[インデックス 14014] ファイルの概要
このコミットは、Go言語の標準ライブラリであるgo/doc
パッケージにおいて、nil
を事前宣言された定数(predeclared constants)のリストに追加する変更です。これにより、go/doc
パッケージがGoのソースコードを解析し、ドキュメントを生成する際に、nil
が正しく組み込みの定数として認識されるようになります。具体的には、go/doc/reader.go
内のpredeclaredConstants
マップにnil
が追加され、それに伴いgo/doc/example.go
内のplayExample
関数におけるnil
の特別扱いが不要になったため、関連する条件式が簡略化されています。
コミット
commit ce6acefc5d9049762066cad6c7cac1378de4544e
Author: Andrew Gerrand <adg@golang.org>
Date: Thu Oct 4 08:37:48 2012 +1000
go/doc: add nil to list of predeclared constants
R=gri
CC=gobot, golang-dev
https://golang.org/cl/6601054
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/ce6acefc5d9049762066cad6c7cac1378de4544e
元コミット内容
diff --git a/src/pkg/go/doc/example.go b/src/pkg/go/doc/example.go
index dc899351a6..79053b9a73 100644
--- a/src/pkg/go/doc/example.go
+++ b/src/pkg/go/doc/example.go
@@ -138,7 +138,7 @@ func playExample(file *ast.File, body *ast.BlockStmt) *ast.BlockStmt {
// Remove predeclared identifiers from unresolved list.
for n := range unresolved {
- if n == "nil" || predeclaredTypes[n] || predeclaredConstants[n] || predeclaredFuncs[n] {
+ if predeclaredTypes[n] || predeclaredConstants[n] || predeclaredFuncs[n] {
delete(unresolved, n)
}
}
diff --git a/src/pkg/go/doc/reader.go b/src/pkg/go/doc/reader.go
index f0860391f6..de42d47d9f 100644
--- a/src/pkg/go/doc/reader.go
+++ b/src/pkg/go/doc/reader.go
@@ -751,7 +751,7 @@ func sortedFuncs(m methodSet, allMethods bool) []*Func {
}
// ----------------------------------------------------------------------------
-// Predeclared identifiers (minus "nil")
+// Predeclared identifiers
var predeclaredTypes = map[string]bool{
"bool": true,
@@ -795,7 +795,8 @@ var predeclaredFuncs = map[string]bool{
}
var predeclaredConstants = map[string]bool{
+ "false": true,
"iota": true,
+ "nil": true,
"true": true,
- "false": true,
}
変更の背景
Go言語のgo/doc
パッケージは、Goのソースコードを解析し、その構造やコメントからドキュメントを生成する役割を担っています。このプロセスにおいて、Go言語に組み込まれている「事前宣言された識別子」(predeclared identifiers)を正確に認識することが重要です。これには、組み込み型(int
, string
など)、組み込み関数(len
, make
など)、そして組み込み定数(true
, false
, iota
など)が含まれます。
nil
はGo言語において非常に重要な概念であり、ポインタ、チャネル、関数、インターフェース、マップ、スライスといった参照型のゼロ値を示すために使用されます。しかし、このコミット以前のgo/doc
パッケージでは、nil
が事前宣言された定数として明示的にリストアップされていませんでした。
この認識の欠如は、go/doc
がコード例(examples)などを解析する際に問題を引き起こす可能性がありました。具体的には、nil
がコード内で使用された場合に、それが未解決の識別子(unresolved identifier)として扱われ、ドキュメント生成のロジックに不整合が生じる恐れがありました。例えば、go/doc/example.go
内のplayExample
関数では、未解決の識別子のリストから事前宣言された識別子を除外する処理が行われていましたが、nil
は特別にn == "nil"
という条件で個別に処理されていました。これは、nil
がpredeclaredConstants
マップに含まれていなかったためです。
このコミットは、nil
を正式に事前宣言された定数としてgo/doc
パッケージに認識させることで、この不整合を解消し、コード解析とドキュメント生成のロジックをより堅牢かつ一貫性のあるものにすることを目的としています。これにより、nil
の扱いが他の事前宣言された定数(true
, false
, iota
など)と同様になり、コードの重複や特別なケースの処理を削減できます。
前提知識の解説
Go言語のnil
Go言語におけるnil
は、特定の型の「ゼロ値」を表す事前宣言された識別子です。これは、初期化されていない、または値が割り当てられていない参照型(ポインタ、スライス、マップ、チャネル、インターフェース、関数)のデフォルト値として機能します。nil
はキーワードではなく、事前宣言された識別子であり、その型は文脈によって決定されます。例えば、var p *int = nil
の場合、nil
は*int
型として扱われます。nil
は、これらの参照型が有効な値を指していない状態を示すために不可欠です。
