[インデックス 13226] ファイルの概要
このコミットは、Go言語のリンカ (cmd/6l
および cmd/8l
) におけるジャンプ命令の書き換え処理に存在した「チェインバグ」を修正するものです。具体的には、brchain
関数と直接的なポインタ参照の使い分けが不適切であったために、生成されるコードとジャンプ先の不整合が発生する問題を解決します。
コミット
commit b91cf5058514f70750076c25af07d904d2ee7c1b
Author: Russ Cox <rsc@golang.org>
Date: Wed May 30 16:10:53 2012 -0400
cmd/6l, cmd/8l: fix chaining bug in jump rewrite
The code was inconsistent about when it used
brchain(x) and when it used x directly, with the result
that you could end up emitting code for brchain(x) but
leave the jump pointing at an unemitted x.
R=ken2
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/6250077
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/b91cf5058514f70750076c25af07d904d2ee7c1b
元コミット内容
cmd/6l, cmd/8l: fix chaining bug in jump rewrite
このコミットは、ジャンプ命令の書き換えにおけるチェインバグを修正します。
コードが brchain(x)
を使用する場合と x
を直接使用する場合とで一貫性がなかったため、brchain(x)
のコードが生成されるにもかかわらず、ジャンプが未発行の x
を指したままになる可能性がありました。
変更の背景
Go言語のコンパイラツールチェーンにおいて、リンカ(cmd/6l
はAMD64アーキテクチャ用、cmd/8l
は386アーキテクチャ用)は、コンパイルされたオブジェクトファイルを結合し、実行可能ファイルを生成する役割を担っています。この過程で、ジャンプ命令(条件分岐や無条件ジャンプなど)の最適化やアドレス解決が行われます。
このコミットが修正しようとしている問題は、リンカがジャンプ命令のターゲットアドレスを決定する際に発生する不整合です。特に、複数のジャンプ命令が連鎖的に(チェインのように)別のジャンプ命令を指し示すような状況で問題が顕在化しました。
リンカ内部では、ジャンプ命令のターゲットを解決するために、シンボルや命令のアドレスを追跡するメカニズムが存在します。brchain(x)
のような関数は、おそらくジャンプ命令 x
が最終的に指し示すべき真のターゲットアドレス(または命令)を解決するためのヘルパー関数です。しかし、元のコードでは、この brchain(x)
を使って解決されたターゲットに対してコードを生成する一方で、ジャンプ命令自体は brchain(x)
を通さずに元の x
を指したままになってしまうケースがありました。
これにより、リンカが最終的な実行可能ファイルを生成する際に、ジャンプ命令が誤った場所(まだコードが発行されていない、あるいは最適化によって削除されたはずの場所)を指してしまうという、実行時エラーや予期せぬ動作を引き起こす可能性のあるバグが発生していました。これは、リンカの正確性と信頼性に関わる重要な問題です。
前提知識の解説
このコミットを理解するためには、以下の概念を把握しておく必要があります。
-
Go言語のツールチェーンとリンカ (
cmd/6l
,cmd/8l
):- Go言語のプログラムは、
go build
コマンドによってコンパイルされ、実行可能ファイルが生成されます。このプロセスには、コンパイラ、アセンブラ、リンカなどのツールが関与します。 cmd/6l
(Go 1.x 時代の名称) は、AMD64 (x86-64) アーキテクチャ向けのGoリンカです。cmd/8l
(Go 1.x 時代の名称) は、386 (x86) アーキテクチャ向けのGoリンカです。- リンカの主な役割は、複数のオブジェクトファイル(コンパイルされたコードやデータを含む)を結合し、外部参照(他のファイルで定義された関数や変数など)を解決し、最終的な実行可能ファイルを生成することです。この過程で、ジャンプ命令のアドレス解決や最適化も行われます。
- Go言語のプログラムは、
-
ジャンプ命令の書き換え (Jump Rewrite):
- アセンブリ言語や機械語におけるジャンプ命令は、プログラムの実行フローを特定のメモリアドレスに移動させる命令です。条件付きジャンプ(例:
JE
- 等しい場合にジャンプ)や無条件ジャンプ(例:JMP
)があります。 - リンカは、プログラム全体の構造を把握した上で、これらのジャンプ命令のターゲットアドレスを正確に解決する必要があります。
