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[インデックス 13555] ファイルの概要

このコミットは、Go言語の実験的な型システムパッケージ exp/types 内の gcimporter.go ファイルに対する変更です。gcimporter.go は、Goコンパイラが生成するオブジェクトファイルから型情報をインポートする役割を担っています。具体的には、パッケージの型情報、特にメソッドの定義を読み込む処理に関連する修正が行われています。

コミット

exp/types: set non-embedded method type during GcImport.

R=golang-dev, gri CC=golang-dev https://golang.org/cl/6445068

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/37d7500f8df7050332817244dc7869d4dc0cd65d

元コミット内容

exp/types: set non-embedded method type during GcImport.

R=golang-dev, gri
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/6445068

変更の背景

このコミットの背景には、Go言語の型システムにおけるメソッドのインポート処理の正確性の問題があります。特に、埋め込み型ではない(non-embedded)メソッドの型情報が、GcImport(Goコンパイラが生成するバイナリから型情報をインポートするプロセス)中に正しく設定されていなかったことが考えられます。

Go言語では、構造体にメソッドを定義したり、インターフェースを実装したりすることで、型に振る舞いを関連付けます。これらのメソッド情報は、コンパイルされたパッケージのバイナリデータ(エクスポートデータ)として保存され、他のパッケージがその型を利用する際にインポートされます。gcimporter パッケージは、このエクスポートデータを解析し、Goの型システムが理解できる内部表現(go/types パッケージの構造体など)に変換する役割を担っています。

以前の実装では、メソッドのシグネチャ(引数と戻り値の型)は解析されていましたが、そのシグネチャが属するメソッドオブジェクト自体の型が適切に設定されていなかった可能性があります。これにより、インポートされたメソッドが、その本来の型情報(例えば、レシーバの型や関数としての型)を欠いた不完全な状態になり、後続の型チェックやコード生成で問題を引き起こす可能性がありました。

このコミットは、この不整合を修正し、インポートされたメソッドがその完全な型情報を持つようにすることで、型システムの堅牢性を向上させることを目的としています。

前提知識の解説

このコミットを理解するためには、以下のGo言語およびコンパイラ関連の概念を理解しておく必要があります。

  1. exp/types パッケージ: Go言語の標準ライブラリには go/types パッケージが存在しますが、exp/types はその前身または実験的なバージョンとして開発されていたパッケージです。Goの型システムをプログラム的に扱うためのAPIを提供し、型チェック、型推論、メソッドセットの計算などを行います。

  2. gcimporter パッケージ: gcimporter は、Goコンパイラ(gc)が生成するバイナリ形式のエクスポートデータ(go/types パッケージの型情報をシリアライズしたもの)を読み込み、Goプログラム内で利用可能な型情報に変換する役割を担うパッケージです。これにより、異なるパッケージ間で型情報を共有し、依存関係を解決することができます。

  3. ast.Object: go/ast パッケージ(または exp/types 内の類似の構造体)における Object は、Goプログラムの抽象構文木(AST)における名前付きエンティティ(変数、関数、型、パッケージなど)を表す汎用的なインターフェースまたは構造体です。各 Object は、そのエンティティの種類(Kind)と、それが表す型(Type)などの情報を持っています。

  4. ast.Funast.Typ: ast.Funast.ObjectKind の一つで、その Object が関数またはメソッドであることを示します。 ast.Typast.ObjectKind の一つで、その Object が型であることを示します。

  5. メソッドのシグネチャと型: Go言語におけるメソッドは、特定の型に関連付けられた関数です。メソッドの「シグネチャ」は、そのメソッドの引数の型と戻り値の型を定義します。しかし、メソッド自体もまた、関数としての型を持っています。例えば、func (recv T) Method(arg1 Type1) ReturnType というメソッドは、func(T, Type1) ReturnType のような関数型として表現できます(レシーバは最初の引数として扱われる)。

  6. 埋め込み型(Embedded Types): Goの構造体は、他の構造体やインターフェースを「埋め込む」ことができます。これにより、埋め込まれた型のメソッドが、埋め込み元の型に「昇格」され、あたかも埋め込み元の型自身のメソッドであるかのように呼び出すことができます。このコミットは「non-embedded method type」に言及しているため、埋め込みによるメソッドの昇格とは異なる、直接定義されたメソッドの扱いに焦点を当てています。

技術的詳細

このコミットは、src/pkg/exp/types/gcimporter.go 内の parseMethodOrEmbedSpec 関数に焦点を当てています。この関数は、Goのエクスポートデータからメソッドまたは埋め込み型の仕様を解析する際に呼び出されます。

以前の実装では、メソッドのシグネチャを解析した後、ast.NewObj(ast.Fun, "_") を使用してダミーの ast.Object を作成し、その型を適切に設定していませんでした。ast.NewObj(ast.Fun, "_") は、名前が _ の関数オブジェクトを作成しますが、その Type フィールドは未設定のままでした。

