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[インデックス 15182] ファイルの概要

このコミットは、Go言語の標準ライブラリbytesパッケージにおけるアセンブリ関数に//go:noescapeディレクティブを追加する変更です。具体的には、IndexByte関数とEqual関数が対象となっています。この変更は、コンパイラがこれらのアセンブリ関数を呼び出す際に、スタックフレームの最適化を適切に行うための重要な指示を与えます。

コミット

commit 691e5e3b01706803a15350656668474e1fc2084f
Author: Shenghou Ma <minux.ma@gmail.com>
Date:   Sun Feb 10 00:08:30 2013 +0800

    bytes: annotate assembly functions with //go:noescape

    R=golang-dev, agl, bradfitz, rsc
    CC=golang-dev
    https://golang.org/cl/7299064

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/691e5e3b01706803a15350656668474e1fc2084f

元コミット内容

bytes: annotate assembly functions with //go:noescape

R=golang-dev, agl, bradfitz, rsc
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/7299064

変更の背景

Go言語のコンパイラは、関数呼び出しにおいてスタックフレームの最適化を行います。特に、関数がヒープにメモリを割り当てない(つまり、引数や戻り値がスタックから「エスケープ」しない)場合、コンパイラはその関数呼び出しに対してスタックフレームを省略するなどの最適化を行うことができます。

bytesパッケージ内のIndexByteEqualのような関数は、パフォーマンスが非常に重要であり、多くの場合アセンブリ言語で実装されています。アセンブリ言語で書かれた関数は、Goコンパイラがその内部動作を完全に解析することが困難です。そのため、コンパイラはこれらの関数がヒープにメモリを割り当てる可能性があると仮定し、不必要なスタックフレームを生成してしまうことがあります。

このコミットの背景には、アセンブリで実装された関数が実際にはヒープエスケープしないことをコンパイラに明示的に伝えることで、より効率的なコード生成を可能にするという目的があります。これにより、これらの関数の呼び出しオーバーヘッドが削減され、全体的なパフォーマンスが向上します。

前提知識の解説

Go言語のコンパイラと最適化

Go言語のコンパイラは、ソースコードを機械語に変換する際に様々な最適化を行います。その一つに、スタックフレームの最適化があります。関数が呼び出される際、通常はスタック上にその関数のローカル変数や引数を格納するための領域(スタックフレーム)が確保されます。しかし、コンパイラは関数の挙動を分析し、スタックフレームの生成を省略したり、より効率的なコードを生成したりすることがあります。

エスケープ解析 (Escape Analysis)

エスケープ解析は、Goコンパイラが行う重要な最適化の一つです。これは、変数がスタック上に割り当てられるべきか、それともヒープ上に割り当てられるべきかを決定するプロセスです。

  • スタック割り当て: 関数内で宣言され、その関数の実行が終了すると不要になる変数は、通常スタックに割り当てられます。スタック割り当ては高速で、ガベージコレクションの対象になりません。
  • ヒープ割り当て: 変数が関数のスコープを超えて参照され続ける可能性がある場合(例えば、ポインタが関数の外に返される場合など)、その変数はヒープに割り当てられます。ヒープ割り当てはスタック割り当てよりも遅く、ガベージコレクションの対象となります。

エスケープ解析は、変数がヒープに「エスケープ」するかどうかを判断することで、メモリ割り当ての効率を最大化します。

//go:noescape ディレクティブ

//go:noescapeは、Goコンパイラに対する特別なディレクティブ(指示子)です。このディレクティブは、関数宣言の直前に記述され、その関数がいかなる引数もヒープにエスケープさせないことをコンパイラに保証します。

このディレクティブは主に、Goのアセンブリ言語で書かれた関数に対して使用されます。アセンブリ関数はGoのコードからはブラックボックスであるため、コンパイラは通常、その関数が引数をヒープにエスケープさせる可能性があると保守的に判断します。//go:noescapeを付けることで、開発者がコンパイラに対して「この関数は引数をエスケープさせないので、スタックフレームの最適化を安全に行ってよい」と明示的に伝えることができます。

この指示がない場合、コンパイラはアセンブリ関数呼び出しの際に、引数がヒープにエスケープする可能性を考慮して、不必要なスタックフレームを生成することがあります。これは、特に頻繁に呼び出される低レベルの関数において、パフォーマンスのオーバーヘッドとなる可能性があります。

技術的詳細

このコミットの技術的な核心は、Goコンパイラのエスケープ解析アセンブリ関数の扱いにあります。

Goコンパイラは、Go言語で書かれた関数については、そのコードを静的に解析してエスケープ解析を実行し、変数がヒープにエスケープするかどうかを判断します。しかし、アセンブリ言語で書かれた関数(Goのソースコードからはfunc name(...) type // asm_GOARCH.sのように宣言され、実際のコードは.sファイルに存在する)の場合、コンパイラはその内部実装を直接解析することはできません。

そのため、コンパイラはデフォルトで、アセンブリ関数が引数をヒープにエスケープさせる可能性があると仮定します。この「悲観的な」仮定は、安全性を確保するためには必要ですが、実際にはエスケープしない関数にとっては不必要なオーバーヘッド(スタックフレームの生成など)を招きます。