- 「ジャンプ命令の書き換え」とは、リンカが最適化の一環として、より効率的なジャンプ命令に置き換えたり、複数のジャンプを結合して直接的なジャンプにしたりする処理を指します。例えば、
JMP A -> JMP B
のようなチェインをJMP B
に直接書き換えることで、実行効率を向上させることができます。
- アセンブリ言語や機械語におけるジャンプ命令は、プログラムの実行フローを特定のメモリアドレスに移動させる命令です。条件付きジャンプ(例:
-
Prog
構造体とP
定数:- Goリンカの内部では、アセンブリ命令や擬似命令を表現するために
Prog
(Program) 構造体が使用されます。各Prog
インスタンスは、単一の命令やリンカが処理すべき単位を表します。 Prog
構造体には、命令の種類 (as
フィールド)、オペランド (from
,to
フィールド)、そして次の命令へのポインタ (link
フィールド) や条件分岐のターゲットへのポインタ (pcond
フィールド) などが含まれます。P
は、Goリンカのコードベースで慣習的に使用される、nil
に相当するProg
ポインタの定数です。つまり、P
は有効なProg
命令が存在しないことを示します。
- Goリンカの内部では、アセンブリ命令や擬似命令を表現するために
-
brchain(x)
関数:- この関数は、ジャンプ命令
x
が最終的に到達するべき真のターゲットProg
を解決するためのものです。 - リンカの最適化やジャンプ命令のチェイン(
JMP A
がJMP B
を指し、JMP B
がJMP C
を指す、といった連鎖)を考慮し、最終的なProg
を返します。 - 例えば、
JMP A
がJMP B
を指し、JMP B
がJMP C
を指す場合、brchain(A)
はC
を返す可能性があります。
- この関数は、ジャンプ命令
-
p->link
とp->pcond
:Prog
構造体内のフィールドで、p
が現在の命令を表すProg
ポインタだとすると、p->link
: 通常、この命令の次に実行されるべき命令(次のProg
)へのポインタです。無条件ジャンプのターゲットや、シーケンシャルな命令フローの次の命令を指します。p->pcond
: 条件分岐命令(例:JNE
- 等しくない場合にジャンプ)の場合に、条件が真であった場合にジャンプするターゲット命令(Prog
)へのポインタです。
-
mark
フィールド:Prog
構造体内のブール値またはフラグフィールドで、リンカが命令を処理したかどうか、または特定の状態にあるかどうかを示すために使用されます。例えば、既に処理済みである、または既にコードが発行済みである、といったマーキングに使われます。
技術的詳細
このコミットの核心は、リンカのジャンプ命令書き換えロジックにおける brchain
関数の適用の一貫性の欠如にあります。
リンカは、プログラム内のジャンプ命令を最適化し、最終的な実行可能ファイルに適切なターゲットアドレスを埋め込む必要があります。このプロセスでは、ジャンプ命令が別のジャンプ命令を指している場合(ジャンプチェイン)、最終的なターゲットまで追跡して、直接そのターゲットを指すように書き換えることが一般的です。brchain(x)
関数は、この「最終的なターゲットを追跡する」役割を担っています。
問題は、リンカのコードが、ある箇所では brchain(x)
を使ってジャンプの最終ターゲットを解決し、その解決されたターゲットに基づいてコードを生成する一方で、別の箇所では brchain
を通さずに元の x
を直接参照してジャンプ命令のポインタ(p->link
や p->pcond
)を更新していた点にあります。
これにより、以下のようなシナリオが発生しました。
- リンカが
brchain(x)
を使ってx
の最終ターゲットy
を特定し、y
に対応する機械語コードを生成する準備をする。 - しかし、ジャンプ命令自体のポインタ(
p->link
やp->pcond
)は、brchain
を通さずに元のx
を指したままになっている。 - もし
x
が最適化によって削除されたり、コードが発行されなかったりするProg
であった場合、生成された実行可能ファイル内のジャンプ命令は、存在しないか、あるいは誤った場所を指すことになります。
この不整合が「チェインバグ」と呼ばれ、実行時エラーやクラッシュの原因となっていました。
このコミットの修正は、この不整合を解消し、ジャンプ命令のポインタを更新する際にも常に brchain
関数を適用することで、ジャンプ命令が常に最終的かつ有効なターゲットを指すように保証します。これにより、リンカが生成するコードの正確性と信頼性が向上します。
コアとなるコードの変更箇所
変更は src/cmd/6l/pass.c
と src/cmd/8l/pass.c
の両ファイルに適用されており、内容は同一です。これは、両リンカが共通のロジックを使用しているためです。
--- a/src/cmd/6l/pass.c
+++ b/src/cmd/6l/pass.c
@@ -192,6 +192,10 @@ loop:
* recurse to follow one path.
