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[インデックス 1617] ファイルの概要

このコミットは、Go言語のコンパイラテストスイートの一部である test/escape1.go ファイルに対する変更です。このファイルは、Goコンパイラの「エスケープ解析」の挙動をテストするために使用されます。エスケープ解析は、変数がヒープに割り当てられるべきか(エスケープする)、それともスタックに留まることができるか(エスケープしない)を決定するコンパイラの最適化プロセスです。この特定のテストファイルは、関数の戻り値として渡されるポインタが適切にエスケープされることを検証しています。

コミット

Rename function to avoid function redefinition error. Remove .* from regexp since it confuses DejaGNU which runs gcc's testsuite.

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/58c277955a824942824d5a12b1d28ca34d2e5580

元コミット内容

Rename function to avoid function redefinition error.  Remove
.* from regexp since it confuses DejaGNU which runs gcc's
testsuite.

R=rsc
DELTA=3  (0 added, 0 deleted, 3 changed)
OCL=24435
CL=24438

変更の背景

このコミットは、主に2つの問題に対処するために行われました。

  1. 関数再定義エラーの回避: test/escape1.go ファイル内で、同じ名前の関数 out_escapes が2回定義されていました。これはGo言語の構文規則に違反し、コンパイルエラーを引き起こします。このコミットは、2番目の関数名を変更することでこの問題を解決しました。
  2. DejaGNUの正規表現解釈の問題: Goコンパイラのテストスイートは、GCCのテストスイートを実行するDejaGNUというフレームワークを使用しています。以前のコードでは、エラーメッセージのパターンマッチングに address.*out parameter という正規表現が使われていました。この .* (任意の文字に0回以上マッチ) というパターンがDejaGNUの正規表現エンジンを混乱させ、テストが正しく機能しない、または意図しない結果を招く可能性がありました。このコミットでは、より具体的な address of out parameter という正規表現に変更することで、この問題を解消しています。

前提知識の解説

Go言語のエスケープ解析 (Escape Analysis)

Goコンパイラは、プログラムの実行効率を向上させるために「エスケープ解析」と呼ばれる最適化を行います。これは、変数がその宣言されたスコープを「エスケープ」して、そのスコープ外からも参照される可能性があるかどうかを判断するプロセスです。

  • スタック割り当て: 変数がエスケープしないと判断された場合、その変数は関数のスタックフレームに割り当てられます。スタック割り当ては非常に高速で、ガベージコレクションのオーバーヘッドがありません。
  • ヒープ割り当て: 変数がエスケープすると判断された場合、その変数はヒープに割り当てられます。ヒープ割り当てはスタックよりも遅く、ガベージコレクタがそのメモリを解放する必要があります。

test/escape1.go のようなテストファイルは、特定のコードパターンがエスケープ解析によってどのように扱われるかを検証するために存在します。例えば、関数の戻り値としてローカル変数のアドレスを返す場合、その変数はヒープにエスケープする必要があります。コンパイラがこれを正しく検出できない場合、ダングリングポインタ(解放されたメモリを指すポインタ)が発生し、プログラムがクラッシュする可能性があります。

DejaGNU

DejaGNUは、主にGCC (GNU Compiler Collection) のようなコンパイラやツールチェインのテストに使用されるフレームワークです。これは、テストケースの実行、出力のキャプチャ、そして期待される出力(エラーメッセージ、警告など)との比較を行うためのツールを提供します。DejaGNUは、テスト結果を評価するために正規表現を使用して、コンパイラの出力が特定のパターンにマッチするかどうかを検証することがよくあります。

正規表現 (Regular Expression)

正規表現は、文字列のパターンを記述するための強力なツールです。このコミットで問題となった .* は、正規表現における非常に一般的なパターンです。

  • . (ドット): 任意の1文字(改行を除く)にマッチします。
  • * (アスタリスク): 直前の要素が0回以上繰り返されることにマッチします。

したがって、.* は「任意の文字が0回以上繰り返される」ことを意味し、非常に広い範囲の文字列にマッチします。例えば、address.*out parameteraddressout parameter の間に何もない場合(addressout parameter)から、任意の文字が多数ある場合(address of an out parameter)まで、すべてにマッチします。

