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[インデックス 15905] ファイルの概要

このコミットは、Go言語のコンパイラ(cmd/gc)における、クロージャ(関数リテラル)内でmissing returnエラーが発生した際の行番号の報告が不正確であった問題を修正するものです。具体的には、クロージャの終了行番号が正しく追跡されていなかったため、コンパイラが誤った位置をエラー箇所として報告したり、不明な行番号として扱ったりする可能性がありました。この修正により、クロージャを含む複雑な制御フローを持つ関数におけるmissing returnエラーの診断が大幅に改善されます。

コミット

commit ba0dd1f139c4344008a1cb184f0c5e02ad879ef5
Author: Russ Cox <rsc@golang.org>
Date:   Fri Mar 22 17:50:29 2013 -0400

    cmd/gc: fix line number for 'missing return' in closure
    
    R=ken2
    CC=golang-dev
    https://golang.org/cl/7838048
---
 src/cmd/gc/closure.c |    2 +
 src/cmd/gc/fmt.c     |    2 +-\
 test/return.go       | 1436 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++\
 3 files changed, 1439 insertions(+), 1 deletion(-)

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/ba0dd1f139c4344008a1cb184f0c5e02ad879ef5

元コミット内容

cmd/gc: fix line number for 'missing return' in closure

R=ken2
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/7838048

変更の背景

Go言語では、関数が値を返すように宣言されている場合、すべての可能な実行パスでreturnステートメントが存在しなければなりません。これが満たされない場合、コンパイラはmissing returnエラーを報告します。しかし、このコミット以前は、特にクロージャ(関数リテラル)内でこのエラーが発生した場合、コンパイラが報告するエラーの行番号が不正確であるという問題がありました。

具体的には、コンパイラがクロージャのコードブロックの実際の終了位置を正確に把握できていなかったため、エラーメッセージが開発者にとって誤解を招くか、あるいはデバッグに役立たない情報(例: <epoch>のような汎用的な行番号)を提供する可能性がありました。これにより、開発者はコードのどこにreturnステートメントが不足しているのかを特定するのに苦労していました。

このコミットは、この行番号の不正確さを修正し、missing returnエラーがクロージャ内で発生した場合でも、正確なソースコードの行を指し示すようにすることで、開発者のデバッグ体験を向上させることを目的としています。

前提知識の解説

Go言語のクロージャ(関数リテラル)

Go言語におけるクロージャは、関数リテラルとも呼ばれ、関数が定義された環境の変数を「記憶」し、その環境外でその変数にアクセスできる関数です。Goでは、関数はファーストクラスの型であり、他の値と同様に変数に代入したり、引数として渡したり、関数の戻り値として使用したりできます。

func outer() func() int {
    x := 0
    // この無名関数がクロージャ
    return func() int {
        x++ // outer関数のxにアクセス
        return x
    }
}

func main() {
    increment := outer()
    fmt.Println(increment()) // 1
    fmt.Println(increment()) // 2
}

この例では、incrementouter関数内のx変数を「キャプチャ」しています。

Goコンパイラ (gc)

gcは、Go言語の公式ツールチェインに含まれる主要なコンパイラです。Goのソースコードを機械語に変換する役割を担っています。gcの主な機能には以下が含まれます。

  • 字句解析と構文解析: ソースコードをトークンに分解し、抽象構文木(AST)を構築します。
  • 型チェック: Goの型システムに従って、プログラムの型が正しいことを検証します。
  • 最適化: 生成されるコードのパフォーマンスを向上させます。
  • コード生成: 最終的な実行可能バイナリを生成します。
  • エラー報告: コンパイル時に検出されたエラー(構文エラー、型エラー、セマンティックエラーなど)を、関連するファイル名と行番号とともに報告します。

