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[インデックス 15663] ファイルの概要

コミット

このコミットは、libmach ライブラリのビルドに関する問題を修正するものです。具体的には、異なる gcc (GNU Compiler Collection) のバージョンや環境下でのビルドの差異によって発生する可能性のある、未初期化変数の問題を解決しています。コミットメッセージからは、開発者のローカル環境とビルドサーバーの環境で gcc の挙動が異なり、それがビルドエラーを引き起こしていたことが示唆されています。

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/85d83c2e51ae67a8f041e3949ffcaef17c7d9d59

元コミット内容

libmach: fix build

I guess it would be too much to ask for gcc on my machine to give
the same errors as gcc on the builder machines.

R=ken2
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/7686044

変更の背景

この変更の背景には、ソフトウェア開発における一般的な問題、すなわち「開発環境と本番(またはCI/CD)環境の差異」があります。特にC言語のような低レベル言語では、コンパイラのバージョン、最適化フラグ、OSのバージョン、リンカの挙動など、様々な要因が最終的なバイナリの生成に影響を与えます。

コミットメッセージにある「I guess it would be too much to ask for gcc on my machine to give the same errors as gcc on the builder machines.」という記述は、まさにこの問題を示しています。開発者のローカルマシン上の gcc では問題なくコンパイルが通るコードが、Goプロジェクトの公式ビルドシステム(おそらく異なるバージョンの gcc や異なるコンパイル設定を使用している)ではエラーになるという状況が発生していました。

このような状況でよくある原因の一つが、変数の未初期化です。C言語では、ローカル変数を明示的に初期化しない場合、その変数の初期値は不定となります。これは、以前そのメモリ領域に格納されていた値がそのまま残っていることを意味します。開発者のマシンではたまたまその不定な値が問題を引き起こさなかったか、あるいはコンパイラが異なる最適化を行い、未初期化変数の使用を検出しなかった可能性があります。しかし、ビルドサーバーの gcc では、その未初期化変数の使用が問題として検出され、ビルドエラーにつながったと考えられます。

このコミットは、このような環境間の差異に起因するビルド問題を解決し、ビルドの安定性と再現性を向上させることを目的としています。

前提知識の解説

libmach

libmach は、Go言語のツールチェインの一部として使用されるライブラリで、主に実行可能ファイル(バイナリ)の解析と操作に関連する機能を提供します。Goのリンカやデバッガ、プロファイラなどが、生成されたバイナリの構造(セクション、シンボルテーブル、デバッグ情報など)を理解し、操作するために libmach を利用します。

gcc (GNU Compiler Collection)

gcc は、C、C++、Objective-C、Fortran、Ada、Goなど、多くのプログラミング言語をサポートするコンパイラ群です。ソースコードを機械語に変換し、実行可能なバイナリファイルを生成する役割を担います。gcc のバージョンやコンパイル時のフラグ(例: 最適化レベル -O、警告レベル -Wall など)によって、生成されるコードの挙動や、未初期化変数などの潜在的な問題の検出方法が異なることがあります。

未初期化変数 (Uninitialized Variables)

C言語において、グローバル変数や静的変数は、明示的に初期化されない場合、自動的にゼロで初期化されます。しかし、関数内で宣言されるローカル変数(自動変数)は、明示的に初期化されない限り、その値は不定(ガベージ値)となります。これは、その変数が割り当てられたメモリ領域に以前存在していたデータがそのまま残っているためです。

未初期化変数を読み取ろうとすると、プログラムの動作は予測不能になります。これは、プログラムが実行されるたびに異なる値が読み取られたり、異なる環境(OS、コンパイラ、実行時のメモリ状態など)で異なる結果になったりする原因となります。最悪の場合、クラッシュやセキュリティ上の脆弱性につながることもあります。

実行可能ファイルの構造と関連する変数

実行可能ファイル(例: LinuxのELF、WindowsのPE、macOSのMach-O)は、プログラムのコード、データ、シンボル情報、デバッグ情報など、様々なセクションで構成されています。

