[インデックス 16226] ファイルの概要
このコミットは、Go言語の静的解析ツールである cmd/vet のテストスイートのクリーンアップを目的としています。具体的には、テストの実行方法を調整し、godoc がビルドタグ関連のテストファイルを誤解釈するのを防ぐための変更が含まれています。これにより、vet コマンドのテストがより堅牢で、かつ開発環境において意図しない副作用を引き起こさないように改善されています。
コミット
commit 2c5e477f4820484d85704cdada35e814e3926be9
Author: Rob Pike <r@golang.org>
Date: Wed Apr 24 10:40:29 2013 -0700
cmd/vet: clean up the test
- clean up the notypes version of the test so it's quiet
- change the package in the buildtag test to avoid confusing godoc
R=golang-dev, minux.ma, bradfitz
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/8671049
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/2c5e477f4820484d85704cdada35e814e3926be9
元コミット内容
cmd/vet のテストをクリーンアップする。
notypesバージョンのテストを整理し、静かに実行されるようにする。- ビルドタグテストのパッケージを変更し、
godocが混乱するのを避ける。
変更の背景
このコミットには、主に2つの背景があります。
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cmd/vetのテストのノイズ削減:cmd/vetはGoコードの潜在的なバグや疑わしい構成を検出するツールです。そのテストスイートは、様々なコードパターンに対してvetが正しく警告を発するかどうかを検証します。しかし、テストの実行方法によっては、意図しない出力(ノイズ)が発生し、テスト結果の確認を困難にしたり、CI/CDパイプラインでのログを肥大化させたりする可能性があります。特に、型情報に依存しない (notypes) バージョンのテストにおいて、このノイズを削減することが求められました。 -
godocとビルドタグの相互作用の改善: Go言語には、ファイルの先頭に// +buildディレクティブを記述することで、特定の条件(OS、アーキテクチャ、カスタムタグなど)に基づいてファイルをビルドに含めるかどうかを制御する「ビルドタグ」の仕組みがあります。godocはGoのソースコードからドキュメントを生成するツールですが、ビルドタグが記述されたファイル、特にエラーを意図的に含むテストファイルの場合、godocがそのファイルを適切に解析できず、誤ったドキュメントを生成したり、エラーメッセージを表示したりする可能性がありました。このコミットでは、buildtag_bad.goという、意図的に不正なビルドタグを含むテストファイルがgodocによって誤って解釈され、vetコマンド自体のパッケージドキュメントのように見えてしまう問題を解決しようとしています。
これらの問題に対処することで、cmd/vet の開発とメンテナンスが容易になり、Goエコシステム全体の健全性が向上します。
前提知識の解説
このコミットを理解するためには、以下のGo言語および関連ツールの知識が必要です。
-
cmd/vet: Go言語の標準ツールの一つで、Goソースコードの静的解析を行います。コンパイラでは検出できないが、実行時に問題を引き起こす可能性のある疑わしいコード構成(例:Printfのフォーマット文字列と引数の不一致、構造体タグの誤り、到達不能なコードなど)を検出します。開発者がコードレビューやテストの前に潜在的な問題を特定するのに役立ちます。 -
go build -tags:go buildコマンドのオプションで、特定のビルドタグが指定されたファイルのみをビルドに含めるように指示します。例えば、go build -tags 'vet_test'とすると、// +build vet_testと記述されたファイルがビルド対象になります。これは、特定の環境やテストシナリオに特化したコードを条件付きでコンパイルする際に使用されます。 -
../../../test/errchk: Goプロジェクトのテストスイート内で使用されるユーティリティスクリプトまたはコマンドです。これは、特定のコマンド(この場合は./vet)を実行し、その出力が期待されるエラーメッセージや警告と一致するかどうかをチェックするために設計されています。テスト駆動開発において、エラーケースが正しく検出されることを保証するために不可欠なツールです。 -
ビルドタグ (Build Tags): Goソースファイルの先頭に
// +build tagnameの形式で記述される特殊なコメントです。Goツールチェーンは、ビルド時にこれらのタグを読み取り、指定されたタグが有効な場合にのみそのファイルをコンパイルします。これにより、プラットフォーム固有のコードや、特定のビルド構成でのみ有効なコードを管理できます。例えば、// +build linuxはLinuxシステムでのみコンパイルされることを意味します。 -
godoc: Go言語のソースコードからドキュメントを生成し、表示するためのツールです。Goのパッケージ、関数、型、変数などのドキュメントを、ソースコード内のコメントから自動的に抽出します。godocは、Goのコードベースを探索し、APIの利用方法を理解するための主要な手段の一つです。特に、パッケージの先頭にあるコメントはパッケージドキュメントとして扱われます。
技術的詳細
