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[インデックス 14111] ファイルの概要

このコミットは、Go言語の仕様書(doc/go_spec.html)におけるdeferステートメントのセマンティクスに関する記述を明確にするものです。特に、関数が名前付き戻り値を持つ場合に、deferされた関数がいつ実行されるのかという点について、より正確な説明が加えられています。

コミット

commit f04ae1373eb75fc63a35b81f7d1b3d5867523279
Author: Rob Pike <r@golang.org>
Date:   Wed Oct 10 13:29:50 2012 +1100

    spec: clarify defer semantics
    It's already there but only in the "for instance" and so not
    clear enough: deferred functions run after
    the result parameters are updated.
    
    R=golang-dev, dsymonds
    CC=golang-dev
    https://golang.org/cl/6631058

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/f04ae1373eb75fc63a35b81f7d1b3d5867523279

元コミット内容

このコミットの元のメッセージは以下の通りです。

spec: clarify defer semantics
It's already there but only in the "for instance" and so not
clear enough: deferred functions run after
the result parameters are updated.

これは、「deferのセマンティクスを明確にする」という目的を簡潔に示しています。既存の記述では「例えば」という形でしか触れられていなかったため、deferされた関数が「結果パラメータが更新された後」に実行されるという点が十分に明確ではなかったことを指摘しています。

変更の背景

Go言語のdeferステートメントは、関数の実行が終了する直前(returnステートメントが評価された後)に、指定された関数を呼び出すメカニズムを提供します。これは、リソースの解放(ファイルクローズ、ロック解除など)やエラーハンドリングなど、クリーンアップ処理を確実に行うために非常に便利です。

しかし、deferされた関数が正確にいつ実行されるのか、特に名前付き戻り値(named result parameters)を持つ関数において、そのタイミングが曖昧であるという問題がありました。Goの関数は、戻り値に名前を付けることができ、その名前付き戻り値は関数の本体内で通常の変数として扱われます。returnステートメントが実行される際、これらの名前付き戻り値に最終的な値が代入されます。

このコミット以前の仕様書の記述では、deferされた関数が「戻り値が評価された後」に実行されるとされていましたが、これが「名前付き戻り値に値が代入された後」を意味するのか、それとも単に「戻り値の式が計算された後」を意味するのかが不明瞭でした。この曖昧さは、特にdeferされた関数が名前付き戻り値を参照または変更する場合に、予期せぬ動作を引き起こす可能性がありました。

この変更は、このような曖昧さを解消し、deferの動作をより厳密に定義することで、開発者がGoコードの挙動を正確に予測できるようにすることを目的としています。

前提知識の解説

このコミットの理解には、以下のGo言語の概念に関する知識が不可欠です。

  1. deferステートメント:

    • deferキーワードは、その後に続く関数呼び出しを、現在の関数がreturnする直前まで遅延させるために使用されます。
    • deferされた関数は、現在の関数がパニック(panic)を起こして終了する場合でも実行されます。
    • 複数のdeferステートメントがある場合、それらはLIFO(Last-In, First-Out)順、つまり最後にdeferされたものが最初に実行されます。
    • deferされた関数の引数は、deferステートメントが評価された時点で評価され、保存されます。
  2. 名前付き戻り値(Named Result Parameters):

    • Goの関数は、戻り値に名前を付けることができます。例: func foo() (result int)
    • 名前付き戻り値は、関数の本体内で通常の変数として宣言され、初期値(数値型なら0、文字列型なら""など)が与えられます。
    • 関数内でこれらの変数に値を代入し、returnステートメント(引数なしのreturnを含む)が実行されると、その時点での名前付き戻り値の変数の値が関数の戻り値となります。
    • 名前付き戻り値は、特に複雑なエラーハンドリングや、複数の戻り値を扱う場合にコードの可読性を向上させることがあります。
  3. 関数の戻り値の評価と代入:

    • 関数がreturnする際、戻り値の式が評価されます。
    • 名前付き戻り値がある場合、評価された値が対応する名前付き戻り値の変数に代入されます。
    • この代入プロセスは、deferされた関数が実行される前に完了している必要があります。なぜなら、deferされた関数がこれらの名前付き戻り値を参照したり変更したりする可能性があるためです。

