[インデックス 15794] ファイルの概要
src/pkg/runtime/alg.c
はGo言語のランタイムの一部であり、主にハッシュアルゴリズムの実装を扱っています。Goのマップ(map
)やチャネル(chan
)などのデータ構造は、内部で要素のハッシュ計算にこのファイルで定義されたアルゴリズムを使用します。このファイルは、様々なデータ型(メモリブロック、文字列、インターフェースなど)に対する効率的なハッシュ関数を提供し、Goプログラムのパフォーマンスに直接影響を与えます。
コミット
このコミットは、Goランタイムにおいて複合オブジェクト(compound objects)のハッシュ計算にAESハッシュアルゴリズムを利用するように変更を加えるものです。具体的には、CPUがAES命令セット(特にSSE4.1)をサポートしている場合に、より高速なAESベースのハッシュ関数を使用することで、ハッシュ計算のパフォーマンスを向上させることを目的としています。
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/6b57329268eae87edeb2876864bbc96b3cacebcb
元コミット内容
runtime: use AES hash for compound objects.
R=golang-dev, rsc
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/7716047
変更の背景
Go言語のランタイムにおけるハッシュ計算は、マップのキー検索やチャネルの操作など、多くの内部処理で頻繁に行われます。従来のハッシュアルゴリズムは汎用的なものでしたが、CPUが特定の命令セット(この場合はAES-NI命令セットの一部であるSSE4.1)をサポートしている場合、これらのハードウェアアクセラレーションを利用することで、ハッシュ計算を劇的に高速化できる可能性があります。
複合オブジェクト(構造体や配列など)のハッシュ計算は、そのサイズが大きくなるにつれて計算コストが増大します。そのため、これらのオブジェクトに対するハッシュ計算の効率化は、Goプログラム全体のパフォーマンス向上に大きく貢献します。このコミットは、利用可能なハードウェア機能を活用することで、このボトルネックを解消し、Goアプリケーションの実行速度を向上させることを目的としています。
前提知識の解説
AESハッシュ
AESハッシュとは、Advanced Encryption Standard (AES) の命令セットを利用して計算されるハッシュ関数のことです。AESは本来暗号化のために設計されたブロック暗号ですが、その命令セット(AES-NI: AES New Instructions)には、データの高速な処理を可能にする特定のCPU命令が含まれています。これらの命令は、ハッシュ計算のようなビット操作や算術演算が多用される処理においても、ソフトウェアによる実装よりもはるかに高速に実行できるため、ハッシュ関数のパフォーマンス向上に利用されることがあります。特に、IntelのSSE4.1命令セットの一部として提供されるPINSRED
やPINSREQ
などの命令は、メモリからデータを効率的にレジスタにロードし、AES命令と組み合わせてハッシュ計算を行うのに役立ちます。
複合オブジェクト (Compound Objects)
Go言語における複合オブジェクトとは、複数の値をまとめたデータ構造のことです。これには主に以下のものが含まれます。
- 構造体 (Structs): 異なる型のフィールドをまとめたものです。
- 配列 (Arrays): 同じ型の要素を固定長で並べたものです。
これらのオブジェクトをマップのキーとして使用したり、チャネルで送受信したりする際には、その内容に基づいてハッシュ値を計算する必要があります。複合オブジェクトのハッシュ計算は、その内部のすべてのフィールドや要素を考慮する必要があるため、単純なプリミティブ型(整数、文字列など)のハッシュ計算よりも複雑で計算コストが高くなる傾向があります。
Goランタイム (Go Runtime)
Goランタイムは、Go言語で書かれたプログラムの実行を管理するシステムです。これには、ガベージコレクション、スケジューラ(ゴルーチンの管理)、メモリ管理、そして今回関連するハッシュ計算などの低レベルな機能が含まれます。Goプログラムがコンパイルされると、その実行ファイルにはGoランタイムが組み込まれ、プログラムのライフサイクル全体をサポートします。
SSE4.1 (Streaming SIMD Extensions 4.1)
SSE4.1は、Intelが開発したSIMD(Single Instruction, Multiple Data)命令セットの拡張機能の一つです。SIMD命令は、単一の命令で複数のデータ要素に対して同じ操作を並行して実行できるため、画像処理、科学計算、暗号化などの分野で高いパフォーマンスを発揮します。SSE4.1には、特にメディア処理や文字列処理、そしてハッシュ計算に有用な新しい命令が追加されています。このコミットでは、SSE4.1に含まれる特定の命令(PINSRED
