[インデックス 1446] ファイルの概要
このコミットは、Go言語のbignum_test.go
ファイルから、一時的なワークアラウンド(回避策)を削除するものです。これは、bignum
パッケージ(現在のmath/big
パッケージの前身)のテストコードに含まれていた、特定のバグや未実装機能に対応するための記述が不要になったことを示しています。
コミット
commit 8b8a862da8e402febf27980b4dae8789d58dfb5d
Author: Robert Griesemer <gri@golang.org>
Date: Thu Jan 8 17:38:24 2009 -0800
- removed temporary work-arounds from bignum_test, not needed anymore
R=r
DELTA=93 (0 added, 61 deleted, 32 changed)
OCL=22348
CL=22366
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/8b8a862da8e402febf27980b4dae8789d58dfb5d
元コミット内容
このコミットの元の内容は、bignum_test
から一時的なワークアラウンドを削除したというものです。これは、それらのワークアラウンドがもはや必要なくなったためです。
変更の背景
Go言語は2009年11月に一般公開されましたが、このコミットはそれ以前の2009年1月に行われています。これはGo言語の非常に初期の開発段階にあたります。bignum
パッケージ(現在のmath/big
パッケージの前身)は、Go言語の標準ライブラリの一部として、任意精度演算を提供するために開発されていました。
開発の初期段階では、新しい機能やライブラリには多くのバグや未実装の部分が存在するのが一般的です。bignum
パッケージも例外ではなく、そのテストコードであるbignum_test.go
には、これらの初期の不具合を回避したり、特定のテストケースが正しく動作しないことを一時的にマークしたりするための「ワークアラウンド」や「BUG」コメントが含まれていました。
このコミットが行われた時点では、bignum
パッケージの基盤となる実装が成熟し、以前のバグが修正されたか、あるいはテストのロジックが改善されたため、これらの「一時的なワークアラウンド」が不要になったと推測されます。これにより、テストコードがよりクリーンになり、本来の意図通りにbignum
パッケージの機能を直接テストできるようになりました。
前提知識の解説
-
任意精度演算 (Arbitrary-Precision Arithmetic): 通常のプログラミング言語では、整数や浮動小数点数の表現には固定のビット数(例: 32ビット整数、64ビット浮動小数点数)が割り当てられています。これにより、表現できる数値の範囲や精度には限界があります。任意精度演算は、この限界を取り払い、必要に応じてメモリを動的に割り当てることで、理論上は無限の桁数を持つ数値を扱うことを可能にする技術です。科学計算、暗号学、金融計算など、高い精度や非常に大きな数値を扱う必要がある分野で不可欠です。Go言語では、標準ライブラリの
math/big
パッケージがこれを提供しています。 -
Go言語の初期開発: Go言語は、GoogleでRobert Griesemer、Rob Pike、Ken Thompsonによって設計されました。このコミットが行われた2009年1月は、Go言語がまだ内部で開発されており、一般に公開される前の段階でした。この時期のコードベースは、機能の追加、APIの変更、バグ修正が頻繁に行われる、非常に流動的な状態でした。
-
テスト駆動開発 (Test-Driven Development, TDD): このコミットがテストファイル(
bignum_test.go
)の変更であることから、Go言語の開発がテスト駆動で行われていたことが伺えます。TDDでは、まずテストを書き、それが失敗することを確認し、次にそのテストが成功するようにコードを実装し、最後にリファクタリングを行います。初期の「BUG」コメントやワークアラウンドは、このTDDサイクルの中で、まだ解決されていない問題や、一時的にテストをスキップする必要がある箇所を示していたと考えられます。
技術的詳細
このコミットの技術的な詳細は、bignum_test.go
ファイルから、以前のコミットで導入された一時的なコードやコメントが削除された点に集約されます。具体的には、以下のような変更が見られます。
-
return;//BUG
の削除:TestNatConv
関数内にあったreturn;//BUG
という行が削除されています。これは、この行以降のテストコードが一時的に実行されないようにするためのものでした。この削除は、NatConv
(自然数の変換)に関する問題が解決され、関連するテストが正常に実行できるようになったことを意味します。 -
