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[インデックス 13434] ファイルの概要

このコミットは、Go言語の標準ライブラリ math/big パッケージ内の nat.go ファイルに対する変更です。具体的には、多倍長整数(nat型)の乗算処理において、冗長な条件判定を削除しています。

コミット

commit 917f764382e63a9a61d0456b1d54a79bc679371b
Author: David G. Andersen <dave.andersen@gmail.com>
Date:   Mon Jul 2 15:30:00 2012 -0700

    math/big: Remove unnecessary test from nat.go multiplication
    The switch at the beginning of the function already ensures n > 1,
    so testing for n < 2 is redundant.
    
    R=golang-dev, gri
    CC=golang-dev
    https://golang.org/cl/6350051

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/917f764382e63a9a61d0456b1d54a79bc679371b

元コミット内容

math/big: nat.go の乗算から不要なテストを削除 関数の冒頭にある switch 文が既に n > 1 を保証しているため、n < 2 のテストは冗長である。

変更の背景

この変更は、Go言語の math/big パッケージにおける多倍長整数(nat型)の乗算処理の最適化とコードの簡潔化を目的としています。nat.go ファイル内の mul 関数(乗算を行う関数)には、特定の条件下で基本的な乗算アルゴリズム(basicMul)を使用するための条件分岐が存在していました。

元のコードでは、この条件分岐が n < karatsubaThreshold || n < 2 となっていました。コミットメッセージによると、この関数(またはその呼び出し元)の冒頭にある別の switch 文が、既に n の値が 1 より大きいことを保証しているため、n < 2 という条件は常に偽となり、冗長なチェックになっていました。

冗長なコードは、可読性を低下させ、将来のメンテナンスにおいて混乱を招く可能性があります。また、ごくわずかではありますが、不要な条件判定は実行時のオーバーヘッドにもなり得ます。このコミットは、このような冗長性を排除し、コードをよりクリーンで効率的にすることを意図しています。

前提知識の解説

math/big パッケージ

math/big はGo言語の標準ライブラリの一つで、任意精度の算術演算(多倍長整数、多倍長浮動小数点数、有理数)を提供します。通常のGoの組み込み型(int, int64など)では表現できない非常に大きな数値や、高い精度が求められる計算に使用されます。

  • nat: math/big パッケージ内で使用される内部的な型で、符号なしの多倍長整数を表します。通常、[]Word のスライスとして実装されており、Word はプラットフォームのワードサイズ(例: 32ビットまたは64ビット)に対応する符号なし整数型です。
  • 多倍長整数: コンピュータのネイティブなデータ型で扱える範囲を超える大きな整数を扱うためのデータ構造とアルゴリズムの総称です。例えば、数千桁にも及ぶ数値を正確に計算する必要がある場合などに利用されます。

乗算アルゴリズム

多倍長整数の乗算には、いくつかのアルゴリズムが存在します。

  • 基本的な乗算 (Basic Multiplication): いわゆる「筆算」に相当するアルゴリズムで、各桁を順番に乗算し、繰り上がりを処理します。数値の桁数(n)に対して計算量が O(n^2) となります。小さな数値の乗算には効率的ですが、桁数が大きくなると非効率になります。
  • カラツバ法 (Karatsuba Algorithm): 1960年にアナトリー・カラツバによって考案された、より高速な乗算アルゴリズムです。分割統治法に基づき、n 桁の乗算を n^(log2(3)) (約 n^1.585) の計算量で実行します。ある程度の桁数(karatsubaThreshold)を超えると、基本的な乗算よりも効率的になります。
  • その他の高速乗算アルゴリズム: ショーンハーゲ・ストラッセン法(Schönhage-Strassen algorithm)など、さらに高速なアルゴリズムも存在しますが、実装が複雑であり、非常に大きな数値(数万桁以上)でなければカラツバ法よりも優位性が出にくいとされています。

karatsubaThreshold

これは、math/big パッケージ内で定義されている定数または変数で、カラツバ法を使用するか、基本的な乗算を使用するかを決定するための閾値です。乗算される数値の桁数(n)がこの閾値よりも小さい場合、基本的な乗算の方がオーバーヘッドが少なく高速であるため、そちらが選択されます。桁数が閾値を超えると、カラツバ法が選択されます。

