[インデックス 15481] ファイルの概要
このコミットは、Go言語のsyscall
パッケージにLinux固有のMSG_FASTOPEN
定数を追加するものです。これにより、Linuxカーネルが提供するTCP Fast Open機能を利用するための基盤がGoプログラムから利用可能になります。具体的には、mkerrors.sh
スクリプトと、zerrors_linux_386.go
、zerrors_linux_amd64.go
、zerrors_linux_arm.go
といったアーキテクチャ固有のファイルにMSG_FASTOPEN
の定義が追加されています。
コミット
commit abf5700a157c63f435806da4bfab00b814f5b616
Author: Brad Fitzpatrick <bradfitz@golang.org>
Date: Wed Feb 27 15:51:51 2013 -0800
syscall: add MSG_FASTOPEN to Linux
Update #4842
R=golang-dev, r
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/7369060
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/abf5700a157c63f435806da4bfab00b814f5b616
元コミット内容
diff --git a/src/pkg/syscall/mkerrors.sh b/src/pkg/syscall/mkerrors.sh
index ef9cdf6582..e8abb67745 100755
--- a/src/pkg/syscall/mkerrors.sh
+++ b/src/pkg/syscall/mkerrors.sh
@@ -83,6 +83,10 @@ includes_Linux='\
#include <net/if_arp.h>
#include <net/route.h>
#include <netpacket/packet.h>
+\
+#ifndef MSG_FASTOPEN
+#define MSG_FASTOPEN 0x20000000
+#endif
'\
includes_NetBSD='\
diff --git a/src/pkg/syscall/zerrors_linux_386.go b/src/pkg/syscall/zerrors_linux_386.go
index 065da8f453..a689942b87 100644
--- a/src/pkg/syscall/zerrors_linux_386.go
+++ b/src/pkg/syscall/zerrors_linux_386.go
@@ -528,6 +528,7 @@ const (
MSG_DONTWAIT = 0x40
MSG_EOR = 0x80
MSG_ERRQUEUE = 0x2000
+\tMSG_FASTOPEN = 0x20000000
MSG_FIN = 0x200
MSG_MORE = 0x8000
MSG_NOSIGNAL = 0x4000
diff --git a/src/pkg/syscall/zerrors_linux_amd64.go b/src/pkg/syscall/zerrors_linux_amd64.go
index 4e4918452b..a1ac1773b2 100644
--- a/src/pkg/syscall/zerrors_linux_amd64.go
+++ b/src/pkg/syscall/zerrors_linux_amd64.go
@@ -528,6 +528,7 @@ const (
MSG_DONTWAIT = 0x40
MSG_EOR = 0x80
MSG_ERRQUEUE = 0x2000
+\tMSG_FASTOPEN = 0x20000000
MSG_FIN = 0x200
MSG_MORE = 0x8000
MSG_NOSIGNAL = 0x4000
diff --git a/src/pkg/syscall/zerrors_linux_arm.go b/src/pkg/syscall/zerrors_linux_arm.go
index 9b99cf83f1..0730f2140d 100644
--- a/src/pkg/syscall/zerrors_linux_arm.go
+++ b/src/pkg/syscall/zerrors_linux_arm.go
@@ -523,6 +523,7 @@ const (
MSG_DONTWAIT = 0x40
MSG_EOR = 0x80
MSG_ERRQUEUE = 0x2000
+\tMSG_FASTOPEN = 0x20000000
MSG_FIN = 0x200
MSG_MORE = 0x8000
MSG_NOSIGNAL = 0x4000
変更の背景
