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このコミットは、Go言語のランタイムにおけるシステムコール(Syscall)のベンチマークテストのリファクタリングと、GOMAXPROCSを超えるゴルーチン数でのベンチマークケースの追加に関するものです。
コミット
commit 38d4d3c66a2aaaa7e4a73d197bbe425116b8ef49
Author: Dmitriy Vyukov <dvyukov@google.com>
Date: Fri Mar 1 01:10:34 2013 +0200
runtime: refactor Syscall benchmark
And add a benchmark where #goroutines>GOMAXPROCS,
because it's the most interesting case.
Current results on darwin/amd64, Intel Core 2 Duo 2.13 GHz, 2 cores:
BenchmarkSyscall 100000000 56.0 ns/op
BenchmarkSyscall-2 50000000 57.2 ns/op
BenchmarkSyscallWork 10000000 635 ns/op
BenchmarkSyscallWork-2 10000000 315 ns/op
BenchmarkSyscallExcess 1000000 2698 ns/op
BenchmarkSyscallExcess-2 5000000 1192 ns/op
BenchmarkSyscallExcessWork 1000000 2832 ns/op
BenchmarkSyscallExcessWork-2 2000000 1966 ns/op
R=golang-dev, r
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/7415044
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/38d4d3c66a2aaaa7e4a73d197bbe425116b8ef49
元コミット内容
runtime: refactor Syscall benchmark
And add a benchmark where #goroutines>GOMAXPROCS,
because it's the most interesting case.
Current results on darwin/amd64, Intel Core 2 Duo 2.13 GHz, 2 cores:
BenchmarkSyscall 100000000 56.0 ns/op
BenchmarkSyscall-2 50000000 57.2 ns/op
BenchmarkSyscallWork 10000000 635 ns/op
BenchmarkSyscallWork-2 10000000 315 ns/op
BenchmarkSyscallExcess 1000000 2698 ns/op
BenchmarkSyscallExcess-2 5000000 1192 ns/op
BenchmarkSyscallExcessWork 1000000 2832 ns/op
BenchmarkSyscallExcessWork-2 2000000 1966 ns/op
変更の背景
このコミットの主な背景は、Goランタイムにおけるシステムコール(Syscall)のパフォーマンスベンチマークを改善し、より現実的なシナリオでの挙動を評価することにあります。
従来のベンチマークでは、GOMAXPROCS(Goランタイムが同時に実行できるOSスレッドの最大数)以下のゴルーチン数でのシステムコール性能が主に測定されていました。しかし、実際のアプリケーションでは、GOMAXPROCSをはるかに超える多数のゴルーチンが同時に動作し、システムコールを頻繁に発行するケースが一般的です。このような状況下では、Goランタイムのスケジューラがゴルーチンを効率的にOSスレッドにマッピングし、システムコールを処理する能力が重要になります。
特に、GOMAXPROCSを超えるゴルーチンが存在する場合、システムコールがブロックされると、そのゴルーチンが実行されていたOSスレッド(M: Machine)がブロックされ、他の実行可能なゴルーチンがそのMを利用できなくなります。これにより、スケジューリングのオーバーヘッドが増大し、全体的なパフォーマンスが低下する可能性があります。このコミットは、このような「過剰なゴルーチン」が存在する状況でのシステムコール性能を正確に測定するための新しいベンチマークを追加し、既存のベンチマークコードをより汎用的にリファクタリングすることを目的としています。
コミットメッセージに示されているベンチマーク結果は、GOMAXPROCSが2の場合に、BenchmarkSyscallExcessやBenchmarkSyscallExcessWorkといった新しいベンチマークが、GOMAXPROCSに合わせたベンチマーク(BenchmarkSyscallなど)と比較して、ns/op(1操作あたりのナノ秒)が大幅に増加していることを示しています。これは、GOMAXPROCSを超えるゴルーチンが存在する場合に、システムコール処理のコストが増大することを示唆しており、この領域の最適化の重要性を浮き彫りにしています。
前提知識の解説
このコミットを理解するためには、以下のGo言語のランタイムとベンチマークに関する知識が必要です。
-
ゴルーチン (Goroutine): Go言語における軽量な並行処理の単位です。OSスレッドよりもはるかに軽量で、数百万個のゴルーチンを同時に生成することも可能です。ゴルーチンはGoランタイムによってスケジューリングされ、OSスレッド上で実行されます。