//BUG
コメントの削除とコードの簡素化:TestRatConv
、Sum
、TestNatAdd
、Mul
、TestNatMul
、TestNatDiv
、TestNatMod
、TestNatShift
、TestNatLog2
、TestNatGcd
、TestNatPop
といった複数のテスト関数で、//BUG
というコメントが付与された行が削除されています。これらのコメントは、その行のテストが期待通りに動作しない、あるいはその行のコードに問題があることを示していました。 同時に、これらの//BUG
コメントに関連して、一時的な変数(例:t1
,t2
,na
,nb
,g
,nc
など)を導入して複雑な計算を段階的に行っていた部分が、元の簡潔な式に戻されています。これは、bignum
パッケージの各メソッド(Mul
,Add
,Shr
,Div
,Mod
,Shl
,Cmp
,Log2
,Gcd
,Pop
など)が安定し、正しく動作するようになったため、テストコード内で余計な中間変数やステップを挟む必要がなくなったことを示しています。例えば、
TestNatAdd
関数では、以前は以下のように複数のステップで計算を行っていました。//BUG: NAT_EQ(i, Sum(i, c), t.Mul(t).Add(t).Shr(1).Mul(c)); t1 := t.Mul(t); t2 := t1.Add(t); t3 := t2.Shr(1); t4 := t3.Mul(c); NAT_EQ(i, Sum(i, c), t4);
これが、今回のコミットで以下のように簡潔な1行の式に戻されています。
NAT_EQ(i, Sum(i, c), t.Mul(t).Add(t).Shr(1).Mul(c));
これは、
t.Mul(t).Add(t).Shr(1).Mul(c)
という一連のメソッド呼び出しが、期待通りに連鎖して正確な結果を返すようになったことを意味します。
これらの変更は、bignum
パッケージの内部実装が改善され、より堅牢になった結果として、テストコードからデバッグやワークアラウンドのための余分な記述を削除できるようになったことを明確に示しています。
コアとなるコードの変更箇所
変更はすべてsrc/lib/bignum_test.go
ファイル内で行われています。
src/lib/bignum_test.go
:return;//BUG
の削除 (L115)TestRatConv
関数内の//BUG
コメントと一時的な変数による計算の削除 (L152-155)Sum
関数内の//BUG
コメントと一時的な変数による計算の削除 (L172-175)TestNatAdd
関数内の//BUG
コメントと一時的な変数による計算の削除 (L190-194)Mul
関数内の//BUG
コメントと一時的な変数による条件分岐の簡素化 (L206-219)TestNatMul
関数内の//BUG
コメントと一時的な変数による計算の削除 (L253-255)TestNatDiv
関数内の//BUG
コメントと一時的な変数による計算の削除 (L268-270)TestNatMod
関数内の//BUG
コメントと一時的な変数による計算の削除 (L343-352)TestNatShift
関数内の//BUG
コメントと一時的な変数による計算の削除 (L362-379)TestNatLog2
関数内の//BUG
コメントと一時的な変数による計算の削除 (L462-471)TestNatGcd
関数内の//BUG
コメントと一時的な変数による計算の削除 (L482-486)TestNatPop
関数内の//BUG
コメントと一時的な変数による計算の削除 (L508-521)
コアとなるコードの解説
このコミットのコアとなる変更は、bignum_test.go
ファイルから、以前のコミットで導入された一時的なワークアラウンドやデバッグ用のコードが削除されたことです。
具体的には、以下のようなパターンでコードが変更されています。
変更前(例: TestNatAdd
):
//BUG: NAT_EQ(i, Sum(i, c), t.Mul(t).Add(t).Shr(1).Mul(c));
t1 := t.Mul(t);
t2 := t1.Add(t);
t3 := t2.Shr(1);
t4 := t3.Mul(c);
NAT_EQ(i, Sum(i, c), t4);
このコードでは、t.Mul(t).Add(t).Shr(1).Mul(c)
という一連の計算が、//BUG
コメントによって一時的に問題があるとマークされていました。そのため、この複雑な式を直接NAT_EQ
に渡す代わりに、t1
, t2
, t3
, t4
といった中間変数を使って計算を段階的に行い、その結果をNAT_EQ
に渡していました。これは、bignum
パッケージのメソッドチェーンが正しく動作しない、あるいはデバッグのために中間結果を確認する必要があったためと考えられます。
変更後(例: TestNatAdd
):
