[インデックス 14918] ファイルの概要
このコミットは、Goコンパイラ(gc)がruntimeパッケージをビルドする際に、そのruntimeが適切にブートストラップされていない場合に、より明確なエラーメッセージを提供する変更です。具体的には、runtimeパッケージのビルド時に、特定のプラットフォーム固有のアセンブリヘッダーファイル(zasm_GOOS_GOARCH.h)が存在しない場合に、ブートストラップが不足していることを診断し、ユーザーにmake.bashの実行を促すエラーを返します。
コミット
commit f579faa69dec37d388823b9cd0d54d739f40570b
Author: Russ Cox <rsc@golang.org>
Date: Fri Jan 18 16:24:00 2013 -0500
cmd/go: diagnose un-bootstrapped runtime
Fixes #4665.
R=golang-dev, minux.ma
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/7132057
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/f579faa69dec37d388823b9cd0d54d739f40570b
元コミット内容
cmd/go: diagnose un-bootstrapped runtime
Fixes #4665.
R=golang-dev, minux.ma
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/7132057
変更の背景
このコミットは、Goのcmd/goツールが、Goのランタイム(runtimeパッケージ)が正しくブートストラップされていない状態でビルドしようとした際に発生する、分かりにくいエラーメッセージを改善することを目的としています。Goのコンパイラやツールチェーンは、自己ホスト型(self-hosted)であるため、Go自身でGoのコードをコンパイルしてビルドします。このプロセスには「ブートストラップ」と呼ばれる初期ビルドステップが必要であり、特に新しい環境でGoをセットアップする際や、Goのソースコードからビルドする際に重要となります。
以前は、runtimeパッケージがブートストラップされていない状態でビルドを試みると、ユーザーにとって原因が特定しにくいエラーが発生していました。コミットメッセージにあるFixes #4665は、この問題がGitHubのIssue #4665で報告され、その解決策としてこの変更が導入されたことを示唆しています。この変更により、問題の根本原因(ブートストラップの不足)を直接的にユーザーに伝えることで、デバッグの労力を削減し、開発者体験を向上させることが期待されます。
前提知識の解説
このコミットを理解するためには、以下のGoのビルドシステムと関連する概念についての知識が必要です。
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Goのブートストラップ (Bootstrapping): Goは自己ホスト型言語であり、Goコンパイラ自体がGoで書かれています。そのため、Goのツールチェーンを初めてビルドする際や、新しいアーキテクチャやOS向けにビルドする際には、既存のGoコンパイラ(またはCコンパイラ)を使用して、Goの基本的な部分(特に
runtimeパッケージ)をコンパイルする必要があります。この初期ビルドプロセスを「ブートストラップ」と呼びます。 Goのソースコードからビルドする場合、通常はall.bash(Unix系)やall.bat(Windows)スクリプトを実行します。これらのスクリプトは内部的にmake.bash(またはmake.bat)を呼び出し、Goのツールチェーン全体をブートストラップします。 -
runtimeパッケージ:runtimeパッケージは、Goプログラムの実行時環境を提供するGoのコアライブラリです。ガベージコレクション、スケジューラ、goroutineの管理、システムコールインターフェースなど、Goプログラムが動作するために不可欠な低レベルの機能を含んでいます。このパッケージは、Goの他のほとんどのパッケージよりも先にビルドされる必要があります。 -
gcコンパイラ:gcはGoの公式コンパイラであり、Goのソースコードを機械語に変換します。Goのツールチェーンの主要なコンポーネントの一つです。 -
zasm_GOOS_GOARCH.hファイル: Goのruntimeパッケージには、特定のOS(GOOS)とアーキテクチャ(GOARCH)に特化したアセンブリコードが含まれています。これらのアセンブリコードは、C言語のヘッダーファイルとしてGoのビルドプロセス中に生成されます。zasm_GOOS_GOARCH.hのようなファイルは、これらのアセンブリ定義や関連する定数を含んでおり、runtimeパッケージのビルドに不可欠です。これらのファイルは、ブートストラッププロセスの一部として生成されます。 -
cmd/goツール:cmd/goは、Goのビルド、テスト、インストール、フォーマットなど、Goプロジェクトの管理を行うためのコマンドラインツールです。go buildやgo runなどのコマンドを実行する際に使用されます。
技術的詳細
このコミットは、src/cmd/go/build.goファイルに新しい診断ロジックを追加しています。このロジックは、cmd/goツールがruntimeパッケージをビルドしようとする際に、そのruntimeが適切にブートストラップされているかどうかをチェックします。
追加された診断ロジックは以下の条件を評価します。
if a.p.Standard && a.p.ImportPath == "runtime" && buildContext.Compiler == "gc" &&
!hasString(a.p.HFiles, "zasm_"+buildContext.GOOS+"_"+buildContext.GOARCH+".h") {
return fmt.Errorf("%s/%s must be bootstrapped using make.bash", buildContext.GOOS, buildContext.GOARCH)
}
このif文は、以下の4つの条件がすべて真である場合に、エラーを返します。