-
GOMAXPROCS: Goランタイムが同時に実行できるOSスレッド(M: Machine)の最大数を設定する環境変数、またはruntime.GOMAXPROCS関数で設定できる値です。デフォルトではCPUの論理コア数に設定されます。この値は、Goプログラムが利用できる並列実行の度合いを制御します。GOMAXPROCSが1の場合、Goプログラムは単一のOSスレッド上で動作し、並列実行は行われません(並行実行は可能)。 -
M:P:G モデル (Machine:Processor:Goroutine): Goランタイムのスケジューラは、M(OSスレッド)、P(論理プロセッサ、
GOMAXPROCSの数だけ存在する)、G(ゴルーチン)という3つのエンティティで構成されるM:P:Gモデルを採用しています。- G (Goroutine): 実行されるタスク。
- P (Processor): Goコードを実行するためのコンテキスト。
GOMAXPROCSの数だけ存在し、実行可能なゴルーチンをキューから取り出してMに渡します。 - M (Machine): OSスレッド。Pとペアになってゴルーチンを実行します。システムコールなどでMがブロックされると、Pは別のMにアタッチされるか、新しいMが作成されます。
-
システムコール (Syscall): アプリケーションがOSの機能(ファイルI/O、ネットワーク通信、メモリ管理など)を利用するために、OSカーネルに発行する要求です。システムコールはユーザーモードからカーネルモードへのコンテキストスイッチを伴うため、一般的にコストの高い操作です。Goのゴルーチンがシステムコールを実行すると、そのゴルーチンが実行されているOSスレッド(M)はシステムコールが完了するまでブロックされます。
-
runtime.Entersyscall()とruntime.Exitsyscall(): Goランタイムがシステムコールに入る前と出た後に呼び出す内部関数です。これらの関数は、ランタイムスケジューラにシステムコールの開始と終了を通知し、必要に応じてMとPの関連付けを解除したり、新しいMを生成したりするなどの処理を行います。これにより、システムコールによってMがブロックされても、他のPが他のMにアタッチされて、実行可能なゴルーチンが継続して実行されるようにします。 -
runtime.Gosched(): 現在のゴルーチンを一時停止し、他のゴルーチンにCPUを譲るようにスケジューラにヒントを与える関数です。これにより、協調的なマルチタスクが実現されます。 -
Goのベンチマークテスト: Go言語には、
testingパッケージにベンチマークテストを記述するための機能が組み込まれています。go test -bench=.コマンドで実行でき、ns/op(1操作あたりのナノ秒)、B/op(1操作あたりのメモリ割り当てバイト数)、allocs/op(1操作あたりのメモリ割り当て回数)などのメトリクスを測定します。ベンチマーク関数はBenchmarkXxx(b *testing.B)というシグネチャを持ち、b.N回繰り返される操作のパフォーマンスを測定します。
技術的詳細
このコミットは、src/pkg/runtime/proc_test.goファイル内のベンチマークコードを修正しています。
既存のベンチマークの問題点と改善
元のBenchmarkSyscall関数は、GOMAXPROCSの数だけゴルーチンを生成し、各ゴルーチンがruntime.Gosched()とruntime.Entersyscall()/runtime.Exitsyscall()のペアを繰り返し実行していました。これは、GOMAXPROCS以下のゴルーチン数でのシステムコール性能を測定するには適切でしたが、GOMAXPROCSを超えるゴルーチンが存在する場合の挙動を捉えることができませんでした。
このコミットでは、benchmarkSyscallという新しいヘルパー関数を導入し、既存のベンチマーク(BenchmarkSyscall, BenchmarkSyscallWork)をこのヘルパー関数を呼び出す形にリファクタリングしています。さらに、GOMAXPROCSを超えるゴルーチンが存在するシナリオをシミュレートするために、excessという新しいパラメータをbenchmarkSyscallに追加しています。
excessパラメータの導入
excessパラメータは、runtime.GOMAXPROCS(-1)で取得される現在のGOMAXPROCSの値に掛け合わされ、ベンチマークで生成されるゴルーチンの総数を決定します。例えば、excessが4の場合、GOMAXPROCSの4倍のゴルーチンが生成されます。これにより、GOMAXPROCSを超えるゴルーチンがシステムコールを頻繁に発行する状況を再現し、Goランタイムのスケジューラがどのように多数のゴルーチンと限られたOSスレッドを管理するかを評価できます。
workパラメータの導入
workパラメータは、システムコールに入る前に行われるローカルな計算量(foo *= 2; foo /= 2;というダミーのループ)を制御します。これにより、システムコール自体のオーバーヘッドだけでなく、システムコール前後のCPUバウンドな処理がベンチマーク結果に与える影響も測定できるようになります。
新しいベンチマークの追加
BenchmarkSyscallExcess:work=0,excess=4でbenchmarkSyscallを呼び出します。これは、GOMAXPROCSの4倍のゴルーチンが、システムコール以外のローカルな作業なしにシステムコールを頻繁に発行するシナリオを測定します。BenchmarkSyscallExcessWork:work=100,excess=4でbenchmarkSyscallを呼び出します。これは、GOMAXPROCSの4倍のゴルーチンが、システムコールに入る前に一定量のローカルな作業を行うシナリオを測定します。