この変更は、Linuxカーネルが提供するTCP Fast Open (TFO) 機能のサポートをGo言語のsyscall
パッケージに追加することを目的としています。TFOは、TCP接続の確立にかかる時間を短縮し、特にWebアプリケーションなどの短い接続が頻繁に発生するシナリオにおいて、レイテンシを削減し、パフォーマンスを向上させるための技術です。
Go言語のsyscall
パッケージは、オペレーティングシステムが提供する低レベルのシステムコールへのインターフェースを提供します。GoプログラムがTFOを利用するためには、対応するシステムコールフラグ(この場合はMSG_FASTOPEN
)がsyscall
パッケージ内で定義されている必要があります。このコミットは、その定義を追加することで、GoプログラムがTFOを有効にしてソケット通信を行うための基盤を整備しています。
コミットメッセージにあるUpdate #4842
は、この変更がGoのIssueトラッカーにおける特定の課題(Issue 4842)に対応するものであることを示唆しています。このIssueは、おそらくTCP Fast Openのサポートに関する要望やバグ報告であったと考えられます。
前提知識の解説
TCP/IPとソケット
TCP/IPはインターネットの基盤となる通信プロトコル群です。TCP(Transmission Control Protocol)は、信頼性の高いコネクション指向の通信を提供し、データの順序保証や再送制御を行います。IP(Internet Protocol)は、データのパケットをネットワーク上でルーティングする役割を担います。
アプリケーションがネットワーク通信を行う際には、「ソケット」と呼ばれる抽象化されたインターフェースを使用します。ソケットは、プロセス間通信やネットワーク通信のエンドポイントとして機能し、ファイルディスクリプタのように扱われます。
TCP接続の確立(3ウェイハンドシェイク)
通常のTCP接続は、「3ウェイハンドシェイク」と呼ばれる手順で確立されます。
- SYN (Synchronize): クライアントがサーバーに接続要求(SYNパケット)を送信します。
- SYN-ACK (Synchronize-Acknowledge): サーバーがクライアントの要求を受け入れ、自身のSYNとクライアントのSYNに対するACK(確認応答)を送信します。
- ACK (Acknowledge): クライアントがサーバーのSYNに対するACKを送信し、接続が確立されます。
この3ウェイハンドシェイクは、データ転送を開始する前に必ず行われるため、特に短い接続が頻繁に発生する場合には、レイテンシのオーバーヘッドとなります。
sendmsg
とrecvmsg
システムコール
sendmsg
とrecvmsg
は、Unix系システムにおける汎用的なソケットI/Oシステムコールです。これらは、通常のsend
やrecv
よりも柔軟なデータ転送を可能にし、特に補助データ(ancillary data)の送受信や、複数のバッファからのデータ送信(scatter/gather I/O)をサポートします。
sendmsg
システムコールは、メッセージを送信する際に、メッセージのフラグを指定できます。このフラグは、メッセージの送信方法や振る舞いを制御するために使用されます。MSG_FASTOPEN
はこのフラグの一つとして利用されます。
TCP Fast Open (TFO)
TCP Fast Open (TFO) は、TCP接続の確立にかかる時間を短縮するための拡張機能です。TFOが有効な場合、クライアントは最初のSYNパケットに少量のアプリケーションデータを含めて送信できます。サーバーは、以前の接続でクライアントに発行した「TFOクッキー」を検証することで、3ウェイハンドシェイクが完了する前にそのデータを受信し、応答することができます。
TFOの主な利点は以下の通りです。
- レイテンシの削減: 3ウェイハンドシェイクの完了を待たずにデータ転送を開始できるため、特に短いHTTPリクエスト/レスポンスのようなシナリオで顕著なレイテンシ削減が期待できます。
- スループットの向上: 接続確立のオーバーヘッドが減ることで、多数の短い接続を処理するサーバーのスループットが向上する可能性があります。
TFOは、クライアントとサーバーの両方がTFOをサポートし、かつカーネルレベルで有効になっている必要があります。また、セキュリティ上の考慮事項(リプレイ攻撃など)から、TFOクッキーの管理が重要になります。
技術的詳細
このコミットは、Go言語のsyscall
パッケージがLinuxカーネルのMSG_FASTOPEN
フラグを認識できるようにするための変更です。
MSG_FASTOPEN
フラグ
MSG_FASTOPEN
は、Linuxカーネルが提供するソケットオプションフラグの一つで、TCP Fast Open機能を利用するためにsendmsg
システムコールで使用されます。このフラグが設定されたsendmsg
