[インデックス 15008] ファイルの概要
このコミットは、Go言語の実験的なSSA (Static Single Assignment) パッケージ exp/ssa
におけるバグ修正を目的としています。具体的には、以前のコミット ca5e5de48173
によって引き起こされた問題に対処し、func.go
ファイルに新しい BuilderMode
定数を追加しています。
コミット
commit 55cac5395215c04a6a3c7daf1ede241335da0822
Author: Alan Donovan <adonovan@google.com>
Date: Mon Jan 28 19:21:25 2013 -0500
exp/ssa: fix breakage due to https://code.google.com/p/go/source/detail?r=ca5e5de48173
I don't understand why this didn't show up during my testing.
R=bradfitz
TBR=bradfitz
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/7237047
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/55cac5395215c04a6a3c7daf1ede241335da0822
元コミット内容
このコミットは、src/pkg/exp/ssa/func.go
ファイルに以下の変更を加えています。
--- a/src/pkg/exp/ssa/func.go
+++ b/src/pkg/exp/ssa/func.go
@@ -10,6 +10,18 @@ import (
"os"
)
+// Mode bits for additional diagnostics and checking.
+// TODO(adonovan): move these to builder.go once submitted.
+type BuilderMode uint
+
+const (
+ LogPackages BuilderMode = 1 << iota // Dump package inventory to stderr
+ LogFunctions // Dump function SSA code to stderr
+ LogSource // Show source locations as SSA builder progresses
+ SanityCheckFunctions // Perform sanity checking of function bodies
+ UseGCImporter // Ignore SourceLoader; use gc-compiled object code for all imports
+)
+
// addEdge adds a control-flow graph edge from from to to.
func addEdge(from, to *BasicBlock) {
from.Succs = append(from.Succs, to)
変更の背景
このコミットの背景には、Go言語のコンパイラおよびツールチェインにおけるSSA (Static Single Assignment) 形式の導入と、その開発過程で発生した問題があります。コミットメッセージに記載されている https://code.google.com/p/go/source/detail?r=ca5e5de48173
のリンクは、このコミットが修正しようとしている「breakage(破損)」の原因となった以前の変更を示しています。
このリンク先のコミット ca5e5de48173
は、exp/ssa
パッケージ内の builder.go
に変更を加えており、特にSourceLoader
の使用に関するロジックが変更されています。この変更が、何らかの形で exp/ssa
パッケージの既存のテストや動作に影響を与え、今回のコミットで修正されるべき問題を引き起こしたと考えられます。
コミットメッセージの「I don't understand why this didn't show up during my testing.」という記述は、開発者がこの問題が自身のテスト中に検出されなかったことに驚いていることを示しており、テストカバレッジの限界や、特定の条件下でのみ顕在化するバグであった可能性を示唆しています。
前提知識の解説
Go言語の exp/ssa
パッケージ
exp/ssa
は、Go言語のコンパイラがコードを最適化するために使用する中間表現であるSSA (Static Single Assignment) 形式を扱うための実験的なパッケージです。SSA形式は、各変数が一度だけ代入されるようにプログラムを変換するもので、データフロー解析や最適化を容易にします。
- SSA (Static Single Assignment) 形式: プログラム中の各変数が一度だけ定義(代入)されるようにする中間表現です。これにより、変数の値がどこで定義され、どこで使われているかを明確に追跡でき、コンパイラによる最適化(例: デッドコード削除、共通部分式除去、レジスタ割り当て)が効率的に行えるようになります。
- 中間表現 (IR: Intermediate Representation): ソースコードを機械語に変換するコンパイル過程において、コンパイラが内部的に使用する抽象的な表現です。SSAはIRの一種であり、最適化フェーズで利用されます。
exp
パッケージ: Go言語の標準ライブラリには、exp
というプレフィックスを持つパッケージが存在することがあります。これらは「experimental(実験的)」であることを示し、将来的に変更される可能性や、まだ安定版ではないことを意味します。exp/ssa
もその一つで、Goコンパイラの進化の過程でSSAが導入される前の実験段階のコードベースでした。
コンパイラの診断とチェック
コンパイラ開発において、コード生成や最適化の過程で様々な診断情報やチェック機能が必要となります。これらは、コンパイラの動作をデバッグしたり、生成されるコードの正しさを検証したりするために不可欠です。
- 診断 (Diagnostics): コンパイラの内部状態や処理過程に関する情報(例: パッケージのインベントリ、SSAコードのダンプ、ソース位置情報)を出力すること。これにより、開発者はコンパイラの動作を理解し、問題を特定できます。
- サニティチェック (Sanity Check): プログラムの基本的な整合性や妥当性を確認するテスト。例えば、SSA形式の関数ボディが特定のルールに従っているか、不変条件が満たされているかなどを検証します。