このコミットは、特にdeferされた関数が名前付き戻り値にアクセスするシナリオにおいて、その実行順序がどのように保証されるかを明確にしています。

技術的詳細

このコミットの技術的な核心は、Go言語のdeferステートメントの実行タイミングに関する仕様の厳密化です。

変更前の仕様では、deferされた関数は「戻り値が評価された後」に実行されると記述されていました。これは、以下のような曖昧さを生じさせていました。

func example() (result int) {
    result = 1 // (A)
    defer func() {
        result = 2 // (B)
    }()
    return 0 // (C)
}

上記のexample関数において、return 0が実行される際、resultという名前付き戻り値には0が代入されようとします。しかし、deferされた関数がいつ実行されるかによって、最終的なresultの値が変わってきます。

  • もしdeferが「return文の式(この場合は0)が評価された直後、かつ名前付き戻り値への代入前」に実行されると解釈される場合、result0に代入される前に2に上書きされ、最終的に2が返されることになります。
  • もしdeferが「return文の式が評価され、かつ名前付き戻り値への代入が完了した後」に実行されると解釈される場合、resultはまず0に代入され、その後deferされた関数によって2に上書きされ、最終的に2が返されることになります。

Go言語の設計意図としては、deferされた関数は、名前付き戻り値が最終的な値に設定された後に実行されるべきでした。これにより、deferされた関数がクリーンアップやログ記録、あるいは戻り値の最終調整を行う際に、その時点での戻り値の正確な状態を把握し、必要に応じて変更できるという強力な機能が提供されます。

このコミットは、この設計意図を明確にするために、仕様書の記述を「戻り値が評価され、結果パラメータに代入された後」と修正しました。これにより、上記の例では、return 0が実行されるとまずresult0が代入され、その後にdeferされた関数が実行されてresult2に上書きされる、という挙動が明確に保証されます。

この変更は、Goのdeferが提供する「戻り値の最終調整」というユースケースをより堅牢にし、開発者がdeferの挙動をより正確に理解し、利用できるようにするための重要な仕様の明確化です。

コアとなるコードの変更箇所

変更はdoc/go_spec.htmlファイル内で行われています。

--- a/doc/go_spec.html
+++ b/doc/go_spec.html
@@ -1,6 +1,6 @@
 <!--{
  	"Title": "The Go Programming Language Specification",
-	"Subtitle": "Version of October 3, 2012",
+	"Subtitle": "Version of October 10, 2012",
  	"Path": "/ref/spec"
 }-->
 
@@ -4726,7 +4726,8 @@
 and saved anew but the
 actual function is not invoked.
 Instead, deferred calls are executed in LIFO order
-immediately before the surrounding function returns,
-after the return values, if any, have been evaluated, but before they
+immediately before the surrounding function returns,
+after the return values, if any, have been evaluated and assigned
+to the result parameters, but before they
 are returned to the caller. For instance, if the deferred function is
 a <a href="#Function_literals">function literal</a> and the surrounding
 function has <a href="#Function_types">named result parameters</a> that

コアとなるコードの解説

このコミットにおける主要な変更は、Go言語の仕様書(doc/go_spec.html)のdeferステートメントに関するセクションの記述修正です。

具体的には、以下の行が変更されました。

変更前: after the return values, if any, have been evaluated, but before they

変更後: after the return values, if any, have been evaluated and assigned to the result parameters, but before they

この修正は、deferされた関数が実行される正確なタイミングをより明確に定義しています。

  • after the return values, if any, have been evaluated: これは、returnステートメントに含まれる式(例: return x + yx + y)が計算され、その結果の値が確定したことを意味します。この点は変更されていません。
  • and assigned to the result parameters: ここが追加された重要な部分です。これは、評価された戻り値が、関数のシグネチャで宣言された名前付き戻り値(result parameters)に実際に代入された後に、deferされた関数が実行されることを明示しています。
  • , but before they are returned to the caller.: これは、deferされた関数が実行された後、最終的な値が呼び出し元に返されるという順序を示しており、この点も変更されていません。

この修正により、名前付き戻り値を持つ関数において、deferされた関数がその名前付き戻り値の最終的な値を参照したり、変更したりすることが意図通りに機能することが保証されます。例えば、defer内でresult = newValueのように名前付き戻り値を変更した場合、その変更が呼び出し元に返される値に反映されることが明確になります。

この変更は、Go言語のdeferのセマンティクスをより堅牢にし、開発者がその挙動を正確に理解し、予測できるようにするための重要な仕様の明確化です。

関連リンク

参考にした情報源リンク