呼び出しは、TCP Fast Openのセマンティクスに従って動作します。
MSG_FASTOPEN
の値は0x20000000
(16進数)です。これは、他のMSG_
フラグ(例: MSG_DONTWAIT
, MSG_EOR
など)と同様に、ビットマスクとして機能します。
mkerrors.sh
の役割
src/pkg/syscall/mkerrors.sh
スクリプトは、Goのsyscall
パッケージが様々なオペレーティングシステムやアーキテクチャに対応するための定数(エラーコード、システムコール番号、メッセージフラグなど)を自動生成するために使用されます。このスクリプトは、C言語のヘッダファイルを読み込み、そこから必要な定数の値を抽出し、Goのソースコードとして出力します。
このコミットでは、mkerrors.sh
のincludes_Linux
変数に以下のCプリプロセッサディレクティブが追加されています。
#ifndef MSG_FASTOPEN
#define MSG_FASTOPEN 0x20000000
#endif
これは、MSG_FASTOPEN
がまだ定義されていない場合に、その値を0x20000000
として定義するという意味です。これにより、mkerrors.sh
が実行される際に、LinuxカーネルのヘッダファイルからMSG_FASTOPEN
の値が取得できない環境(例えば、古いカーネルヘッダを使用している場合など)でも、Goのsyscall
パッケージに正しい値が組み込まれるようになります。これは、ビルド環境の多様性を考慮した堅牢なアプローチです。
zerrors_linux_*.go
ファイル
src/pkg/syscall/zerrors_linux_386.go
、src/pkg/syscall/zerrors_linux_amd64.go
、src/pkg/syscall/zerrors_linux_arm.go
といったファイルは、mkerrors.sh
スクリプトによって自動生成されるGoのソースファイルです。これらのファイルには、各アーキテクチャ(386、amd64、arm)とOS(Linux)に対応するシステムコール関連の定数が定義されています。
このコミットでは、これらのファイルにMSG_FASTOPEN
定数が追加されています。
MSG_FASTOPEN = 0x20000000
これにより、Goプログラムはsyscall.MSG_FASTOPEN
としてこの定数にアクセスできるようになり、syscall.Sendmsg
などの関数を呼び出す際に、このフラグを引数として渡すことでTCP Fast Open機能を利用できるようになります。
コアとなるコードの変更箇所
src/pkg/syscall/mkerrors.sh
--- a/src/pkg/syscall/mkerrors.sh
+++ b/src/pkg/syscall/mkerrors.sh
@@ -83,6 +83,10 @@ includes_Linux='\
#include <net/if_arp.h>
#include <net/route.h>\
#include <netpacket/packet.h>\
+\
+#ifndef MSG_FASTOPEN
+#define MSG_FASTOPEN 0x20000000
+#endif
'\
src/pkg/syscall/zerrors_linux_386.go
(amd64, armも同様)
--- a/src/pkg/syscall/zerrors_linux_386.go
+++ b/src/pkg/syscall/zerrors_linux_386.go
@@ -528,6 +528,7 @@ const (
MSG_DONTWAIT = 0x40
MSG_EOR = 0x80
MSG_ERRQUEUE = 0x2000
+\tMSG_FASTOPEN = 0x20000000
MSG_FIN = 0x200
MSG_MORE = 0x8000
MSG_NOSIGNAL = 0x4000
コアとなるコードの解説
mkerrors.sh
の変更
mkerrors.sh
スクリプトは、Goのsyscall
パッケージが様々なOSやアーキテクチャのシステムコール定数を正しく扱うための重要なツールです。このスクリプトは、C言語のヘッダファイルを解析し、対応するGoの定数定義を生成します。
追加された#ifndef MSG_FASTOPEN ... #endif
ブロックは、mkerrors.sh
がLinuxのシステムヘッダを読み込む際に、MSG_FASTOPEN
が定義されていない場合(例えば、古いLinuxディストリビューションや特定のビルド環境で)に備えたフォールバックメカニズムです。これにより、MSG_FASTOPEN
の定数値が確実に0x20000000
としてGoのsyscall
パッケージに組み込まれることが保証されます。これは、Goのクロスコンパイルや多様な環境でのビルドを考慮した設計の一部です。