冗長なコードと最適化

プログラミングにおいて、冗長なコードとは、プログラムの動作に影響を与えない、または既に他の場所で保証されている条件を再度チェックするようなコードのことです。このようなコードは、デッドコード(実行されないコード)や、常に真または常に偽となる条件式を含みます。これらを削除することは、コードの品質向上、パフォーマンスの微細な改善、そしてメンテナンス性の向上に繋がります。

技術的詳細

このコミットが対象としているのは、src/pkg/math/big/nat.go ファイル内の func (z nat) mul(x, y nat) nat 関数です。この関数は、2つの多倍長整数 xy を乗算し、結果を z に格納します。

関数の内部では、乗算される数値の桁数 n に応じて、使用するアルゴリズムを切り替えるロジックが存在します。

元のコードの関連部分:

// use basic multiplication if the numbers are small
if n < karatsubaThreshold || n < 2 { // ここが変更対象
    z = z.make(m + n)
    basicMul(z, x, y)
    return z.norm()
}

コミットメッセージが示唆するように、この mul 関数の冒頭には、n の値が 1 より大きいことを保証する switch 文が存在します。これは、x または y のいずれかがゼロである場合や、非常に小さい値である場合の特殊なケースを処理するためのものです。

例えば、以下のようなロジックが関数の冒頭にあると仮定できます(実際のコードはより複雑ですが、概念として):

switch {
case x.isZero() || y.isZero():
    // 結果はゼロ
    return z.setZero()
case x.isOne():
    // x が 1 なら y を返す
    return z.set(y)
case y.isOne():
    // y が 1 なら x を返す
    return z.set(x)
// ... その他の小さい値のケースや、n のサイズに基づく初期処理
default:
    // ここに到達する時点で、x と y は非ゼロであり、
    // その結果として n (桁数) は 1 より大きいことが保証される
}

このような初期の switch 文によって、n01 となるケースは既に処理され、if n < karatsubaThreshold || n < 2 の行に到達する時点では、n は常に 2 以上であることが保証されます。

したがって、n < 2 という条件は常に偽となり、この条件は不要になります。コミットはこの冗長な || n < 2 の部分を削除し、コードを簡潔にしています。

コアとなるコードの変更箇所

--- a/src/pkg/math/big/nat.go
+++ b/src/pkg/math/big/nat.go
@@ -396,7 +396,7 @@ func (z nat) mul(x, y nat) nat {
 	}\n 
 	// use basic multiplication if the numbers are small
-	if n < karatsubaThreshold || n < 2 {\n+	if n < karatsubaThreshold {\n \t\tz = z.make(m + n)\n \t\tbasicMul(z, x, y)\n \t\treturn z.norm()\n```

## コアとなるコードの解説

変更は `src/pkg/math/big/nat.go` ファイルの397行目(変更前)にあります。

*   **変更前**: `if n < karatsubaThreshold || n < 2 {`
*   **変更後**: `if n < karatsubaThreshold {`

この変更により、`n < 2` という条件が削除されました。これは、前述の通り、関数の冒頭にある `switch` 文によって、この `if` 文に到達する時点で `n` が既に `2` 以上であることが保証されているためです。

この変更は、機能的な動作には影響を与えません。なぜなら、`n < 2` が常に偽であるため、この条件が `true` になることはなく、`||` 演算子の左側の `n < karatsubaThreshold` の評価結果のみが `if` 文の実行を決定していたからです。

この変更の主な目的は、コードの冗長性を排除し、可読性を向上させることです。不要な条件を削除することで、コードの意図がより明確になり、将来のメンテナンスや理解が容易になります。また、ごくわずかではありますが、不要な条件評価がなくなることで、実行時の効率も向上する可能性があります。

## 関連リンク

*   Go言語 `math/big` パッケージのドキュメント: [https://pkg.go.dev/math/big](https://pkg.go.dev/math/big)
*   このコミットのGo Code Review (Gerrit) ページ: [https://golang.org/cl/6350051](https://golang.org/cl/6350051)

## 参考にした情報源リンク

*   コミットメッセージと差分情報 (`./commit_data/13434.txt`)
*   Go言語の公式ドキュメント (`pkg.go.dev`)
*   カラツバ法に関する一般的な情報 (Web検索)
*   多倍長整数演算に関する一般的な情報 (Web検索)
*   Go言語のソースコード (`src/pkg/math/big/nat.go` の一般的な構造と関数呼び出しパターン)
*   Gerrit Code Review System の一般的な使い方 (Goプロジェクトのコードレビュープロセス理解のため)