やPINSREQ
など)が、AESハッシュの効率的な実装に利用されています。
CPUID
CPUIDは、x86アーキテクチャのプロセッサが提供する命令で、CPUの機能やサポートする命令セットに関する情報を取得するために使用されます。プログラムはCPUID命令を実行することで、現在実行されているCPUが特定の機能(例: SSE4.1、AES-NI)をサポートしているかどうかを動的に判断できます。このコミットでは、runtime·cpuid_ecx & (1 << 19)
というチェックを通じて、CPUがSSE4.1をサポートしているかを確認しています。ビット19がセットされている場合、SSE4.1が利用可能であることを示します。
技術的詳細
このコミットの主要な技術的詳細は、GoランタイムがCPUのハードウェア機能を検出して、それに応じて最適なハッシュアルゴリズムを選択するメカニズムにあります。
-
ハードウェア機能の検出: Goランタイムの初期化フェーズ(
runtime·hashinit
関数内)で、CPUID
命令を使用して現在のCPUがSSE4.1命令セットをサポートしているかどうかがチェックされます。具体的には、runtime·cpuid_ecx
レジスタのビット19がセットされているかを確認します。このビットは、SSE4.1のサポートを示します。 -
AESハッシュの有効化: もしSSE4.1がサポートされている場合、
use_aeshash
というグローバルなブーリアン変数がtrue
に設定されます。この変数は、後続のハッシュ計算でAESハッシュを使用するかどうかのフラグとして機能します。 -
ハッシュ関数の切り替え:
runtime·memhash
関数は、メモリブロックのハッシュを計算するための汎用的な関数です。この関数内で、use_aeshash
がtrue
であるかどうかがチェックされます。use_aeshash
がtrue
の場合、runtime·aeshash
という専用のAESベースのハッシュ関数が呼び出され、その結果が返されます。use_aeshash
がfalse
の場合(つまり、SSE4.1がサポートされていないか、AESハッシュが有効になっていない場合)、従来の汎用的なハッシュアルゴリズムが実行されます。
-
特定の型に対するAESハッシュの適用:
runtime·hashinit
関数では、runtime·algarray
という配列が更新されます。この配列は、Goの様々なデータ型(AMEM
、AMEM8
、AMEM16
など)に対応するハッシュ関数へのポインタを保持しています。SSE4.1が利用可能な場合、AMEM
(任意のサイズのメモリ)、AMEM8
(8バイトのメモリ)、AMEM16
(16バイトのメモリ)のハッシュ関数が、それぞれruntime·aeshash
に設定されます。これにより、これらのメモリブロックに対するハッシュ計算がAESハッシュによって行われるようになります。
このアプローチにより、Goランタイムは実行環境のCPU能力を最大限に活用し、ハードウェアアクセラレーションが利用可能な場合には自動的に高速なハッシュアルゴリズムに切り替えることで、パフォーマンスと互換性の両方を実現しています。
コアとなるコードの変更箇所
変更は src/pkg/runtime/alg.c
ファイルに集中しています。
--- a/src/pkg/runtime/alg.c
+++ b/src/pkg/runtime/alg.c
@@ -8,6 +8,8 @@
#define M0 (sizeof(uintptr)==4 ? 2860486313UL : 33054211828000289ULL)\n #define M1 (sizeof(uintptr)==4 ? 3267000013UL : 23344194077549503ULL)\n \n+static bool use_aeshash;\n+\n /*\n * map and chan helpers for\n * dealing with unknown types\n@@ -17,6 +19,10 @@ runtime·memhash(uintptr *h, uintptr s, void *a)\n {\n \tbyte *b;\n \tuintptr hash;\n+\tif(use_aeshash) {\n+\t\truntime·aeshash(h, s, a);\n+\t\treturn;\n+\t}\n \n \tb = a;\n \thash = M0 ^ *h;\n@@ -479,6 +485,7 @@ runtime·hashinit(void)\n \t (runtime·cpuid_ecx & (1 << 19)) != 0) { // sse4.1 (pinsr{d,q})\n \t\tbyte *rnd;\n \t\tint32 n;\n+\t\tuse_aeshash = true;\n \t\truntime·algarray[AMEM].hash = runtime·aeshash;\n \t\truntime·algarray[AMEM8].hash = runtime·aeshash;\n \t\truntime·algarray[AMEM16].hash = runtime·aeshash;\n```
