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[インデックス 16482] ファイルの概要

このコミットは、Goコンパイラ(cmd/gc)におけるエクスポートデータに関するバグ修正です。具体的には、スライス型や配列型がエクスポートデータ内で欠落する問題を解決し、インライン化などの最適化処理において型情報が正しく伝達されるようにします。

コミット

commit 62891fb811980cce1f859254306265f2d4922da2
Author: Rémy Oudompheng <oudomphe@phare.normalesup.org>
Date:   Tue Jun 4 08:18:36 2013 +0200

    cmd/gc: fix missing slice/array types in export data.
    
    Fixes #5614.
    
    R=golang-dev
    CC=golang-dev
    https://golang.org/cl/9953044

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/62891fb811980cce1f859254306265f2d4922da2

元コミット内容

cmd/gc: fix missing slice/array types in export data.

このコミットは、Goコンパイラ(cmd/gc)が生成するエクスポートデータにおいて、スライス型や配列型に関する情報が欠落する問題を修正します。この問題は、特にインライン化などの最適化処理において、名前付き型がその基底型への暗黙的な変換で使用される場合に顕在化していました。

変更の背景

Goコンパイラは、コンパイル時に生成された型情報や関数定義などのメタデータを、他のパッケージから参照できるように「エクスポートデータ」として出力します。このエクスポートデータは、クロスパッケージのインライン化や型チェックなど、コンパイラの様々な最適化や検証プロセスで利用されます。

Issue 5614で報告された問題は、特定の条件下でスライス型や配列型、特に配列リテラル(OARRAYLIT)の型情報がこのエクスポートデータから欠落するというものでした。これにより、コンパイラがこれらの型を正しく認識できず、インライン化の失敗や、型関連の誤った最適化、あるいはコンパイルエラーを引き起こす可能性がありました。

このバグは、特に名前付き型がその基底型(例えば、type MySlice []intMySlice[]int として扱われる場合)への暗黙的な変換を伴うシナリオで発生しやすかったようです。コンパイラがエクスポートデータを処理する際に、OARRAYLITのような特定のASTノードタイプが適切に再エクスポートされていなかったことが原因と考えられます。

前提知識の解説

  • Goコンパイラ (cmd/gc): Go言語の公式コンパイラです。ソースコードを機械語に変換するだけでなく、型チェック、最適化、リンクなどの様々な段階を担当します。
  • AST (Abstract Syntax Tree): 抽象構文木。ソースコードを解析して得られる、プログラムの構造を木構造で表現したものです。コンパイラはASTを操作して、コードの解析、変換、最適化を行います。
  • エクスポートデータ: Goコンパイラが、あるパッケージの公開された(エクスポートされた)型、関数、変数などの情報を他のパッケージが利用できるように出力するメタデータです。これは通常、コンパイル済みパッケージファイル(.aファイルなど)の一部として格納されます。
  • インライン化: コンパイラの最適化手法の一つで、小さな関数の呼び出しを、その関数の本体のコードで直接置き換えることです。これにより、関数呼び出しのオーバーヘッドを削減し、プログラムの実行速度を向上させることができます。インライン化を正しく行うためには、呼び出される関数の完全な型情報やコードが必要となります。
  • Node: Goコンパイラの内部でASTの各要素を表す構造体です。Nodeには、その要素の種類を示すOp(Operation)フィールドがあります。
  • ODOTTYPE, ODOTTYPE2, OSTRUCTLIT, OPTRLIT, OMAKEMAP, OMAKESLICE: これらはGoコンパイラのASTノードのOpタイプの一部です。
    • ODOTTYPE, ODOTTYPE2: 型アサーションや型スイッチに関連するノード。
    • OSTRUCTLIT: 構造体リテラル。
    • OPTRLIT: ポインタリテラル。
    • OMAKEMAP: make関数によるマップの生成。
    • OMAKESLICE: make関数によるスライスの生成。
  • OARRAYLIT: 配列リテラル。例えば、[...]int{1, 2, 3} のような構文で配列を初期化する際に生成されるASTノードです。
  • reexportdep関数: src/cmd/gc/export.c 内にある関数で、エクスポートデータ生成の一部として、依存関係のあるノードを再エクスポートする役割を担っていると推測されます。この関数は、特定のASTノードタイプを処理し、それらが参照する型情報などがエクスポートデータに適切に含まれるようにします。

