[インデックス 14647] ファイルの概要
このコミットは、Go言語のコンパイラであるgccgo
の内部的な改善に対応するため、テストコード内の型定義を修正するものです。具体的には、Go言語の組み込み型ではないfloat
という記述を、正しい浮動小数点型であるfloat32
に置き換えています。
コミット
commit cc5682dcc5aefca37974818b9695a424e8eea368
Author: Ian Lance Taylor <iant@golang.org>
Date: Thu Dec 13 15:11:31 2012 -0800
test: s/float/float32/
I just committed a patch to gccgo that notices that float was
never defined, causing an additional unmatched error message.
Rename the type to avoid that message.
R=golang-dev, minux.ma
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/6947049
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/cc5682dcc5aefca37974818b9695a424e8eea368
元コミット内容
このコミットの目的は、test
ディレクトリ内のファイルにおいて、float
という型指定をfloat32
に置換することです。これは、gccgo
コンパイラへのパッチが適用された結果、float
が未定義であることを検出し、予期せぬエラーメッセージが発生するようになったためです。この変更により、テストが本来意図するエラーチェックに集中できるようになります。
変更の背景
この変更の背景には、Go言語のコンパイラであるgccgo
の内部的な改善があります。コミットメッセージによると、gccgo
に新しいパッチが適用され、その結果、float
という型がGo言語の組み込み型として定義されていないことを正確に検出するようになりました。
Go言語の仕様では、浮動小数点型はfloat32
(単精度)とfloat64
(倍精度)として明示的に定義されており、単にfloat
という型は存在しません。しかし、以前のgccgo
のバージョンでは、この未定義のfloat
型がテストコード内で使用されていても、それが特定のコンパイルエラーを引き起こす文脈でなければ、追加のエラーとして報告されていなかった可能性があります。
新しいgccgo
のパッチが適用されたことで、float
が未定義の型であることが厳密にチェックされるようになり、test/fixedbugs
ディレクトリ内のテストファイルが、本来意図しない「float
が未定義」というエラーを報告するようになりました。これらのテストファイルは、特定のバグやエラーメッセージをテストするために意図的に不正なコードを含んでいることが多いため、この予期せぬエラーはテストの目的を妨げます。
したがって、このコミットは、テストファイルが本来テストしようとしていたエラー(例:可変引数リストの誤用)に集中できるように、float
を正しい型であるfloat32
に修正することを目的としています。これにより、テストの意図が明確になり、gccgo
の新しい厳密な型チェックが正しく機能していることを確認できます。
前提知識の解説
このコミットを理解するためには、以下のGo言語およびコンパイラに関する前提知識が役立ちます。
-
Go言語の数値型: Go言語には、整数型(
int
,int8
,int16
,int32
,int64
,uint
,uint8
,uint16
,uint32
,uint64
,uintptr
)と浮動小数点型(float32
,float64
)、複素数型(complex64
,complex128
)があります。float32
: IEEE 754単精度浮動小数点数(32ビット)。float64
: IEEE 754倍精度浮動小数点数(64ビット)。 C言語などとは異なり、Goには単にfloat
という型は存在せず、使用する精度に応じてfloat32
またはfloat64
を明示的に指定する必要があります。
-
Universe Scope (ユニバーススコープ): Go言語において、
universe scope
は、プログラム全体で常に利用可能な組み込みの識別子(型、関数、定数など)が定義されている最も外側のスコープです。これには、int
,bool
,string
などの基本型、len
,cap
,make
,new
,panic
,recover
などの組み込み関数、true
,false
, ``iota,
nilなどの組み込み定数が含まれます。 このコミットで変更された
test/fixedbugs/bug085.goのコメントは、この
universe scopeに含まれる識別子の例を記述しており、以前は誤って
floatが含まれていましたが、実際には
float32`が正しい組み込み型でした。 -
gccgo:
gccgo
は、GCC(GNU Compiler Collection)のフロントエンドとして実装されたGo言語コンパイラです。Go言語の公式コンパイラであるgc
(Go toolchainに含まれるコンパイラ)とは異なる実装であり、GoプログラムをGCCのバックエンドを通じてコンパイルします。gccgo
は、Go言語の仕様に準拠しつつ、GCCの最適化機能やクロスコンパイル能力を活用できるという特徴があります。 このコミットは、gccgo
の内部的な改善が、Go言語の型システムに関するより厳密なチェックを導入した結果として発生しました。 -
Go言語のテストフレームワークと
test/fixedbugs
ディレクトリ: Go言語には、標準ライブラリとしてtesting
パッケージが提供されており、ユニットテストやベンチマークテストを簡単に記述できます。test/fixedbugs
ディレクトリは、Go言語のコンパイラやランタイムにおける特定のバグ(fixed bugs)をテストするために用意された特殊なテストケース群です。これらのテストファイルは、意図的にコンパイルエラーやランタイムエラーを引き起こすようなコードを含んでおり、特定のバグが修正されたことを確認したり、特定の誤ったコードが正しくエラーとして報告されることを検証したりするために使用されます。
技術的詳細
このコミットの技術的な核心は、Go言語の厳密な型システムと、コンパイラ(特にgccgo
)がその型システムをどのように解釈し、適用するかという点にあります。
Go言語の設計思想の一つに「明示性」があります。これは、型定義においても顕著で、浮動小数点数型はfloat32
とfloat64
として明確に区別されています。これは、C言語のようにfloat
が単精度、double
が倍精度を意味するような暗黙的な型定義とは異なります。Goでは、開発者が使用する浮動小数点数の精度を意識的に選択することを求めています。
以前のgccgo
のバージョンでは、test/fixedbugs/bug228.go
のようなテストファイル内でfloat
という未定義の型が使用されていても、それが特定のコンパイルエラーを引き起こす文脈(例えば、可変引数リストの誤用)に埋もれていたり、コンパイラの型チェックがその特定のケースでfloat