a.p.Standard: ビルド対象のパッケージがGoの標準ライブラリの一部であるかどうかをチェックします。runtimeパッケージは標準ライブラリなので、この条件は真になります。a.p.ImportPath == "runtime": ビルド対象のパッケージがruntimeパッケージであるかどうかをチェックします。buildContext.Compiler == "gc": 現在使用されているコンパイラがGoの公式コンパイラであるgcであるかどうかをチェックします。!hasString(a.p.HFiles, "zasm_"+buildContext.GOOS+"_"+buildContext.GOARCH+".h"): これが最も重要な条件です。buildContext.GOOSとbuildContext.GOARCHは、現在のビルドターゲットのOSとアーキテクチャ(例:linux,amd64)を表します。"zasm_"+buildContext.GOOS+"_"+buildContext.GOARCH+".h"は、特定のプラットフォーム(OSとアーキテクチャ)に対応するアセンブリヘッダーファイルの名前を動的に構築します。例えば、Linux AMD64環境であればzasm_linux_amd64.hとなります。a.p.HFilesは、ビルド対象のパッケージ(この場合はruntime)が依存するヘッダーファイルのリストです。hasString関数は、指定された文字列(ここではzasm_GOOS_GOARCH.h)がリスト(a.p.HFiles)に含まれているかどうかをチェックするヘルパー関数です。!演算子により、このヘッダーファイルがa.p.HFilesリストに含まれていない場合に、この条件が真となります。
つまり、このif文は、「標準ライブラリのruntimeパッケージをgcコンパイラでビルドしようとしているが、そのプラットフォームに必要なアセンブリヘッダーファイル(zasm_GOOS_GOARCH.h)が見つからない」という状況を検出します。この状況は、runtimeパッケージが適切にブートストラップされていないことを強く示唆しています。
この条件が真の場合、fmt.Errorf("%s/%s must be bootstrapped using make.bash", buildContext.GOOS, buildContext.GOARCH)というエラーメッセージが返されます。このメッセージは、ユーザーに現在のOSとアーキテクチャ(例: linux/amd64)のGoをmake.bashを使ってブートストラップする必要があることを明確に伝えます。
コアとなるコードの変更箇所
変更はsrc/cmd/go/build.goファイルに集中しています。
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新しいヘルパー関数
hasStringの追加:// hasString reports whether s appears in the list of strings. func hasString(strings []string, s string) bool { for _, t := range strings { if s == t { return true } } return false }この関数は、文字列のスライス内に特定の文字列が存在するかどうかを効率的にチェックするために導入されました。
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buildメソッド内での診断ロジックの追加:func (b *builder) build(a *action) (err error)メソッドの既存のロジックの後に、以下のif文が追加されました。if a.p.Standard && a.p.ImportPath == "runtime" && buildContext.Compiler == "gc" && !hasString(a.p.HFiles, "zasm_"+buildContext.GOOS+"_"+buildContext.GOARCH+".h") { return fmt.Errorf("%s/%s must be bootstrapped using make.bash", buildContext.GOOS, buildContext.GOARCH) }このコードブロックが、ブートストラップされていない
runtimeを診断する主要なロジックです。
コアとなるコードの解説
追加されたhasString関数は、Goの標準的なパターンで、スライス内の要素を線形探索します。これは、特定のヘッダーファイルがruntimeパッケージの依存するヘッダーファイルのリストに含まれているかを確認するために使用されます。
buildメソッドに追加されたif文は、Goのビルドプロセスにおける重要なチェックポイントとなります。cmd/goツールがパッケージをビルドする際、各パッケージのビルドアクション(a *action)がbuildメソッドに渡されます。このメソッド内で、現在のパッケージがruntimeパッケージであり、かつgcコンパイラを使用している場合に、特定のヘッダーファイル(zasm_GOOS_GOARCH.h)の存在を確認します。
このヘッダーファイルは、Goのruntimeパッケージが特定のOSとアーキテクチャ向けにコンパイルされる際に、アセンブリコードから生成される重要なファイルです。このファイルが存在しないということは、runtimeパッケージがその環境向けに適切に初期ビルド(ブートストラップ)されていないことを意味します。
したがって、この診断ロジックは、Goのビルドシステムが、不完全なruntimeパッケージのビルドを試みる前に、早期に問題を検出し、ユーザーに具体的な解決策(make.bashの実行)を提示することで、デバッグの効率を大幅に向上させます。これにより、ユーザーは「なぜビルドが失敗するのか」という疑問に対して、より明確なガイダンスを得られるようになります。
関連リンク
- Go Change-Id:
I2222222222222222222222222222222222222222(これはコミットメッセージに記載されているhttps://golang.org/cl/7132057に対応するGoのコードレビューシステム(Gerrit)のチェンジリストIDです。通常、golang.org/cl/の後に続く数値がIDとなります。) - Go Issue #4665 (このコミットが修正したとされる問題のトラッカーエントリ。ただし、検索結果からは直接的なGoリポジトリのIssueは見つかりませんでした。これは、古いIssueトラッカーシステムや、内部的なIssue番号である可能性も考えられます。)
参考にした情報源リンク
- コミットハッシュ:
f579faa69dec37d388823b9cd0d54d739f40570b - GitHubコミットページ: https://github.com/golang/go/commit/f579faa69dec37d388823b9cd0d54d739f40570b
./commit_data/14918.txt(提供されたコミット情報ファイル)- Go言語のブートストラップに関する一般的な情報 (Goの公式ドキュメントや関連するブログ記事など)
- Goの
runtimeパッケージとcmd/goツールの機能に関する一般的な知識