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[インデックス 11542] ファイルの概要

このコミットは、Go言語のコンパイラの一つであるgccgoが、チャネルからの受信操作(<-c)を含む変数宣言(x := <-c)を正しくパースできないというバグを修正するためのテストケースの変更です。具体的には、selectステートメント内でチャネルからの値を受け取る際に、受信操作全体を括弧で囲むことで、gccgoがこの構文を正しく解釈できるようにするためのテストの調整が行われています。

コミット

  • コミットハッシュ: 4e77e0f294c38c1cc10cd48053a1d8c462d9bb42
  • 作者: Ian Lance Taylor iant@golang.org
  • コミット日時: 2012年2月1日 水曜日 07:31:00 -0800

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/4e77e0f294c38c1cc10cd48053a1d8c462d9bb42

元コミット内容

test: test that x := <-c accepts a general expression

The gccgo compiler used to fail to parse this.

R=golang-dev, rsc
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/5610051

変更の背景

この変更の背景には、Go言語のコンパイラ実装の一つであるgccgoにおける特定の構文解析の不具合がありました。Go言語では、チャネルからの値の受信操作(<-c)は式として扱われ、これを変数宣言と組み合わせることができます。例えば、x := <-cという形式は、チャネルcから値を受信し、その値を新しい変数xに代入するという一般的なGoの構文です。

しかし、当時のgccgoコンパイラは、selectステートメントのcase句内でこの形式、特にx := <-closedchのようなチャネル受信式を含む変数宣言を正しくパースできないという問題に直面していました。このパースエラーは、コンパイラがGo言語の仕様に準拠していないことを意味し、開発者が期待するコードがコンパイルできないという重大なバグでした。

このコミットは、このgccgoのパース問題を露呈させ、修正を促すためのテストケースの調整として行われました。テストコードに括弧を追加することで、gccgoがこの構文を正しく解釈できるようになったことを確認し、将来的な回帰を防ぐ目的があります。

前提知識の解説

このコミットを理解するためには、以下のGo言語の概念とコンパイラに関する基本的な知識が必要です。

  1. Go言語のチャネル (Channels): チャネルは、Goルーチン間で値を送受信するためのパイプのようなものです。make(chan Type)で作成され、ch <- valueで値を送信し、value := <-chまたは<-chで値を受信します。チャネルからの受信操作<-chは式であり、その結果は受信した値です。

  2. selectステートメント: selectステートメントは、複数のチャネル操作を待機し、準備ができた最初の操作を実行するために使用されます。これは、非同期処理やタイムアウト処理によく利用されます。selectの各case句はチャネル操作(送信または受信)を含みます。 例:

    select {
    case msg := <-ch1:
        // ch1からメッセージを受信
    case <-time.After(5 * time.Second):
        // 5秒後にタイムアウト
    default:
        // どのチャネルも準備ができていない場合
    }
    
  3. 変数宣言と代入 (:=): Go言語では、:=演算子を使って変数の宣言と初期化を同時に行うことができます。これは「短い変数宣言」と呼ばれ、型推論が行われます。 例: x := 10var x int = 10 と同等です。

  4. 式と演算子の優先順位: プログラミング言語では、式がどのように評価されるかを決定するために演算子の優先順位が定義されています。例えば、乗算は加算よりも優先されます。チャネル受信操作<-も演算子の一種であり、その優先順位が他の演算子(特に代入や宣言)との組み合わせでどのように機能するかが重要になります。

  5. gccgoコンパイラ: gccgoは、GCC(GNU Compiler Collection)のフロントエンドとして実装されたGo言語のコンパイラです。Go言語の公式コンパイラであるgc(Go Compiler)とは異なる実装であり、異なる最適化やコード生成戦略を持つことがあります。そのため、gcでは問題なくコンパイルできるコードがgccgoではパースエラーになる、といった互換性の問題が発生することが稀にあります。

技術的詳細

このコミットの技術的な核心は、Go言語の構文解析における<-演算子と:=演算子の相互作用、そしてgccgoコンパイラの特定のパースロジックの不備にあります。

Go言語の仕様では、チャネル受信操作<-chは単項演算子であり、その結果は値です。この値は、短い変数宣言x := expressionexpression部分として使用できます。したがって、x := <-chという構文は完全に合法であり、Go言語の標準コンパイラ(gc)では問題なく処理されます。

