[インデックス 11216] ファイルの概要
このコミットは、Go言語の標準ライブラリの一部であるunicode/utf8
パッケージ内のutf8.String
型を、実験的なパッケージを格納するexp/utf8string
パッケージへ移動する変更を記録しています。この移動は、Go 1のリリース準備の一環として行われ、特定の機能がまだ安定していない、あるいは将来的に変更される可能性があることを示すためにexp
ディレクトリに配置されるというGo言語開発における一般的なパターンを反映しています。
コミット
commit 7585aa6ae591a7fecb806d230205f8d12d64c957
Author: Rob Pike <r@golang.org>
Date: Tue Jan 17 14:21:50 2012 -0800
utf8.String: move to exp/utf8string.String
R=golang-dev, bradfitz
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/5528115
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/7585aa6ae591a7fecb806d230205f8d12d64c957
元コミット内容
utf8.String: move to exp/utf8string.String
このコミットメッセージは簡潔ですが、utf8.String
という型がexp/utf8string.String
という新しい場所へ移動されたことを明確に示しています。これは、Go言語のパッケージ構造における再編成であり、特定の機能の成熟度や安定性に関する開発チームの判断を反映しています。
変更の背景
Go言語では、新しい機能やAPIが標準ライブラリに導入される前に、exp
(experimental)ディレクトリ配下のパッケージとして公開されることがあります。これは、コミュニティからのフィードバックを収集し、設計を洗練させるためのテストベッドとして機能します。
このコミットが行われた2012年1月は、Go 1のリリースが間近に迫っていた時期です。Go 1はGo言語にとって最初の安定版リリースであり、後方互換性の保証が非常に重視されました。この文脈において、utf8.String
型がexp
パッケージに移動された背景には、以下の理由が考えられます。
- APIの安定性への懸念:
utf8.String
型が提供する機能(UTF-8文字列のルーン単位での効率的なインデックスアクセス)は有用であるものの、そのAPI設計や内部実装がGo 1の安定性基準を満たしているか、あるいは将来的な変更の可能性が高いと判断された可能性があります。 - 利用状況の評価:
exp
パッケージに置くことで、開発者がこの型を試用し、その有用性や潜在的な問題点についてフィードバックを提供する機会が与えられます。これにより、Goチームは、この型を標準ライブラリのより安定した部分に含めるべきか、あるいは別の形で提供すべきかを判断できます。 - Go 1の安定性確保: Go 1のリリースでは、コアライブラリの安定性と後方互換性が最優先されました。まだ実験的な段階にあると見なされる機能を
exp
に移動することで、Go 1のリリースが遅れることなく、かつ将来的な変更が既存のコードベースに与える影響を最小限に抑えることができます。
doc/go1.html
とdoc/go1.tmpl
の変更からも、Go 1リリース時にいくつかのパッケージがexp
に移動されたことが明記されており、utf8.String
もその一つとして言及されています。これは、Go 1のリリースノートに記載される重要な変更点であったことを示唆しています。
前提知識の解説
このコミットを理解するためには、以下の概念について知っておく必要があります。
- Go言語のパッケージシステム: Go言語は、コードをパッケージという単位で整理します。パッケージは、関連する機能や型、関数をまとめたもので、他のパッケージからインポートして利用できます。標準ライブラリは、Go言語に最初から含まれている一連のパッケージです(例:
fmt
,os
,io
,unicode/utf8
)。 - UTF-8エンコーディング: UTF-8は、Unicode文字をバイト列にエンコードするための可変長エンコーディングです。ASCII文字は1バイトで表現されますが、それ以外の文字(日本語、絵文字など)は2バイト以上で表現されます。Go言語の文字列はUTF-8でエンコードされたバイト列として扱われます。
- ルーン (Rune): Go言語において、「ルーン」はUnicodeコードポイントを表すために使用される用語です。Goの組み込み型
rune
はint32
のエイリアスであり、単一のUnicodeコードポイントを保持します。UTF-8文字列を扱う際、バイト単位ではなくルーン単位で処理することが重要になる場合があります。 unicode/utf8
パッケージ: Goの標準ライブラリに含まれるこのパッケージは、UTF-8エンコードされたテキストを操作するための関数を提供します。例えば、RuneCountInString
は文字列内のルーン数をカウントし、DecodeRuneInString
は文字列の先頭から次のルーンとそのバイト幅をデコードします。exp
パッケージ: Go言語の公式リポジトリには、x/exp
という特別なディレクトリが存在します。このディレクトリ内のパッケージは「実験的」と見なされ、将来的にAPIが変更されたり、削除されたりする可能性があります。これらは、標準ライブラリに含める前に、より広範なテストとフィードバックを必要とする機能のために使用されます。go fix
(Gofix):go fix
は、Go言語のツールチェーンの一部であり、Goのバージョンアップに伴うAPIの変更に対応するために、古いGoコードを自動的に書き換えるツールです。このコミットの変更ログでは、Gofix
