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[インデックス 14321] ファイルの概要

このコミットは、Go言語のコンパイラ(cmd/gc)の一部であるsrc/cmd/gc/walk.cファイルに対する変更です。具体的には、スライスのインデックスとして使用される定数に対して、これまで課されていた「小さな整数であること」という要件を削除するものです。これにより、より大きな整数定数をスライスのインデックスとして利用できるようになります。

コミット

commit 2355409988305be158a55bfa5817ab2351fce825
Author: Ian Lance Taylor <iant@golang.org>
Date:   Tue Nov 6 11:36:59 2012 -0800

    cmd/gc: don't require that slice index constants be small ints
    
    The test for this is test/index.go, which is not run by
    default.
    
    R=remyoudompheng, rsc
    CC=golang-dev
    https://golang.org/cl/6812089

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/2355409988305be158a55bfa5817ab2351fce825

元コミット内容

cmd/gc: don't require that slice index constants be small ints

The test for this is test/index.go, which is not run by
default.

R=remyoudompheng, rsc
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/6812089

変更の背景

Go言語のコンパイラは、スライスのインデックスとして定数を使用する場合、その定数が「小さな整数(small int)」であるという内部的な制約を設けていました。この制約は、おそらくコンパイラの初期設計段階での最適化、あるいは特定のアーキテクチャにおける整数表現の制約、あるいは単に実装の簡素化のために導入されたものと考えられます。

しかし、この制約は、非常に大きな配列やスライスを扱う際に、定数インデックスの柔軟性を制限する可能性がありました。例えば、[1<<30]byteのような非常に大きな配列を定義し、その特定のインデックスに定数でアクセスしようとした場合、その定数が「小さな整数」の範囲を超えているとコンパイルエラーになる可能性がありました。

このコミットは、このような不必要な制約を取り除き、Go言語のユーザーがより柔軟に大きな定数をスライスのインデックスとして使用できるようにすることを目的としています。これにより、コンパイラの挙動がより直感的になり、特定のユースケースでの開発体験が向上します。コミットメッセージにあるtest/index.goは、この変更が正しく機能するかを検証するためのテストケースであり、デフォルトでは実行されないものの、この制約が実際に存在し、テストされていたことを示唆しています。

前提知識の解説

Go言語のスライス

Go言語におけるスライスは、配列を抽象化したデータ構造です。スライスは、基となる配列の一部を参照し、その長さ(len)と容量(cap)を持ちます。

  • 長さ(Length): スライスに含まれる要素の数。len(s)で取得できます。
  • 容量(Capacity): スライスが参照している基となる配列の、スライス開始位置から末尾までの要素の数。cap(s)で取得できます。 スライスはs[low:high]のような構文で作成され、lowからhigh-1までの要素を含みます。インデックスは0から始まり、len(s)-1まで有効です。

Goコンパイラ (cmd/gc) と walk フェーズ

Go言語の公式コンパイラは、主にcmd/gcとして知られています。コンパイルプロセスは複数のフェーズに分かれており、その一つが「walk(ウォーク)」フェーズです。

  • cmd/gc: Go言語のソースコードを機械語に変換する主要なコンパイラです。
  • walk フェーズ: 字句解析、構文解析を経て生成された抽象構文木(AST: Abstract Syntax Tree)を走査(walk)し、意味解析、型チェック、最適化、中間コード生成などを行います。このフェーズで、Go言語のセマンティクス(意味論)に合致しているかどうかの検証や、実行効率を高めるための変換が行われます。スライスのインデックスアクセスのような操作の妥当性チェックも、このフェーズで行われる重要な処理の一つです。

Goにおける定数と整数型

Go言語では、定数はコンパイル時に値が決定される不変のエンティティです。整数定数は、特定の型を持たない「型なし定数」として扱われることが多く、必要に応じて適切な整数型(int, int8, int16, int32, int64, uintなど)に変換されます。 int型は、Goが動作するシステムのアーキテクチャ(32ビットまたは64ビット)に応じて、32ビットまたは64ビットの符号付き整数を表します。コンパイラは、定数式を評価し、その値がターゲットの型や操作の制約に適合するかどうかを検証します。

技術的詳細

このコミットの変更は、Goコンパイラのwalkフェーズにおけるスライスインデックスの境界チェックロジックにあります。変更が行われたsrc/cmd/gc/walk.cファイルは、Goコンパイラのバックエンドの一部であり、ASTの走査と変換を担当しています。

変更箇所はsliceany関数内にあります。この関数は、スライス式(例: a[i:j]a[i:]など)を処理する際に呼び出されると考えられます。スライスのインデックスアクセスでは、指定されたインデックスがスライスの有効な範囲内にあるかどうかのチェックが非常に重要です。このチェックは、実行時エラー(パニック)を防ぐためにコンパイル時に行われるべきです。

変更前のコードでは、スライスの下限(lb)と上限(hb)の定数値をチェックする際に、以下の3つの条件を組み合わせていました。

  1. hbv < 0 または lbv < 0: インデックスが負でないこと。
  2. hbv > bv または lbv > bv: インデックスがスライスの容量(または長さ)を超えていないこと。
  3. !smallintconst(hb) または !smallintconst(lb): インデックス定数が「小さな整数」ではないこと。