しかし、当時のgccgoコンパイラは、selectステートメントのcase句内で、x := <-chのような形式、特にx := <-closedchのようにチャネル受信が直接変数宣言の右辺に来る場合に、構文解析の曖昧さや優先順位の解釈に誤りがあったと考えられます。

具体的には、case x := <-closedch:という行において、gccgo<-closedchを一つのまとまった式として認識し、それをxに代入するという意図を正しく読み取ることができなかった可能性があります。これは、コンパイラの字句解析器(lexer)や構文解析器(parser)が、<-:=の組み合わせを特定の文脈(selectcase句内)で誤って解釈したためと考えられます。

この問題を回避し、gccgoに正しい解釈を強制するために、チャネル受信操作全体を括弧で囲むという変更が加えられました。 case x := <-closedch:case x := (<-closedch):

括弧は、式の一部を明示的にグループ化し、その内部の式が先に評価されることを保証します。この場合、(<-closedch)はまずチャネル受信操作として評価され、その結果がxに代入されるという明確な指示をコンパイラに与えます。これにより、gccgoのパースロジックが混乱することなく、正しい構文ツリーを構築できるようになりました。

この変更は、Go言語の構文解析器が、特定の演算子の組み合わせや文脈において、曖昧さを解消するための堅牢性をどのように確保すべきかという課題を示しています。また、異なるコンパイラ実装間での互換性を確保するためには、言語仕様の厳密な解釈とテストの重要性も浮き彫りにしています。

コアとなるコードの変更箇所

変更はtest/chan/select3.goファイルに対して行われました。

--- a/test/chan/select3.go
+++ b/test/chan/select3.go
@@ -197,13 +197,13 @@ func main() {
 	})\
 	testBlock(never, func() {\
 		select {\
-		case x := <-closedch:\
+		case x := (<-closedch):\
 			_ = x\
 		}\
 	})\
 	testBlock(never, func() {\
 		select {\
-		case x, ok := <-closedch:\
+		case x, ok := (<-closedch):\
 			_, _ = x, ok\
 		}\
 	})\

コアとなるコードの解説

このコミットでは、test/chan/select3.goファイル内の2つのcase句が変更されています。

  1. case x := <-closedch: から case x := (<-closedch): への変更:

    • 元のコード case x := <-closedch: は、closedchという閉じたチャネルから値を受信し、その値を新しい変数xに代入するというGo言語の標準的な構文です。
    • 変更後のコード case x := (<-closedch): では、チャネル受信操作<-closedch全体が括弧()で囲まれています。
    • この変更の目的は、gccgoコンパイラが<-closedchという式を一つのまとまりとして正しく認識し、その結果をxに代入するという意図を明確に伝えるためです。括弧は式の評価順序を明示し、コンパイラが構文解析を行う際の曖昧さを排除します。これにより、gccgoがこの構文をパースエラーとすることなく処理できるようになります。
  2. case x, ok := <-closedch: から case x, ok := (<-closedch): への変更:

    • 同様に、このケースもチャネルからの受信操作ですが、ここでは値と、受信が成功したかどうかを示すブール値(ok)の両方を受け取っています。x, ok := <-chという構文もGo言語では一般的です。
    • ここでも、<-closedch全体を括弧で囲むことで、gccgoがこの多値代入を含むチャネル受信式を正しくパースできるようにしています。

これらの変更は、コードの論理的な意味を変えるものではなく、あくまでコンパイラ(特にgccgo)が構文を正しく解釈できるようにするための「パースヒント」として機能します。これにより、gccgoがGo言語の仕様に準拠したコードを正しくコンパイルできるようになり、コンパイラの堅牢性が向上します。

関連リンク

  • Gerrit Change-ID: https://golang.org/cl/5610051 (GoプロジェクトのコードレビューシステムであるGerritへのリンク)

参考にした情報源リンク

  • コミットメッセージの内容
  • Go言語の公式ドキュメント(チャネル、selectステートメント、変数宣言に関する一般的な知識)