## コアとなるコードの解説
1. **`static bool use_aeshash;` の追加**:
この行は、`use_aeshash`という静的なブーリアン変数を導入しています。この変数は、ランタイムがAESハッシュを使用すべきかどうかを示すフラグとして機能します。`static`キーワードにより、この変数は`alg.c`ファイル内でのみアクセス可能です。
2. **`runtime·memhash` 関数内の変更**:
`runtime·memhash`は、任意のサイズのメモリブロックのハッシュを計算する汎用関数です。
```c
if(use_aeshash) {
runtime·aeshash(h, s, a);
return;
}
```
このブロックは、`use_aeshash`が`true`の場合に、従来のハッシュ計算ロジックをスキップし、代わりに`runtime·aeshash`関数を呼び出してすぐにリターンするように変更しています。これにより、AESハッシュが有効な環境では、より高速な専用のハッシュ関数が優先的に使用されます。`runtime·aeshash`は、AES命令セットを利用してハッシュを計算する最適化された関数です。
3. **`runtime·hashinit` 関数内の変更**:
`runtime·hashinit`は、Goランタイムの初期化時にハッシュ関連の設定を行う関数です。
```c
if((runtime·cpuid_ecx & (1 << 19)) != 0) { // sse4.1 (pinsr{d,q})
byte *rnd;
int32 n;
use_aeshash = true;
runtime·algarray[AMEM].hash = runtime·aeshash;
runtime·algarray[AMEM8].hash = runtime·aeshash;
runtime·algarray[AMEM16].hash = runtime·aeshash;
```
この部分では、CPUがSSE4.1命令セットをサポートしているかどうかが`runtime·cpuid_ecx & (1 << 19)`という条件でチェックされます。
* もしSSE4.1がサポートされている場合、`use_aeshash`が`true`に設定されます。
* さらに、`runtime·algarray`という配列の要素が更新されます。`runtime·algarray`は、Goの様々な型に対するハッシュ関数へのポインタを格納しています。ここで、`AMEM`(任意のサイズのメモリ)、`AMEM8`(8バイトのメモリ)、`AMEM16`(16バイトのメモリ)に対応するハッシュ関数ポインタが、`runtime·aeshash`に設定されます。これにより、これらのメモリブロックのハッシュ計算には、SSE4.1を利用した最適化された`runtime·aeshash`が使用されるようになります。
これらの変更により、Goランタイムは実行時にCPUの能力を検出し、利用可能な場合は自動的にハードウェアアクセラレーションされたAESハッシュに切り替えることで、複合オブジェクトのハッシュ計算パフォーマンスを向上させています。
## 関連リンク
* Go CL 7716047: [https://golang.org/cl/7716047](https://golang.org/cl/7716047)
## 参考にした情報源リンク
* AES-NI (Wikipedia): [https://en.wikipedia.org/wiki/AES_instruction_set](https://en.wikipedia.org/wiki/AES_instruction_set)
* SSE4 (Wikipedia): [https://en.wikipedia.org/wiki/SSE4](https://en.wikipedia.org/wiki/SSE4)
* CPUID (Wikipedia): [https://en.wikipedia.org/wiki/CPUID](https://en.wikipedia.org/wiki/CPUID)
* Go言語のランタイムとハッシュ関数に関する一般的な情報 (Goのドキュメントやブログ記事など、具体的なURLは検索結果による)I have provided the detailed explanation as requested.
