[インデックス 11707] ファイルの概要
このコミットは、Go言語のディストリビューションツールである cmd/dist
におけるバグ修正です。具体的には、cmd/prof
ツールの一部である pprof
のコピー処理において、誤ったパスバッファが使用されていた問題を修正しています。
コミット
commit bd373494856fc5da371b2ebf4f3b7e1f621b01bd
Author: Dmitriy Vyukov <dvyukov@google.com>
Date: Wed Feb 8 20:15:17 2012 +0400
cmd/dist: fix copying of cmd/prof
R=golang-dev, rsc
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/5642059
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/bd373494856fc5da371b2ebf4f3b7e1f621b01bd
元コミット内容
cmd/dist: fix copying of cmd/prof
このコミットは、cmd/dist
ツールが cmd/prof
をコピーする際の不具合を修正します。
変更の背景
Go言語のビルドシステムにおいて、cmd/dist
はGoのツールチェイン全体をビルドし、インストールする役割を担っています。その過程で、cmd/prof
ディレクトリに含まれる pprof
ツールも適切な場所にコピーされる必要があります。
このコミットが行われる前は、src/cmd/dist/build.c
内の install
関数において、pprof
をコピーする際にパスを構築するためのバッファとして &b
が誤って使用されていました。これは、同じ関数内で別の目的で使用されている b
というバッファと競合するか、あるいは単に pprof
のパス構築には別のバッファ (b1
) を使用すべきであったために、パスが正しく構築されず、結果として pprof
が正しくコピーされない、または予期せぬ場所にコピーされるという問題が発生していました。
この問題は、Goのビルドプロセスにおけるツールの配布の信頼性に影響を与える可能性があり、ビルドされたGo環境で pprof
が期待通りに機能しない原因となり得ました。
前提知識の解説
- Go言語のビルドシステム: Go言語は、自身のコンパイラ、ツール、標準ライブラリをGo自身でビルドする「ブートストラップ」プロセスを持っています。このプロセスは、
src/cmd/dist
ディレクトリにあるツールによって管理されます。cmd/dist
は、Goのソースコードから実行可能なバイナリやライブラリを生成し、それらを適切なディレクトリ構造に配置する役割を担います。 cmd/dist
: Goのディストリビューションツールであり、GoのソースコードからGoのツールチェイン全体(コンパイラ、リンカ、各種コマンドなど)をビルドし、インストールする主要なプログラムです。build.c
はその中核をなすC言語のソースファイルの一つで、ビルドとインストールのロジックを含んでいます。cmd/prof
とpprof
:cmd/prof
は、Goプログラムのプロファイリングに関連するコマンドやツールを含むディレクトリです。pprof
は、Goプログラムの実行プロファイル(CPU使用率、メモリ割り当てなど)を視覚化・分析するための強力なツールです。Goの標準ツールチェインの一部として提供され、開発者がパフォーマンスの問題を特定するのに役立ちます。pprof
は通常、go tool pprof
のようにgo tool
コマンドを介して実行されますが、その実体はバイナリファイルとして存在します。
bpathf
関数: Goのビルドシステム内でパスを構築するために使用されるヘルパー関数です。この関数は、指定されたフォーマット文字列と引数に基づいてファイルパスを生成します。通常、パス文字列を格納するためのバッファを引数として受け取ります。- バッファ (
b
,b1
): プログラミングにおいて、バッファは一時的にデータを格納するためのメモリ領域です。この文脈では、b
やb1
はbpathf
関数が生成したパス文字列を格納するために使用される構造体または変数へのポインタであると考えられます。複数のパス構築操作が同時に行われる場合、異なるバッファを使用することで、一方の操作が他方の操作のデータを上書きするのを防ぐことができます。
技術的詳細
このコミットの技術的な核心は、C言語におけるバッファ管理の正確性にあります。src/cmd/dist/build.c
ファイルの install
関数は、Goのツールチェインの様々なコンポーネントをインストールする責任を負っています。
問題の箇所は、cmd/prof
のインストール、特に pprof
バイナリのコピーに関連する部分です。
// For cmd/prof, copy pprof into the tool directory.