またはコンパイラがexp
パッケージの使用について警告するようになることが示唆されています。- ビルドスクリプト: Goのソースコードをコンパイルし、パッケージを生成するためのシェルスクリプト(例:
src/buildscript/*.sh
)です。これらのスクリプトは、コンパイラ(8g
,6g
,5g
など、それぞれ386, amd64, armアーキテクチャに対応)を呼び出し、Goのソースファイルをオブジェクトファイルに変換し、最終的にパッケージアーカイブ(.a
ファイル)を作成します。
技術的詳細
このコミットの核心は、unicode/utf8
パッケージからutf8.String
型をexp/utf8string
パッケージへ移動したことです。この移動は、単なるファイルパスの変更以上の意味を持ちます。
utf8.String
型は、Goの標準的なstring
型がバイト列として扱われるのに対し、UTF-8文字列をルーン(Unicodeコードポイント)単位で効率的にインデックスアクセスできるように設計されたラッパー型です。通常のGoのstring
型では、len(s)
はバイト数を返し、s[i]
はi
番目のバイトを返します。しかし、多言語対応のアプリケーションでは、バイト単位ではなく文字(ルーン)単位での操作が頻繁に必要になります。utf8.String
は、このルーン単位でのアクセスを高速化するために、文字列の非ASCII部分の開始位置やルーン数をキャッシュするなどの最適化を行っていました。
コミットの変更点を見ると、src/pkg/unicode/utf8/string.go
とsrc/pkg/unicode/utf8/string_test.go
がそれぞれsrc/pkg/exp/utf8string/string.go
とsrc/pkg/exp/utf8string/string_test.go
にリネームされています。これにより、utf8.String
型は新しいパッケージパスexp/utf8string
の下に置かれました。
string.go
のコード変更を見ると、以下の点が注目されます。
- パッケージ名の変更:
package utf8
からpackage utf8string
に変更されています。 unicode/utf8
のインポート:exp/utf8string
パッケージ内で、元のunicode/utf8
パッケージの関数(RuneCountInString
,DecodeRuneInString
,DecodeLastRuneInString
,RuneSelf
など)が引き続き使用されるため、import "unicode/utf8"
が追加されています。これは、utf8.String
がUTF-8の基本的な操作をunicode/utf8
パッケージに依存していることを示しています。- 関数呼び出しのプレフィックス追加:
RuneSelf
,RuneCountInString
,DecodeRuneInString
,DecodeLastRuneInString
といった関数呼び出しに、utf8.
プレフィックスが追加されています。これは、utf8.String
が自身のパッケージ(utf8string
)ではなく、インポートしたunicode/utf8
パッケージからこれらの関数を呼び出すことを明確にしています。
ビルドスクリプト(src/buildscript/*.sh
)の変更は、src/pkg/unicode/utf8
パッケージのビルドコマンドから./string.go
が削除されたことを示しています。これは、string.go
がもはやunicode/utf8
パッケージの一部ではないため、ビルド対象から外されたことを意味します。
src/pkg/exp/utf8string/Makefile
の新規追加は、新しいexp/utf8string
パッケージをビルドするための設定ファイルが作成されたことを示しています。これにより、Goのビルドシステムがこの新しい実験的パッケージを認識し、コンパイルできるようになります。
test/alias.go
の変更は、utf8.String
型がもはや存在しないため、その使用箇所を削除しています。これは、この型が標準ライブラリから削除され、exp
パッケージに移動したことによる直接的な影響です。
この変更は、Go 1のリリースにおけるAPIの安定化戦略の一環として、utf8.String
がまだ「実験的」な段階にあると判断されたことを明確に示しています。これにより、Go 1のユーザーは、この型が将来的に変更される可能性があることを認識し、プロダクションコードでの使用を慎重に検討するよう促されます。
コアとなるコードの変更箇所
このコミットにおけるコアとなるコードの変更は、主に以下のファイルのリネームと内容の修正です。
-
src/pkg/unicode/utf8/string.go
からsrc/pkg/exp/utf8string/string.go
へのリネームと内容変更- パッケージ宣言が
package utf8
からpackage utf8string
に変更。 unicode/utf8
パッケージのインポートが追加。RuneSelf
,RuneCountInString
,DecodeRuneInString
,DecodeLastRuneInString
などの関数呼び出しにutf8.
プレフィックスが追加され、unicode/utf8
パッケージの関数を明示的に参照するように変更。
- パッケージ宣言が
-
src/pkg/unicode/utf8/string_test.go
からsrc/pkg/exp/utf8string/string_test.go
へのリネームと内容変更- パッケージ宣言が
package utf8_test
からpackage utf8string
に変更。 - テストコード内で使用されている
RuneCountInString
にutf8.