zerrors_linux_*.go
ファイルの変更
これらのファイルは、mkerrors.sh
によって生成されるGoのソースコードであり、Linuxの各アーキテクチャ(386, amd64, arm)におけるシステムコール関連の定数を定義しています。
MSG_FASTOPEN = 0x20000000
という行が追加されたことで、Goのプログラムはsyscall
パッケージをインポートするだけで、この定数にアクセスできるようになります。例えば、Goのネットワークプログラミングにおいて、TCP Fast Openを利用して接続を確立する際に、syscall.Sendmsg
関数などのフラグ引数としてsyscall.MSG_FASTOPEN
を指定することが可能になります。これにより、GoアプリケーションはLinuxカーネルのTCP Fast Open機能を直接利用し、ネットワーク通信のパフォーマンスを向上させることができます。
この変更自体は、TCP Fast Openの具体的な利用ロジックをGoの標準ライブラリに追加するものではなく、あくまでそのための低レベルな定数定義を提供することで、Go開発者がTFOを組み込んだアプリケーションを構築するための基盤を整備するものです。
関連リンク
- TCP Fast Open (Wikipedia): https://en.wikipedia.org/wiki/TCP_Fast_Open
- Linux
sendmsg
man page:man 2 sendmsg
(通常、Linuxシステム上でコマンドラインから参照可能) - Go
syscall
package documentation: https://pkg.go.dev/syscall (GoのバージョンによってURLが異なる場合があります) - Go Issue 4842 (関連する可能性のあるIssue): https://github.com/golang/go/issues/4842 (正確な内容を確認するにはGoのIssueトラッカーで検索が必要です)
参考にした情報源リンク
- Go言語のGitHubリポジトリのコミット履歴
- TCP Fast Openに関する一般的な技術ドキュメントおよびWikipedia
- Linuxの
sendmsg
システムコールに関するmanページ - Go言語の
syscall
パッケージのドキュメント - Go言語のIssueトラッカー (Issue 4842の検索)
[インデックス 15481] ファイルの概要
このコミットは、Go言語のsyscall
パッケージにLinux固有のMSG_FASTOPEN
定数を追加するものです。これにより、Linuxカーネルが提供するTCP Fast Open機能を利用するための基盤がGoプログラムから利用可能になります。具体的には、mkerrors.sh
スクリプトと、zerrors_linux_386.go
、zerrors_linux_amd64.go
、zerrors_linux_arm.go
といったアーキテクチャ固有のファイルにMSG_FASTOPEN
の定義が追加されています。
コミット
commit abf5700a157c63f435806da4bfab00b814f5b616
Author: Brad Fitzpatrick <bradfitz@golang.org>
Date: Wed Feb 27 15:51:51 2013 -0800
syscall: add MSG_FASTOPEN to Linux
Update #4842
R=golang-dev, r
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/7369060
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/abf5700a157c63f435806da4bfab00b814f5b616
元コミット内容
diff --git a/src/pkg/syscall/mkerrors.sh b/src/pkg/syscall/mkerrors.sh
index ef9cdf6582..e8abb67745 100755
--- a/src/pkg/syscall/mkerrors.sh
+++ b/src/pkg/syscall/mkerrors.sh
@@ -83,6 +83,10 @@ includes_Linux='\
#include <net/if_arp.h>
#include <net/route.h>
#include <netpacket/packet.h>\
+\
+#ifndef MSG_FASTOPEN
+#define MSG_FASTOPEN 0x20000000
+#endif
'\
includes_NetBSD='\
diff --git a/src/pkg/syscall/zerrors_linux_386.go b/src/pkg/syscall/zerrors_linux_386.go