このコミットは、特にエラー報告の精度、中でも行番号の正確性に関わる部分を改善しています。

missing returnエラー

Go言語の関数が、戻り値を返すように宣言されているにもかかわらず、すべての可能な実行パスでreturnステートメントに到達しない場合に発生するコンパイルエラーです。コンパイラは、関数の制御フローグラフを分析し、関数が終了する可能性のあるすべてのパスをチェックします。

例えば、以下のようなコードはmissing returnエラーを引き起こします。

func getValue() int {
    // returnステートメントがない
}

より複雑なケースとして、if/elseforswitchselectなどの制御フロー構造内で、すべてのパスがreturnpanic、または無限ループのような終了ステートメントで終わらない場合にもこのエラーが発生します。

行番号の重要性

コンパイルエラーメッセージにおける正確なファイル名と行番号は、開発者が問題の箇所を迅速に特定し、デバッグを行う上で極めて重要です。不正確な行番号は、開発者を誤った方向に導き、問題解決に余計な時間を費やさせる原因となります。このコミットは、このデバッグ体験の質を直接的に改善するものです。

技術的詳細

このコミットの技術的詳細を理解するためには、Goコンパイラがどのように関数の構造と制御フローを内部的に表現し、エラーを検出しているかを知る必要があります。

Goコンパイラは、ソースコードを解析して抽象構文木(AST)を構築します。このASTは、プログラムの構造を階層的に表現したものです。関数やクロージャもASTノードとして表現され、それぞれが自身のボディ(コードブロック)を持ちます。

missing returnエラーの検出は、コンパイラの制御フロー分析(Control Flow Analysis, CFA)の一部として行われます。CFAは、プログラムの実行がどのように進むかを追跡し、すべての可能なパスが適切に終了するかどうかを判断します。関数が値を返すように宣言されている場合、CFAはすべての実行パスがreturnステートメント、panic呼び出し、または無限ループ(for {}など)で終了することを確認します。

このコミット以前の問題は、クロージャがコンパイルされる際に、そのクロージャのコードブロックの「終了行番号」がコンパイラの内部表現で正しく設定されていなかったことに起因します。コンパイラがmissing returnエラーを報告する際、エラーメッセージの行番号は、この内部的に保持されている関数の終了行番号に基づいて生成されます。クロージャの場合、この情報が欠落しているか不正確であったため、エラー報告も不正確になっていました。

この修正は、クロージャのコンパイル時に、そのクロージャの実際の終了行番号を正確に取得し、コンパイラの内部データ構造(Node構造体のendlinenoフィールドなど)に設定することで、この問題を解決します。これにより、missing returnエラーが報告される際に、コンパイラはクロージャの実際の終了位置を指し示すことができるようになります。

また、src/cmd/gc/fmt.cの変更は、行番号が不明な場合に表示されるメッセージを<epoch>から<unknown line number>に変更することで、より明確なエラーメッセージを提供します。これは、行番号が取得できない場合のフォールバックメカニズムの改善です。

test/return.goへの大規模な追加は、この修正が様々な制御フロー構造(if-elseforselectswitch)と、panicgotoのような終了ステートメントを含むクロージャに対して正しく機能することを検証するためのものです。これにより、修正の網羅性と堅牢性が保証されます。特に、panicが組み込み関数である場合と、ユーザー定義の関数である場合の違いなど、Goのセマンティクスに関する微妙な点もテストされています。

コアとなるコードの変更箇所

このコミットにおける主要なコード変更は、以下の2つのファイルに集中しています。

  1. src/cmd/gc/closure.c: クロージャのコンパイルに関連する部分です。

    --- a/src/cmd/gc/closure.c
    +++ b/src/cmd/gc/closure.c
    @@ -60,6 +60,7 @@ closurebody(NodeList *body)
     
     	func = curfn;
     	func->nbody = body;
    +	func->endlineno = lineno;
     	funcbody(func);
     
     	// closure-specific variables are hanging off the
    @@ -154,6 +155,7 @@ makeclosure(Node *func, int nowrap)
     	declare(xfunc->nname, PFUNC);
     	xfunc->nname->funcdepth = func->funcdepth;
     	xfunc->funcdepth = func->funcdepth;
    +	xfunc->endlineno = func->endlineno;
     	
     	// declare variables holding addresses taken from closure
     	// and initialize in entry prologue.
    

