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[インデックス 13291] ファイルの概要

このコミットは、Go言語のコンパイラ (cmd/5c)、アセンブラ (cmd/5g)、およびリンカ (cmd/5l) のソースコードにおいて、Clang 3.1コンパイラで発生する配列インデックス警告を修正するものです。具体的には、文字列リテラルに対するポインタ演算の記述方法を、より明示的な配列インデックスアクセスに修正することで、警告を解消しています。

コミット

  • コミットハッシュ: d2d990cc0ab85e09bd2c58bd12b34491201f8bd3
  • 作者: Dave Cheney dave@cheney.net
  • コミット日時: 2012年6月6日(水) 08:18:55 +1000

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/d2d990cc0ab85e09bd2c58bd12b34491201f8bd3

元コミット内容

cmd/5c, cmd/5g, cmd/5l: fix array indexing warning under Clang 3.1

This should be the last of them.

R=golang-dev, minux.ma, rsc
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/6297043

変更の背景

この変更は、Go言語のツールチェイン(特にARMアーキテクチャ向けのコンパイラ、アセンブラ、リンカ)をClang 3.1でコンパイルする際に発生していた「配列インデックス警告」を解消するために行われました。当時のGoツールチェインはC言語で書かれており、様々なCコンパイラでビルドされる可能性がありました。Clang 3.1は、特定のポインタ演算のパターンに対して、以前のバージョンや他のコンパイラよりも厳密な警告を発するようになったと考えられます。

具体的には、文字列リテラルをchar*として扱い、それに整数値を加算してポインタを移動させるC言語の慣用的な記述が、Clang 3.1では潜在的な問題(例えば、文字列リテラルの境界を越えるアクセス)として警告されるようになった可能性があります。この警告は、コードの動作自体に直接的なバグを引き起こすものではないかもしれませんが、コンパイル時のノイズとなり、より深刻な問題を見落とす原因となるため、修正が望まれました。コミットメッセージにある「This should be the last of them.」という記述から、同様の警告が以前にも複数回修正されてきたことが伺えます。

前提知識の解説

  • Go言語のツールチェイン (cmd/5c, cmd/5g, cmd/5l):
    • Go言語の初期のツールチェインはC言語で実装されていました。cmd/5cはARMアーキテクチャ(Goでは「5」と表記されることが多い)向けのCコンパイラ、cmd/5gはARMアセンブラ、cmd/5lはARMリンカを指します。これらはGoプログラムをARMプロセッサ上で実行可能なバイナリに変換するために使用される重要なコンポーネントでした。
  • Clang:
    • Clangは、LLVMプロジェクトの一部として開発されているC、C++、Objective-C、Objective-C++コンパイラのフロントエンドです。GCC(GNU Compiler Collection)の代替として広く利用されており、高速なコンパイル、優れたエラーメッセージ、診断機能が特徴です。バージョン3.1は2012年3月にリリースされ、当時の最新の安定版の一つでした。
  • 配列インデックス警告 (Array Indexing Warning):
    • C言語において、配列やポインタに対する操作が、配列の境界を越える可能性があったり、意図しないメモリ領域を指す可能性があったりする場合に、コンパイラが発する警告です。例えば、char *p = "abc"; p = p + 5; のような操作は、文字列リテラルの終端を越えるため、コンパイラによっては警告を発することがあります。これは、実行時エラー(セグメンテーション違反など)につながる可能性があるため、重要な警告とされます。
  • 文字列リテラルとポインタ演算:
    • C言語では、"string"のような文字列リテラルは、静的に割り当てられたchar型の配列として扱われ、その先頭要素へのポインタ(char*型)として評価されます。このポインタに対して整数を加算することで、文字列内の特定の位置を指す新しいポインタを得ることができます。例えば、"abc" + 1'b' を指すポインタになります。しかし、このポインタ演算が文字列リテラルの範囲外を指す場合、未定義動作を引き起こす可能性があります。

技術的詳細

このコミットで修正されているのは、C言語のコードにおける文字列リテラルに対するポインタ演算の記述方法です。

元のコードは以下のようになっています。

op = "<<>>->@>" + (((v>>5) & 3) << 1);

ここで、"<<>>->@>" は文字列リテラルであり、(((v>>5) & 3) << 1) は整数値です。C言語では、文字列リテラルはchar配列の先頭へのポインタとして扱われるため、この式は「ポインタ + 整数」の形式となり、結果として文字列リテラル内の特定の位置を指す新しいポインタopが生成されます。これはC言語の標準的なポインタ演算であり、文法的には正しいです。