このコミットの修正は、以下のステップでこの問題を解決しています。

  1. メソッド名の取得: p.parseName() の結果を name 変数に格納するように変更されました。これにより、メソッドの実際の名前が保持されます。
  2. シグネチャの解析と型の取得: p.parseSignature() を呼び出してメソッドのシグネチャを解析し、その結果を typ 変数に格納します。この typ は、メソッドの関数としての型(例: func(ReceiverType, ArgType) ReturnType)を表します。
  3. ast.Object の作成と型の設定:
    • obj := ast.NewObj(ast.Fun, name): メソッドの実際の名前 (name) を使用して、新しい関数 ast.Object を作成します。
    • obj.Type = typ: ここが最も重要な変更点です。解析されたシグネチャから得られた型 (typ) を、新しく作成された objType フィールドに明示的に設定します。

この変更により、gcimporter がメソッドをインポートする際に、そのメソッドが持つべき完全な型情報(シグネチャを含む関数型)が ast.Object に正しく関連付けられるようになります。これにより、インポートされたメソッドがGoの型システム内で正確に表現され、後続の型チェックやコンパイルプロセスで誤った情報が伝播するのを防ぎます。

コアとなるコードの変更箇所

--- a/src/pkg/exp/types/gcimporter.go
+++ b/src/pkg/exp/types/gcimporter.go
@@ -510,11 +510,12 @@ func (p *gcParser) parseSignature() *Func {
 // MethodOrEmbedSpec = Name [ Signature ] .
 //
 func (p *gcParser) parseMethodOrEmbedSpec() *ast.Object {
-	p.parseName()
+	name := p.parseName()
 	if p.tok == '(' {
-		p.parseSignature()
-		// TODO(gri) compute method object
-		return ast.NewObj(ast.Fun, "_")
+		typ := p.parseSignature()
+		obj := ast.NewObj(ast.Fun, name)
+		obj.Type = typ
+		return obj
 	}
 	// TODO lookup name and return that type
 	return ast.NewObj(ast.Typ, "_")

コアとなるコードの解説

変更されたのは parseMethodOrEmbedSpec 関数内の、トークンが ( である場合の条件分岐です。これは、メソッドのシグネチャが続くことを示しています。

変更前:

func (p *gcParser) parseMethodOrEmbedSpec() *ast.Object {
	p.parseName() // メソッド名を解析するが、結果は破棄される
	if p.tok == '(' {
		p.parseSignature() // シグネチャを解析するが、結果は破棄される
		// TODO(gri) compute method object
		return ast.NewObj(ast.Fun, "_") // ダミーの関数オブジェクトを返す
	}
	// ...
}

変更前は、p.parseName()p.parseSignature() を呼び出してメソッド名とシグネチャを解析していましたが、その戻り値は変数に格納されず、実質的に破棄されていました。そして、ast.NewObj(ast.Fun, "_") を使って、名前が _ のダミーの ast.Object を作成して返していました。このダミーオブジェクトには、解析されたメソッドの実際の型情報が設定されていませんでした。コメント // TODO(gri) compute method object が、この部分が未完成であることを示しています。

変更後:

func (p *gcParser) parseMethodOrEmbedSpec() *ast.Object {
	name := p.parseName() // メソッド名を 'name' 変数に格納
	if p.tok == '(' {
		typ := p.parseSignature() // シグネチャの型を 'typ' 変数に格納
		obj := ast.NewObj(ast.Fun, name) // 実際のメソッド名で関数オブジェクトを作成
		obj.Type = typ // メソッドの型をオブジェクトに設定
		return obj
	}
	// ...
}

変更後では、以下の重要な修正が行われています。

  1. name := p.parseName(): メソッド名を解析し、その結果を name という変数に明示的に格納しています。これにより、メソッドの実際の名前が保持されます。
  2. typ := p.parseSignature(): メソッドのシグネチャを解析し、その結果(メソッドの関数としての型)を typ という変数に格納しています。
  3. obj := ast.NewObj(ast.Fun, name): 新しい ast.Object を作成する際に、ダミーの _ ではなく、実際に解析したメソッド名 name を使用しています。これにより、オブジェクトが正しい名前を持つようになります。
  4. obj.Type = typ: 最も重要な変更点です。解析して取得したメソッドの型 typ を、作成した objType フィールドに代入しています。これにより、インポートされたメソッドオブジェクトが、その完全な型情報を持つようになります。

この修正により、gcimporter がGoのバイナリからメソッド情報を読み込む際に、メソッドのシグネチャだけでなく、そのシグネチャが表す関数としての型が ast.Object に正しく関連付けられるようになり、型システムの正確性が向上しました。

関連リンク

参考にした情報源リンク