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[インデックス 13286] ファイルの概要

このコミットは、Goコンパイラのレジスタ割り当て解除ロジックにおけるバグ修正を目的としています。具体的には、cmd/5g (ARMアーキテクチャ向け)、cmd/6g (x86-64アーキテクチャ向け)、cmd/8g (x86アーキテクチャ向け) の各コンパイラにおける reg.c ファイル内のレジスタ解放処理が修正されています。

コミット

commit a7059cc7933981b89a4de5954ab5a294e77609c9
Author: Rémy Oudompheng <oudomphe@phare.normalesup.org>
Date:   Tue Jun 5 06:43:15 2012 +0200

    cmd/[568]g: correct freeing of allocated Regs.
    
    R=golang-dev, rsc
    CC=golang-dev, remy
    https://golang.org/cl/6281050

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/a7059cc7933981b89a4de5954ab5a294e77609c9

元コミット内容

cmd/[568]g: correct freeing of allocated Regs.

R=golang-dev, rsc
CC=golang-dev, remy
https://golang.org/cl/6281050

変更の背景

このコミットは、Goコンパイラのレジスタ割り当て解除(解放)処理における潜在的なバグを修正するために行われました。コンパイラは、プログラムの実行中に使用するCPUレジスタを効率的に管理する必要があります。これには、レジスタを割り当てて使用し、不要になったら解放して再利用できるようにするプロセスが含まれます。

元のコードでは、レジスタの解放処理において、r1 という変数が使用されていました。しかし、この r1 は必ずしも解放すべきレジスタのリストの「最後の要素」を正確に指しているとは限りませんでした。その結果、一部の割り当てられたレジスタが正しく解放されず、メモリリークやレジスタの枯渇、あるいはコンパイラの誤動作につながる可能性がありました。

この問題は、特にコンパイラのバックエンド、すなわちGoのソースコードを特定のアセンブリ言語(ARM, x86-64, x86)に変換する部分で発生していました。レジスタの管理はコンパイラの性能と生成されるコードの効率に直結するため、この種のバグは非常に重要です。

前提知識の解説

コンパイラのレジスタ割り当て

コンパイラは、ソースコードを機械語に変換する際に、CPUのレジスタを最大限に活用しようとします。レジスタはCPU内部にある高速な記憶領域であり、メモリよりもはるかに高速にアクセスできます。そのため、頻繁に使用される変数や計算の中間結果をレジスタに格納することで、プログラムの実行速度を向上させることができます。

レジスタ割り当て (Register Allocation) とは、コンパイラがプログラム内の変数や式の結果をどのCPUレジスタに割り当てるかを決定するプロセスです。これはコンパイラの最適化の重要な部分であり、通常はグラフ彩色アルゴリズムなどの複雑な手法が用いられます。

レジスタの解放 (Register Deallocation/Freeing)

レジスタが不要になった場合(例えば、変数のスコープが終了したり、計算結果がメモリに書き込まれたりした後)、そのレジスタは「解放」され、他の用途のために再利用できるようになります。レジスタの解放は、レジスタ割り当ての逆のプロセスであり、使用可能なレジスタのプール(フリーリストなど)にレジスタを戻すことで行われます。

Goコンパイラのバックエンド (cmd/5g, cmd/6g, cmd/8g)

Go言語のコンパイラは、複数のアーキテクチャをサポートするために、それぞれに対応するバックエンドを持っています。

  • cmd/5g: ARMアーキテクチャ (例: Raspberry Pi, スマートフォン) 向けのコンパイラバックエンド。
  • cmd/6g: x86-64 (AMD64) アーキテクチャ (例: ほとんどの現代のデスクトップPCやサーバー) 向けのコンパイラバックエンド。
  • cmd/8g: x86 (IA-32) アーキテクチャ (例: 古いデスクトップPC) 向けのコンパイラバックエンド。

これらのバックエンドは、それぞれのアセンブリ言語の特性に合わせてレジスタ割り当てやコード生成を行います。reg.c ファイルは、これらのバックエンドにおけるレジスタ管理ロジックの一部を実装していると考えられます。

RRegs 構造体

Goコンパイラの内部では、レジスタを表すために特定のデータ構造が使用されています。コミットメッセージやコードスニペットから推測すると、Regs のような構造体がレジスタの状態やリンク情報を保持している可能性があります。R は、おそらく無効なレジスタやNULLポインタに相当する特別な値で、レジスタリストの終端を示すために使われることが多いです。

フリーリスト (Free List)

レジスタの解放では、しばしば「フリーリスト」というデータ構造が使われます。これは、現在使用されていない(解放された)レジスタのリストです。新しいレジスタが必要になった場合、このフリーリストから取得され、解放された場合はこのリストに戻されます。

技術的詳細

このコミットの核心は、レジスタのフリーリストへの追加ロジックの修正です。 元のコードでは、レジスタの解放処理の最後に、r1 という変数が R (おそらく無効なレジスタを示す定数) でない場合に、r1->link = freer; freer = firstr; という操作を行っていました。

