[インデックス 14422] ファイルの概要
このコミットは、Go言語の標準ライブラリであるgo/ast
パッケージ内のast.Walk
関数における潜在的なクラッシュバグを修正するものです。具体的には、FuncType
ノードのParams
フィールドがnil
である場合にast.Walk
がパニックを起こす問題を、Walk
関数内でParams
フィールドがnil
でないことを確認するチェックを追加することで解決しています。
コミット
commit a42e8a80864281807384a6e5a45bebf3327a53fe
Author: Robert Griesemer <gri@golang.org>
Date: Fri Nov 16 11:53:26 2012 -0800
go/ast: FuncType.Params may be nil (per AST documentation)
ast.Walk needs to check for it or it will crash.
R=r
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/6852062
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/a42e8a80864281807384a6e5a45bebf3327a53fe
元コミット内容
go/ast
: FuncType.Params
は(ASTドキュメントに従い)nil
である可能性がある。
ast.Walk
はそれをチェックする必要がある。さもなければクラッシュするだろう。
変更の背景
Go言語のコンパイラやツールは、ソースコードを抽象構文木(AST: Abstract Syntax Tree)として内部的に表現します。go/ast
パッケージは、このASTを操作するためのデータ構造と関数を提供します。ast.Walk
関数は、ASTを再帰的に走査するためのユーティリティであり、ASTノードを訪問する際に特定の処理を実行するために使用されます。
このコミットが行われる前、go/ast
パッケージのドキュメントでは、関数型(FuncType
)のパラメータリスト(Params
フィールド)がnil
である可能性があると明記されていました。これは、例えば引数を全く取らない関数(func()
)の場合に発生し得ます。しかし、ast.Walk
関数内のFuncType
を処理するロジックでは、このParams
フィールドがnil
である可能性を考慮していませんでした。
その結果、ast.Walk
がParams
フィールドがnil
であるFuncType
ノードに遭遇すると、nil
ポインタのデリファレンスが発生し、プログラムがクラッシュするというバグが存在していました。このコミットは、この潜在的なクラッシュを防ぐために、ast.Walk
関数にnil
チェックを追加することを目的としています。
前提知識の解説
抽象構文木 (AST: Abstract Syntax Tree)
ASTは、プログラミング言語のソースコードの抽象的な構文構造を木構造で表現したものです。コンパイラやリンター、コード分析ツールなどは、ソースコードを直接扱うのではなく、まずASTに変換してから処理を行います。各ノードは、変数宣言、関数呼び出し、演算子などの言語構造を表します。
go/ast
パッケージ
Go言語の標準ライブラリの一部であり、GoのソースコードのAST表現を提供します。このパッケージには、ASTノードを表す様々な型(例: ast.File
, ast.FuncDecl
, ast.Expr
など)と、ASTを操作するためのユーティリティ関数が含まれています。
ast.Walk
関数
ast.Walk
は、go/ast
パッケージで提供される重要な関数の一つで、ASTを深さ優先で走査(トラバース)するために使用されます。この関数はast.Visitor
インターフェースを実装したオブジェクトとASTノードを受け取り、ノードとその子ノードを再帰的に訪問します。Visitor
インターフェースのVisit
メソッドは、各ノードが訪問されるたびに呼び出され、開発者はこのメソッド内で特定のノードタイプに応じた処理を記述できます。
ast.FuncType
構造体
ast.FuncType
は、GoのASTにおいて関数型を表す構造体です。例えば、func(int, string) (bool, error)
のような関数シグネチャを表現します。この構造体には、以下の主要なフィールドが含まれます。
Func
:token.Pos
型で、func
キーワードの位置を示します。Params
:*FieldList
型で、関数の引数(パラメータ)のリストを表します。Results
:*FieldList
型で、関数の戻り値のリストを表します。
ここで重要なのは、Params
とResults
が*FieldList
型であることです。FieldList
は、パラメータや戻り値のリストを表現するための構造体ですが、関数が引数を全く取らない場合や戻り値を全く持たない場合、これらのフィールドはnil
になることがあります。
ast.FieldList
構造体
