[インデックス 15737] ファイルの概要
このコミットは、Go言語の標準ライブラリnet
パッケージにおいて、Plan 9オペレーティングシステム向けのlookupProtocol
関数を追加するものです。この関数は、IPプロトコル名(例: "tcp", "udp")を受け取り、それに対応するIPプロトコル番号を返します。この変更は、TestResolveIPAddr
などの既存のテストがPlan 9環境で正しく動作するために必要とされました。
コミット
commit a1b2d1404be98284416e2a7ea6f55bc129222cc0
Author: Akshat Kumar <seed@mail.nanosouffle.net>
Date: Tue Mar 12 23:05:39 2013 +0100
net: Plan 9: add lookupProtocol
Needed by TestResolveIPAddr. This makes us pass tests
again.
R=rsc, rminnich, ality, bradfitz
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/7737043
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/a1b2d1404be98284416e2a7ea6f55bc129222cc0
元コミット内容
net: Plan 9: add lookupProtocol
Needed by TestResolveIPAddr. This makes us pass tests
again.
R=rsc, rminnich, ality, bradfitz
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/7737043
変更の背景
このコミットの主な背景は、Go言語のnet
パッケージがPlan 9オペレーティングシステム上で正しく機能し、既存のテスト(特にTestResolveIPAddr
)をパスできるようにすることでした。
Go言語のnet
パッケージは、ネットワークアドレスの解決、接続の確立、データの送受信など、様々なネットワーク操作を提供します。これらの操作は、基盤となるオペレーティングシステムのネットワーク機能に依存しています。Plan 9は、その独特な設計思想、特に「すべてがファイルである」という原則に基づいており、ネットワークインターフェースもファイルシステムを通じて抽象化されています。
以前のlookupProtocol
の実装は、TODO: Implement this
というコメントと共にsyscall.EPLAN9
エラーを返すスタブ状態でした。これは、プロトコル名をプロトコル番号に変換する機能がPlan 9環境では未実装であったことを意味します。TestResolveIPAddr
のようなテストは、内部的にこのプロトコルルックアップ機能を利用している可能性があり、その未実装がテスト失敗の原因となっていました。
このコミットは、Plan 9のネットワークインターフェース(特に/net/cs
ファイル)を利用してlookupProtocol
を実装することで、この問題を解決し、Goのnet
パッケージがPlan 9上で完全に機能するようにすることを目的としています。
前提知識の解説
Plan 9オペレーティングシステム
Plan 9 from Bell Labsは、Unixの後継として設計された分散オペレーティングシステムです。その最も特徴的な設計原則は「すべてがファイルである」というもので、デバイス、プロセス、ネットワーク接続など、システム内のあらゆるリソースがファイルシステムを通じてアクセスされます。これにより、シンプルで一貫性のあるインターフェースが提供され、分散システムでのリソース共有が容易になります。
Plan 9のネットワークは、特にこのファイルシステム原則に深く統合されています。ネットワークプロトコルスタックや接続情報は、/net
ディレクトリ以下の特殊なファイルを通じて公開されます。例えば、/net/tcp
や/net/udp
といったディレクトリがあり、それぞれのプロトコルに関する情報や操作が可能です。
Go言語のnet
パッケージ
Go言語の標準ライブラリnet
パッケージは、TCP/IPネットワークプログラミングのための強力な機能を提供します。IPアドレスの解決(DNSルックアップ)、TCP/UDP接続の確立、HTTPクライアント/サーバーの実装など、幅広いネットワーク操作をサポートします。net
パッケージは、クロスプラットフォームで動作するように設計されており、各OSのネイティブなネットワークAPIを抽象化して提供します。
IPプロトコル番号