Go言語の「事前宣言された識別子 (predeclared identifiers)」
Go言語には、言語仕様によってあらかじめ定義され、特別な意味を持つ識別子が存在します。これらは、ユーザーが定義する変数や関数とは異なり、プログラムのどこでも特別な宣言なしに使用できます。主なカテゴリは以下の通りです。
- 型 (Types):
bool
,byte
,complex64
,complex128
,error
,float32
,float64
,int
,int8
,int16
,int32
,int64
,rune
,string
,uint
,uint8
,uint16
,uint32
,uint64
,uintptr
- 定数 (Constants):
true
,false
,iota
,nil
- 関数 (Functions):
append
,cap
,close
,complex
,copy
,delete
,imag
,len
,make
,new
,panic
,print
,println
,real
,recover
これらの識別子は、Goプログラムの基本的な構成要素であり、コンパイラによって特別に扱われます。
go/doc
パッケージ
go/doc
パッケージは、Go言語の標準ライブラリの一部であり、Goのソースコードからドキュメントを生成するためのツールを提供します。このパッケージは、go/ast
(抽象構文木)、go/parser
(パーサー)、go/token
(トークン)といった他のgo/*
パッケージと連携して動作します。
go/doc
パッケージの主な機能は以下の通りです。
- ソースコードの解析: Goのソースファイルを読み込み、
go/ast
パッケージを使用して抽象構文木(AST)を構築します。 - ドキュメントの抽出: ASTを走査し、パッケージ、型、関数、変数、定数、メソッドなどの宣言に関する情報と、それらに付随するコメント(ドキュメンテーションコメント)を抽出します。
- コード例の処理:
Example
関数として記述されたコード例を識別し、それらをドキュメントに含めるための処理を行います。これには、コード例の実行可能性のチェックや、出力のキャプチャなどが含まれる場合があります。 - 識別子の解決: ソースコード内の識別子(変数名、関数名など)が、組み込みのものか、パッケージ内で定義されたものか、あるいは外部パッケージからインポートされたものかを解決します。この解決プロセスにおいて、事前宣言された識別子のリストが参照されます。
go/doc
パッケージは、go doc
コマンドやgodoc
ツール(Go 1.11以降はgo doc
に統合)の基盤となっており、Goの公式ドキュメントサイト(pkg.go.devなど)のコンテンツ生成にも利用されています。
AST (Abstract Syntax Tree)
AST(抽象構文木)は、プログラミング言語のソースコードの抽象的な構文構造をツリー形式で表現したデータ構造です。コンパイラやインタープリタがソースコードを解析する際に中間表現として生成されます。
Go言語では、go/ast
パッケージがASTの定義と操作を提供します。go/parser
パッケージはソースコードを解析してASTを生成します。go/doc
パッケージは、このASTを利用してソースコードの意味内容を理解し、ドキュメントに必要な情報を抽出します。ASTは、コードの構造(関数定義、変数宣言、制御フローなど)をプログラム的に操作・分析するための強力な手段となります。
技術的詳細
このコミットの技術的詳細は、go/doc
パッケージがGo言語の事前宣言された識別子、特にnil
をどのように認識し、処理するかという点に集約されます。
-
src/pkg/go/doc/reader.go
におけるpredeclaredConstants
マップの更新:reader.go
ファイルには、Go言語の事前宣言された型、関数、定数をそれぞれ管理するためのマップ(predeclaredTypes
,predeclaredFuncs
,predeclaredConstants
)が定義されています。- このコミット以前は、
predeclaredConstants
マップには"iota"
,"true"
,"false"
が含まれていましたが、"nil"
は含まれていませんでした。 - 変更後、
"nil": true,
がpredeclaredConstants
マップに追加されました。これにより、go/doc
パッケージの内部ロジックにおいて、nil
が他の組み込み定数と同様に扱われるようになります。 - これに伴い、マップの上のコメントが
// Predeclared identifiers (minus "nil")
から// Predeclared identifiers
に変更され、nil
が特別扱いされなくなったことが示されています。
-
src/pkg/go/doc/example.go
におけるplayExample
関数のロジック変更:playExample
関数は、Goのコード例を処理し、そのASTを操作してドキュメントに適した形式に変換する役割を担っています。- この関数内には、
unresolved
というマップがあり、これはまだ解決されていない識別子(つまり、Goの組み込み識別子でも、現在のスコープで定義された識別子でもないもの)を追跡するために使用されます。 - コミット前のコードでは、
unresolved
リストを走査し、各識別子n
が事前宣言された型、定数、関数であるかどうかをチェックしていました。この際、nil
についてはn == "nil" ||
という特別な条件で個別にチェックされていました。これは、nil
がpredeclaredConstants
マップに含まれていなかったため、このマップによる一般的なチェックでは捕捉できなかったからです。 - コミット後、
reader.go
でnil
がpredeclaredConstants
に追加されたため、example.go
のplayExample
関数内のif
条件からn == "nil" ||
という特別なチェックが削除されました。これにより、nil
はpredeclaredConstants[n]
という一般的なチェックによって適切に処理されるようになり、コードが簡潔化され、一貫性が向上しました。
この変更は、go/doc
パッケージの内部的な整合性を高め、Go言語のセマンティクス(意味論)をより正確に反映させるものです。nil
が事前宣言された定数として明示的に扱われることで、ドキュメント生成プロセスにおける潜在的なエラーや不正確さが排除されます。
コアとなるコードの変更箇所
src/pkg/go/doc/example.go
// Remove predeclared identifiers from unresolved list.