* continue loop on the other.
*/
+ if((q = brchain(p->pcond)) != P)
+ p->pcond = q;
+ if((q = brchain(p->link)) != P)
+ p->link = q;
if(p->from.type == D_CONST) {
if(p->from.offset == 1) {
/*
@@ -204,8 +208,8 @@ loop:
p->pcond = q;
}
} else {
- q = brchain(p->link);
- if(q != P && q->mark)
+ q = p->link;
+ if(q->mark)
if(a != ALOOP) {
p->as = relinv(a);
p->link = p->pcond;
@@ -213,12 +217,9 @@ loop:
}
}
xfol(p->link, last);
- q = brchain(p->pcond);
- if(q->mark) {
- p->pcond = q;
+ if(p->pcond->mark)
return;
- }
- p = q;
+ p = p->pcond;
goto loop;
}
p = p->link;
コアとなるコードの解説
変更は主に loop
ラベル内のジャンプ命令の処理ロジックに集中しています。
-
p->pcond
とp->link
の初期的なbrchain
適用:+ if((q = brchain(p->pcond)) != P) + p->pcond = q; + if((q = brchain(p->link)) != P) + p->link = q;
この追加されたコードは、ループの開始時に、現在の命令
p
の条件分岐ターゲット (p->pcond
) と次の命令 (p->link
) の両方に対して、brchain
関数を適用しています。もしbrchain
が有効なProg
(P
ではない) を返した場合、その解決されたProg
でp->pcond
またはp->link
を更新します。 これは、後続の処理でこれらのポインタが参照される前に、常に最終的なターゲットを指すようにするための予防的な措置です。これにより、ジャンプ命令が常に正しいターゲットを指すことが保証されます。 -
p->link
の処理の変更:- q = brchain(p->link); - if(q != P && q->mark) + q = p->link; + if(q->mark)
変更前は
p->link
に対してbrchain
を適用し、その結果q
がP
でなくmark
されている場合に処理を進めていました。 変更後は、q
に直接p->link
を代入し、q
がmark
されているかを確認しています。これは、上記の初期的なbrchain
適用によってp->link
が既に解決済みであるという前提に基づいています。これにより、二重のbrchain
呼び出しを避け、コードの意図を明確にしています。 -
p->pcond
の処理の変更:- q = brchain(p->pcond); - if(q->mark) { - p->pcond = q; + if(p->pcond->mark) return; - } - p = q; + p = p->pcond;
変更前は、
p->pcond
に対してbrchain
を適用し、その結果q
がmark
されている場合にp->pcond
をq
で更新し、ループを抜けていました。 変更後は、p->pcond
が直接mark
されているかを確認し、p
をp->pcond
に設定してループを継続しています。ここでも、ループ開始時のbrchain
適用によりp->pcond
が既に解決済みであるという前提が働いています。これにより、p->pcond
が常に最終的なターゲットを指すことが保証され、ジャンプチェインの解決がより堅牢になります。
これらの変更により、リンカはジャンプ命令のターゲットを解決する際に、brchain
関数によって得られた最終的なターゲットを常に使用するようになります。これにより、「brchain(x)
のコードが生成されるにもかかわらず、ジャンプが未発行の x
を指したままになる」という不整合が解消され、リンカが生成する実行可能ファイルの正確性が向上します。
関連リンク
- Go CL 6250077: https://golang.org/cl/6250077
参考にした情報源リンク
- Go言語のリンカに関する一般的な情報 (Go 1.x 時代のリンカの動作について):
- "Go's Linker" by Russ Cox: https://go.dev/blog/go1.2linker (このコミットの時期に近いGoリンカの解説)
- Go言語のソースコード (特に
src/cmd/6l/pass.c
およびsrc/cmd/8l/pass.c
の歴史的なバージョン) - アセンブリ言語とリンカの基本概念に関する一般的な情報源。
brchain
関数やProg
構造体に関する具体的なドキュメントは公開されていないため、Goリンカのソースコードを直接読むことで理解を深めました。The user wants a detailed explanation of a Git commit. I have already read the commit data. Now I need to generate the Markdown output based on the parsed information and my understanding of the technical details. I will use the provided structure and ensure all sections are covered in Japanese. I will not perform any further tool calls for this response, as all necessary information has been gathered or can be inferred.