しかし、Clang 3.1は、このような文字列リテラルに対するポインタ演算が、文字列の境界を越える可能性を指摘する警告を発するようになったと考えられます。特に、コンパイラが文字列リテラルのサイズを静的に把握し、加算されるオフセットがそのサイズを超える可能性があると判断した場合に警告を出すことがあります。これは、プログラマが意図しないメモリ領域にアクセスするのを防ぐための、より厳密な診断機能の一環です。

修正後のコードは以下のようになっています。

op = &"<<>>->@>"[(((v>>5) & 3) << 1)];

この変更では、&文字列リテラル[インデックス]という形式が使用されています。これは、文字列リテラルをchar配列として扱い、その配列の特定のインデックスにある要素のアドレスを取得するという、より明示的な記述方法です。この形式は、コンパイラに対して「文字列リテラルは配列であり、その配列の特定の要素へのポインタを取得したい」という意図を明確に伝えます。

Clang 3.1がこの記述を好む理由は、&array[index]という形式が、配列の境界チェックをより容易にするため、または、文字列リテラルに対するポインタ演算の特定のケースで発生する曖昧さを解消するためと考えられます。この変更により、コードの意図がより明確になり、Clangの厳密な診断基準に合致するようになったため、警告が解消されました。機能的な変更はなく、コードの安全性と可読性を向上させるための修正です。

コアとなるコードの変更箇所

このコミットでは、src/cmd/5c/list.csrc/cmd/5g/list.csrc/cmd/5l/list.c の3つのファイルで、全く同じ1行の変更が行われています。

--- a/src/cmd/5c/list.c
+++ b/src/cmd/5c/list.c
@@ -169,7 +169,7 @@ Dconv(Fmt *fp)\n
 
 	case D_SHIFT:\n
 	\tv = a->offset;\n
-\t\top = "<<>>->@>" + (((v>>5) & 3) << 1);\n
+\t\top = &"<<>>->@>"[(((v>>5) & 3) << 1)];\n
 	\tif(v & (1<<4))\n
 	\t\tsprint(str, \"R%d%c%cR%d\", v&15, op[0], op[1], (v>>8)&15);\n
 	\telse

同様の変更が src/cmd/5g/list.csrc/cmd/5l/list.c にも適用されています。

コアとなるコードの解説

変更された行は、Dconv関数内のD_SHIFTケースにあります。この関数は、Goのツールチェインが内部的に使用するデータ構造を文字列に変換する際に、シフト操作に関連する記号を決定するために使用されます。

  • 変更前: op = "<<>>->@>" + (((v>>5) & 3) << 1);

    • 文字列リテラル"<<>>->@>"の先頭アドレスに、計算されたオフセット値((((v>>5) & 3) << 1))を加算しています。このオフセットは、vの値に基づいて、文字列リテラル内の特定の文字(または文字のペア)を指すように計算されます。例えば、<<>>->@>といったシフト演算子や関連する記号を表す文字列の断片を選択しています。
    • この形式は、C言語ではポインタ演算として有効ですが、Clang 3.1はこれを潜在的な配列境界外アクセスとして警告するようになりました。
  • 変更後: op = &"<<>>->@>"[(((v>>5) & 3) << 1)];

    • 文字列リテラル"<<>>->@>"を配列として扱い、計算されたオフセット値((((v>>5) & 3) << 1))をインデックスとして使用し、そのインデックス位置にある要素のアドレスを取得しています。
    • &配列[インデックス]という形式は、C言語において配列の特定要素へのポインタを取得する標準的かつ明示的な方法です。この記述は、コンパイラに対して「これは配列のインデックスアクセスであり、その結果として得られる要素のアドレスが欲しい」という意図を明確に伝えます。これにより、Clang 3.1の警告が解消されました。

この変更は、コードのセマンティクス(意味)を変えるものではなく、単にコンパイラがより安全で明確だと判断する記述方法に修正したものです。これにより、コンパイル時の警告が抑制され、ビルドプロセスのクリーンさが保たれます。

関連リンク

参考にした情報源リンク

  • Clang 3.1 Release Notes (当時のClangの変更点に関する情報源): https://releases.llvm.org/3.1/docs/ReleaseNotes.html (一般的な情報源として、特定の警告に関する直接的な記述が見つからない場合でも、当時のコンパイラの動向を理解するのに役立ちます)
  • C言語のポインタ演算と配列インデックスに関する一般的な情報源 (例: C言語の教科書、オンラインチュートリアルなど)
  • Go言語の初期ツールチェインに関する歴史的資料 (例: Goの公式ブログ、初期の設計ドキュメントなど)