このコミットは、src/cmd/vet/Makefile と src/cmd/vet/buildtag_bad.go (リネーム後 src/cmd/vet/test_buildtag_bad.go) の2つのファイルにわたる変更を含んでいます。
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Makefileの変更:Makefileは、cmd/vetのテストをビルドおよび実行するためのルールを定義しています。testおよびtestshortルールでは、errchkコマンドに渡すファイルパターンが*.go *.sからtest_*.go test_*.sに変更されました。これは、vetのテストファイルがtest_プレフィックスを持つ命名規則に従っていることを反映しています。これにより、テスト対象のファイルをより正確に指定し、意図しないファイルがテストに含まれることを防ぎます。test_notypesルールでは、型情報に依存しないテストの実行方法が変更されました。以前は*.go *.sを使用していましたが、これはtest_print.goのような型情報に依存するテストファイルも含まれてしまい、notypesビルドではエラーやノイズが発生する原因となっていました。新しい変更では、test_asm.go,test_assign.go,test_atomic.goなど、型情報に依存しないことが確認されている特定のテストファイルのみを明示的にリストアップしています。これにより、notypesテストの実行が「静か」になり、不要なエラーや警告が出力されなくなります。コメントで「Excluded: test_print.go」と明記されているのは、この意図を明確に示しています。
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buildtag_bad.goの変更とリネーム:- ファイル名が
src/cmd/vet/buildtag_bad.goからsrc/cmd/vet/test_buildtag_bad.goにリネームされました。これは、前述のMakefileの変更と連携し、テストファイルであることを明確にするための命名規則への準拠です。 - ファイル内のパッケージ宣言が
package mainからpackage badに変更されました。このファイルは意図的に不正なビルドタグを含むことでvetのテストケースとして機能します。godocは、package mainと宣言されたファイルを、そのディレクトリの主要な実行可能ファイルと見なし、そのパッケージコメントをディレクトリ全体のドキュメントとして扱う傾向があります。この場合、buildtag_bad.goの不正なビルドタグがgodocによってvetコマンド自体のドキュメントの一部として誤って解釈される可能性がありました。パッケージ名をbadに変更することで、このファイルが独立したテストパッケージの一部であることを明確にし、godocがvetコマンドのドキュメントを生成する際にこのファイルを無視するか、適切に処理するように誘導します。これにより、godocの出力がクリーンに保たれます。
- ファイル名が
これらの変更は、Goツールチェーンのテストインフラストラクチャの堅牢性と、godoc のドキュメント生成の正確性を向上させるための細かながらも重要な改善です。
コアとなるコードの変更箇所
src/cmd/vet/Makefile
--- a/src/cmd/vet/Makefile
+++ b/src/cmd/vet/Makefile
@@ -5,8 +5,10 @@
# Assumes go/types is installed
test testshort:
go build -tags 'vet_test gotypes'
- ../../../test/errchk ./vet -printfuncs='Warn:1,Warnf:1' *.go *.s
+ ../../../test/errchk ./vet -printfuncs='Warn:1,Warnf:1' test_*.go test_*.s
test_notypes:
go build -tags 'vet_test'
- ../../../test/errchk ./vet -printfuncs='Warn:1,Warnf:1' *.go *.s
+ # Only those tests that do not depend on types.
+ # Excluded: test_print.go
+ ../../../test/errchk ./vet -printfuncs='Warn:1,Warnf:1' test_asm.go test_assign.go test_atomic.go test_buildtag.go test_buildtag_bad.go test_deadcode.go test_method.go test_rangeloop.go test_structtag.go test_taglit.go test_*.s
src/cmd/vet/{buildtag_bad.go => test_buildtag_bad.go}
--- a/src/cmd/vet/buildtag_bad.go
+++ b/src/cmd/vet/test_buildtag_bad.go
@@ -8,4 +8,8 @@
// +build @#$ // ERROR "invalid non-alphanumeric build constraint"
// +build toolate // ERROR "build comment appears too late in file"
-package main
+package bad
+
+// This is package 'bad' rather than 'main' so the erroneous build
+// tag doesn't end up looking like a package doc for the vet command
+// when examined by godoc.