技術的詳細

このバグは、Goコンパイラのsrc/cmd/gc/export.cファイル内のreexportdep関数に起因していました。この関数は、エクスポートデータに含めるべき依存関係を再帰的に処理する役割を担っています。しかし、既存の実装では、OARRAYLIT(配列リテラル)タイプのASTノードがこの処理の対象から漏れていました。

その結果、配列リテラルが使用されているコードがコンパイルされ、そのパッケージが他のパッケージにエクスポートされる際、配列リテラルに関連する型情報がエクスポートデータに含まれませんでした。これにより、そのエクスポートデータを利用する他のパッケージが、欠落した型情報のために正しくコンパイルできなかったり、インライン化などの最適化が適用できなかったりする問題が発生しました。

修正は非常にシンプルで、reexportdep関数のswitch文にOARRAYLITケースを追加し、配列リテラルも他のリテラル型(構造体リテラルなど)と同様に適切に再エクスポートされるようにしました。これにより、配列リテラルの型情報がエクスポートデータに確実に含まれるようになり、クロスパッケージのコンパイルや最適化が正しく行われるようになりました。

テストケースでは、rethinkgoxyという3つのパッケージが相互に依存し、型変換を伴うシナリオが再現されています。特に、rethinkgoパッケージで定義されたList []interface{}のような名前付きスライス型が、Exp構造体内で使用され、さらにUseOutdatedメソッドでExp型がList型に暗黙的に変換されるような複雑な型関係が構築されています。このような状況下で、コンパイラが型情報を正しくエクスポートできないと、コンパイルエラーが発生していました。この修正により、これらの複雑な型関係も正しく処理されるようになりました。

コアとなるコードの変更箇所

--- a/src/cmd/gc/export.c
+++ b/src/cmd/gc/export.c
@@ -164,6 +164,7 @@ reexportdep(Node *n)\n 	case ODOTTYPE:\n 	case ODOTTYPE2:\n 	case OSTRUCTLIT:\n+\tcase OARRAYLIT:\n 	case OPTRLIT:\n 	case OMAKEMAP:\
 	case OMAKESLICE:

コアとなるコードの解説

変更はsrc/cmd/gc/export.cファイル内のreexportdep関数にあります。この関数は、Goコンパイラがエクスポートデータを生成する際に、ASTノードの依存関係を再帰的に処理し、必要な型情報などがエクスポートデータに含まれるようにします。

元のコードでは、switch文の中で様々なASTノードタイプ(ODOTTYPE, ODOTTYPE2, OSTRUCTLIT, OPTRLIT, OMAKEMAP, OMAKESLICEなど)が処理されていましたが、OARRAYLIT(配列リテラル)がこのリストから漏れていました。

このコミットでは、reexportdep関数のswitch文にcase OARRAYLIT:が追加されました。これにより、配列リテラルがASTに現れた場合も、その型情報が適切に処理され、エクスポートデータに含められるようになりました。この修正によって、配列リテラルを含むコードが他のパッケージにエクスポートされる際に、型情報の欠落が解消され、コンパイラが正しく動作するようになります。

関連リンク

参考にした情報源リンク

  • Go issue 5614 (上記関連リンクと同じ)
  • Go CL 9953044 (上記関連リンクと同じ)
  • Go言語のコンパイラソースコード (src/cmd/gc/)
  • Go言語のASTノードタイプに関する一般的な知識
  • Go言語のインライン化に関する一般的な知識
  • Go言語のパッケージエクスポートに関する一般的な知識
  • Go言語のテストフレームワークに関する一般的な知識
  • Go言語のmake関数とスライス/マップの動作に関する一般的な知識
  • Go言語の型システムと暗黙的な型変換に関する一般的な知識
  • Go言語のinterface{}と型アサーションに関する一般的な知識