[インデックス 11663] ファイルの概要
このコミットは、Go言語のsyscall
パッケージにおいて、Timeval
構造体とTimespec
構造体にNano()
メソッドを追加するものです。これらのメソッドは、それぞれが保持する秒とナノ秒(またはマイクロ秒)の情報をint64
型のナノ秒単位の数値として返すことで、Goの標準ライブラリであるtime.Duration
型への変換を容易にすることを目的としています。これにより、システムコールから取得した時間情報をGoの慣用的な時間型で扱う際の利便性と正確性が向上します。
コミット
commit 32f011e46b8bf188db0d485cfd38d4e7cf19eb75
Author: Russ Cox <rsc@golang.org>
Date: Mon Feb 6 18:04:12 2012 -0500
syscall: add Timeval.Nano, Timespec.Nano, for conversion to Duration
Fixes #2534.
R=golang-dev, dsymonds, bradfitz
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/5635051
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/32f011e46b8bf188db0d485cfd38d4e7cf19eb75
元コミット内容
syscall: add Timeval.Nano, Timespec.Nano, for conversion to Duration
Fixes #2534.
R=golang-dev, dsymonds, bradfitz
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/5635051
変更の背景
この変更は、Go言語のsyscall
パッケージが提供する時間関連の構造体(Timeval
とTimespec
)と、Goの標準的な時間表現であるtime.Duration
との間の相互運用性を向上させるために行われました。
Timeval
とTimespec
は、Unix系システムコールで時間を表現するために広く用いられる構造体です。これらは通常、秒とマイクロ秒(Timeval
)または秒とナノ秒(Timespec
)で時間を表現します。一方、Go言語では時間の長さをtime.Duration
型で扱います。time.Duration
はint64
型のナノ秒で内部的に時間を保持しており、非常に高い精度で時間の長さを表現できます。
以前は、Timeval
やTimespec
からtime.Duration
に変換するには、手動で秒とマイクロ秒/ナノ秒を計算し、ナノ秒単位のint64
に変換する必要がありました。これは冗長であり、変換ミスを招く可能性がありました。
このコミットは、GitHub Issue #2534で提起された要望に対応するものです。Issue #2534では、Timeval
とTimespec
にNano()
メソッドを追加し、これらの構造体から直接ナノ秒単位のint64
値を取得できるようにすることが提案されました。これにより、time.Duration
への変換がより簡潔かつ安全に行えるようになります。
前提知識の解説
syscall
パッケージ
syscall
パッケージは、Goプログラムからオペレーティングシステムの低レベルなプリミティブ(システムコール)にアクセスするための機能を提供します。これにより、ファイル操作、プロセス管理、ネットワーク通信など、OSカーネルが提供する基本的なサービスを直接利用できます。時間に関するシステムコールもこのパッケージを通じてアクセスされ、その結果はTimeval
やTimespec
といった構造体で返されます。
Timeval
構造体
Timeval
構造体は、主にUnix系システムにおけるgettimeofday
システムコールなどで使用される時間表現です。秒とマイクロ秒(100万分の1秒)で構成されます。
type Timeval struct {
Sec int64 // 秒
Usec int64 // マイクロ秒
}
Timespec
構造体
Timespec
構造体は、Timeval
と同様にUnix系システムで時間を表現するために使用されますが、より高精度なナノ秒(10億分の1秒)までを扱えます。主にclock_gettime
システムコールなどで使用されます。
type Timespec struct {
Sec int64 // 秒
Nsec int64 // ナノ秒
}
time.Duration
型
time.Duration
はGoの標準ライブラリtime
パッケージで定義されている型で、時間の長さを表します。内部的にはint64
型のナノ秒で表現されます。例えば、time.Second
は1秒を表すtime.Duration
値であり、内部的には1_000_000_000
ナノ秒として扱われます。
type Duration int64
time.Duration
は、時間の加算、減算、比較など、時間に関する様々な操作を安全かつ直感的に行うための豊富なメソッドを提供します。
ナノ秒への変換の重要性
time.Duration
がナノ秒単位で時間を扱うため、Timeval
やTimespec
のような異なる単位で時間を表現する構造体からtime.Duration
へ変換する際には、最終的にナノ秒単位のint64
値に変換する必要があります。このコミットで追加されるNano()
メソッドは、この変換プロセスをカプセル化し、開発者が直接単位変換の計算を行う手間を省きます。