- インポーター (Importer): Go言語では、パッケージのインポート時に、そのパッケージのコンパイル済み情報(オブジェクトコード)を読み込む必要があります。この処理を行うのがインポーターです。
gc-compiled object code
は、Goコンパイラ(gc
)によってコンパイルされたオブジェクトコードを指します。
技術的詳細
このコミットは、src/pkg/exp/ssa/func.go
に BuilderMode
という新しい型と、それに関連する定数を追加しています。
BuilderMode
は uint
型のビットフラグとして定義されており、コンパイラのSSAビルダーの動作を制御するための様々なオプションを提供します。
LogPackages
: パッケージのインベントリ(含まれる型、関数、変数などの情報)を標準エラー出力にダンプします。これは、コンパイラがどのパッケージ情報を認識しているかをデバッグする際に役立ちます。LogFunctions
: 生成された関数のSSAコードを標準エラー出力にダンプします。SSA形式のコードは人間が直接読むのが難しい場合があるため、このダンプ機能は最適化の過程やバグの特定に非常に有用です。LogSource
: SSAビルダーが処理を進める際に、対応するソースコードの位置情報を表示します。これにより、SSAコードの各部分が元のソースコードのどの部分に対応しているかを追跡できます。SanityCheckFunctions
: 生成された関数ボディに対してサニティチェックを実行します。これは、SSA形式のコードが内部的な整合性を保っているか、特定の不変条件を満たしているかなどを検証し、コンパイラ自身のバグを早期に発見するのに役立ちます。UseGCImporter
:SourceLoader
を無視し、すべてのインポートに対してgc
コンパイラによってコンパイルされたオブジェクトコードを使用するように指示します。これは、特定のテストシナリオや、ソースコードからのロードではなく、事前にコンパイルされたバイナリからのロードを強制したい場合に有用です。
これらのモードは、コンパイラの開発者やデバッグを行うユーザーが、SSAビルダーの動作をより詳細に制御し、問題の診断を容易にするために導入されました。コメントにある TODO(adonovan): move these to builder.go once submitted.
は、これらのモードが最終的には builder.go
ファイルに移動される予定であることを示しており、この func.go
での一時的な配置であることを示唆しています。
コアとなるコードの変更箇所
変更は src/pkg/exp/ssa/func.go
ファイルの以下の部分です。
// Mode bits for additional diagnostics and checking.
// TODO(adonovan): move these to builder.go once submitted.
type BuilderMode uint
const (
LogPackages BuilderMode = 1 << iota // Dump package inventory to stderr
LogFunctions // Dump function SSA code to stderr
LogSource // Show source locations as SSA builder progresses
SanityCheckFunctions // Perform sanity checking of function bodies
UseGCImporter // Ignore SourceLoader; use gc-compiled object code for all imports
)
コアとなるコードの解説
追加されたコードは、BuilderMode
という新しい型を定義し、それに続く const
ブロックで5つのビットフラグ定数を宣言しています。
type BuilderMode uint
:BuilderMode
を符号なし整数型 (uint
) のエイリアスとして定義しています。これにより、ビットフラグとして使用するのに適した型となります。1 << iota
: Go言語のiota
は、const
ブロック内で連続する定数に自動的にインクリメントされる値を割り当てる特殊な識別子です。1 << iota
は、iota
の値に基づいてビットシフトを行うことで、各定数に一意の2のべき乗の値を割り当てます。LogPackages
は1 << 0
で1
(00001b)LogFunctions
は1 << 1
で2
(00010b)LogSource
は1 << 2
で4
(00100b)SanityCheckFunctions
は1 << 3
で8
(01000b)UseGCImporter
は1 << 4
で16
(10000b) このように、各定数は異なるビット位置に対応するフラグとなり、複数のモードをビットOR演算子 (|
) で組み合わせて使用することができます。
これらの定数は、SSAビルダーの動作を細かく制御するための設定オプションとして機能します。例えば、LogFunctions | SanityCheckFunctions
のように組み合わせることで、関数のSSAコードをダンプしつつ、サニティチェックも同時に実行するといったことが可能になります。
この変更は、以前のコミットによって引き起こされた「breakage」を直接修正するものではなく、その問題の診断や将来的なデバッグを容易にするためのツールを追加するものです。おそらく、以前の変更が特定の条件下で予期せぬ動作を引き起こし、その原因究明のためにこれらの診断モードが必要になったと考えられます。
関連リンク
- Go言語のSSAパッケージに関する公式ドキュメントや設計ドキュメント(もし公開されていれば)
- Go言語のコンパイラ開発に関するブログ記事やメーリングリストの議論
参考にした情報源リンク
- https://github.com/golang/go/commit/55cac5395215c04a6a3c7daf1ede241335da0822
- https://golang.org/cl/7237047 (Go Code Review - CL 7237047)
- https://code.google.com/p/go/source/detail?r=ca5e5de48173 (Previous commit that caused breakage)
- Go言語の
iota
に関する公式ドキュメントやチュートリアル - SSA (Static Single Assignment) 形式に関する一般的な情報源(例: Wikipedia、コンパイラ設計の教科書)
- Go言語のコンパイラ内部に関する技術ブログや論文(もしあれば)