//go:noescapeディレクティブは、この問題を解決するために導入されました。このディレクティブをアセンブリ関数のGo宣言に追加することで、開発者はコンパイラに対して、その関数が引数をヒープにエスケープさせないことを保証します。この保証により、コンパイラはアセンブリ関数呼び出しの際に、より積極的な最適化(例えば、スタックフレームの省略や、引数のレジスタ渡しなど)を行うことが可能になります。

具体的には、bytes.Equalbytes.IndexByteのような関数は、バイトスライスを比較したり、バイトを検索したりするだけであり、新たなメモリをヒープに割り当てたり、引数として渡されたスライスの内容を関数のスコープ外に「持ち出したり」することはありません。したがって、これらの関数は//go:noescapeの条件を満たします。

この変更により、これらの低レベルで頻繁に呼び出される関数が、より効率的にコンパイルされ、Goプログラム全体のパフォーマンス向上に寄与します。

コアとなるコードの変更箇所

このコミットでは、主に2つのファイルが変更されています。

  1. src/pkg/bytes/bytes.go:

    • Equal関数のGo宣言が削除されています。これは、Equal関数がアセンブリで実装されることになり、その宣言がbytes_decl.goに移動するためです。
  2. src/pkg/bytes/bytes_decl.go:

    • //go:noescapeディレクティブがIndexByte関数の宣言に追加されています。
    • Equal関数の宣言が追加され、その直前に//go:noescapeディレクティブが追加されています。また、この宣言には// asm_$GOARCH.sというコメントが付加されており、この関数がアセンブリファイルで実装されていることを示しています。
--- a/src/pkg/bytes/bytes.go
+++ b/src/pkg/bytes/bytes.go
@@ -37,10 +37,6 @@ func Compare(a, b []byte) int {
 	return 0
 }
 
-// Equal returns a boolean reporting whether a == b.
-// A nil argument is equivalent to an empty slice.
-func Equal(a, b []byte) bool
-//
 func equalPortable(a, b []byte) bool {
 	if len(a) != len(b) {
 		return false
diff --git a/src/pkg/bytes/bytes_decl.go b/src/pkg/bytes/bytes_decl.go
index 5d2b9e6393..ce78be416a 100644
--- a/src/pkg/bytes/bytes_decl.go
+++ b/src/pkg/bytes/bytes_decl.go
@@ -4,5 +4,13 @@
 
 package bytes
 
+//go:noescape
+
 // IndexByte returns the index of the first instance of c in s, or -1 if c is not present in s.
 func IndexByte(s []byte, c byte) int // asm_$GOARCH.s
+\n+//go:noescape
+\n+// Equal returns a boolean reporting whether a == b.
+// A nil argument is equivalent to an empty slice.\n+func Equal(a, b []byte) bool // asm_$GOARCH.s

コアとなるコードの解説

この変更の核心は、bytesパッケージ内のアセンブリ実装された関数(IndexByteEqual)のGo宣言に//go:noescapeディレクティブを追加した点です。

  • src/pkg/bytes/bytes.goからのEqual関数の削除:

    • 元々bytes.goにはEqual関数のGo宣言がありましたが、これはアセンブリ実装に切り替わるため、bytes_decl.goに移動されました。bytes.goに残るのは、Goで実装されたequalPortableのような補助関数です。
  • src/pkg/bytes/bytes_decl.goへの追加と変更:

    • bytes_decl.goは、アセンブリで実装される関数のGo宣言を置くためのファイルです。
    • IndexByte関数の宣言の前に//go:noescapeが追加されました。これは、IndexByteがバイトスライスsとバイトcを受け取り、インデックスを返すだけで、新たなメモリ割り当てや引数のエスケープを行わないことをコンパイラに伝えます。
    • Equal関数の宣言がbytes_decl.goに移動され、同様に//go:noescapeが追加されました。Equal関数も2つのバイトスライスを比較するだけで、エスケープは発生しません。

この変更により、Goコンパイラはこれらのアセンブリ関数を呼び出す際に、引数がヒープにエスケープしないことを確信し、より積極的な最適化(例えば、スタックフレームの生成を省略したり、引数をレジスタで渡したりする)を行うことができるようになります。これにより、これらの関数の呼び出しコストが削減され、bytesパッケージを利用するGoプログラム全体のパフォーマンスが向上します。特に、文字列やバイトスライスの操作はGoプログラムで頻繁に行われるため、この最適化の効果は大きいと考えられます。

関連リンク

参考にした情報源リンク

  • Go言語の//go:noescapeディレクティブに関する情報源 (例: Goのソースコードコメント、GoのIssueトラッカー、Goのメーリングリストなど)
    • Goのソースコード内の関連するコメントやドキュメント
    • GoのIssueトラッカーでの議論 (例: golang.org/cl/7299064に関連するIssue)
    • Goのコンパイラ最適化に関する一般的な情報源
  • Go言語のエスケープ解析に関する技術記事やブログポスト
  • Go言語のアセンブリプログラミングに関するドキュメント