技術的詳細
このコミットでは、src/pkg/syscall/syscall.go
ファイルに以下の2つのメソッドが追加されました。
-
func (ts *Timespec) Nano() int64
:- このメソッドは
Timespec
構造体のポインタレシーバに紐付けられています。 Timespec
が持つSec
(秒)とNsec
(ナノ秒)のフィールドを利用して、合計のナノ秒数をint64
として計算し返します。- 計算式は
ts.Sec * 1e9 + ts.Nsec
です。ここで1e9
は10億(1秒あたりのナノ秒数)を表します。
- このメソッドは
-
func (tv *Timeval) Nano() int64
:- このメソッドは
Timeval
構造体のポインタレシーバに紐付けられています。 Timeval
が持つSec
(秒)とUsec
(マイクロ秒)のフィールドを利用して、合計のナノ秒数をint64
として計算し返します。- 計算式は
tv.Sec * 1e9 + tv.Usec * 1000
です。ここで1e9
は10億(1秒あたりのナノ秒数)、1000
は1マイクロ秒あたりのナノ秒数を表します。
- このメソッドは
これらのメソッドは、システムコールから取得したTimeval
やTimespec
の値を、Goのtime.Duration
型に直接変換するための橋渡しとなります。例えば、Timespec
型の変数ts
がある場合、time.Duration(ts.Nano())
と記述するだけで、その時間をtime.Duration
として扱うことができるようになります。これにより、コードの可読性が向上し、時間計算の正確性が保証されます。
コアとなるコードの変更箇所
--- a/src/pkg/syscall/syscall.go
+++ b/src/pkg/syscall/syscall.go
@@ -37,3 +37,11 @@ func (ts *Timespec) Unix() (sec int64, nsec int64) {
func (tv *Timeval) Unix() (sec int64, nsec int64) {
return int64(tv.Sec), int64(tv.Usec) * 1000
}
+
+func (ts *Timespec) Nano() int64 {
+ return int64(ts.Sec)*1e9 + int64(ts.Nsec)
+}
+
+func (tv *Timeval) Nano() int64 {
+ return int64(tv.Sec)*1e9 + int64(tv.Usec)*1000
+}
コアとなるコードの解説
上記の差分は、src/pkg/syscall/syscall.go
ファイルに追加された8行のコードを示しています。
-
func (ts *Timespec) Nano() int64 { ... }
:- この関数は
Timespec
構造体のメソッドとして定義されています。 ts.Sec
はTimespec
が持つ秒数を表すint64
フィールドです。これを1e9
(10億)倍することで、秒数をナノ秒に変換します。ts.Nsec
はTimespec
が持つナノ秒数を表すint64
フィールドです。- これら二つの値を加算することで、
Timespec
が表す合計時間をナノ秒単位のint64
として返します。 - この結果は、
time.Duration
型に直接キャストして使用できます(例:time.Duration(ts.Nano())
)。
- この関数は
-
func (tv *Timeval) Nano() int64 { ... }
:- この関数は
Timeval
構造体のメソッドとして定義されています。 tv.Sec
はTimeval
が持つ秒数を表すint64
フィールドです。これを1e9
(10億)倍することで、秒数をナノ秒に変換します。tv.Usec
はTimeval
が持つマイクロ秒数を表すint64
フィールドです。マイクロ秒をナノ秒に変換するには1000
倍する必要があります(1マイクロ秒 = 1000ナノ秒)。- これら二つの値を加算することで、
Timeval
が表す合計時間をナノ秒単位のint64
として返します。 - 同様に、この結果も
time.Duration
型に直接キャストして使用できます(例:time.Duration(tv.Nano())
)。
- この関数は
これらのメソッドの追加により、syscall
パッケージで扱われるシステム時間と、Goの慣用的な時間型であるtime.Duration
との間の変換が、より簡潔でエラーの少ない方法で実現されるようになりました。
関連リンク
- GitHub Issue #2534: https://github.com/golang/go/issues/2534
- Go Code Review (CL) 5635051: https://golang.org/cl/5635051
参考にした情報源リンク
- Go言語の
time
パッケージに関する公式ドキュメント: https://pkg.go.dev/time - Go言語の
syscall
パッケージに関する公式ドキュメント: https://pkg.go.dev/syscall - Unix
gettimeofday
man page (一般的な情報源): https://man7.org/linux/man-pages/man2/gettimeofday.2.html - Unix
clock_gettime
man page (一般的な情報源): https://man7.org/linux/man-pages/man3/clock_gettime.3.html