index 065da8f453..a689942b87 100644
--- a/src/pkg/syscall/zerrors_linux_386.go
+++ b/src/pkg/syscall/zerrors_linux_386.go
@@ -528,6 +528,7 @@ const (
MSG_DONTWAIT = 0x40
MSG_EOR = 0x80
MSG_ERRQUEUE = 0x2000
+\tMSG_FASTOPEN = 0x20000000
MSG_FIN = 0x200
MSG_MORE = 0x8000
MSG_NOSIGNAL = 0x4000
diff --git a/src/pkg/syscall/zerrors_linux_amd64.go b/src/pkg/syscall/zerrors_linux_amd64.go
index 4e4918452b..a1ac1773b2 100644
--- a/src/pkg/syscall/zerrors_linux_amd64.go
+++ b/src/pkg/syscall/zerrors_linux_amd64.go
@@ -528,6 +528,7 @@ const (
MSG_DONTWAIT = 0x40
MSG_EOR = 0x80
MSG_ERRQUEUE = 0x2000
+\tMSG_FASTOPEN = 0x20000000
MSG_FIN = 0x200
MSG_MORE = 0x8000
MSG_NOSIGNAL = 0x4000
diff --git a/src/pkg/syscall/zerrors_linux_arm.go b/src/pkg/syscall/zerrors_linux_arm.go
index 9b99cf83f1..0730f2140d 100644
--- a/src/pkg/syscall/zerrors_linux_arm.go
+++ b/src/pkg/syscall/zerrors_linux_arm.go
@@ -523,6 +523,7 @@ const (
MSG_DONTWAIT = 0x40
MSG_EOR = 0x80
MSG_ERRQUEUE = 0x2000
+\tMSG_FASTOPEN = 0x20000000
MSG_FIN = 0x200
MSG_MORE = 0x8000
MSG_NOSIGNAL = 0x4000
変更の背景
この変更は、Linuxカーネルが提供するTCP Fast Open (TFO) 機能のサポートをGo言語のsyscall
パッケージに追加することを目的としています。TFOは、TCP接続の確立にかかる時間を短縮し、特にWebアプリケーションなどの短い接続が頻繁に発生するシナリオにおいて、レイテンシを削減し、パフォーマンスを向上させるための技術です。
Go言語のsyscall
パッケージは、オペレーティングシステムが提供する低レベルのシステムコールへのインターフェースを提供します。GoプログラムがTFOを利用するためには、対応するシステムコールフラグ(この場合はMSG_FASTOPEN
)がsyscall
パッケージ内で定義されている必要があります。このコミットは、その定義を追加することで、GoプログラムがTFOを有効にしてソケット通信を行うための基盤を整備しています。
コミットメッセージにあるUpdate #4842
は、この変更がGoのIssueトラッカーにおける特定の課題(Issue 4842)に対応するものであることを示唆しています。このIssueは、おそらくTCP Fast Openのサポートに関する要望やバグ報告であったと考えられます。
前提知識の解説
TCP/IPとソケット
TCP/IPはインターネットの基盤となる通信プロトコル群です。TCP(Transmission Control Protocol)は、信頼性の高いコネクション指向の通信を提供し、データの順序保証や再送制御を行います。IP(Internet Protocol)は、データのパケットをネットワーク上でルーティングする役割を担います。
アプリケーションがネットワーク通信を行う際には、「ソケット」と呼ばれる抽象化されたインターフェースを使用します。ソケットは、プロセス間通信やネットワーク通信のエンドポイントとして機能し、ファイルディスクリプタのように扱われます。
TCP接続の確立(3ウェイハンドシェイク)
通常のTCP接続は、「3ウェイハンドシェイク」と呼ばれる手順で確立されます。
- SYN (Synchronize): クライアントがサーバーに接続要求(SYNパケット)を送信します。
- SYN-ACK (Synchronize-Acknowledge): サーバーがクライアントの要求を受け入れ、自身のSYNとクライアントのSYNに対するACK(確認応答)を送信します。
- ACK (Acknowledge): クライアントがサーバーのSYNに対するACKを送信し、接続が確立されます。