NAT_EQ(i, Sum(i, c), t.Mul(t).Add(t).Shr(1).Mul(c));
変更後では、//BUG
コメントとすべての中間変数が削除され、元の簡潔な式が直接NAT_EQ
に渡されています。これは、bignum
パッケージのMul
, Add
, Shr
といったメソッドが安定し、正しく連鎖して動作するようになったため、テストコード内で余計なステップを挟む必要がなくなったことを示しています。
同様の変更が、TestRatConv
、Sum
、Mul
、TestNatMul
、TestNatDiv
、TestNatMod
、TestNatShift
、TestNatLog2
、TestNatGcd
、TestNatPop
といった他のテスト関数でも行われています。これにより、テストコードはより読みやすく、簡潔になり、bignum
パッケージの機能が期待通りに動作していることを直接検証できるようになりました。
このコミットは、Go言語のbignum
パッケージが初期の不安定な状態から、より堅牢で信頼性の高い状態へと進化している過程を示していると言えます。
関連リンク
- Go言語の公式ウェブサイト: https://go.dev/
- Go言語の
math/big
パッケージのドキュメント: https://pkg.go.dev/math/big
参考にした情報源リンク
- Go言語の
math/big
パッケージのソースコード(GitHub): https://github.com/golang/go/tree/master/src/math/big - Go言語の歴史に関するWikipedia記事: https://en.wikipedia.org/wiki/Go_(programming_language)
- Web検索結果 (Go bignum package early development 2009 golang math/big history)
- https://vertexaisearch.cloud.google.com/grounding-api-redirect/AUZIYQEOSswXGKd25WbsknpT-X-3xhE0IwXsDCysQmMRqN5CrgueoN...
- https://vertexaisearch.cloud.google.com/grounding-api-redirect/AUZIYQFZDiOxIxirvtt0r7kOtd99m5b0xeqSi5rfHZ52EgN1siKdI_KPtPeQ7VMUoKVM3fTfV4RpzIobAoTbHaedn1S2hcOhJRVTYVySvDbWmk3mUKnC4sW3CVhlW3G2TUlEfpprzPe4MfULmaZiKO0ibwGd7MQY7hlJB8Hg94wCt88=
- https://vertexaisearch.cloud.google.com/grounding-api-redirect/AUZIYQEdALNhRiGKMrSZMUyhncbX20692tzRK6pOWzFuOlpHT6OOy0hbATz5KKvrnEI9uNNxJJUOtGy4C8C6GvY63JMvdYFdb2fiWLYJmq_4ig5kQPRtzxJC-p5mV5p2IoH0tjOeo_hwATK8YAYpyUk=
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- https://vertexaisearch.cloud.google.com/grounding-api-redirect/AUZIYQHhn53ohx7ZglJVST0lLv-ibYT1DW5yvBysDLddsysOYdMCQEp-jQDNJtrY9JxKG0fRRPyPUATTiEISRmf7bepakAI_-ZAwgyD5OLTV4m1t_NYTyqzWwQ==
- https://vertexaisearch.cloud.google.com/grounding-api-redirect/AUZIYQGBgrm0mkRKak2w_fQ_BRUJSNtvt1ZAzFXRX-QdDH1GX5dRx-Rnjv7HBThpZEvcfSLUVTxvEV3LQA0Ww8AXAvB2cHTDYD6y_Miq19w1JmI6BpwRv3-ZbSwGebqDJgudEKySaIJtDay6XEpRsAh28GFOe_oRlSxC_i6uHMhtHXdHrG1hP1YyEGPeFSbdvAv91tLNAd2vVsRCDJRfVrPSPE2gtPZQzj0qS2VIUSI=
- https://vertexaisearch.cloud.google.com/grounding-api-redirect/AUZIYQG9wLHojt1YNdXgcS1GKdvF8NmSalz38VdJV4U44ZJB2eadiZvO874yivtnAY5_o-C0fjMxQ1f3hvq8M7EWGqK8V9MvlrE_BcFVO5gq2tAycHLUvcQwzGeMr2d0xp5vPuiP3tYNgoU=