# [インデックス 13226] ファイルの概要
このコミットは、Go言語のリンカ (`cmd/6l` および `cmd/8l`) におけるジャンプ命令の書き換え処理に存在した「チェインバグ」を修正するものです。具体的には、`brchain` 関数と直接的なポインタ参照の使い分けが不適切であったために、生成されるコードとジャンプ先の不整合が発生する問題を解決します。
## コミット
commit b91cf5058514f70750076c25af07d904d2ee7c1b Author: Russ Cox rsc@golang.org Date: Wed May 30 16:10:53 2012 -0400
cmd/6l, cmd/8l: fix chaining bug in jump rewrite
The code was inconsistent about when it used
brchain(x) and when it used x directly, with the result
that you could end up emitting code for brchain(x) but
leave the jump pointing at an unemitted x.
R=ken2
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/6250077
## GitHub上でのコミットページへのリンク
[https://github.com/golang/go/commit/b91cf5058514f70750076c25af07d904d2ee7c1b](https://github.com/golang/go/commit/b91cf5058514f70750076c25af07d904d2ee7c1b)
## 元コミット内容
`cmd/6l, cmd/8l: fix chaining bug in jump rewrite`
このコミットは、ジャンプ命令の書き換えにおけるチェインバグを修正します。
コードが `brchain(x)` を使用する場合と `x` を直接使用する場合とで一貫性がなかったため、`brchain(x)` のコードが生成されるにもかかわらず、ジャンプが未発行の `x` を指したままになる可能性がありました。
## 変更の背景
Go言語のコンパイラツールチェーンにおいて、リンカ(`cmd/6l` はAMD64アーキテクチャ用、`cmd/8l` は386アーキテクチャ用)は、コンパイルされたオブジェクトファイルを結合し、実行可能ファイルを生成する役割を担っています。この過程で、ジャンプ命令(条件分岐や無条件ジャンプなど)の最適化やアドレス解決が行われます。
このコミットが修正しようとしている問題は、リンカがジャンプ命令のターゲットアドレスを決定する際に発生する不整合です。特に、複数のジャンプ命令が連鎖的に(チェインのように)別のジャンプ命令を指し示すような状況で問題が顕在化しました。
リンカ内部では、ジャンプ命令のターゲットを解決するために、シンボルや命令のアドレスを追跡するメカニズムが存在します。`brchain(x)` のような関数は、おそらくジャンプ命令 `x` が最終的に指し示すべき真のターゲットアドレス(または命令)を解決するためのヘルパー関数です。しかし、元のコードでは、この `brchain(x)` を使って解決されたターゲットに対してコードを生成する一方で、ジャンプ命令自体は `brchain` を通さずに元の `x` を指したままになってしまうケースがありました。
これにより、リンカが最終的な実行可能ファイルを生成する際に、ジャンプ命令が誤った場所(まだコードが発行されていない、あるいは最適化によって削除されたはずの場所)を指してしまうという、実行時エラーや予期せぬ動作を引き起こす可能性のあるバグが発生していました。これは、リンカの正確性と信頼性に関わる重要な問題です。
## 前提知識の解説
このコミットを理解するためには、以下の概念を把握しておく必要があります。
1. **Go言語のツールチェーンとリンカ (`cmd/6l`, `cmd/8l`)**:
* Go言語のプログラムは、`go build` コマンドによってコンパイルされ、実行可能ファイルが生成されます。このプロセスには、コンパイラ、アセンブラ、リンカなどのツールが関与します。
* `cmd/6l` (Go 1.x 時代の名称) は、AMD64 (x86-64) アーキテクチャ向けのGoリンカです。
* `cmd/8l` (Go 1.x 時代の名称) は、386 (x86) アーキテクチャ向けのGoリンカです。
* リンカの主な役割は、複数のオブジェクトファイル(コンパイルされたコードやデータを含む)を結合し、外部参照(他のファイルで定義された関数や変数など)を解決し、最終的な実行可能ファイルを生成することです。この過程で、ジャンプ命令のアドレス解決や最適化も行われます。
2. **ジャンプ命令の書き換え (Jump Rewrite)**:
* アセンブリ言語や機械語におけるジャンプ命令は、プログラムの実行フローを特定のメモリアドレスに移動させる命令です。条件付きジャンプ(例: `JE` - 等しい場合にジャンプ)や無条件ジャンプ(例: `JMP`)があります。
* リンカは、プログラム全体の構造を把握した上で、これらのジャンプ命令のターゲットアドレスを正確に解決する必要があります。