この3ウェイハンドシェイクは、データ転送を開始する前に必ず行われるため、特に短い接続が頻繁に発生する場合には、レイテンシのオーバーヘッドとなります。
sendmsg
とrecvmsg
システムコール
sendmsg
とrecvmsg
は、Unix系システムにおける汎用的なソケットI/Oシステムコールです。これらは、通常のsend
やrecv
よりも柔軟なデータ転送を可能にし、特に補助データ(ancillary data)の送受信や、複数のバッファからのデータ送信(scatter/gather I/O)をサポートします。
sendmsg
システムコールは、メッセージを送信する際に、メッセージのフラグを指定できます。このフラグは、メッセージの送信方法や振る舞いを制御するために使用されます。MSG_FASTOPEN
はこのフラグの一つとして利用されます。
TCP Fast Open (TFO)
TCP Fast Open (TFO) は、TCP接続の確立にかかる時間を短縮するための拡張機能です。TFOが有効な場合、クライアントは最初のSYNパケットに少量のアプリケーションデータを含めて送信できます。サーバーは、以前の接続でクライアントに発行した「TFOクッキー」を検証することで、3ウェイハンドシェイクが完了する前にそのデータを受信し、応答することができます。
TFOの主な利点は以下の通りです。
- レイテンシの削減: 3ウェイハンドシェイクの完了を待たずにデータ転送を開始できるため、特に短いHTTPリクエスト/レスポンスのようなシナリオで顕著なレイテンシ削減が期待できます。
- スループットの向上: 接続確立のオーバーヘッドが減ることで、多数の短い接続を処理するサーバーのスループットが向上する可能性があります。
TFOは、クライアントとサーバーの両方がTFOをサポートし、かつカーネルレベルで有効になっている必要があります。また、セキュリティ上の考慮事項(リプレイ攻撃など)から、TFOクッキーの管理が重要になります。
技術的詳細
このコミットは、Go言語のsyscall
パッケージがLinuxカーネルのMSG_FASTOPEN
フラグを認識できるようにするための変更です。
MSG_FASTOPEN
フラグ
MSG_FASTOPEN
は、Linuxカーネルが提供するソケットオプションフラグの一つで、TCP Fast Open機能を利用するためにsendmsg
システムコールで使用されます。このフラグが設定されたsendmsg
呼び出しは、TCP Fast Openのセマンティクスに従って動作します。
MSG_FASTOPEN
の値は0x20000000
(16進数)です。これは、他のMSG_
フラグ(例: MSG_DONTWAIT
, MSG_EOR
など)と同様に、ビットマスクとして機能します。
mkerrors.sh
の役割
src/pkg/syscall/mkerrors.sh
スクリプトは、Goのsyscall
パッケージが様々なオペレーティングシステムやアーキテクチャに対応するための定数(エラーコード、システムコール番号、メッセージフラグなど)を自動生成するために使用されます。このスクリプトは、C言語のヘッダファイルを読み込み、そこから必要な定数の値を抽出し、Goのソースコードとして出力します。
このコミットでは、mkerrors.sh
のincludes_Linux
変数に以下のCプリプロセッサディレクティブが追加されています。
#ifndef MSG_FASTOPEN
#define MSG_FASTOPEN 0x20000000
#endif
これは、MSG_FASTOPEN
がまだ定義されていない場合に、その値を0x20000000
として定義するという意味です。これにより、mkerrors.sh
が実行される際に、LinuxカーネルのヘッダファイルからMSG_FASTOPEN
の値が取得できない環境(例えば、古いカーネルヘッダを使用している場合など)でも、Goのsyscall
パッケージに正しい値が組み込まれるようになります。これは、ビルド環境の多様性を考慮した堅牢なアプローチです。
zerrors_linux_*.go
ファイル
src/pkg/syscall/zerrors_linux_386.go
、src/pkg/syscall/zerrors_linux_amd64.go
、src/pkg/syscall/zerrors_linux_arm.go
といったファイルは、mkerrors.sh
スクリプトによって自動生成されるGoのソースファイルです。これらのファイルには、各アーキテクチャ(386、amd64、arm)とOS(Linux)に対応するシステムコール関連の定数が定義されています。
このコミットでは、これらのファイルにMSG_FASTOPEN
定数が追加されています。
MSG_FASTOPEN = 0x20000000
これにより、Goプログラムはsyscall.MSG_FASTOPEN
としてこの定数にアクセスできるようになり、syscall.Sendmsg
