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[インデックス 15282] ファイルの概要

このコミットは、Goランタイムのトレースバック機能において、パニック発生時(特にスタックオーバーフローが疑われる状況)にフレームポインタの値を表示するように変更を加えるものです。これにより、スタック関連の問題のデバッグと診断が容易になります。

コミット

commit 6c1539bb0137021840b07c07641e28661a652d36
Author: Russ Cox <rsc@golang.org>
Date:   Fri Feb 15 14:48:47 2013 -0500

    runtime: show frame pointer values during throw
    
    Should help if stack overflows start happening again.
    
    Fixes #3582.
    
    R=golang-dev, iant
    CC=golang-dev
    https://golang.org/cl/7311098

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/6c1539bb0137021840b07c07641e28661a652d36

元コミット内容

runtime: show frame pointer values during throw

Should help if stack overflows start happening again.

Fixes #3582.

R=golang-dev, iant
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/7311098

変更の背景

この変更の主な背景は、Goプログラムでスタックオーバーフローが発生した場合のデバッグを支援することです。コミットメッセージに「Should help if stack overflows start happening again.」と明記されている通り、過去にスタックオーバーフローの問題が発生しており、その再発に備えて診断情報を強化する目的があります。

Goのランタイムは、ゴルーチン(Goの軽量スレッド)ごとにスタックを管理しており、必要に応じてスタックを動的に拡張します。しかし、無限再帰や非常に深い関数呼び出しなどによってスタックが急速に消費されると、スタックオーバーフローが発生する可能性があります。このような状況では、プログラムがパニックを起こし、スタックトレースが出力されますが、その情報だけでは問題の根本原因を特定するのが難しい場合があります。

特に、スタックの破損や異常な状態が絡む場合、フレームポインタの値はスタックの状態を理解するための重要な手がかりとなります。このコミットは、パニック発生時にフレームポインタの値をトレースバック出力に含めることで、開発者がスタックの状態をより詳細に把握し、スタックオーバーフローや関連するメモリ問題のデバッグを効率的に行えるようにすることを目的としています。

関連するIssue #3582は、GoのIssueトラッカーで「runtime: stack overflow on large struct literal」というタイトルで登録されており、特定の条件下でスタックオーバーフローが発生する問題が報告されていました。このコミットは、その問題の直接的な修正というよりは、将来的な同様の問題の診断能力を向上させるための予防的な措置と考えられます。

前提知識の解説

このコミットを理解するためには、以下の概念について基本的な知識が必要です。

1. スタック (Stack)

プログラムの実行中に、関数呼び出しやローカル変数、関数の引数などを一時的に格納するために使用されるメモリ領域です。スタックはLIFO(Last-In, First-Out)の原則で動作し、関数が呼び出されるたびに新しい「スタックフレーム」がプッシュされ、関数から戻るたびにポップされます。

2. スタックフレーム (Stack Frame)

関数が呼び出されるたびにスタック上に作成されるデータ構造です。これには、関数の引数、ローカル変数、呼び出し元の関数のリターンアドレス、そして「フレームポインタ」などの情報が含まれます。

3. フレームポインタ (Frame Pointer, FP)

現在のスタックフレームの基点(または特定のオフセット)を指すレジスタです。これにより、関数内のローカル変数や引数にアクセスしたり、スタックフレームを辿って呼び出し履歴(スタックトレース)を再構築したりすることが可能になります。多くのアーキテクチャでは、ベースポインタ(EBP/RBP on x86/x64)がフレームポインタとして機能します。

4. スタックオーバーフロー (Stack Overflow)

スタック領域が使い果たされたときに発生するエラーです。通常、無限再帰呼び出しや、非常に大きなローカル変数を宣言することによって引き起こされます。スタックオーバーフローが発生すると、プログラムはクラッシュしたり、予期せぬ動作をしたりします。

5. Goランタイム (Go Runtime)

Go言語のプログラムを実行するために必要な低レベルのコード群です。これには、スケジューラ(ゴルーチンの管理)、ガベージコレクタ、メモリ管理、チャネルの実装、そしてパニックやスタックトレースの生成といったエラーハンドリングメカニズムが含まれます。Goランタイムは、GoプログラムがOS上で効率的に動作するための基盤を提供します。

6. トレースバック (Traceback / Stack Trace)

