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[インデックス 1529] ファイルの概要

このコミットは、Goコンパイラ(6gおよびgc)における2つの改善を目的としています。具体的には、genembedtramp関数での致命的なエラーメッセージの改善と、シグネチャにアクセス不可能なプライベートメソッドを含めないようにする変更です。

コミット

commit 35e37bbf4139d7a7eab49e857402c3edfe89af52
Author: Russ Cox <rsc@golang.org>
Date:   Tue Jan 20 15:36:57 2009 -0800

    6g: better genembedtramp fatal error,
       and don't put inaccessible private methods
       in signature.
    
    R=ken
    OCL=23138
    CL=23140

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/35e37bbf4139d7a7eab49e857402c3edfe89af52

元コミット内容

このコミットは、Goコンパイラの一部である6g(64ビットシステム向けコンパイラ)とgc(Goコンパイラのフロントエンド)に対する変更を含んでいます。

  1. 6ggenembedtramp関数における致命的なエラーメッセージを改善し、より具体的な情報(型とメソッド名)を出力するようにしました。
  2. gcsubr.cにおいて、型シグネチャを生成する際に、アクセス不可能な(エクスポートされていない、かつ異なるパッケージに属する)プライベートメソッドを含めないように修正しました。

変更の背景

このコミットが行われた2009年1月は、Go言語がまだ一般に公開される前の開発初期段階でした。この時期のコミットは、言語仕様の確立、コンパイラの安定化、および基本的な機能の実装に焦点を当てていました。

genembedtrampのエラーメッセージ改善は、コンパイラ開発者や早期のGo言語ユーザーが、コンパイル時の問題の原因を特定しやすくするためのデバッグ支援が目的と考えられます。具体的な型とメソッド名がエラーメッセージに含まれることで、問題の切り分けが容易になります。

また、アクセス不可能なプライベートメソッドをシグネチャに含めないようにする変更は、Go言語の重要な設計原則である「エクスポートされた(大文字で始まる)識別子のみがパッケージ外からアクセス可能である」というカプセル化の概念をコンパイラレベルで厳密に適用するためです。これにより、コンパイラが生成する型情報が、言語の可視性ルールと一致し、不必要な情報を含まないようになります。これは、特にリフレクションやインターフェースの型チェックなど、型シグネチャが利用される場面での正確性と整合性を保証するために重要です。

前提知識の解説

Goコンパイラ (6g, gc)

Go言語の初期のコンパイラは、ターゲットアーキテクチャごとに異なる名前を持っていました。例えば、6gはAMD64(64ビット)アーキテクチャ向けのGoコンパイラを指します。現在では、これらのコンパイラは統合され、go tool compileコマンドを通じて利用されますが、内部的には依然として同様のコンポーネントが存在します。

  • gc (Go Compiler Frontend): Go言語のソースコードを解析し、抽象構文木(AST)を生成し、型チェック、最適化、中間コード生成などを行うコンパイラのフロントエンド部分です。src/cmd/gcディレクトリにそのコードが含まれていました。
  • 6g (Go Compiler Backend for AMD64): gcによって生成された中間コードを受け取り、特定のアーキテクチャ(この場合はAMD64)向けの機械語コードを生成するバックエンド部分です。src/cmd/6gディレクトリにそのコードが含まれていました。

genembedtramp

この関数名は、"generate embedded trampoline"(埋め込みトランポリンを生成する)の略であると推測されます。Go言語では、構造体にインターフェースを埋め込む(embedding)ことができます。この埋め込みによって、埋め込まれた型のメソッドが外側の型でも利用できるようになります。

「トランポリン」とは、プログラミングにおいて、ある関数呼び出しを別の場所にある実際の関数に「ジャンプ」させるための小さなコード片を指すことがあります。Goのコンテキストでは、埋め込みによって継承されたメソッドが呼び出された際に、実際のメソッド実装にディスパッチするためのメカニズムに関連している可能性があります。genembedtrampは、このディスパッチメカニズムを生成する過程で、何らかの予期せぬ状態に遭遇した場合にエラーを発生させていたと考えられます。

Go言語のメソッドと可視性

Go言語では、識別子(変数、関数、型、メソッドなど)の可視性は、その名前の最初の文字が大文字か小文字かによって決まります。

  • 大文字で始まる識別子: エクスポートされ、そのパッケージの外部からアクセス可能です(publicに相当)。
  • 小文字で始まる識別子: エクスポートされず、そのパッケージ内からのみアクセス可能です(privateに相当)。

メソッドもこのルールに従います。ある型が持つメソッドが小文字で始まる場合、それはその型が定義されているパッケージ内からのみ直接呼び出すことができます。異なるパッケージからその型をインポートした場合、小文字で始まるメソッドは直接呼び出すことができません。

型シグネチャ

型シグネチャとは、型が持つメソッドの集合とその定義(メソッド名、引数、戻り値の型)を指します。Go言語では、インターフェースが型シグネチャを定義し、特定の型がそのインターフェースを満たすかどうかは、その型がインターフェースのすべてのメソッドを実装しているかどうかによって決定されます。コンパイラは、型がインターフェースを満たすかどうかを判断するために、型のメソッドシグネチャを検査します。

