[インデックス 1626] ファイルの概要
このコミットは、Go言語の仕様書(doc/go_spec.txt
)における構造体(struct)の型等価性に関する記述を修正するものです。具体的には、構造体の型が等しいと見なされるための条件として、フィールド名も一致する必要があるという、当時の6g
コンパイラの挙動に仕様書を合わせる変更が行われました。
コミット
- コミットハッシュ:
77ccfb090cfaf71c6b4d500120f15d3b675a7d12
- Author: Robert Griesemer gri@golang.org
- Date: Thu Feb 5 16:11:14 2009 -0800
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/77ccfb090cfaf71c6b4d500120f15d3b675a7d12
元コミット内容
making go-spec conform with 6g:
- equality of struct types requires equality of field names
DELTA=4 (0 added, 1 deleted, 3 changed)
OCL=24478
CL=24487
変更の背景
このコミットの背景には、Go言語の初期のコンパイラである6g
の挙動と、当時のGo言語の仕様書(doc/go_spec.txt
)との間に不整合があったことが挙げられます。コミットメッセージにある「making go-spec conform with 6g」という記述から、6g
コンパイラは既に構造体の型等価性を判断する際にフィールド名の一致を要求していたものの、仕様書にはその点が明記されていなかった、あるいは異なる記述がされていたことが示唆されます。
言語仕様は、その言語の挙動を正確に記述するものでなければなりません。コンパイラの実際の挙動と仕様書の内容が異なる場合、開発者は混乱し、予期せぬバグや非互換性の問題に直面する可能性があります。このコミットは、このような不整合を解消し、Go言語の型システムに関する公式ドキュメントの正確性と信頼性を高めることを目的としています。特に、型等価性はコンパイル時の型チェックにおいて非常に重要な概念であり、その定義の曖昧さは言語の健全性に直接影響します。
前提知識の解説
Go言語の型システムと構造体(Struct)
Go言語は静的型付け言語であり、変数は使用前に型を宣言する必要があります。構造体(struct
)は、異なる型のフィールド(メンバー変数)をまとめることができる複合データ型です。これにより、関連するデータを一つの論理的な単位として扱うことができます。
例:
type Person struct {
Name string
Age int
}
型等価性(Type Equality)
プログラミング言語において、型等価性とは、2つの型が同じであると見なされる条件を指します。これはコンパイラが型チェックを行う上で非常に重要です。Go言語では、型等価性にはいくつかのルールがあります。
- 基本型:
int
,string
,bool
などの基本型は、それ自体が等しい場合に等しいと見なされます。 - ポインタ型: ポインタ型は、それらが指す基本型が等しい場合に等しいと見なされます。
- 配列型: 配列型は、要素の型と配列の長さが等しい場合に等しいと見なされます。
- スライス型: スライス型は、要素の型が等しい場合に等しいと見なされます。
- マップ型: マップ型は、キーの型と要素の型が等しい場合に等しいと見なされます。
- チャネル型: チャネル型は、要素の型とチャネルの方向(送受信可能かなど)が等しい場合に等しいと見なされます。
- 関数型: 関数型は、パラメータの数、順序、型、および戻り値の数、順序、型が等しい場合に等しいと見なされます。
構造体の型等価性(変更前と変更後)
このコミットの変更前は、Go言語の仕様書において構造体の型等価性に関する記述が曖昧でした。特に、フィールド名が型等価性の条件に含まれるかどうかが不明確でした。
変更前(仕様書の記述から推測される内容): 「2つの構造体型は、同じ数のフィールドを同じ順序で持ち、対応するフィールドが名前付きであるか匿名であるかのいずれかであり、対応するフィールドの型が等しい場合に等しい。」 この記述の末尾に「Note that field names do not have to match.(フィールド名は一致する必要がないことに注意。)」という補足がありました。
変更後(このコミットによって明確化された内容): 「2つの構造体型は、同じ数のフィールドを同じ順序で持ち、対応するフィールドが同じ名前を持つか、または両方とも匿名であり、対応するフィールドの型が同一である場合に等しい。」 この変更により、フィールド名の一致が構造体の型等価性の必須条件として明確に定義されました。
6g
コンパイラ
6g
は、Go言語の初期に開発されたコンパイラの一つで、主に32ビットx86アーキテクチャをターゲットとしていました。Go言語の進化の過程で、より新しいコンパイラ(例: gc
)が登場し、6g
は現在では使われていませんが、Go言語の初期の設計と実装において重要な役割を果たしました。このコミットは、当時の6g
コンパイラの実際の挙動に合わせて言語仕様を調整したものです。
技術的詳細
このコミットの技術的な核心は、Go言語の型システムにおける構造体の「構造的等価性(structural equality)」の定義をより厳密にした点にあります。
Go言語の型システムは、名目型付け(nominal typing)と構造的型付け(structural typing)の要素を併せ持っています。インターフェース型は構造的型付けの典型例であり、メソッドシグネチャが一致すれば型が適合すると見なされます。しかし、構造体型に関しては、このコミット以前の仕様書の記述は、フィールド名が型等価性に影響しないかのような曖昧さを含んでいました。
このコミットによって、構造体の型等価性に関するルールが明確化され、以下の条件がすべて満たされる場合にのみ2つの構造体型が等しいと見なされるようになりました。
- フィールドの数が同じであること: 両方の構造体が同じ数のフィールドを持つ必要があります。