for n := range unresolved {
- if n == "nil" || predeclaredTypes[n] || predeclaredConstants[n] || predeclaredFuncs[n] {
+ if predeclaredTypes[n] || predeclaredConstants[n] || predeclaredFuncs[n] {
delete(unresolved, n)
}
}
src/pkg/go/doc/reader.go
// ----------------------------------------------------------------------------
-// Predeclared identifiers (minus "nil")
+// Predeclared identifiers
var predeclaredTypes = map[string]bool{
"bool": true,
@@ -795,7 +795,8 @@ var predeclaredFuncs = map[string]bool{
}
var predeclaredConstants = map[string]bool{
+ "false": true,
"iota": true,
+ "nil": true,
"true": true,
- "false": true,
}
コアとなるコードの解説
src/pkg/go/doc/example.go
の変更
この変更は、playExample
関数内で行われています。この関数は、Goのコード例(Example
関数)の抽象構文木(AST)を処理する際に、未解決の識別子(unresolved
マップに格納されているもの)を特定し、それらがGo言語の組み込み識別子(事前宣言された型、定数、関数)であれば、unresolved
リストから削除するロジックを含んでいます。
変更前は、if
文の条件式にn == "nil" ||
という部分がありました。これは、「もし識別子n
が文字列"nil"
と等しいか、またはpredeclaredTypes
、predeclaredConstants
、predeclaredFuncs
のいずれかのマップに存在すれば」という意味です。このn == "nil"
という特別なチェックは、nil
がpredeclaredConstants
マップに明示的に含まれていなかったために必要でした。
変更後は、n == "nil" ||
が削除されました。これは、src/pkg/go/doc/reader.go
でnil
がpredeclaredConstants
マップに追加されたため、predeclaredConstants[n]
という一般的なチェックでnil
がカバーされるようになったからです。この変更により、コードがより簡潔になり、nil
の扱いが他の事前宣言された定数と統一されました。
src/pkg/go/doc/reader.go
の変更
この変更は、predeclaredConstants
というグローバル変数マップに対して行われています。このマップは、Go言語の事前宣言された定数を文字列キーとして保持し、その存在をtrue
で示すmap[string]bool
型です。
変更前は、このマップには"iota"
, "true"
, "false"
が含まれていましたが、"nil"
は含まれていませんでした。そのため、go/doc
パッケージの他の部分でnil
を事前宣言された定数として認識させるためには、個別のロジック(例: example.go
でのn == "nil"
チェック)が必要でした。
変更後、"nil": true,
がpredeclaredConstants
マップに追加されました。これにより、go/doc
パッケージ全体でnil
が正式に事前宣言された定数として扱われるようになります。この変更は、Go言語のセマンティクスをgo/doc
パッケージの内部モデルにより正確に反映させるための重要なステップです。
また、マップの上のコメントが// Predeclared identifiers (minus "nil")
から// Predeclared identifiers
に変更されています。これは、もはやnil
が事前宣言された識別子リストから除外される特別なケースではなくなったことを明確に示しています。
これらの変更は相互に関連しており、reader.go
でのpredeclaredConstants
マップの更新が、example.go
でのコード簡略化を可能にしています。これにより、go/doc
パッケージのコードベース全体でnil
の扱いが一貫し、保守性が向上しています。
関連リンク
- Go言語の公式ドキュメント: https://go.dev/doc/
go/doc
パッケージのドキュメント: https://pkg.go.dev/go/doc- Go言語の仕様 - Predeclared identifiers: https://go.dev/ref/spec#Predeclared_identifiers
- Go言語の仕様 - Nil literal: https://go.dev/ref/spec#Nil_literal
参考にした情報源リンク
- 特になし(Go言語の知識とコミット内容から直接解説を生成しました)