if(streq(dir, "cmd/prof")) {
copy(bpathf(&b, "%s/bin/tool/pprof", goroot),\
bpathf(&b, "%s/src/cmd/prof/pprof", goroot)); // 変更前
}
ここで、bpathf
関数が2回呼び出されています。1回目はコピー先のパス (%s/bin/tool/pprof
) を生成するため、2回目はコピー元のパス (%s/src/cmd/prof/pprof
) を生成するためです。どちらの呼び出しでも、パス文字列を格納するためのバッファとして &b
が渡されています。
このコードの意図は、goroot
(Goのインストールルートディレクトリ) を基点として、pprof
のソースパスとターゲットパスを構築することです。しかし、同じバッファ b
を連続して使用すると、2回目の bpathf
の呼び出しが1回目の呼び出しによって生成されたパスを上書きしてしまう可能性があります。これにより、copy
関数に渡される引数の一つが不正なパスとなり、pprof
のコピーが失敗するか、意図しない動作を引き起こす原因となります。
修正は、コピー元のパスを生成する bpathf
の呼び出しで、別のバッファ &b1
を使用するように変更することです。
// For cmd/prof, copy pprof into the tool directory.
if(streq(dir, "cmd/prof")) {
copy(bpathf(&b, "%s/bin/tool/pprof", goroot),\
bpathf(&b1, "%s/src/cmd/prof/pprof", goroot)); // 変更後
}
これにより、コピー先のパスは b
に、コピー元のパスは b1
にそれぞれ独立して格納されるため、パスの生成が正しく行われ、copy
関数が正しい引数を受け取ることが保証されます。これは、複数のパスを同時に扱う際に、それぞれのパスが独立したメモリ領域に存在することを保証するための典型的なC言語プログラミングのプラクティスです。
この修正は、Goのビルドプロセスにおける堅牢性を高め、pprof
ツールがすべてのGoのインストールで確実に利用可能であることを保証します。
コアとなるコードの変更箇所
変更は src/cmd/dist/build.c
ファイルの1箇所のみです。
--- a/src/cmd/dist/build.c
+++ b/src/cmd/dist/build.c
@@ -694,7 +694,7 @@ install(char *dir)
// For cmd/prof, copy pprof into the tool directory.
if(streq(dir, "cmd/prof")) {
copy(bpathf(&b, "%s/bin/tool/pprof", goroot),\
- bpathf(&b, "%s/src/cmd/prof/pprof", goroot));
+ bpathf(&b1, "%s/src/cmd/prof/pprof", goroot));
}
// Generate any missing files; regenerate existing ones.
コアとなるコードの解説
変更された行は、install
関数内の if(streq(dir, "cmd/prof"))
ブロックの中にあります。このブロックは、現在インストール対象となっているディレクトリが cmd/prof
である場合に実行されます。
元のコードでは、copy
関数の2番目の引数(コピー元のパス)を生成するために bpathf(&b, ...)
が使用されていました。これは、1番目の引数(コピー先のパス)を生成する際にも同じ &b
バッファが使用されていたため、問題を引き起こしていました。
修正後のコードでは、コピー元のパスを生成する際に bpathf(&b1, ...)
が使用されています。これにより、b
と b1
という異なるバッファがそれぞれコピー先のパスとコピー元のパスを保持するため、パスの生成が独立して行われ、正しく copy
関数に渡されるようになります。
この変更は、一見すると小さな変数名の変更に見えますが、C言語におけるポインタとバッファの管理の重要性を示しています。誤ったバッファの使用は、データの破損、予期せぬ動作、またはセキュリティ上の脆弱性につながる可能性があります。この修正は、Goのビルドシステムの安定性と正確性を向上させるための重要なバグ修正です。
関連リンク
- Go言語の公式ウェブサイト: https://golang.org/
- Goのソースコードリポジトリ (GitHub): https://github.com/golang/go
- Goのプロファイリングツール
pprof
のドキュメント: https://pkg.go.dev/cmd/pprof
参考にした情報源リンク
- Go言語のソースコード (特に
src/cmd/dist/build.c
): https://github.com/golang/go/blob/master/src/cmd/dist/build.c - Goのコミット履歴: https://github.com/golang/go/commits/master
- Goのコードレビューシステム (Gerrit) のCL (Change List) 5642059: https://golang.org/cl/5642059 (現在はGitHubに移行しているため、直接アクセスしても情報が得られない場合がありますが、当時の参照情報として記載)