程で不要になった関数や、より良い代替手段が導入されたために使われなくなった関数が存在したと考えられます。acquireproc
とreleaseproc
の宣言が削除されたということは、これらの関数がもはやランタイムの現在の設計において役割を持たず、その実装も存在しないことを意味します。
このようなクリーンアップは、コードベースの「デッドコード」を排除し、コンパイル時間の短縮、バイナリサイズの削減、そして何よりもコードの理解と保守を容易にする上で非常に重要です。
コアとなるコードの変更箇所
--- a/src/pkg/runtime/proc.c
+++ b/src/pkg/runtime/proc.c
@@ -13,8 +13,6 @@ bool runtime·iscgo;
static void unwindstack(G*, byte*);
static void schedule(G*);
-static void acquireproc(void);
-static void releaseproc(void);
typedef struct Sched Sched;
コアとなるコードの解説
上記の差分は、src/pkg/runtime/proc.c
ファイルから2行のコードが削除されたことを示しています。
-static void acquireproc(void);
-static void releaseproc(void);
これらの行は、acquireproc
とreleaseproc
という2つの関数の前方宣言です。static
キーワードは、これらの関数がそのファイル内でのみ可視であることを示しています。void
は、これらの関数が引数を取らず、何も返さないことを意味します。
この変更は、これらの関数がもはやGoランタイムのコードベースに存在しないため、その宣言も不要になったことを明確に示しています。宣言を削除することで、コンパイラがこれらの関数を見つけようとする試みをなくし、コードの整合性を向上させます。これは、単なるクリーンアップ以上の意味を持ち、ランタイムの進化と、特定の機能がどのように実装され、あるいはされなくなったかを示す歴史的な痕跡でもあります。
関連リンク
- Go CL 5369089: https://golang.org/cl/5369089
参考にした情報源リンク
- Go言語のスケジューラについて: https://go.dev/doc/articles/go_scheduler.html (Go言語の公式ドキュメント)
- Goランタイムのソースコード (GitHub): https://github.com/golang/go/tree/master/src/runtime (Goランタイムのソースコードは進化しているため、このコミット当時のコードとは異なる可能性がありますが、一般的な構造を理解するのに役立ちます。)
- C言語における前方宣言: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%8D%E6%96%B9%E5%AE%A3%E8%A8%80 (前方宣言の一般的な概念)
- Go runtime source code analysis (various blogs/articles): "Go runtime acquireproc releaseproc" などのキーワードで検索し、Goランタイムの歴史的な変更やスケジューラの進化に関する情報を参照しました。具体的なURLは多数存在するため割愛しますが、Goランタイムの内部動作に関する技術ブログや論文が参考になりました。