これらの新しいベンチマークは、GOMAXPROCSを超えるゴルーチンがシステムコールを呼び出す際のスケジューリングオーバーヘッドや、システムコールとCPUバウンドな作業の組み合わせがパフォーマンスに与える影響をより詳細に分析することを可能にします。
ベンチマーク結果の解釈
コミットメッセージに記載されているベンチマーク結果は、以下の傾向を示しています。
BenchmarkSyscallvsBenchmarkSyscall-2:GOMAXPROCSが1と2の場合の基本的なシステムコール性能。ほぼ同じns/opであり、GOMAXPROCSの増加が直接的なシステムコールコストに大きな影響を与えないことを示唆。BenchmarkSyscallWorkvsBenchmarkSyscallWork-2: システムコール前にローカルな作業がある場合の性能。GOMAXPROCS-2の方がns/opが約半分になっており、並列処理が有効に機能していることを示唆。BenchmarkSyscallExcessvsBenchmarkSyscallExcess-2:GOMAXPROCSを超えるゴルーチンが存在する場合のシステムコール性能。GOMAXPROCS-2の方がns/opが大幅に改善(約半分)している。これは、GOMAXPROCSを増やすことで、より多くのOSスレッドが利用可能になり、ブロックされたMの代わりに他のMがゴルーチンを実行できるようになるため、多数のゴルーチンが存在する状況でのシステムコール処理が効率化されることを示している。BenchmarkSyscallExcessWorkvsBenchmarkSyscallExcessWork-2:GOMAXPROCSを超えるゴルーチンとローカルな作業がある場合の性能。同様にGOMAXPROCS-2の方がns/opが改善しており、GOMAXPROCSの増加が全体的なスループット向上に寄与していることを示唆。
これらの結果は、Goランタイムのスケジューラが、GOMAXPROCSを超えるゴルーチンがシステムコールを頻繁に呼び出すような高負荷な状況でも、GOMAXPROCSを適切に設定することで効率的に動作することを示しています。
コアとなるコードの変更箇所
src/pkg/runtime/proc_test.go ファイルが変更されています。
--- a/src/pkg/runtime/proc_test.go
+++ b/src/pkg/runtime/proc_test.go
@@ -152,31 +152,24 @@ func BenchmarkStackGrowthDeep(b *testing.B) {
}
func BenchmarkSyscall(b *testing.B) {
- const CallsPerSched = 1000
- procs := runtime.GOMAXPROCS(-1)
- N := int32(b.N / CallsPerSched)
- c := make(chan bool, procs)
- for p := 0; p < procs; p++ {
- go func() {
- for atomic.AddInt32(&N, -1) >= 0 {
- runtime.Gosched()
- for g := 0; g < CallsPerSched; g++ {
- runtime.Entersyscall()
- runtime.Exitsyscall()
- }
- }
- c <- true
- }()
- }
- for p := 0; p < procs; p++ {
- <-c
- }
+ benchmarkSyscall(b, 0, 1)
}
func BenchmarkSyscallWork(b *testing.B) {
+ benchmarkSyscall(b, 100, 1)
+}
+
+func BenchmarkSyscallExcess(b *testing.B) {
+ benchmarkSyscall(b, 0, 4)
+}
+
+func BenchmarkSyscallExcessWork(b *testing.B) {
+ benchmarkSyscall(b, 100, 4)
+}
+
+func benchmarkSyscall(b *testing.B, work, excess int) {
const CallsPerSched = 1000
- const LocalWork = 100
- procs := runtime.GOMAXPROCS(-1)
+ procs := runtime.GOMAXPROCS(-1) * excess
N := int32(b.N / CallsPerSched)
c := make(chan bool, procs)
for p := 0; p < procs; p++ {
@@ -186,7 +179,7 @@ func BenchmarkSyscallWork(b *testing.B) {
runtime.Gosched()
for g := 0; g < CallsPerSched; g++ {
runtime.Entersyscall()
- for i := 0; i < LocalWork; i++ {
+ for i := 0; i < work; i++ {
foo *= 2
foo /= 2
}
コアとなるコードの解説
変更の核心は、既存のベンチマーク関数BenchmarkSyscallとBenchmarkSyscallWorkを、新しく導入された汎用的なヘルパー関数benchmarkSyscallを呼び出す形にリファクタリングした点です。
-
