[インデックス 16080] ファイルの概要
このコミットは、Go 1.1のリリースノートである doc/go1.1.html
に、gccgo
コンパイラのGo 1.1に対する実装状況に関する記述を追加するものです。特に、GCCのリリーススケジュールとGoのリリーススケジュールが異なるために生じる「ずれ」と、GCC 4.8.0におけるgccgo
がメソッド値をまだ実装していないという重要な情報が追記されています。これにより、ユーザーはgccgo
の現状を正確に把握できるようになります。
コミット
commit a9e1c8fb413f24836a433f3e816984157b79e102
Author: Rob Pike <r@golang.org>
Date: Wed Apr 3 13:29:06 2013 -0700
doc/go1.1.html: document the state of gccgo
Fixes #5053.
R=adg, iant
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/8337043
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/a9e1c8fb413f24836a433f3e816984157b79e102
元コミット内容
doc/go1.1.html: document the state of gccgo
Fixes #5053.
R=adg, iant
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/8337043
変更の背景
このコミットは、Go言語の公式ドキュメント、特にGo 1.1のリリースノート (doc/go1.1.html
) に、gccgo
コンパイラのGo 1.1サポート状況に関する重要な情報を追加するために行われました。背景には、Go issue #5053「doc: describe gccgo status」があります。このIssueは、gccgo
のGo 1.1に対する互換性や機能実装の現状をリリースノートに明記する必要があるという議論から生まれました。
Go言語には主に2つのコンパイラ実装があります。一つは公式のgc
コンパイラ(Goツールチェインに含まれる標準コンパイラ)であり、もう一つはGCC(GNU Compiler Collection)をベースにしたgccgo
です。gccgo
は、GCCの広範なアーキテクチャサポートや最適化能力を活用できるという利点がありますが、その開発・リリースサイクルはGo本体とは独立しています。
Go 1.1のリリースが近づく中で、ユーザーがgccgo
を使用する際に、どの程度のGo 1.1機能がサポートされているのか、特に標準のgc
コンパイラとの間にどのような差異があるのかを明確にすることが求められました。特に、GCC 4.8.0がリリースされた時点でのgccgo
の状況と、将来のGCC 4.8.1での完全なGo 1.1サポートの見込みについて、公式な情報提供が必要と判断されました。このコミットは、その情報を提供することで、ユーザーの混乱を防ぎ、適切なコンパイラ選択を支援することを目的としています。
前提知識の解説
Go 1.1
Go 1.1は、2013年5月にリリースされたGoプログラミング言語の重要なバージョンです。このリリースは、主にパフォーマンスの向上、コンパイラとランタイムの改善、およびいくつかの言語仕様の微調整に焦点を当てていました。Go言語の安定性と成熟度を高める上で重要なマイルストーンとなりました。
gccgo
gccgo
は、Go言語の代替コンパイラ実装の一つで、GCC(GNU Compiler Collection)のフロントエンドとして開発されています。標準のGoコンパイラであるgc
とは異なり、gccgo
はGCCのバックエンドを利用するため、GCCがサポートする多様なCPUアーキテクチャに対応できるという特徴があります。また、GCCの高度な最適化技術をGoプログラムに適用できる可能性も秘めています。しかし、gccgo
の開発はGo本体とは独立しており、GCCのリリースサイクルに依存するため、Go言語の最新機能への対応がgc
コンパイラよりも遅れることがあります。
メソッド値 (Method Values)
Go言語における「メソッド値」とは、特定のレシーバ(構造体のインスタンスなど)にバインドされたメソッドを、通常の関数のように扱うことができる機能です。メソッド値を作成すると、そのメソッドは特定のレシーバのコンテキストで実行される関数として振る舞います。
例えば、type MyStruct struct { ... }
と func (m MyStruct) MyMethod() { ... }
という定義がある場合、myInstance := MyStruct{}
としたときに、myFunc := myInstance.MyMethod
とすることで、myFunc
は myInstance
にバインドされた MyMethod
のメソッド値となります。その後、myFunc()
を呼び出すと、myInstance.MyMethod()
が実行されます。
メソッド値は、コールバック関数としてメソッドを渡したり、特定のオブジェクトのメソッドを遅延実行したりする際に非常に便利です。このコミットの文脈では、GCC 4.8.0のgccgo
がこの「メソッド値」をまだ完全に実装していなかったことが、Go 1.1との互換性における重要な差異として挙げられています。
go vet ツール
go vet
は、Go言語の標準ツールチェインに含まれる静的解析ツールです。このツールは、Goのソースコードを検査し、構文的には正しいものの、潜在的なバグや疑わしい構造を示す可能性のあるパターンを特定します。例えば、Printf
系の関数でフォーマット文字列と引数の型が一致しない場合や、sync/atomic
パッケージの誤用、defer
ステートメントの一般的な間違いなどを検出できます。go vet
は、コンパイラが検出できないような実行時エラーにつながる可能性のある問題を早期に発見し、コード品質を向上させるのに役立ちます。
GCCのリリーススケジュール