IP(Internet Protocol)は、インターネットにおけるデータパケットのルーティングを司るプロトコルです。IPパケットのヘッダーには「プロトコル番号」というフィールドがあり、そのIPパケットが上位層のどのプロトコル(例: TCP、UDP、ICMP)のデータを含んでいるかを示します。例えば、TCPはプロトコル番号6、UDPはプロトコル番号17です。これらの番号はIANA(Internet Assigned Numbers Authority)によって管理されています。
Plan 9の/net/cs
(Connection Server)
Plan 9の/net/cs
ファイルは、"Connection Server"または"Connect Service"として機能します。これは、ネットワークサービスに関する情報を問い合わせるためのインターフェースを提供します。クライアントは、このファイルに対して特定の形式のクエリを書き込むことで、IPアドレスの解決、プロトコル情報の取得、ポート番号のルックアップなどを行うことができます。
クエリの形式は通常、!key=value
のような形式で、特定の情報を要求します。例えば、!protocol=tcp
というクエリは、"tcp"というプロトコル名に関する情報を要求します。/net/cs
は、このクエリに応答して、関連する情報を含む行を返します。この情報は、通常、スペース区切りのフィールドで構成され、プロトコル番号などの詳細が含まれます。
技術的詳細
このコミットで追加されたlookupProtocol
関数は、Plan 9環境においてIPプロトコル名から対応するプロトコル番号を取得する役割を担います。その実装は、Plan 9の「すべてがファイルである」という原則と、/net/cs
インターフェースを最大限に活用しています。
-
/net/cs
へのクエリ:lookupProtocol
関数は、まずquery
関数を呼び出して/net/cs
ファイルに問い合わせを行います。クエリ文字列は"!protocol=" + name
という形式です。ここでname
は、ルックアップしたいプロトコル名(例: "tcp", "udp")です。このクエリは、/net/cs
に対して、指定されたプロトコル名に関する情報を要求します。 -
応答の取得とエラーハンドリング:
query
関数は、/net/cs
からの応答を行の配列として返します。エラーが発生した場合(例: ファイルの読み取りエラー、ネットワークの問題)、lookupProtocol
はそのままエラーを返します。 応答が空の場合(len(lines) == 0
)、または応答の形式が期待通りでない場合(len(f) < 2
)、"unknown IP protocol specified"
というエラーを返します。これは、指定されたプロトコル名が見つからなかったことを示します。 -
応答のパース:
/net/cs
からの応答は、通常、スペース区切りのフィールドを持つ行です。lookupProtocol
は、getFields(lines[0])
を使って応答の最初の行をフィールドに分割します。 プロトコル番号は、これらのフィールドの2番目(インデックス1)に位置する文字列s
から抽出されます。この文字列はkey=value
の形式(例:proto=6
)であると想定されます。dtoi(s, byteIndex(s, '=')+1)
は、この文字列s
から=
記号の後の数値部分を整数に変換するヘルパー関数です。dtoi
は、変換された数値、残りの文字列の長さ、および変換が成功したかどうかを示すブール値を返します。 -
プロトコル番号の返却:
dtoi
が成功した場合(ok
がtrue
)、変換された数値n
がプロトコル番号として返されます。 変換が失敗した場合、または応答の形式が不正な場合は、再度"unknown IP protocol specified"
エラーが返されます。
この実装により、Goのnet
パッケージはPlan 9のネイティブなネットワーク情報取得メカニズムを利用して、プロトコルルックアップを正確に行うことができるようになります。
コアとなるコードの変更箇所
--- a/src/pkg/net/lookup_plan9.go
+++ b/src/pkg/net/lookup_plan9.go
@@ -7,7 +7,6 @@ package net
import (
"errors"
"os"
- "syscall"
)
func query(filename, query string, bufSize int) (res []string, err error) {
@@ -70,9 +69,26 @@ func queryDNS(addr string, typ string) (res []string, err []error) {
return query("/net/dns", addr+" "+typ, 1024)
}
+// lookupProtocol looks up IP protocol name and returns
+// the corresponding protocol number.