プレフィックスが追加。
- パッケージ宣言が
-
src/pkg/exp/utf8string/Makefile
の新規追加exp/utf8string
パッケージをビルドするためのMakefileが作成されました。
-
src/pkg/unicode/utf8/Makefile
の修正GOFILES
リストからstring.go
が削除されました。
-
src/buildscript/*.sh
ファイル群の修正- 各プラットフォームのビルドスクリプトにおいて、
src/pkg/unicode/utf8
パッケージのコンパイルコマンドからstring.go
が削除されました。
- 各プラットフォームのビルドスクリプトにおいて、
-
test/alias.go
の修正utf8.String
型の使用箇所が削除されました。
コアとなるコードの解説
src/pkg/unicode/utf8/string.go
からsrc/pkg/exp/utf8string/string.go
への変更は、utf8.String
型がGoの標準ライブラリの安定した部分から、実験的な部分へと移されたことを示しています。
元のstring.go
ファイルは、unicode/utf8
パッケージの一部として、String
という構造体を定義していました。この構造体は、Goの組み込みstring
型をラップし、UTF-8文字列のルーン単位での効率的なインデックスアクセスを提供することを目的としていました。具体的には、Init
メソッドで文字列を初期化する際に、文字列がASCII文字のみで構成されているか、あるいは非ASCII文字が含まれているかを判断し、非ASCII文字が含まれる場合は、その開始バイト位置と文字列全体のルーン数をキャッシュしていました。これにより、At
メソッドで特定のルーンインデックスの文字を取得する際に、毎回文字列全体をスキャンすることなく、効率的にアクセスできるようになっていました。
変更後のsrc/pkg/exp/utf8string/string.go
では、以下の点が重要です。
// Package utf8string provides an efficient way to index strings by rune rather than by byte.
package utf8string
import (
"errors"
"unicode/utf8" // <-- ここで元のunicode/utf8パッケージをインポート
)
// ... String struct definition ...
func (s *String) Init(contents string) *String {
s.bytePos = 0
s.runePos = 0
for i := 0; i < len(contents); i++ {
if contents[i] >= utf8.RuneSelf { // <-- utf8.RuneSelf を明示的に参照
// Not ASCII.
s.numRunes = utf8.RuneCountInString(contents) // <-- utf8.RuneCountInString を明示的に参照
_, s.width = utf8.DecodeRuneInString(contents) // <-- utf8.DecodeRuneInString を明示的に参照
s.nonASCII = i
return s
}
s.numRunes++
}
return s
}
// ... At method and other functions ...
- パッケージ名の変更:
package utf8
からpackage utf8string
への変更は、この型が独立したパッケージとして扱われることを意味します。 unicode/utf8
の明示的なインポート:utf8.String
の内部実装は、引き続きGoの標準ライブラリのunicode/utf8
パッケージが提供する低レベルのUTF-8操作関数(例:RuneCountInString
,DecodeRuneInString
,RuneSelf
)に依存しています。そのため、新しいexp/utf8string
パッケージ内でこれらの関数を使用するために、import "unicode/utf8"
が追加されました。- 関数呼び出しのプレフィックス: 以前は同じパッケージ内であったためプレフィックスなしで呼び出されていた関数が、パッケージが分かれたことで
utf8.RuneSelf
のようにutf8.
プレフィックスを付けて明示的に参照されるようになりました。これは、Goのパッケージシステムにおける一般的な慣習です。
この変更は、utf8.String
が提供する機能が、Goの文字列処理において重要であるものの、そのAPIや実装がまだ最終的な形ではない、あるいはより広範な利用シナリオでのテストが必要であるというGoチームの判断を反映しています。exp
パッケージに置かれることで、この型はGo 1の安定版リリースから除外され、将来的な変更や改善の余地が残されました。
関連リンク
- Go言語の公式ドキュメント: https://go.dev/doc/
- Go 1 Release Notes (関連情報が記載されている可能性): https://go.dev/doc/go1 (このコミットが行われた時期のGo 1リリースノートは、
doc/go1.html
とdoc/go1.tmpl
の変更から、この移動について言及していることがわかります。) - Goの
x/exp
パッケージに関する情報: https://pkg.go.dev/golang.org/x/exp
参考にした情報源リンク
- コミット情報:
/home/orange/Project/comemo/commit_data/11216.txt
- GitHub上のコミットページ: https://github.com/golang/go/commit/7585aa6ae591a7fecb806d230205f8d12d64c957
- Goの
exp
パッケージに関するWeb検索結果 (内部知識として利用):