    この変更は、closurebody関数とmakeclosure関数において、関数の終了行番号(endlineno)を現在の行番号(lineno)または元の関数の終了行番号に設定しています。これにより、クロージャのコンパイル時にその終了位置が正確に記録されるようになります。

  2. src/cmd/gc/fmt.c: コンパイラのエラーメッセージのフォーマットに関連する部分です。

    --- a/src/cmd/gc/fmt.c
    +++ b/src/cmd/gc/fmt.c
    @@ -168,7 +168,7 @@ Lconv(Fmt *fp)
     		lno = a[i].incl->line - 1;	// now print out start of this file
     	}
     	if(n == 0)
    -		fmtprint(fp, "<epoch>");
    +		fmtprint(fp, "<unknown line number>");
     
     	return 0;
     }
    

    この変更は、行番号が不明な場合に表示されるプレースホルダーを<epoch>から<unknown line number>に変更しています。これは、より分かりやすいエラーメッセージを提供するための改善です。

  3. test/return.go: 大量のテストケースが追加されています。 このファイルには、クロージャ、if-elseforselectswitchなどの様々な制御フロー構造におけるmissing returnエラーの検出を検証するための、広範なテストケースが追加されています。これにより、修正が様々なシナリオで正しく機能することが保証されます。

コアとなるコードの解説

src/cmd/gc/closure.cにおける変更は、Goコンパイラの内部で関数(特にクロージャ)のメタデータがどのように管理されているかを示しています。

  • func->endlineno = lineno; (in closurebody): closurebody関数は、クロージャのボディ(実際のコードブロック)を処理する際に呼び出されます。ここでfunc->endlinenoに現在のlineno(コンパイラが現在処理しているソースコードの行番号)を代入することで、クロージャの定義が終了する行を正確に記録しています。これにより、missing returnエラーがクロージャの末尾で検出された場合に、そのクロージャが定義されている実際の終了行を指し示すことができるようになります。

  • xfunc->endlineno = func->endlineno; (in makeclosure): makeclosure関数は、新しいクロージャオブジェクトを作成する際に呼び出されます。ここで、新しく作成されるクロージャの関数ノード(xfunc)に対して、元の関数(func)のendlinenoをコピーしています。これは、クロージャが別の関数内で定義される場合、そのクロージャ自身の終了行番号が、親関数のコンテキストから正しく引き継がれることを保証します。これにより、ネストされたクロージャの場合でも、正確なエラー報告が可能になります。

これらの変更は、コンパイラがクロージャの「物理的な」終了位置を正確に把握するための重要なステップです。この情報が正確であることで、missing returnのようなセマンティックエラーが検出された際に、ユーザーに対してより意味のある、デバッグに役立つ行番号を提供できるようになります。

src/cmd/gc/fmt.cの変更は、エラーメッセージのユーザーフレンドリーさを向上させるためのものです。以前は行番号が不明な場合に<epoch>というメッセージが表示されていましたが、これはGoの初期のコンパイラ設計の名残であり、現代のGoユーザーにとっては意味不明でした。これを<unknown line number>に変更することで、エラーメッセージがより直感的になり、行番号が取得できなかった状況を明確に伝えます。

test/return.goの追加は、この修正の品質保証の要です。これほど大規模なテストケースの追加は、開発者がこの問題の複雑さを認識し、様々なエッジケース(例えば、panicが組み込み関数かユーザー定義関数か、gotoの使用、ネストされたブロック、forループの無限性、selectswitchの網羅性など)を網羅的に検証しようとしたことを示しています。これにより、この修正が広範囲のコードパターンに対して堅牢であることが保証されます。

関連リンク

参考にした情報源リンク