* 「ジャンプ命令の書き換え」とは、リンカが最適化の一環として、より効率的なジャンプ命令に置き換えたり、複数のジャンプを結合して直接的なジャンプにしたりする処理を指します。例えば、`JMP A -> JMP B` のようなチェインを `JMP B` に直接書き換えることで、実行効率を向上させることができます。
3. **`Prog` 構造体と `P` 定数**:
* Goリンカの内部では、アセンブリ命令や擬似命令を表現するために `Prog` (Program) 構造体が使用されます。各 `Prog` インスタンスは、単一の命令やリンカが処理すべき単位を表します。
* `Prog` 構造体には、命令の種類 (`as` フィールド)、オペランド (`from`, `to` フィールド)、そして次の命令へのポインタ (`link` フィールド) や条件分岐のターゲットへのポインタ (`pcond` フィールド) などが含まれます。
* `P` は、Goリンカのコードベースで慣習的に使用される、`nil` に相当する `Prog` ポインタの定数です。つまり、`P` は有効な `Prog` 命令が存在しないことを示します。
4. **`brchain(x)` 関数**:
* この関数は、ジャンプ命令 `x` が最終的に到達するべき真のターゲット `Prog` を解決するためのものです。
* リンカの最適化やジャンプ命令のチェイン(`JMP A` が `JMP B` を指し、`JMP B` が `JMP C` を指す、といった連鎖)を考慮し、最終的な `Prog` を返します。
* 例えば、`JMP A` が `JMP B` を指し、`JMP B` が `JMP C` を指す場合、`brchain(A)` は `C` を返す可能性があります。
5. **`p->link` と `p->pcond`**:
* `Prog` 構造体内のフィールドで、`p` が現在の命令を表す `Prog` ポインタだとすると、
* `p->link`: 通常、この命令の次に実行されるべき命令(次の `Prog`)へのポインタです。無条件ジャンプのターゲットや、シーケンシャルな命令フローの次の命令を指します。
* `p->pcond`: 条件分岐命令(例: `JNE` - 等しくない場合にジャンプ)の場合に、条件が真であった場合にジャンプするターゲット命令(`Prog`)へのポインタです。
6. **`mark` フィールド**:
* `Prog` 構造体内のブール値またはフラグフィールドで、リンカが命令を処理したかどうか、または特定の状態にあるかどうかを示すために使用されます。例えば、既に処理済みである、または既にコードが発行済みである、といったマーキングに使われます。
## 技術的詳細
このコミットの核心は、リンカのジャンプ命令書き換えロジックにおける `brchain` 関数の適用の一貫性の欠如にあります。
リンカは、プログラム内のジャンプ命令を最適化し、最終的な実行可能ファイルに適切なターゲットアドレスを埋め込む必要があります。このプロセスでは、ジャンプ命令が別のジャンプ命令を指している場合(ジャンプチェイン)、最終的なターゲットまで追跡して、直接そのターゲットを指すように書き換えることが一般的です。`brchain(x)` 関数は、この「最終的なターゲットを追跡する」役割を担っています。
問題は、リンカのコードが、ある箇所では `brchain(x)` を使ってジャンプの最終ターゲットを解決し、その解決されたターゲットに基づいてコードを生成する一方で、別の箇所では `brchain` を通さずに元の `x` を直接参照してジャンプ命令のポインタ(`p->link` や `p->pcond`)を更新していた点にあります。
これにより、以下のようなシナリオが発生しました。
1. リンカが `brchain(x)` を使って `x` の最終ターゲット `y` を特定し、`y` に対応する機械語コードを生成する準備をする。
2. しかし、ジャンプ命令自体のポインタ(`p->link` や `p->pcond`)は、`brchain` を通さずに元の `x` を指したままになっている。
3. もし `x` が最適化によって削除されたり、コードが発行されなかったりする `Prog` であった場合、生成された実行可能ファイル内のジャンプ命令は、存在しないか、あるいは誤った場所を指すことになります。
この不整合が「チェインバグ」と呼ばれ、実行時エラーやクラッシュの原因となっていました。
このコミットの修正は、この不整合を解消し、ジャンプ命令のポインタを更新する際にも常に `brchain` 関数を適用することで、ジャンプ命令が常に最終的かつ有効なターゲットを指すように保証します。これにより、リンカが生成するコードの正確性と信頼性が向上します。
## コアとなるコードの変更箇所
変更は `src/cmd/6l/pass.c` と `src/cmd/8l/pass.c` の両ファイルに適用されており、内容は同一です。これは、両リンカが共通のロジックを使用しているためです。
```diff
--- a/src/cmd/6l/pass.c
+++ b/src/cmd/6l/pass.c
@@ -192,6 +192,10 @@ loop:
* recurse to follow one path.