ここで問題となるのは、r1 が何を指しているかです。レジスタの解放処理では、複数のレジスタが連鎖的に解放されることがあります。firstr は解放されるレジスタのリストの先頭を指し、freer は既存のフリーリストの先頭を指します。解放されるレジスタのリストを既存のフリーリストに連結する際、解放されるリストの「最後の要素」の link フィールドを既存のフリーリストの先頭 (freer) に設定し、その後、既存のフリーリストの先頭を解放されたリストの先頭 (firstr) に更新する必要があります。

しかし、r1 は必ずしも解放されるレジスタリストの最後の要素を指しているとは限りませんでした。代わりに、lastr という変数が、解放されるレジスタリストの最後の要素を正確に追跡していました。

したがって、r1 を使用すると、解放されるべきレジスタのリストが正しくフリーリストに連結されず、一部のレジスタが「宙に浮いた」状態になり、再利用されないままになる可能性がありました。これは、レジスタのリークや、コンパイラが利用可能なレジスタを誤って認識する原因となります。

この修正は、r1lastr に置き換えることで、解放されるレジスタリストの末尾が確実に既存のフリーリストに連結されるようにし、レジスタの解放処理の正確性を保証します。これにより、レジスタの効率的な再利用が可能になり、コンパイラの安定性と性能が向上します。

コアとなるコードの変更箇所

変更は、src/cmd/5g/reg.c, src/cmd/6g/reg.c, src/cmd/8g/reg.c の3つのファイルにわたって行われています。それぞれのファイルで、以下の行が変更されています。

--- a/src/cmd/5g/reg.c
+++ b/src/cmd/5g/reg.c
@@ -703,8 +703,8 @@ brk:
 			}
 		}
 	}
-	if(r1 != R) {
-		r1->link = freer;
+	if(lastr != R) {
+		lastr->link = freer;
 		freer = firstr;
 	}

--- a/src/cmd/6g/reg.c
+++ b/src/cmd/6g/reg.c
@@ -781,8 +781,8 @@ brk:
 			p->to.branch = p->to.branch->link;
 	}

-	if(r1 != R) {
-		r1->link = freer;
+	if(lastr != R) {
+		lastr->link = freer;
 		freer = firstr;
 	}

--- a/src/cmd/8g/reg.c
+++ b/src/cmd/8g/reg.c
@@ -677,8 +677,8 @@ brk:
 			p->to.branch = p->to.branch->link;
 	}

-	if(r1 != R) {
-		r1->link = freer;
+	if(lastr != R) {
+		lastr->link = freer;
 		freer = firstr;
 	}

各ファイルで、if(r1 != R) の条件文が if(lastr != R) に変更され、それに伴い r1->link = freer;lastr->link = freer; に変更されています。

コアとなるコードの解説

このコードスニペットは、レジスタの解放処理の最終段階を示しています。

  • brk:: これはC言語のラベルであり、おそらくレジスタ解放ループの終了点、または特定の処理ブロックの終端を示しています。
  • if(lastr != R):
    • lastr: これは、現在解放されようとしているレジスタの連結リストの「最後の要素」を指すポインタです。
    • R: これは、無効なレジスタやリストの終端を示す特別な値(おそらくNULLポインタに相当)です。
    • この条件文は、「解放されるレジスタのリストが空でない場合」(つまり、実際に解放すべきレジスタが存在する場合)に続く処理を実行することを示しています。
  • lastr->link = freer;:
    • lastr->link: lastr が指すレジスタ構造体の link フィールドは、次のレジスタへのポインタを保持しています。
    • freer: これは、現在利用可能なレジスタのフリーリストの先頭を指すポインタです。
    • この行は、解放されるレジスタのリストの末尾を、既存のフリーリストの先頭に連結しています。これにより、解放されたレジスタが既存のフリーリストの一部となります。
  • freer = firstr;:
    • firstr: これは、現在解放されたレジスタのリストの「先頭の要素」を指すポインタです。
    • この行は、グローバルな freer ポインタ(フリーリストの先頭)を、新しく解放されたレジスタのリストの先頭 (firstr) に更新しています。これにより、新しく解放されたレジスタがフリーリストの最も新しいエントリとして扱われ、次にレジスタが必要になったときに最初に利用されるようになります。

この修正により、r1 という不適切なポインタではなく、lastr という正確なポインタが使用されることで、レジスタの解放処理が論理的に正しく行われるようになり、レジスタのリークや誤った状態が回避されます。

関連リンク

  • Go言語のコンパイラに関する公式ドキュメントや設計資料は、Goの公式ウェブサイトやGitHubリポジトリで確認できます。
  • レジスタ割り当てに関する一般的な情報については、コンパイラ設計の教科書やオンラインリソースを参照してください。

参考にした情報源リンク

  • Go言語のGitHubリポジトリ: https://github.com/golang/go
  • Go言語の公式ドキュメント: https://go.dev/doc/
  • GoのCL (Change List) システムは、以前は golang.org/cl/ でホストされていましたが、現在は go.dev/cl/ に移行しています。コミットメッセージに記載されている https://golang.org/cl/6281050 は、古い形式のURLであり、現在のシステムでは直接アクセスできない可能性があります。Web検索の結果も、このCL番号が有効なGoのCLに対応していないことを示唆しています。これは、コミットが非常に古い(2012年)ため、当時のシステムと現在のシステムでCL番号の管理方法が異なるか、あるいは内部的なCL番号であり外部に公開されていない可能性が考えられます。