  • シンボルテーブル (Symbol Table): プログラム内の関数名、変数名などのシンボルとそのアドレス情報を格納するテーブルです。デバッガが関数名でブレークポイントを設定したり、変数名を解決したりする際に使用します。
    • symoff: シンボルテーブルのファイル内オフセット(開始位置)。
    • symsize: シンボルテーブルのサイズ。
  • PC-Lineテーブル (Program Counter-Line Table / PCLN Table): プログラムカウンタ(PC、実行中の命令のアドレス)とソースコードの行番号をマッピングする情報です。デバッガが実行中のコードのソースコード上の位置を表示したり、スタックトレースを生成したりする際に使用します。
    • pclnoff: PC-Lineテーブルのファイル内オフセット。
    • pclnsize: PC-Lineテーブルのサイズ。

これらの変数は、libmach が実行可能ファイルのヘッダやセクション情報を読み取る際に、各情報の開始位置とサイズを記録するために使用されると考えられます。

技術的詳細

このコミットは、src/libmach/executable.c ファイル内の machdotout 関数において、いくつかの変数を明示的にゼロ初期化することで、ビルド問題を解決しています。

machdotout 関数は、おそらく実行可能ファイルのヘッダ情報を処理する際に呼び出される関数です。元のコードでは、textsize, datasize, bsssize のみがゼロ初期化されていましたが、symoff, symsize, pclnoff, pclnsize は初期化されていませんでした。

C言語の標準では、ローカル変数(自動変数)は明示的に初期化されない限り、不定な値を持つことが許されています。これは、コンパイラがその変数が割り当てられるメモリ領域をクリアしないためです。特定の gcc のバージョンやコンパイル設定(特に最適化レベルが高い場合)では、未初期化変数の使用が検出され、警告やエラーとして扱われることがあります。あるいは、未初期化のまま使用された値が、たまたま開発者の環境では問題にならなかったが、ビルドサーバーの環境では異なるメモリ内容が原因で不正な挙動を引き起こした可能性もあります。

この修正では、symoff, symsize, pclnoff, pclnsize0 で明示的に初期化しています。これにより、これらの変数が常に既知の安全な初期値を持つことが保証され、異なるコンパイラ環境や実行環境での予測不能な挙動やビルドエラーが回避されます。これは、堅牢なコードを書く上でのベストプラクティスの一つです。

コアとなるコードの変更箇所

--- a/src/libmach/executable.c
+++ b/src/libmach/executable.c
@@ -1116,6 +1116,10 @@ machdotout(int fd, Fhdr *fp, ExecHdr *hp)\n \ttextsize = 0;\n \tdatasize = 0;\n \tbsssize = 0;\n+\tsymoff = 0;\n+\tsymsize = 0;\n+\tpclnoff = 0;\n+\tpclnsize = 0;\n \tfor (i = 0; i < mp->ncmds; i++) {\n \t\tMachCmd *c;\n \n```

## コアとなるコードの解説

変更は `src/libmach/executable.c` ファイルの `machdotout` 関数内で行われています。

この関数は、`Fhdr *fp` (ファイルヘッダポインタ) と `ExecHdr *hp` (実行可能ヘッダポインタ) を引数として受け取っており、おそらく実行可能ファイルのヘッダ情報を読み込み、解析する役割を担っています。

変更前のコードでは、`textsize`, `datasize`, `bsssize` という変数が `0` で初期化されていました。これらはそれぞれ、テキストセクション(コード)、データセクション(初期化済みデータ)、BSSセクション(初期化されていないデータ)のサイズを表す変数であると推測されます。これらのサイズを初期化することは、通常、新しいファイルの解析を開始する前に、以前の情報をクリアするために行われます。

今回の修正で追加されたのは、以下の4行です。

```c
+	symoff = 0;
+	symsize = 0;
+	pclnoff = 0;
+	pclnsize = 0;

これらの変数は、前述の「前提知識の解説」で述べたように、実行可能ファイル内のシンボルテーブルとPC-Lineテーブルのオフセットとサイズを格納するためのものです。

machdotout 関数がこれらの値を計算または読み取る前に、これらの変数を明示的に 0 で初期化することで、以下の利点が得られます。

  1. 予測可能性の向上: 変数が常に既知の初期値を持つため、プログラムの動作がより予測可能になります。
  2. バグの防止: 未初期化変数の使用による不定な動作やクラッシュを防ぎます。特に、異なるコンパイラや実行環境での挙動の差異をなくします。
  3. コードの堅牢性: コードがより堅牢になり、将来的なコンパイラの変更や最適化によって問題が発生するリスクを低減します。

この修正は、Goのツールチェインが生成するバイナリの解析の正確性と安定性を保証するために重要です。

関連リンク

参考にした情報源リンク