プログラムがエラー(特にパニックやクラッシュ)を起こした際に、そのエラーが発生するまでの関数呼び出しの履歴(スタックフレームの連鎖)を表示する機能です。これにより、エラーがどの関数のどの行で発生し、どのような経路でその関数が呼び出されたかを特定できます。デバッグにおいて非常に重要な情報です。

7. m->throwinggp == m->curg

Goランタイムの内部構造に関する概念です。

  • m (Machine): GoランタイムにおけるOSスレッドを表す構造体です。Goのスケジューラは、P(Processor)とM(Machine)を使ってゴルーチンをOSスレッドにマッピングします。
  • m->throwing: 現在のM(OSスレッド)がパニック状態にあるかどうかを示すフラグです。このフラグがtrueの場合、ランタイムは現在パニック処理中であることを意味します。
  • gp (Goroutine Pointer): 現在処理中のゴルーチンを指すポインタです。
  • m->curg: 現在のM(OSスレッド)で実行中のゴルーチンを指すポインタです。 m->throwing && gp == m->curgという条件は、「現在のOSスレッドがパニック処理中で、かつ、現在トレースバックを生成しているゴルーチンが、そのOSスレッドでパニックを起こしたゴルーチンである」という状況を意味します。つまり、パニック発生時のトレースバック生成中にのみフレームポインタの情報を出力するための条件です。

8. ARM / x86 アーキテクチャ

CPUの命令セットアーキテクチャの種類です。

  • ARM: 主にモバイルデバイスや組み込みシステムで広く使用されているRISC(Reduced Instruction Set Computer)アーキテクチャです。
  • x86: IntelとAMDが開発したCISC(Complex Instruction Set Computer)アーキテクチャで、主にデスクトップPCやサーバーで広く使用されています。 Goランタイムは、これらの異なるアーキテクチャに対応するために、それぞれに特化したコードを持っています。スタックの管理やレジスタの使用方法がアーキテクチャによって異なるため、トレースバックのコードもアーキテクチャ固有の実装が必要になります。

技術的詳細

このコミットは、Goランタイムのtraceback_arm.ctraceback_x86.cという2つのファイルに変更を加えています。これらのファイルは、それぞれARMとx86アーキテクチャにおけるスタックトレース(トレースバック)の生成ロジックを実装しています。

変更の核心は、runtime·gentraceback関数内に、特定の条件下でフレームポインタの値を標準出力(通常はstderr)に出力する行を追加したことです。

追加されたコードは以下の通りです。

if(m->throwing && gp == m->curg)
    runtime·printf("[fp=%p] ", fp);

このコードスニペットは、以下の条件が両方とも真である場合にのみ実行されます。

  1. m->throwing: 現在のOSスレッド(m)がパニック状態にある(つまり、例外がスローされている)ことを示します。
  2. gp == m->curg: 現在トレースバックを生成しているゴルーチン(gp)が、現在OSスレッドで実行中のゴルーチン(m->curg)と同一である、つまり、まさにパニックを引き起こしたゴルーチンである、ということを示します。

これらの条件が満たされるのは、Goプログラムがパニックを起こし、そのパニックを処理するためにスタックトレースが生成されている最中である場合です。このとき、runtime·printf("[fp=%p] ", fp);という行が実行され、現在のスタックフレームのフレームポインタ(fp)の値が16進数形式で出力されます。%pはポインタの値を表示するための書式指定子です。

フレームポインタの値を出力することの技術的な利点は以下の通りです。

  • スタックの状態の可視化: スタックオーバーフローやスタックの破損といった問題が発生した場合、フレームポインタの値が異常なパターンを示したり、予期せぬアドレスを指したりすることがあります。これらの値を見ることで、スタックがどのように成長し、どこで問題が発生したのかをより具体的に推測できます。
  • デバッグの補助: 従来のスタックトレースは関数名とファイル/行番号を提供しますが、フレームポインタの値は、低レベルのメモリレイアウトやレジスタの状態を理解する上で役立ちます。特に、アセンブリレベルでのデバッグや、Goランタイム自体の問題を調査する際に、この情報は非常に貴重です。
  • 再現性の向上: 特定のスタック状態が原因で発生するバグは、再現が難しい場合があります。フレームポインタの値がログに出力されることで、問題発生時のスタックの「スナップショット」が得られ、同様の問題を再現したり、根本原因を特定したりするための手がかりとなります。