```markdown
# [インデックス 15794] ファイルの概要
`src/pkg/runtime/alg.c` はGo言語のランタイムの一部であり、主にハッシュアルゴリズムの実装を扱っています。Goのマップ(`map`)やチャネル(`chan`)などのデータ構造は、内部で要素のハッシュ計算にこのファイルで定義されたアルゴリズムを使用します。このファイルは、様々なデータ型(メモリブロック、文字列、インターフェースなど)に対する効率的なハッシュ関数を提供し、Goプログラムのパフォーマンスに直接影響を与えます。
## コミット
このコミットは、Goランタイムにおいて複合オブジェクト(compound objects)のハッシュ計算にAESハッシュアルゴリズムを利用するように変更を加えるものです。具体的には、CPUがAES命令セット(特にSSE4.1)をサポートしている場合に、より高速なAESベースのハッシュ関数を使用することで、ハッシュ計算のパフォーマンスを向上させることを目的としています。
## GitHub上でのコミットページへのリンク
[https://github.com/golang/go/commit/6b57329268eae87edeb2876864bbc96b3cacebcb](https://github.com/golang/go/commit/6b57329268eae87edeb2876864bbc96b3cacebcb)
## 元コミット内容
runtime: use AES hash for compound objects.
R=golang-dev, rsc CC=golang-dev https://golang.org/cl/7716047
## 変更の背景
Go言語のランタイムにおけるハッシュ計算は、マップのキー検索やチャネルの操作など、多くの内部処理で頻繁に行われます。従来のハッシュアルゴリズムは汎用的なものでしたが、CPUが特定の命令セット(この場合はAES-NI命令セットの一部であるSSE4.1)をサポートしている場合、これらのハードウェアアクセラレーションを利用することで、ハッシュ計算を劇的に高速化できる可能性があります。
複合オブジェクト(構造体や配列など)のハッシュ計算は、そのサイズが大きくなるにつれて計算コストが増大します。そのため、これらのオブジェクトに対するハッシュ計算の効率化は、Goプログラム全体のパフォーマンス向上に大きく貢献します。このコミットは、利用可能なハードウェア機能を活用することで、このボトルネックを解消し、Goアプリケーションの実行速度を向上させることを目的としています。
## 前提知識の解説
### AESハッシュ
AESハッシュとは、Advanced Encryption Standard (AES) の命令セットを利用して計算されるハッシュ関数のことです。AESは本来暗号化のために設計されたブロック暗号ですが、その命令セット(AES-NI: AES New Instructions)には、データの高速な処理を可能にする特定のCPU命令が含まれています。これらの命令は、ハッシュ計算のようなビット操作や算術演算が多用される処理においても、ソフトウェアによる実装よりもはるかに高速に実行できるため、ハッシュ関数のパフォーマンス向上に利用されることがあります。特に、IntelのSSE4.1命令セットの一部として提供される`PINSRED`や`PINSREQ`などの命令は、メモリからデータを効率的にレジスタにロードし、AES命令と組み合わせてハッシュ計算を行うのに役立ちます。
### 複合オブジェクト (Compound Objects)
Go言語における複合オブジェクトとは、複数の値をまとめたデータ構造のことです。これには主に以下のものが含まれます。
* **構造体 (Structs)**: 異なる型のフィールドをまとめたものです。
* **配列 (Arrays)**: 同じ型の要素を固定長で並べたものです。
これらのオブジェクトをマップのキーとして使用したり、チャネルで送受信したりする際には、その内容に基づいてハッシュ値を計算する必要があります。複合オブジェクトのハッシュ計算は、その内部のすべてのフィールドや要素を考慮する必要があるため、単純なプリミティブ型(整数、文字列など)のハッシュ計算よりも複雑で計算コストが高くなる傾向があります。
### Goランタイム (Go Runtime)
Goランタイムは、Go言語で書かれたプログラムの実行を管理するシステムです。これには、ガベージコレクション、スケジューラ(ゴルーチンの管理)、メモリ管理、そして今回関連するハッシュ計算などの低レベルな機能が含まれます。Goプログラムがコンパイルされると、その実行ファイルにはGoランタイムが組み込まれ、プログラムのライフサイクル全体をサポートします。