DejaGNUのようなツールがこの .* を含む正規表現を処理する際に、過度に貪欲なマッチング(できるだけ長くマッチしようとする)や、バックトラックの多用によりパフォーマンスの問題や予期せぬマッチングを引き起こすことがありました。このため、より厳密な address of out parameter に変更することで、テストの信頼性と効率が向上します。

技術的詳細

このコミットで行われた技術的な変更は以下の2点です。

  1. 関数名の変更: test/escape1.go ファイル内で、2番目に定義されていた out_escapes 関数が out_escapes_2 にリネームされました。これにより、Goコンパイラが報告する「関数再定義エラー」が解消され、テストファイルが正しくコンパイルされるようになりました。

    変更前:

    func out_escapes() (x int, p *int) {
    	p = &x;	// ERROR "address.*out parameter"
    	return;
    }
    
    func out_escapes() (x int, p *int) { // <-- ここが問題
    	return 2, &x;	// ERROR "address.*out parameter"
    }
    

    変更後:

    func out_escapes() (x int, p *int) {
    	p = &x;	// ERROR "address of out parameter"
    	return;
    }
    
    func out_escapes_2() (x int, p *int) { // <-- out_escapes_2 に変更
    	return 2, &x;	// ERROR "address of out parameter"
    }
    
  2. 正規表現の修正: テストファイル内のコメントに記述されている ERROR ディレクティブの正規表現が address.*out parameter から address of out parameter に変更されました。この ERROR ディレクティブは、Goコンパイラが特定の行で期待されるエラーメッセージを出力するかどうかをDejaGNUが検証するために使用されます。

    変更前:

    // ERROR "address.*out parameter"
    

    変更後:

    // ERROR "address of out parameter"
    

    この変更により、DejaGNUが正規表現を解釈する際の曖昧さがなくなり、より正確なマッチングが可能になりました。特に、.* のような広範なマッチングパターンは、テストの意図しない部分にマッチしたり、DejaGNUの正規表現エンジンに過剰な処理をさせたりする可能性があったため、より具体的な文字列に置き換えることで、テストの堅牢性が向上しました。

コアとなるコードの変更箇所

--- a/test/escape1.go
+++ b/test/escape1.go
@@ -7,11 +7,11 @@
 package main
 
 func out_escapes() (x int, p *int) {
-	p = &x;	// ERROR "address.*out parameter"
+	p = &x;	// ERROR "address of out parameter"
 	return;
 }
 
-func out_escapes() (x int, p *int) {
-	return 2, &x;	// ERROR "address.*out parameter"
+func out_escapes_2() (x int, p *int) {
+	return 2, &x;	// ERROR "address of out parameter"
 }
 

コアとなるコードの解説

上記のdiffは、test/escape1.go ファイルに対する変更を示しています。

  • - で始まる行: 変更前の行を示します。
  • + で始まる行: 変更後の行を示します。

具体的には、以下の2つの変更が行われています。

  1. 7行目と10行目:

    • 変更前: p = &x; // ERROR "address.*out parameter"
    • 変更後: p = &x; // ERROR "address of out parameter" この変更は、コメント内の ERROR ディレクティブに指定されている正規表現パターンを修正しています。address.*out parameter から address of out parameter へと変更することで、正規表現の曖昧さを排除し、DejaGNUがより正確にエラーメッセージをマッチングできるようにしています。これは、Goコンパイラが &x のような操作に対して「out parameterのアドレス」に関するエラーや警告を正しく出力するかどうかをテストするためのものです。
  2. 9行目と12行目:

    • 変更前: func out_escapes() (x int, p *int) {
    • 変更後: func out_escapes_2() (x int, p *int) { この変更は、2番目の out_escapes 関数の名前を out_escapes_2 に変更しています。これにより、同じファイル内で同じ名前の関数が複数定義されることによるコンパイルエラーが解消されます。Go言語では、同じパッケージ内で同じ名前の関数を複数定義することはできません。このテストファイルは、異なるシナリオでエスケープ解析の挙動をテストするために、複数の関数を必要としていたため、名前の衝突を避けるためにリネームが行われました。

これらの変更は、Goコンパイラのテストスイートの信頼性と正確性を向上させることを目的としています。特に、DejaGNUとの連携における正規表現の問題は、テストフレームワークの挙動に直接影響するため、重要な修正です。

関連リンク

参考にした情報源リンク