技術的詳細

genembedtrampのエラーメッセージ改善

変更前は、genembedtramp関数内で予期せぬエラーが発生した場合、単にfatal("genembedtramp");という汎用的なメッセージでコンパイラが終了していました。これはデバッグを非常に困難にします。

変更後は、fatal("genembedtramp %T.%s", t, b->name);とすることで、エラーが発生した際の具体的な型(%Tで表示)とメソッド名(%sで表示)がメッセージに含まれるようになりました。これにより、どの型とメソッドの組み合わせで問題が発生したのかが即座に分かり、問題の特定と解決が大幅に効率化されます。fatal関数は、コンパイラが回復不能なエラーに遭遇した際に使用される関数で、通常はプログラムを終了させます。

アクセス不可能なプライベートメソッドのシグネチャからの除外

src/cmd/gc/subr.cexpand0関数は、型のメソッドシグネチャを展開する役割を担っていると推測されます。特に、methtype(t)で型tのメソッド情報を取得し、そのメソッドリストをイテレートしています。

変更前は、すべてのメソッドがシグネチャに含まれる可能性がありました。しかし、Goの可視性ルールでは、エクスポートされていない(小文字で始まる)メソッドは、そのメソッドが定義されているパッケージの外部からはアクセスできません。

追加された以下の行がこの問題を解決します。

if(!exportname(f->sym->name) && strcmp(f->sym->package, package) != 0)
    continue;
  • exportname(f->sym->name): メソッド名f->sym->nameがエクスポートされている(大文字で始まる)かどうかをチェックする関数です。!が付いているので、「エクスポートされていない」場合に真となります。
  • strcmp(f->sym->package, package) != 0: メソッドが属するパッケージf->sym->packageが、現在処理中のパッケージpackageと異なるかどうかをチェックします。

この条件文は、「もしメソッドがエクスポートされておらず(プライベートメソッド)、かつ、そのメソッドが現在処理中のパッケージとは異なるパッケージに属している場合」に真となります。この条件が真の場合、continueが実行され、現在のメソッドはスキップされ、シグネチャには含まれません。

これにより、コンパイラは、外部からアクセスできないプライベートメソッドを、その型が実装するインターフェースのシグネチャや、リフレクションで公開されるメソッドリストから除外するようになります。これは、Go言語の設計思想である「必要な情報のみを公開する」という原則に合致し、コンパイラが生成するメタデータの正確性を高めます。

コアとなるコードの変更箇所

src/cmd/6g/obj.c

--- a/src/cmd/6g/obj.c
+++ b/src/cmd/6g/obj.c
@@ -537,7 +537,7 @@ genembedtramp(Type *t, Sig *b)
 		if(c == 1)
 			goto out;
 	}
-	fatal("genembedtramp");
+	fatal("genembedtramp %T.%s", t, b->name);
 out:
 	if(d == 0)

src/cmd/gc/subr.c

--- a/src/cmd/gc/subr.c
+++ b/src/cmd/gc/subr.c
@@ -2489,6 +2489,8 @@ expand0(Type *t)
 	u = methtype(t);
 	if(u != T) {
 		for(f=u->method; f!=T; f=f->down) {
+			if(!exportname(f->sym->name) && strcmp(f->sym->package, package) != 0)
+				continue;
 			if(f->sym->uniq)
 				continue;
 			f->sym->uniq = 1;

コアとなるコードの解説

src/cmd/6g/obj.cの変更

genembedtramp関数内のfatal呼び出しが変更されました。 変更前: fatal("genembedtramp"); 変更後: fatal("genembedtramp %T.%s", t, b->name);

この変更により、genembedtramp関数が致命的なエラーを報告する際に、エラーが発生した具体的な型(t)とメソッド名(b->name)がエラーメッセージに含まれるようになります。これにより、コンパイラのデバッグ情報が大幅に改善され、問題の特定が容易になります。

src/cmd/gc/subr.cの変更

expand0関数内のメソッドをイテレートするループに条件分岐が追加されました。 追加された行: if(!exportname(f->sym->name) && strcmp(f->sym->package, package) != 0)

この条件は、以下の2つの条件が両方とも真である場合にcontinue(現在のメソッドをスキップ)を実行します。

  1. !exportname(f->sym->name): メソッド名がエクスポートされていない(つまり、小文字で始まるプライベートメソッドである)。
  2. strcmp(f->sym->package, package) != 0: メソッドが定義されているパッケージが、現在処理中のパッケージと異なる。

このロジックにより、異なるパッケージからアクセスできないプライベートメソッドは、型のシグネチャ(例えば、インターフェースの実装チェックやリフレクションのためのメソッドリスト)から除外されるようになります。これはGo言語の可視性ルールをコンパイラレベルで厳密に適用し、生成される型情報の正確性と整合性を保証します。

関連リンク

参考にした情報源リンク

  • Go言語のソースコード(GitHubリポジトリ): https://github.com/golang/go
  • Go言語のコンパイラに関する一般的な情報(Goの公式ドキュメントやブログ記事など)
  • C言語のstrcmp関数に関する情報(標準Cライブラリの一部)
  • Go言語の埋め込み(embedding)に関する情報
  • Go言語のインターフェースに関する情報
  • Go言語のコンパイラアーキテクチャに関する一般的な知識