GCC(GNU Compiler Collection)は、C、C++、Goなど多くのプログラミング言語をサポートするコンパイラ群です。GCCには独自のリリーススケジュールがあり、通常は年に一度のメジャーリリースと、その間のマイナーリリースがあります。Go言語のリリーススケジュール(通常は半年に一度のメジャーリリース)とは独立しているため、gccgo
のバージョンがGo言語の特定のバージョンに完全に追いつくまでに時間的な「ずれ(skew)」が生じることが避けられません。このコミットは、まさにこの「ずれ」がGo 1.1とGCC 4.8.0のgccgo
の間で発生していることを説明しています。
技術的詳細
このコミットが追加する内容は、gccgo
コンパイラのGo 1.1に対する具体的な実装状況に関する技術的な詳細です。
-
GCCリリーススケジュールの影響: Go言語のリリースサイクルとGCCのリリースサイクルは同期していません。Go 1.1は2013年5月にリリースされましたが、GCC 4.8.0はそれより前の2013年3月にリリースされています。この時間差により、GCC 4.8.0に含まれる
gccgo
は、Go 1.1の最終的な仕様に完全に準拠しているわけではないという「ずれ」が生じます。 -
GCC 4.8.0における
gccgo
の状況: GCC 4.8.0に同梱されているgccgo
は、「ほぼGo 1.1バージョン」と記述されています。これは、Go 1.1の多くの機能はサポートしているものの、いくつかの重要な点で完全ではないことを意味します。- ライブラリの遅れ:
gccgo
の標準ライブラリが、Go 1.1のリリース時点での最新版に比べて少し遅れていることが指摘されています。これは、Goの標準ライブラリがGo本体のリリースと同時に更新されるのに対し、gccgo
はその更新を取り込むまでにタイムラグがあるためです。 - メソッド値の未実装: 最も大きな違いとして、「メソッド値(method values)が実装されていない」ことが明記されています。前述の通り、メソッド値はGo言語の重要な機能であり、特定のレシーバにバインドされたメソッドを関数として扱うことを可能にします。この機能が
gccgo
で利用できないということは、gc
コンパイラでコンパイルされたGo 1.1プログラムがメソッド値を使用している場合、gccgo
ではコンパイルエラーになるか、予期せぬ動作をする可能性があることを意味します。これは、Go 1.1のコードベースをgccgo
でビルドしようとする開発者にとって、非常に重要な制約となります。
- ライブラリの遅れ:
-
GCC 4.8.1での改善見込み: コミットは、2013年5月頃にリリースが予定されていたGCC 4.8.1では、
gccgo
が「完全なGo 1.1実装」を提供すると期待されていることを述べています。これは、GCC 4.8.1でメソッド値のサポートを含む、Go 1.1の全機能がgccgo
に統合される見込みがあることを示唆しています。
これらの技術的詳細は、Go 1.1リリース初期におけるgccgo
の利用を検討している開発者に対し、どのバージョンを使用すべきか、またどのような機能的な制約があるのかを明確に伝えるためのものです。
コアとなるコードの変更箇所
--- a/doc/go1.1.html
+++ b/doc/go1.1.html
@@ -152,6 +152,17 @@ Such code can be identified by <code>go vet</code>.\n \n <h2 id=\"impl\">Changes to the implementations and tools</h2>\n \n+<h3 id=\"gccgo\">Status of gccgo</h3>\n+\n+<p>\n+The GCC release schedule does not coincide with the Go release schedule, so some skew is inevitable in\n+<code>gccgo</code>\'s releases.\n+The 4.8.0 version of GCC shipped in March, 2013 and includes a nearly-Go 1.1 version of <code>gccgo</code>.\n+Its library is a little behind the release, but the biggest difference is that method values are not implemented.\n+Sometime around May 2013, we expect 4.8.1 of GCC to ship with a <code>gccgo</code>\n+providing a complete Go 1.1 implementaiton.\n+</p>\n+\n <h3 id=\"gc_flag\">Command-line flag parsing</h3>\n \n <p>\n```
## コアとなるコードの解説
このコミットは、`doc/go1.1.html` ファイルに新しいセクションを追加しています。
* **`<h3 id="gccgo">Status of gccgo</h3>`**:
これは、`gccgo`のステータスに関する新しいサブセクションのヘッダーです。これにより、Go 1.1のリリースノート内で`gccgo`に関する情報が独立した項目として明確に示されます。
* **`<p>`タグ内のテキスト**:
この段落には、`gccgo`のGo 1.1に対する具体的な状況が記述されています。
* 「The GCC release schedule does not coincide with the Go release schedule, so some skew is inevitable in `gccgo`'s releases.」:GCCのリリーススケジュールとGoのリリーススケジュールが一致しないため、`gccgo`のリリースには必然的に「ずれ」が生じることを説明しています。これは、`gccgo`がGoの最新機能に追いつくまでに時間がかかる理由をユーザーに理解させるための重要な背景情報です。