ast.FieldList
は、関数パラメータや構造体フィールド、インターフェースメソッドの引数など、名前と型を持つ要素のリストを表現するために使用される構造体です。List
というフィールドを持ち、これは*ast.Field
のスライスです。
技術的詳細
このコミットの核心は、ast.Walk
関数がFuncType
ノードを処理する際のロバスト性の向上にあります。
ast.Walk
関数は、内部でswitch n := node.(type)
という型アサーションを使用して、現在走査しているASTノードの具体的な型を判別し、それぞれの型に応じた処理を実行します。*FuncType
の場合、以前のコードではWalk(v, n.Params)
と直接n.Params
に対して再帰的にWalk
を呼び出していました。
問題は、Goの関数定義において、パラメータが全くない関数(例: func() {}
)の場合、ast.FuncType
構造体のParams
フィールドがnil
になるという仕様でした。ast.Walk
はnil
ノードを安全に処理するように設計されていますが、n.Params
がnil
であるにもかかわらず、そのnil
値に対してWalk
を呼び出す前にnil
チェックが行われていなかったため、Walk
関数がnil
ポインタをデリファレンスしようとしてパニック(ランタイムエラー)を引き起こしていました。
このコミットでは、この問題を解決するために、*FuncType
ケースの処理にシンプルなnil
チェックを追加しています。具体的には、Walk(v, n.Params)
の呼び出しの前にif n.Params != nil
という条件を追加し、Params
フィールドが実際にnil
でない場合にのみ、その子ノード(パラメータリスト)の走査を行うように変更しました。同様に、Results
フィールドについても、以前からnil
チェックが存在していましたが、このコミットの変更はParams
に焦点を当てています。
この修正により、ast.Walk
は、パラメータを持たない関数型を表現するASTノードに遭遇しても、安全に処理を続行できるようになり、GoコンパイラやASTを扱うツールチェーン全体の安定性が向上しました。これは、Go言語のASTの仕様(FuncType.Params
がnil
になり得るという点)と、AST走査ユーティリティの堅牢性との間の不整合を解消する、重要なバグ修正と言えます。
コアとなるコードの変更箇所
--- a/src/pkg/go/ast/walk.go
+++ b/src/pkg/go/ast/walk.go
@@ -158,7 +158,9 @@ func Walk(v Visitor, node Node) {
Walk(v, n.Fields)
case *FuncType:
- Walk(v, n.Params)
+ if n.Params != nil {
+ Walk(v, n.Params)
+ }
if n.Results != nil {
Walk(v, n.Results)
}
コアとなるコードの解説
変更はsrc/pkg/go/ast/walk.go
ファイル内のWalk
関数のswitch
文の*FuncType
ケースにあります。
元のコード:
case *FuncType:
Walk(v, n.Params)
if n.Results != nil {
Walk(v, n.Results)
}
修正後のコード:
case *FuncType:
if n.Params != nil { // 追加されたnilチェック
Walk(v, n.Params)
}
if n.Results != nil {
Walk(v, n.Results)
}
この変更は非常にシンプルですが、その影響は大きいです。
case *FuncType:
: 現在走査しているノードがFuncType
型であることを示します。if n.Params != nil { ... }
: ここが追加されたnil
チェックです。n.Params
は*ast.FieldList
型であり、関数がパラメータを持たない場合、このポインタはnil
になります。Walk(v, n.Params)
:n.Params
がnil
でない場合にのみ、パラメータリストの子ノードに対して再帰的にWalk
関数が呼び出されます。これにより、nil
ポインタのデリファレンスが回避されます。if n.Results != nil { ... }
: 戻り値のリストn.Results
に対するnil
チェックは以前から存在しており、このコミットでは変更されていません。これは、戻り値がない関数(例:func() {}
)の場合にn.Results
がnil
になる可能性があるため、同様の理由で必要です。
この修正により、ast.Walk
関数は、Go言語のASTの仕様に完全に準拠し、より堅牢になりました。
関連リンク
- Go CL 6852062: https://golang.org/cl/6852062
参考にした情報源リンク
- Go言語のソースコードとドキュメント(
go/ast
パッケージ) - Go言語の抽象構文木に関する一般的な知識
- コミットメッセージと差分情報