- フィールドの順序が同じであること: フィールドが宣言されている順序が両方の構造体で同じである必要があります。
- 対応するフィールドが同じ名前を持つか、または両方とも匿名であること:
- もしフィールドが名前を持つ場合、その名前が両方の構造体で完全に一致する必要があります。
- もしフィールドが匿名(埋め込みフィールド)である場合、両方の構造体で対応するフィールドが匿名である必要があります。
- 対応するフィールドの型が同一であること: 対応するフィールドのデータ型が完全に一致する必要があります。
この変更は、Go言語の型安全性を強化し、コンパイラがより厳密な型チェックを行えるようにするために重要です。例えば、異なるフィールド名を持つが、フィールドの順序と型が同じである2つの構造体があった場合、以前の曖昧な仕様ではそれらが等しいと見なされる可能性がありましたが、この変更により明確に異なる型として扱われるようになります。これにより、意図しない型変換やデータアクセスを防ぎ、コードの信頼性と保守性を向上させます。
コアとなるコードの変更箇所
変更はdoc/go_spec.txt
ファイルに対して行われました。
--- a/doc/go_spec.txt
+++ b/doc/go_spec.txt
@@ -3,7 +3,7 @@ The Go Programming Language Specification (DRAFT)
Robert Griesemer, Rob Pike, Ken Thompson
-(January 30, 2009)
+(February 5, 2009)
----
@@ -1647,9 +1647,8 @@ More precisely:
have the same array length.
- Two struct types are equal if they have the same number of fields in the
-\t same order, corresponding fields are either both named or both anonymous,
-\t and corresponding field types are equal. Note that field names
-\t do not have to match.
+\t same order, corresponding fields either have both the same name or
+\t are both anonymous, and corresponding field types are identical.
- Two pointer types are equal if they have equal base types.
コアとなるコードの解説
このコミットにおける主要な変更は、doc/go_spec.txt
の1647行目付近にある構造体の型等価性に関する記述です。
変更前:
- Two struct types are equal if they have the same number of fields in the
- same order, corresponding fields are either both named or both anonymous,
- and corresponding field types are equal. Note that field names
- do not have to match.
この記述では、「フィールド名は一致する必要がない(Note that field names do not have to match.
)」と明記されていました。これは、構造体の型等価性がフィールドの数、順序、匿名性、そして型のみに依存し、フィールド名には依存しないことを示唆していました。
変更後:
+ Two struct types are equal if they have the same number of fields in the
+ same order, corresponding fields either have both the same name or
+ are both anonymous, and corresponding field types are identical.
この修正により、「対応するフィールドが同じ名前を持つか、または両方とも匿名である(corresponding fields either have both the same name or are both anonymous
)」という条件が追加されました。これにより、構造体の型が等しいと見なされるためには、フィールド名も一致する必要があることが明確にされました(匿名フィールドの場合はその限りではありません)。
この変更は、Go言語の設計思想における型安全性の重視を反映しています。フィールド名が異なるにもかかわらず型が等しいと見なされると、プログラマが意図しない形で異なる構造体を扱ってしまうリスクが生じます。この修正によって、コンパイラはより厳密な型チェックを行い、開発者がより堅牢なコードを書けるようになります。
また、ファイルの更新日付も「(January 30, 2009)」から「(February 5, 2009)」に変更されており、これは仕様書がこのコミットによって更新されたことを示しています。
関連リンク
- Go言語の公式ドキュメント: https://go.dev/doc/
- Go言語の仕様書(最新版): https://go.dev/ref/spec (このコミットで変更された
doc/go_spec.txt
は、現在の仕様書の基盤となっています。)
参考にした情報源リンク
- geeksforgeeks.org: Go Struct Comparison
- kodekloud.com: Go Struct Comparison
- reddit.com: Go Struct Comparison
- medium.com: Go Struct Comparison
- stackoverflow.com: Go Struct Comparison
- stackoverflow.com: What is 6g in Go?
- medium.com: Go Compiler Internals