このコミットでは、3番目の条件である!smallintconst(hb)!smallintconst(lb)が削除されました。

  • isconst(Node* n, int ct): この関数は、与えられたノードnが定数であり、かつ指定された定数型ct(ここではCTINT、つまり整数定数)であるかどうかをチェックします。これにより、コンパイル時に値が確定している整数定数のみが対象となります。
  • mpgetfix(Val v): Val構造体から多倍長整数(multi-precision integer)の値を取得し、固定長の整数値に変換する関数です。Goコンパイラ内部では、非常に大きな整数定数を扱うために多倍長整数ライブラリを使用することがあります。この関数は、その多倍長整数値を通常の整数値として取得するために使われます。
  • smallintconst(Node* n): この関数は、削除された条件に含まれていたもので、おそらく与えられた定数ノードが「小さな整数」の範囲内にあるかどうかを判定していました。この「小さな整数」の具体的な定義はコンパイラの実装に依存しますが、例えば、特定のビット幅(例: 32ビット)に収まるかどうか、あるいは特定の最適化パスで効率的に扱える範囲であるかどうかなどが考えられます。このチェックが削除されたことで、コンパイラはより大きな整数定数をスライスインデックスとして受け入れるようになります。
  • yyerror("slice index out of bounds"): これはコンパイラがエラーメッセージを出力するための関数です。インデックスが範囲外であると判断された場合に、このメッセージがユーザーに表示され、コンパイルが失敗します。

この変更により、コンパイラはスライスインデックスの定数に対して、負の値でないことと、スライスの境界を超えないことの2点のみをチェックするようになります。これにより、Go言語の仕様に沿った、より柔軟な定数インデックスの使用が可能になります。

コアとなるコードの変更箇所

src/cmd/gc/walk.cファイルにおいて、以下の差分が適用されました。

--- a/src/cmd/gc/walk.c
+++ b/src/cmd/gc/walk.c
@@ -2477,14 +2477,14 @@ sliceany(Node* n, NodeList **init)
 
 	if(isconst(hb, CTINT)) {
 		hbv = mpgetfix(hb->val.u.xval);
-		if(hbv < 0 || hbv > bv || !smallintconst(hb)) {
+		if(hbv < 0 || hbv > bv) {
 			yyerror("slice index out of bounds");
 			hbv = -1;
 		}
 	}
 	if(isconst(lb, CTINT)) {
 		lbv = mpgetfix(lb->val.u.xval);
-		if(lbv < 0 || lbv > bv || !smallintconst(lb)) {
+		if(lbv < 0 || lbv > bv) {
 			yyerror("slice index out of bounds");
 			lbv = -1;
 		}

コアとなるコードの解説

変更は、sliceany関数内の2つのif文に集中しています。これらはそれぞれ、スライスの上限(hb)と下限(lb)のインデックス定数に対する境界チェックを行っています。

  1. 上限インデックス(hb)のチェック:

    • 変更前: if(hbv < 0 || hbv > bv || !smallintconst(hb))
      • hbv < 0: 上限インデックスが負の値であるか。
      • hbv > bv: 上限インデックスがスライスの有効な境界(bv)を超えているか。
      • !smallintconst(hb): 上限インデックスが「小さな整数」ではないか。
    • 変更後: if(hbv < 0 || hbv > bv)
      • !smallintconst(hb)の条件が削除されました。これにより、上限インデックスが負でなく、かつ境界内であれば、その定数の値がどれほど大きくても(Goのint型で表現可能な範囲内であれば)有効とみなされるようになりました。
  2. 下限インデックス(lb)のチェック:

    • 変更前: if(lbv < 0 || lbv > bv || !smallintconst(lb))
      • lbv < 0: 下限インデックスが負の値であるか。
      • lbv > bv: 下限インデックスがスライスの有効な境界(bv)を超えているか。
      • !smallintconst(lb): 下限インデックスが「小さな整数」ではないか。
    • 変更後: if(lbv < 0 || lbv > bv)
      • !smallintconst(lb)の条件が削除されました。上限インデックスと同様に、下限インデックスも「小さな整数」である必要がなくなりました。

この変更の直接的な影響は、Go言語のプログラマがスライスのインデックスとして、より大きな整数定数を自由に使えるようになることです。例えば、var s [1<<40]byteのような非常に大きな配列を定義し、s[1<<30]のように大きな定数インデックスでアクセスするコードが、以前はコンパイルエラーになっていた可能性があっても、この変更後は正しくコンパイルされるようになります。これは、Go言語の表現力を高め、特定の数値計算やデータ構造の操作において、より自然なコーディングを可能にします。

関連リンク

参考にした情報源リンク

  • Go言語公式ドキュメント: https://go.dev/doc/
  • Go言語のソースコード(特にsrc/cmd/gcディレクトリ)
  • Go言語のコンパイラ設計に関する一般的な情報源(例: Goコンパイラの内部構造に関するブログ記事や論文)