コアとなるコードの解説
Makefile の変更点
-
test testshortルールにおけるファイルパターンの変更:- 変更前:
*.go *.s - 変更後:
test_*.go test_*.s - 解説: これは、
cmd/vetのテストファイルがtest_プレフィックスを持つ命名規則に統一されたことを反映しています。これにより、errchkコマンドがvetを実行する際に、テスト対象のファイルのみを正確に選択できるようになります。例えば、vetコマンド自体のソースコード(main.goなど)が誤ってテスト対象に含まれることを防ぎ、テストの意図を明確にします。
- 変更前:
-
test_notypesルールにおけるファイルリストの明示的な指定:- 変更前:
*.go *.s - 変更後:
test_asm.go test_assign.go ... test_taglit.go test_*.s - 解説:
test_notypesは、型情報に依存しないvetのテストを実行するためのルールです。以前の*.go *.sというワイルドカード指定では、test_print.goのように型情報に依存するテストファイルも含まれてしまい、go build -tags 'vet_test'でビルドされたvetコマンド(型情報なし)で実行すると、エラーや不要な警告が発生していました。この変更では、型情報なしで実行しても問題ないことが確認されているテストファイル(test_asm.goなど)を明示的にリストアップしています。これにより、test_notypesの実行が「静か」になり、テスト結果の解釈が容易になります。コメントでExcluded: test_print.goとあるのは、このファイルが意図的に除外されたことを示しています。
- 変更前:
src/cmd/vet/buildtag_bad.go から src/cmd/vet/test_buildtag_bad.go への変更点
-
ファイルのリネーム:
- 変更前:
src/cmd/vet/buildtag_bad.go - 変更後:
src/cmd/vet/test_buildtag_bad.go - 解説: このリネームは、
Makefileの変更と連携しており、このファイルがvetのテストスイートの一部であることを明確にするためのものです。test_プレフィックスは、Goプロジェクトにおけるテストファイルの一般的な命名規則です。
- 変更前:
-
パッケージ宣言の変更:
- 変更前:
package main - 変更後:
package bad - 解説: この変更は、
godocの動作に影響を与えます。buildtag_bad.goは、意図的に不正なビルドタグ(例:// +build @#$)を含むことで、vetがこれらの不正なタグを正しく検出するかどうかをテストするためのファイルです。- もし
package mainのままだと、godocはこのファイルをcmd/vetディレクトリの主要な実行可能パッケージの一部と見なし、そのファイル内のコメント(特にパッケージコメントと見なされる可能性のある部分)をvetコマンド自体のドキュメントとして解釈しようとします。この場合、不正なビルドタグがgodocの解析を混乱させ、vetコマンドのドキュメントに意図しないエラーやノイズが混入する可能性がありました。 - パッケージを
package badに変更することで、このファイルがcmd/vetパッケージとは独立した、badという名前の別のパッケージに属するテストファイルであることをgodocに伝えます。これにより、godocはこのファイルをvetコマンドの主要なドキュメントとは切り離して扱い、vetの公式ドキュメントがクリーンに保たれるようになります。追加されたコメント// This is package 'bad' rather than 'main' so the erroneous build // tag doesn't end up looking like a package doc for the vet command // when examined by godoc.は、この変更の意図を明確に説明しています。
- もし
- 変更前:
これらの変更は、Goツールチェーンのテストとドキュメンテーション生成のプロセスをより堅牢で、かつ開発者にとって分かりやすいものにするための、細部にわたる配慮を示しています。
関連リンク
- Go CL 8671049: https://golang.org/cl/8671049
参考にした情報源リンク
- Go Command
vetdocumentation: https://pkg.go.dev/cmd/vet - Go Build Constraints (Build Tags): https://pkg.go.dev/cmd/go#hdr-Build_constraints
- Go Command
godocdocumentation: https://pkg.go.dev/cmd/godoc - Go
Makefileconventions (general understanding of Go project Makefiles) - Go testing conventions (general understanding of Go test file naming)