の未定義を厳密に報告していなかったりした可能性があります。これは、コンパイラの最適化やエラー報告の優先順位付け、あるいは単にその時点での実装の不完全さに起因するかもしれません。
しかし、コミットメッセージにあるように、gccgo
に適用された新しいパッチは、型チェックのロジックを改善し、float
がGo言語の組み込み型ではないことをより正確かつ厳密に検出するようになりました。この改善により、bug228.go
のようなファイルが、本来テストしようとしていたエラー(例:可変引数リストの誤用)に加えて、「float
が未定義の型である」という予期せぬエラーメッセージを報告するようになりました。
この「unmatched error message」(予期せぬエラーメッセージ)は、テストの意図を曖昧にし、テストが本来検証すべきバグ以外の問題で失敗する原因となります。したがって、このコミットでは、テストの目的を維持しつつ、gccgo
の新しい厳密な型チェックに適合させるために、float
をGo言語で正しく定義されているfloat32
に修正しました。これにより、テストは引き続き可変引数の誤用に関するエラーを正確にテストでき、同時にgccgo
の型チェックの改善も確認できます。
また、test/fixedbugs/bug085.go
の変更は、universe scope
に関するコメントの修正であり、Go言語の組み込み型に関する正確な情報を提供するためのものです。これは、コードのドキュメントとしての正確性を高めるための変更であり、gccgo
の型チェックの厳密化という背景と整合しています。
コアとなるコードの変更箇所
このコミットでは、以下の2つのファイルが変更されています。
-
test/fixedbugs/bug085.go
--- a/test/fixedbugs/bug085.go +++ b/test/fixedbugs/bug085.go @@ -20,7 +20,7 @@ Bus error /* expected scope hierarchy (outermost to innermost) -universe scope (contains predeclared identifiers int, float, int32, len, etc.) +universe scope (contains predeclared identifiers int, float32, int32, len, etc.) "solar" scope (just holds the package name P so it can be found but doesn't conflict) global scope (the package global scope) local scopes (function scopes)
- 20行目のコメント内の
float
がfloat32
に修正されました。
- 20行目のコメント内の
-
test/fixedbugs/bug228.go
--- a/test/fixedbugs/bug228.go +++ b/test/fixedbugs/bug228.go @@ -8,11 +8,11 @@ package main func f(x int, y ...int) // ok -func g(x int, y float) (...) // ERROR "[.][.][.]" "final argument" +func g(x int, y float32) (...) // ERROR "[.][.][.]" "final argument" func h(x, y ...int) // ERROR "[.][.][.]" -func i(x int, y ...int, z float) // ERROR "[.][.][.]" +func i(x int, y ...int, z float32) // ERROR "[.][.][.]" var x ...int; // ERROR "[.][.][.]|syntax|type"
- 10行目の
func g
の引数リスト内のfloat
がfloat32
に修正されました。 - 14行目の
func i
の引数リスト内のfloat
がfloat32
に修正されました。
- 10行目の
コアとなるコードの解説
test/fixedbugs/bug085.go
の変更
このファイルは、Go言語のスコープ階層に関するテストまたはドキュメントの一部です。変更された行は、universe scope
に含まれる組み込み識別子の例を説明するコメントです。
Go言語の組み込み型にはfloat
は存在せず、float32
とfloat64
が明示的に定義されています。したがって、このコメントの修正は、Go言語の型システムに関する正確な情報を提供するためのものです。これは、gccgo
がfloat
を未定義として扱うようになったという背景と整合しており、ドキュメントと実装の整合性を保つための重要な変更です。
test/fixedbugs/bug228.go
の変更
このファイルは、Go言語の関数定義における可変引数(...
)の誤った使用方法がコンパイルエラーを引き起こすことをテストするためのものです。具体的には、可変引数が引数リストの最後の要素でなければならないというルールを検証しています。
-
func g(x int, y float) (...)
からfunc g(x int, y float32) (...)
への変更: この関数定義は、可変引数(...)
が引数リストの途中に現れているため、Go言語の仕様に違反しており、コンパイルエラーが期待されます。元のコードではy float
と記述されていましたが、float
はGo言語で未定義の型です。gccgo
の新しい型チェックがfloat
の未定義を検出するようになったため、このテストは本来意図する「可変引数の位置に関するエラー」に加えて、「float
が未定義である」というエラーも報告するようになりました。これを避けるため、float
を正しい型であるfloat32
に修正することで、テストは引き続き可変引数の誤用に関するエラーを正確にテストできます。 -
func i(x int, y ...int, z float)
からfunc i(x int, y ...int, z float32)
への変更: この関数定義も同様に、可変引数y ...int
の後に別の引数z float
が続いているため、Go言語の仕様に違反しており、コンパイルエラーが期待されます。func g
のケースと同様に、float
をfloat32
に修正することで、テストが意図しない「float
が未定義」というエラーで失敗するのを防ぎ、本来のテスト目的(可変引数の位置に関するエラー)を維持しています。
これらの変更により、test/fixedbugs
内のテストは、gccgo
の新しい厳密な型チェックに適合し、Go言語の特定の文法規則やエラーケースを正確に検証し続けることができます。
関連リンク
- Go言語の仕様: https://go.dev/ref/spec
- Go言語の数値型に関するドキュメント: https://go.dev/blog/go-data-types (Go Data Types - The Go Programming Language Blog)
- GCC Go Frontend (gccgo): https://gcc.gnu.org/onlinedocs/gccgo/
参考にした情報源リンク
- Go言語の公式ドキュメント
- Go言語のソースコード(特に
test/fixedbugs
ディレクトリ) - GCCのドキュメント