この変更は、Goランタイムのデバッグ能力を向上させるための小さな、しかし重要な改善です。特に、スタック関連の複雑な問題に直面した際に、開発者がより深い洞察を得ることを可能にします。

コアとなるコードの変更箇所

変更はsrc/pkg/runtime/traceback_arm.csrc/pkg/runtime/traceback_x86.cの2つのファイルに、それぞれ2行ずつ追加されています。

src/pkg/runtime/traceback_arm.c

--- a/src/pkg/runtime/traceback_arm.c
+++ b/src/pkg/runtime/traceback_arm.c
@@ -125,6 +125,8 @@ runtime·gentraceback(byte *pc0, byte *sp, byte *lr0, G *gp, int32 skip, uintptr
 				tracepc = pc;	// back up to CALL instruction for funcline.
 				if(n > 0 && pc > f->entry && !waspanic)
 					tracepc -= sizeof(uintptr);
+				if(m->throwing && gp == m->curg)
+					runtime·printf("[fp=%p] ", fp);
 				runtime·printf("%S(\", f->name);
 				for(i = 0; i < f->args; i++) {
 					if(i != 0)

src/pkg/runtime/traceback_x86.c

--- a/src/pkg/runtime/traceback_x86.c
+++ b/src/pkg/runtime/traceback_x86.c
@@ -127,6 +127,8 @@ runtime·gentraceback(byte *pc0, byte *sp, byte *lr0, G *gp, int32 skip, uintptr
 				tracepc = pc;	// back up to CALL instruction for funcline.
 				if(n > 0 && pc > f->entry && !waspanic)
 					tracepc--;
+				if(m->throwing && gp == m->curg)
+					runtime·printf("[fp=%p] ", fp);
 				runtime·printf("%S(\", f->name);
 				for(i = 0; i < f->args; i++) {
 					if(i != 0)

コアとなるコードの解説

追加されたコードは、runtime·gentraceback関数内でスタックフレームの情報を出力するループの中に配置されています。この関数は、Goランタイムがスタックトレースを生成する際に呼び出される主要な関数です。

if(m->throwing && gp == m->curg)
    runtime·printf("[fp=%p] ", fp);
  • m->throwing: これは、現在のOSスレッド(m)がパニック状態にあるかどうかを示すブール値のフラグです。Goプログラムでパニックが発生すると、ランタイムはこのフラグをtrueに設定し、パニック処理を開始します。
  • gp == m->curg: gpは現在トレースバックを生成している対象のゴルーチンへのポインタです。m->curgは、現在のOSスレッドで実行中のゴルーチンへのポインタです。この条件は、トレースバックが、まさにパニックを引き起こしたゴルーチン自身のために生成されていることを確認します。これにより、他のゴルーチンのトレースバック(例えば、デバッガが要求した場合など)ではフレームポインタが出力されないようになります。
  • runtime·printf("[fp=%p] ", fp);: 上記の条件が両方とも真である場合、この行が実行されます。
    • runtime·printf: Goランタイム内部で使用されるprintfライクな関数で、通常は標準エラー出力(stderr)にメッセージを出力します。
    • "[fp=%p] ": 出力される文字列のフォーマットです。[fp=...]という形式で、フレームポインタの値が埋め込まれます。
    • fp: これは、現在のスタックフレームのフレームポインタの値を保持する変数です。runtime·gentraceback関数内で、スタックを辿る過程で各フレームのフレームポインタが計算され、このfp変数に格納されます。

このコードの追加により、Goプログラムがパニックを起こした際に表示されるスタックトレースの各行の先頭に、そのスタックフレームのフレームポインタの値が[fp=0x...]のような形式で追加されるようになります。これにより、デバッグ時にスタックの状態をより詳細に分析するための重要な情報が提供されます。

関連リンク

参考にした情報源リンク

  • Go言語のソースコード (特に src/pkg/runtime/)
  • Go言語のIssueトラッカー (Issue #3582)
  • スタック、スタックフレーム、フレームポインタに関する一般的なコンピュータサイエンスの資料
  • Goランタイムの内部構造に関するドキュメントやブログ記事 (例: "Go's Execution Tracer", "Go's Scheduler")
  • ARMおよびx86アーキテクチャの呼び出し規約とスタックフレームに関する資料