BenchmarkSyscallの変更: 元のBenchmarkSyscall関数は、ベンチマークロジックを直接含んでいましたが、変更後はbenchmarkSyscall(b, 0, 1)を呼び出すだけになりました。work=0: システムコール前後のローカルな作業がないことを意味します。excess=1:GOMAXPROCSと同じ数のゴルーチンを生成することを意味します。
-
BenchmarkSyscallWorkの変更: 同様に、BenchmarkSyscallWorkもbenchmarkSyscall(b, 100, 1)を呼び出す形に変更されました。work=100: システムコール前に100回のダミー計算(foo *= 2; foo /= 2;)を行うことを意味します。excess=1:GOMAXPROCSと同じ数のゴルーチンを生成します。
-
新しいベンチマーク関数の追加:
BenchmarkSyscallExcess:benchmarkSyscall(b, 0, 4)を呼び出します。excess=4により、GOMAXPROCSの4倍のゴルーチンが生成され、システムコールのみのオーバーヘッドを測定します。BenchmarkSyscallExcessWork:benchmarkSyscall(b, 100, 4)を呼び出します。excess=4とwork=100により、GOMAXPROCSの4倍のゴルーチンが、システムコールとローカルな作業を組み合わせて実行するシナリオを測定します。
-
benchmarkSyscallヘルパー関数の導入とロジック変更: この関数がベンチマークの主要なロジックをカプセル化しています。func benchmarkSyscall(b *testing.B, work, excess int):testing.Bインスタンス、ローカル作業量を示すwork、そしてGOMAXPROCSに対するゴルーチン数の倍率を示すexcessの3つの引数を取ります。procs := runtime.GOMAXPROCS(-1) * excess: ここが重要な変更点です。生成されるゴルーチンの総数が、現在のGOMAXPROCSの値にexcessを掛けた数になります。これにより、GOMAXPROCSを超えるゴルーチンを簡単にシミュレートできるようになりました。for i := 0; i < work; i++: システムコールに入る直前で、workパラメータで指定された回数だけダミーの計算(foo *= 2; foo /= 2;)を実行します。これにより、システムコール前後のCPUバウンドな処理がベンチマーク結果に与える影響を測定できます。
このリファクタリングにより、Goランタイムのシステムコールベンチマークは、より柔軟になり、特にGOMAXPROCSを超えるゴルーチンが存在する、より現実的なシナリオでのパフォーマンス特性を詳細に分析できるようになりました。
関連リンク
- Go言語の公式ドキュメント: https://golang.org/doc/
- Go言語の
testingパッケージ: https://pkg.go.dev/testing - Go言語の
runtimeパッケージ: https://pkg.go.dev/runtime - Goのスケジューラに関するブログ記事 (M:P:Gモデルなど): https://go.dev/blog/go11sched
参考にした情報源リンク
- コミットのChange-Id:
https://golang.org/cl/7415044(GoのコードレビューシステムGerritのリンク) - Go言語のベンチマークに関する公式ドキュメントやチュートリアル
- Goランタイムのスケジューラに関する技術記事や解説
- システムコールに関する一般的なOSの知識
GOMAXPROCSに関するGo言語のドキュメントや議論- Go言語のソースコード(
src/pkg/runtime/proc_test.go) - Go言語の
syscallパッケージに関する情報 - Go言語の
atomicパッケージに関する情報 (ベンチマーク内のatomic.AddInt32の使用について) - Go言語のチャネルに関する情報 (ゴルーチン間の同期に使用)
- Go言語の
testingパッケージのベンチマーク機能に関する情報 - Go言語の
runtime.Gosched()に関する情報 - Go言語の
runtime.Entersyscall()とruntime.Exitsyscall()に関する情報 - Go言語の
runtime.GOMAXPROCS()に関する情報 - Go言語の
syncパッケージに関する情報 (ベンチマーク内の同期プリミティブの使用について) - Go言語の
syscall.Getpid()に関する情報 (Web検索結果から、システムコールベンチマークの例として) - Go言語の
strconvパッケージに関する情報 (Web検索結果から、ベンチマーク名生成の例として) - Go言語の
sync.WaitGroupに関する情報 (Web検索結果から、ゴルーチン同期の例として) - Go言語の
runtime.NumCPU()に関する情報 (Web検索結果から、GOMAXPROCS設定の例として) - Go言語の
deferキーワードに関する情報 (Web検索結果から、GOMAXPROCSの復元について) - Go言語の
b.ResetTimer()に関する情報 (Web検索結果から、ベンチマークのタイマーリセットについて) - Go言語の
b.Run()に関する情報 (Web検索結果から、サブベンチマークの実行について) - Go言語の
b.Nに関する情報 (Web検索結果から、ベンチマークの繰り返し回数について) - Go言語の
_ =に関する情報 (Web検索結果から、戻り値の破棄について) - Go言語の
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