### SSE4.1 (Streaming SIMD Extensions 4.1)
SSE4.1は、Intelが開発したSIMD(Single Instruction, Multiple Data)命令セットの拡張機能の一つです。SIMD命令は、単一の命令で複数のデータ要素に対して同じ操作を並行して実行できるため、画像処理、科学計算、暗号化などの分野で高いパフォーマンスを発揮します。SSE4.1には、特にメディア処理や文字列処理、そしてハッシュ計算に有用な新しい命令が追加されています。このコミットでは、SSE4.1に含まれる特定の命令(`PINSRED`や`PINSREQ`など)が、AESハッシュの効率的な実装に利用されています。
### CPUID
CPUIDは、x86アーキテクチャのプロセッサが提供する命令で、CPUの機能やサポートする命令セットに関する情報を取得するために使用されます。プログラムはCPUID命令を実行することで、現在実行されているCPUが特定の機能(例: SSE4.1、AES-NI)をサポートしているかどうかを動的に判断できます。このコミットでは、`runtime·cpuid_ecx & (1 << 19)`というチェックを通じて、CPUがSSE4.1をサポートしているかを確認しています。ビット19がセットされている場合、SSE4.1が利用可能であることを示します。
## 技術的詳細
このコミットの主要な技術的詳細は、GoランタイムがCPUのハードウェア機能を検出して、それに応じて最適なハッシュアルゴリズムを選択するメカニズムにあります。
1. **ハードウェア機能の検出**:
Goランタイムの初期化フェーズ(`runtime·hashinit`関数内)で、`CPUID`命令を使用して現在のCPUがSSE4.1命令セットをサポートしているかどうかがチェックされます。具体的には、`runtime·cpuid_ecx`レジスタのビット19がセットされているかを確認します。このビットは、SSE4.1のサポートを示します。
2. **AESハッシュの有効化**:
もしSSE4.1がサポートされている場合、`use_aeshash`というグローバルなブーリアン変数が`true`に設定されます。この変数は、後続のハッシュ計算でAESハッシュを使用するかどうかのフラグとして機能します。
3. **ハッシュ関数の切り替え**:
`runtime·memhash`関数は、メモリブロックのハッシュを計算するための汎用的な関数です。この関数内で、`use_aeshash`が`true`であるかどうかがチェックされます。
* `use_aeshash`が`true`の場合、`runtime·aeshash`という専用のAESベースのハッシュ関数が呼び出され、その結果が返されます。
* `use_aeshash`が`false`の場合(つまり、SSE4.1がサポートされていないか、AESハッシュが有効になっていない場合)、従来の汎用的なハッシュアルゴリズムが実行されます。
4. **特定の型に対するAESハッシュの適用**:
`runtime·hashinit`関数では、`runtime·algarray`という配列が更新されます。この配列は、Goの様々なデータ型(`AMEM`、`AMEM8`、`AMEM16`など)に対応するハッシュ関数へのポインタを保持しています。SSE4.1が利用可能な場合、`AMEM`(任意のサイズのメモリ)、`AMEM8`(8バイトのメモリ)、`AMEM16`(16バイトのメモリ)のハッシュ関数が、それぞれ`runtime·aeshash`に設定されます。これにより、これらのメモリブロックに対するハッシュ計算がAESハッシュによって行われるようになります。
このアプローチにより、Goランタイムは実行環境のCPU能力を最大限に活用し、ハードウェアアクセラレーションが利用可能な場合には自動的に高速なハッシュアルゴリズムに切り替えることで、パフォーマンスと互換性の両方を実現しています。
## コアとなるコードの変更箇所
変更は `src/pkg/runtime/alg.c` ファイルに集中しています。
```diff
--- a/src/pkg/runtime/alg.c
+++ b/src/pkg/runtime/alg.c
@@ -8,6 +8,8 @@
#define M0 (sizeof(uintptr)==4 ? 2860486313UL : 33054211828000289ULL)\n #define M1 (sizeof(uintptr)==4 ? 3267000013UL : 23344194077549503ULL)\n \n+static bool use_aeshash;\n+\n /*\n * map and chan helpers for\n * dealing with unknown types\n@@ -17,6 +19,10 @@ runtime·memhash(uintptr *h, uintptr s, void *a)\n {\n \tbyte *b;\n \tuintptr hash;\n+\tif(use_aeshash) {\n+\t\truntime·aeshash(h, s, a);\n+\t\treturn;\n+\t}\n \n \tb = a;\n \thash = M0 ^ *h;\n@@ -479,6 +485,7 @@ runtime·hashinit(void)\n \t (runtime·cpuid_ecx & (1 << 19)) != 0) { // sse4.1 (pinsr{d,q})\n \t\tbyte *rnd;\n \t\tint32 n;\n+\t\tuse_aeshash = true;\n \t\truntime·algarray[AMEM].hash = runtime·aeshash;\n \t\truntime·algarray[AMEM8].hash = runtime·aeshash;\n \t\truntime·algarray[AMEM16].hash = runtime·aeshash;\n```