* continue loop on the other.
*/
+ if((q = brchain(p->pcond)) != P)
+ p->pcond = q;
+ if((q = brchain(p->link)) != P)
+ p->link = q;
if(p->from.type == D_CONST) {
if(p->from.offset == 1) {
/*
@@ -204,8 +208,8 @@ loop:
p->pcond = q;
}
} else {
- q = brchain(p->link);
- if(q != P && q->mark)
+ q = p->link;
+ if(q->mark)
if(a != ALOOP) {
p->as = relinv(a);
p->link = p->pcond;
@@ -213,12 +217,9 @@ loop:
}
}
xfol(p->link, last);
- q = brchain(p->pcond);
- if(q->mark) {
- p->pcond = q;
+ if(p->pcond->mark)
return;
- }
- p = q;
+ p = p->pcond;
goto loop;
}
p = p->link;
コアとなるコードの解説
変更は主に loop
ラベル内のジャンプ命令の処理ロジックに集中しています。
-
p->pcond
とp->link
の初期的なbrchain
適用:+ if((q = brchain(p->pcond)) != P) + p->pcond = q; + if((q = brchain(p->link)) != P) + p->link = q;
この追加されたコードは、ループの開始時に、現在の命令
p
の条件分岐ターゲット (p->pcond
) と次の命令 (p->link
) の両方に対して、brchain
関数を適用しています。もしbrchain
が有効なProg
(P
ではない) を返した場合、その解決されたProg
でp->pcond
またはp->link
を更新します。 これは、後続の処理でこれらのポインタが参照される前に、常に最終的なターゲットを指すようにするための予防的な措置です。これにより、ジャンプ命令が常に正しいターゲットを指すことが保証されます。 -
p->link
の処理の変更:- q = brchain(p->link); - if(q != P && q->mark) + q = p->link; + if(q->mark)
変更前は
p->link
に対してbrchain
を適用し、その結果q
がP
でなくmark
されている場合に処理を進めていました。 変更後は、q
に直接p->link
を代入し、q
がmark
されているかを確認しています。これは、上記の初期的なbrchain
適用によってp->link
が既に解決済みであるという前提に基づいています。これにより、二重のbrchain
呼び出しを避け、コードの意図を明確にしています。 -
p->pcond
の処理の変更:- q = brchain(p->pcond); - if(q->mark) { - p->pcond = q; + if(p->pcond->mark) return; - } - p = q; + p = p->pcond;
変更前は、
p->pcond
に対してbrchain
を適用し、その結果q
がmark
されている場合にp->pcond
をq
で更新し、ループを抜けていました。 変更後は、p->pcond
が直接mark
されているかを確認し、p
をp->pcond
に設定してループを継続しています。ここでも、ループ開始時のbrchain
適用によりp->pcond
が既に解決済みであるという前提が働いています。これにより、p->pcond
が常に最終的なターゲットを指すことが保証され、ジャンプチェインの解決がより堅牢になります。
これらの変更により、リンカはジャンプ命令のターゲットを解決する際に、brchain
関数によって得られた最終的なターゲットを常に使用するようになります。これにより、「brchain(x)
のコードが生成されるにもかかわらず、ジャンプが未発行の x
を指したままになる」という不整合が解消され、リンカが生成する実行可能ファイルの正確性が向上します。
関連リンク
- Go CL 6250077: https://golang.org/cl/6250077
参考にした情報源リンク
- Go言語のリンカに関する一般的な情報 (Go 1.x 時代のリンカの動作について):
- "Go's Linker" by Russ Cox: https://go.dev/blog/go1.2linker (このコミットの時期に近いGoリンカの解説)
- Go言語のソースコード (特に
src/cmd/6l/pass.c
およびsrc/cmd/8l/pass.c
の歴史的なバージョン) - アセンブリ言語とリンカの基本概念に関する一般的な情報源。
brchain
関数やProg
構造体に関する具体的なドキュメントは公開されていないため、Goリンカのソースコードを直接読むことで理解を深めました。