* 「The 4.8.0 version of GCC shipped in March, 2013 and includes a nearly-Go 1.1 version of `gccgo`.」:2013年3月に出荷されたGCC 4.8.0には、「ほぼGo 1.1バージョン」の`gccgo`が含まれていることを明記しています。これは、完全ではないものの、Go 1.1の大部分の機能はサポートしていることを示唆しています。
* 「Its library is a little behind the release, but the biggest difference is that method values are not implemented.」:`gccgo`のライブラリがGo 1.1のリリースに比べて少し遅れていること、そして最も大きな違いとして「メソッド値が実装されていない」ことを具体的に指摘しています。この情報は、`gccgo`を使用する開発者にとって、Go 1.1の特定の機能が利用できないという重要な制約を明確に伝えます。
* 「Sometime around May 2013, we expect 4.8.1 of GCC to ship with a `gccgo` providing a complete Go 1.1 implementaiton.」:2013年5月頃にリリースされる予定のGCC 4.8.1では、`gccgo`が完全なGo 1.1実装を提供すると期待されていることを示しています。これは、将来的な完全サポートへの見通しを提供し、ユーザーが今後の`gccgo`の動向を予測するのに役立ちます。
この追加により、Go 1.1のリリースノートは、`gccgo`の現状と将来の見通しに関する重要な情報を含み、ユーザーがGo 1.1環境で`gccgo`を使用する際の判断材料を提供できるようになります。
## 関連リンク
* Go issue #5053: [https://github.com/golang/go/issues/5053](https://github.com/golang/go/issues/5053)
* Gerrit Change-Id: `https://golang.org/cl/8337043` (これはGerritの変更リストへのリンクであり、Goプロジェクトのコードレビューシステムで使われていました)
## 参考にした情報源リンク
* Go issue 5053: [https://vertexaisearch.cloud.google.com/grounding-api-redirect/AUZIYQFq8cJaiDQChakNnsOpzwO_hh0P1kmg2oW9ixGbZ7eWVmJ8dh0y3gP14-OYMjzTyjtDZbWj_R6eX-EDWMHza_RWTNjiX1ocuZw4Fduf3WoJQghGw80LF-FGyHsDkF5x3XbFUQ==](https://vertexaisearch.cloud.google.com/grounding-api-redirect/AUZIYQFq8cJaiDQChakNnsOpzwR_hh0P1kmg2oW9ixGbZ7eWVmJ8dh0y3gP14-OYMjzTyjtDZbWj_R6eX-EDWMHza_RWTNjiX1ocuZw4Fduf3WoJQghGw80LF-FGyHsDkF5x3XbFUQ==)
* gccgo Go 1.1 status: [https://vertexaisearch.cloud.google.com/grounding-api-redirect/AUZIYQE2YSlyalTjqtBoh-ub5ER1AHuvgyzR91AN3s-zDegMA12CjsXbDHNWU_LMwExMVXVnWkT9fodKkr1ibkYnQt-qsoX7fKxENLXJFW9Ayz26rV48](https://vertexaisearch.cloud.google.com/grounding-api-redirect/AUZIYQE2YSlyalTjqtBoh-ub5ER1AHuvgyzR91AN3s-zDegMA12CjsXbDHNWU_LMwExMVXVnWkT9fodKkr1ibkYnQt-qsoX7fKxENLXJFW9Ayz26rV48)
* Go method values: [https://vertexaisearch.cloud.google.com/grounding-api-redirect/AUZIYQHe02D0k-a-iin5rQCvkMVLx2yIsueu4ice9tkrR-ScXvrKsgVcFLaLqDnt0tjR0sUiuMwLtMWVF_efSAyTgOt28BXuvAYbWfyJc70FTaYpef07VGmIoKsAKIUyy4eKYpyERMxzhg==](https://vertexaisearch.cloud.google.com/grounding-api-redirect/AUZIYQHe02D0k-a-iin5rQCvkMVLx2yIsueu4ice9tkrR-ScXvrKsgVcFLaLqDnt0tjR0sUiuMwLtMWVF_efSAyTgOt28BXuvAYbWfyJc70FTaYpef07VGmIoKsAKIUyy4eKYpyERMxzhg==)
* go vet tool: [https://vertexaisearch.cloud.google.com/grounding-api-redirect/AUZIYQHNnD4KAU7YKU_jqEmdTfmaWYQ9PdHQJ-8CqPblkCFUU0pPZKa_rworLMHYnf7gDOheD697yE_OShGGcpMZdVwiJC9fqQF-_3Gy37o1J8zb1OPfD1rk](https://vertexaisearch.cloud.google.com/grounding-api-redirect/AUZIYQHNnD4KAU7YKU_jqEmdTfmaWYQ9PdHQJ-8CqPblkCFUU0pPZKa_rworLMHYnf7gDOheD697yE_OShGGcpMZdVwiJC9fqQF-_3Gy37o1J8zb1OPfD1rk)