## コアとなるコードの解説
1. **`static bool use_aeshash;` の追加**:
この行は、`use_aeshash`という静的なブーリアン変数を導入しています。この変数は、ランタイムがAESハッシュを使用すべきかどうかを示すフラグとして機能します。`static`キーワードにより、この変数は`alg.c`ファイル内でのみアクセス可能です。
2. **`runtime·memhash` 関数内の変更**:
`runtime·memhash`は、任意のサイズのメモリブロックのハッシュを計算する汎用関数です。
```c
if(use_aeshash) {
runtime·aeshash(h, s, a);
return;
}
```
このブロックは、`use_aeshash`が`true`の場合に、従来のハッシュ計算ロジックをスキップし、代わりに`runtime·aeshash`関数を呼び出してすぐにリターンするように変更しています。これにより、AESハッシュが有効な環境では、より高速な専用のハッシュ関数が優先的に使用されます。`runtime·aeshash`は、AES命令セットを利用してハッシュを計算する最適化された関数です。
3. **`runtime·hashinit` 関数内の変更**:
`runtime·hashinit`は、Goランタイムの初期化時にハッシュ関連の設定を行う関数です。
```c
if((runtime·cpuid_ecx & (1 << 19)) != 0) { // sse4.1 (pinsr{d,q})
byte *rnd;
int32 n;
use_aeshash = true;
runtime·algarray[AMEM].hash = runtime·aeshash;
runtime·algarray[AMEM8].hash = runtime·aeshash;
runtime·algarray[AMEM16].hash = runtime·aeshash;
```
この部分では、CPUがSSE4.1命令セットをサポートしているかどうかが`runtime·cpuid_ecx & (1 << 19)`という条件でチェックされます。
* もしSSE4.1がサポートされている場合、`use_aeshash`が`true`に設定されます。
* さらに、`runtime·algarray`という配列の要素が更新されます。`runtime·algarray`は、Goの様々な型に対するハッシュ関数へのポインタを格納しています。ここで、`AMEM`(任意のサイズのメモリ)、`AMEM8`(8バイトのメモリ)、`AMEM16`(16バイトのメモリ)に対応するハッシュ関数ポインタが、`runtime·aeshash`に設定されます。これにより、これらのメモリブロックのハッシュ計算には、SSE4.1を利用した最適化された`runtime·aeshash`が使用されるようになります。
これらの変更により、Goランタイムは実行時にCPUの能力を検出し、利用可能な場合は自動的にハードウェアアクセラレーションされたAESハッシュに切り替えることで、複合オブジェクトのハッシュ計算パフォーマンスを向上させています。
## 関連リンク
* Go CL 7716047: [https://golang.org/cl/7716047](https://golang.org/cl/7716047)
## 参考にした情報源リンク
* AES-NI (Wikipedia): [https://en.wikipedia.org/wiki/AES_instruction_set](https://en.wikipedia.org/wiki/AES_instruction_set)
* SSE4 (Wikipedia): [https://en.wikipedia.org/wiki/SSE4](https://en.wikipedia.org/wiki/SSE4)
* CPUID (Wikipedia): [https://en.wikipedia.org/wiki/CPUID](https://en.wikipedia.org/wiki/CPUID)
* Go言語のランタイムとハッシュ関数に関する一般的な情報 (Goのドキュメントやブログ記事など、具体的なURLは検索結果による)