func lookupProtocol(name string) (proto int, err error) {
- // TODO: Implement this
- return 0, syscall.EPLAN9
+ lines, err := query("/net/cs", "!protocol="+name, 128)
+ if err != nil {
+ return 0, err
+ }
+ unknownProtoError := errors.New("unknown IP protocol specified: " + name)
+ if len(lines) == 0 {
+ return 0, unknownProtoError
+ }
+ f := getFields(lines[0])
+ if len(f) < 2 {
+ return 0, unknownProtoError
+ }
+ s := f[1]
+ if n, _, ok := dtoi(s, byteIndex(s, '=')+1); ok {
+ return n, nil
+ }
+ return 0, unknownProtoError
}
func lookupHost(host string) (addrs []string, err error) {
コアとなるコードの解説
変更は主にsrc/pkg/net/lookup_plan9.go
ファイル内のlookupProtocol
関数に集中しています。
-
syscall
パッケージの削除:- "syscall"
以前のスタブ実装でsyscall.EPLAN9
を使用していたためインポートされていましたが、新しい実装では不要になったため削除されました。 -
lookupProtocol
関数の実装:func lookupProtocol(name string) (proto int, err error)
この関数は、プロトコル名(name
)を受け取り、対応するプロトコル番号(proto
)とエラー(err
)を返します。// TODO: Implement this
// return 0, syscall.EPLAN9
以前の未実装のスタブコードが削除され、実際のロジックが追加されました。lines, err := query("/net/cs", "!protocol="+name, 128)
query
関数を呼び出し、Plan 9の接続サーバー/net/cs
に対してクエリを実行します。クエリ文字列は"!protocol=" + name
で、指定されたプロトコル名に関する情報を要求します。128
は応答バッファのサイズを示します。if err != nil { return 0, err }
query
関数がエラーを返した場合、そのエラーをそのまま返します。unknownProtoError := errors.New("unknown IP protocol specified: " + name)
プロトコルが見つからなかった場合や、応答のパースに失敗した場合に返す共通のエラーメッセージを定義しています。if len(lines) == 0 { return 0, unknownProtoError }
/net/cs
からの応答が空の場合、指定されたプロトコルが見つからなかったと判断し、unknownProtoError
を返します。f := getFields(lines[0])
応答の最初の行(lines[0]
)をスペースで分割し、フィールドの配列f
を取得します。Plan 9の/net/cs
からの応答は通常、スペース区切りのデータを含みます。if len(f) < 2 { return 0, unknownProtoError }
フィールドの数が2未満の場合、応答の形式が不正であると判断し、unknownProtoError
を返します。プロトコル番号は通常、2番目のフィールドに含まれるため、最低2つのフィールドが必要です。s := f[1]
プロトコル番号が含まれると期待される2番目のフィールド(インデックス1)の文字列をs
に代入します。if n, _, ok := dtoi(s, byteIndex(s, '=')+1); ok { return n, nil }
dtoi
関数は、文字列s
から数値を解析します。byteIndex(s, '=')+1
は、文字列s
内の=
文字の次の位置から解析を開始するように指定しています。これは、proto=6
のような形式の文字列から6
を抽出するためです。dtoi
は、解析された数値n
、残りの文字列の長さ(ここでは不要なので_
で無視)、および解析が成功したかどうかを示すブール値ok
を返します。ok
がtrue
の場合、解析が成功したことを意味し、n
(プロトコル番号)とnil
エラーを返します。return 0, unknownProtoError
dtoi
による数値解析が失敗した場合(ok
がfalse
)、unknownProtoError
を返します。
この実装により、Goのnet
パッケージはPlan 9のファイルシステムベースのネットワークインターフェースを介して、IPプロトコル名をその数値表現に変換できるようになり、TestResolveIPAddr
のようなテストが正しく動作するようになりました。
関連リンク
- Go言語の
net
パッケージドキュメント: https://pkg.go.dev/net - Plan 9 from Bell Labs: https://9p.io/plan9/
- Plan 9のネットワーク: https://9p.io/plan9/man/man7/ip.html (Plan 9の
ip
マニュアルページ、ネットワークインターフェースに関する情報) - IANA Protocol Numbers: https://www.iana.org/assignments/protocol-numbers/protocol-numbers.xhtml
参考にした情報源リンク
- Go言語のソースコード(特に
src/pkg/net/lookup_plan9.go
の変更履歴) - Plan 9のドキュメントと関連資料
- IPプロトコル番号に関する一般的な情報源(IANAなど)
- Go言語のコードレビューシステム(Gerrit)のCL (Change List) 7737043: https://golang.org/cl/7737043 (コミットメッセージに記載されているリンク)