などの関数を呼び出す際に、このフラグを引数として渡すことでTCP Fast Open機能を利用できるようになります。
コアとなるコードの変更箇所
src/pkg/syscall/mkerrors.sh
--- a/src/pkg/syscall/mkerrors.sh
+++ b/src/pkg/syscall/mkerrors.sh
@@ -83,6 +83,10 @@ includes_Linux='\
#include <net/if_arp.h>
#include <net/route.h>\
#include <netpacket/packet.h>\
+\
+#ifndef MSG_FASTOPEN
+#define MSG_FASTOPEN 0x20000000
+#endif
'\
src/pkg/syscall/zerrors_linux_386.go
(amd64, armも同様)
--- a/src/pkg/syscall/zerrors_linux_386.go
+++ b/src/pkg/syscall/zerrors_linux_386.go
@@ -528,6 +528,7 @@ const (
MSG_DONTWAIT = 0x40
MSG_EOR = 0x80
MSG_ERRQUEUE = 0x2000
+\tMSG_FASTOPEN = 0x20000000
MSG_FIN = 0x200
MSG_MORE = 0x8000
MSG_NOSIGNAL = 0x4000
コアとなるコードの解説
mkerrors.sh
の変更
mkerrors.sh
スクリプトは、Goのsyscall
パッケージが様々なOSやアーキテクチャのシステムコール定数を正しく扱うための重要なツールです。このスクリプトは、C言語のヘッダファイルを解析し、対応するGoの定数定義を生成します。
追加された#ifndef MSG_FASTOPEN ... #endif
ブロックは、mkerrors.sh
がLinuxのシステムヘッダを読み込む際に、MSG_FASTOPEN
が定義されていない場合(例えば、古いLinuxディストリビューションや特定のビルド環境で)に備えたフォールバックメカニズムです。これにより、MSG_FASTOPEN
の定数値が確実に0x20000000
としてGoのsyscall
パッケージに組み込まれることが保証されます。これは、Goのクロスコンパイルや多様な環境でのビルドを考慮した設計の一部です。
zerrors_linux_*.go
ファイルの変更
これらのファイルは、mkerrors.sh
によって生成されるGoのソースコードであり、Linuxの各アーキテクチャ(386, amd64, arm)におけるシステムコール関連の定数を定義しています。
MSG_FASTOPEN = 0x20000000
という行が追加されたことで、Goのプログラムはsyscall
パッケージをインポートするだけで、この定数にアクセスできるようになります。例えば、Goのネットワークプログラミングにおいて、TCP Fast Openを利用して接続を確立する際に、syscall.Sendmsg
関数などのフラグ引数としてsyscall.MSG_FASTOPEN
を指定することが可能になります。これにより、GoアプリケーションはLinuxカーネルのTCP Fast Open機能を直接利用し、ネットワーク通信のパフォーマンスを向上させることができます。
この変更自体は、TCP Fast Openの具体的な利用ロジックをGoの標準ライブラリに追加するものではなく、あくまでそのための低レベルな定数定義を提供することで、Go開発者がTFOを組み込んだアプリケーションを構築するための基盤を整備するものです。
関連リンク
- TCP Fast Open (Wikipedia): https://en.wikipedia.org/wiki/TCP_Fast_Open
- Linux
sendmsg
man page:man 2 sendmsg
(通常、Linuxシステム上でコマンドラインから参照可能) - Go
syscall
package documentation: https://pkg.go.dev/syscall (GoのバージョンによってURLが異なる場合があります) - Go Issue 4842 (関連する可能性のあるIssue): https://github.com/golang/go/issues/4842 (正確な内容を確認するにはGoのIssueトラッカーで検索が必要です)
参考にした情報源リンク
- Go言語のGitHubリポジトリのコミット履歴
- TCP Fast Openに関する一般的な技術ドキュメントおよびWikipedia
- Linuxの
sendmsg
システムコールに関するmanページ - Go言語の
syscall
パッケージのドキュメント - Go言語のIssueトラッカー (Issue 4842の検索)
- Web検索: "TCP Fast Open MSG_FASTOPEN"