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[インデックス 16539] ファイルの概要

このコミットは、Go言語のコンパイラツールチェーンの一部である cmd/cc において、関数のローカル変数が占めるスタック上のサイズをランタイムに通知するメカニズムを追加するものです。この情報は、Goランタイムがゴルーチンのスタックをコピーする際に利用されます。

コミット

commit e4b5cbde463646475b160141e733e84174b79168
Author: Keith Randall <khr@golang.org>
Date:   Tue Jun 11 09:01:27 2013 -0700

    cmd/cc: emit size of locals.  Will be used for stack copying.
    
    R=cshapiro, dvyukov, khr, rsc
    CC=golang-dev
    https://golang.org/cl/10005044

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/e4b5cbde463646475b160141e733e84174b79168

元コミット内容

cmd/cc: emit size of locals. Will be used for stack copying.

変更の背景

Go言語のランタイムは、ゴルーチン(goroutine)と呼ばれる軽量な並行処理の単位を使用します。ゴルーチンは、OSのスレッドとは異なり、比較的小さなスタックサイズで開始し、必要に応じて動的にスタックを拡張する能力を持っています。スタックの拡張が必要になった場合、Goランタイムはより大きな新しいスタック領域を割り当て、古いスタックの内容を新しいスタックにコピーします。この「スタックコピー」のプロセスを正確かつ効率的に行うためには、現在の関数呼び出しフレームにおいて、ローカル変数がスタック上でどれだけの領域を占めているかを正確に把握する必要があります。

このコミットは、cmd/cc(Goのツールチェーンの一部で、Goランタイムや標準ライブラリの一部をコンパイルするために使用されるCコンパイラ)が、このローカル変数のサイズ情報をコンパイル時に生成されるコードに埋め込むように変更することで、スタックコピーのメカニズムをサポートすることを目的としています。これにより、ランタイムはスタックコピー時に必要な情報を正確に取得できるようになります。

前提知識の解説

Goのゴルーチンとスタック管理

Goのゴルーチンは、非常に軽量な実行単位であり、数千から数百万のゴルーチンを同時に実行することが可能です。各ゴルーチンは独自のスタックを持ちますが、このスタックは固定サイズではなく、必要に応じて動的に伸縮します。スタックが不足した場合(例えば、深い再帰呼び出しや大きなローカル変数の割り当てによって)、Goランタイムは自動的にスタックを拡張します。この拡張は、通常、現在のスタックの内容をより大きな新しいスタック領域にコピーすることで行われます。

スタックコピーの重要性

スタックコピーは、Goの効率的なゴルーチン管理の根幹をなす機能の一つです。これにより、プログラマはスタックオーバーフローを心配することなく、再帰的なアルゴリズムや深い関数呼び出しを記述できます。しかし、スタックコピーを正しく行うためには、コピー対象のスタックフレーム内のどこまでがローカル変数であり、どこからが呼び出し元の情報であるか、といった詳細なレイアウト情報をランタイムが知る必要があります。特に、ポインタを含むローカル変数の位置は、ガベージコレクションの正確性にも影響するため重要です。

cmd/cc

cmd/ccは、Goのソースコードをコンパイルする cmd/compile とは異なり、Goランタイム(runtimeパッケージ)や一部の標準ライブラリ(例: syscallパッケージの一部)など、C言語で書かれた部分をコンパイルするために使用されるGoツールチェーン内のCコンパイラです。これは、Goのビルドシステムに統合されており、Goプログラムのビルド時に自動的に呼び出されます。

pgen.c

pgen.cは、cmd/ccのソースコードの一部であり、"program generation"(プログラム生成)の略であると考えられます。このファイルは、C言語のソースコードをGoランタイムが理解できる中間表現やアセンブリコードに変換する過程で、コード生成のロジックを担っている可能性が高いです。

技術的詳細

このコミットの技術的な核心は、cmd/ccがコンパイル時に、現在の関数のローカル変数がスタック上で占める合計サイズを、生成されるアセンブリコードに埋め込む点にあります。

  • stkoff: この変数は、現在の関数のスタックフレームにおけるローカル変数の合計サイズ(オフセット)を表しています。コンパイラは、関数の定義とローカル変数の宣言を解析することで、この値を計算します。
  • ALOCALS: これは、Goランタイムがスタックコピーを行う際に利用する、特殊なアセンブリ命令(または擬似命令)です。この命令は、現在の関数のローカル変数のサイズをランタイムに通知するために使用されます。Goのアセンブリ言語は、一般的なx86アセンブリとは異なる独自の構文と命令セットを持っています。ALOCALSは、Goのコンパイラとランタイムが内部的に連携するための特別な命令の一つです。
  • gins: ginsは、cmd/cc内部の関数で、アセンブリ命令を生成し、出力ストリームに書き込む役割を担っています。gins(opcode, operand1, operand2)のような形式で呼び出され、指定されたオペコードとオペランドを持つアセンブリ命令を生成します。
  • nodconst: nodconstは、コンパイラの内部表現において、定数値を表すノード(Node構造体)を生成する関数です。ここでは、計算されたstkoffの値を定数としてALOCALS命令のオペランドに渡すために使用されます。

この変更により、cmd/ccは、各関数がどれだけのローカル変数領域をスタックに確保するかという情報を、ランタイムが後で利用できるように、コンパイルされたバイナリに明示的に記録するようになります。

コアとなるコードの変更箇所

変更は src/cmd/cc/pgen.c ファイルの1行の追加です。

--- a/src/cmd/cc/pgen.c
+++ b/src/cmd/cc/pgen.c
@@ -85,6 +85,7 @@ codgen(Node *n, Node *nn)
 
 	p = gtext(n1->sym, stkoff);
 	sp = p;
+	gins(ALOCALS, Z, nodconst(stkoff));
 
 	/*
 	 * isolate first argument

コアとなるコードの解説

追加された行は以下の通りです。

gins(ALOCALS, Z, nodconst(stkoff));

このコードは、codgen 関数内で実行されます。codgen は、おそらくGoの関数(またはC言語で書かれたGoランタイムの関数)のコードを生成する部分です。

  • gins: アセンブリ命令を生成する関数です。
  • ALOCALS: 生成されるアセンブリ命令のオペコードです。これは、Goランタイムに対して「現在の関数のローカル変数のサイズはこれです」と伝えるための特別な命令です。
  • Z: これは、オペランドがないことを示すプレースホルダー、または特定の意味を持つゼロ値のオペランドである可能性があります。Goのアセンブリ命令の文脈で、Zはしばしば「なし」を意味します。
  • nodconst(stkoff): stkoff の値を定数ノードとしてラップし、ALOCALS 命令の第3オペランドとして渡します。この stkoff が、まさに現在の関数が使用するローカル変数の合計サイズ(バイト単位)です。

つまり、この1行の追加によって、cmd/ccは、各関数のプロローグ(関数の開始部分)で、その関数がスタック上に確保するローカル変数のサイズをALOCALS命令として出力するようになります。Goランタイムは、スタックコピーを実行する際に、このALOCALS命令によって提供される情報を参照し、スタックフレームの正確なレイアウトを把握し、ローカル変数を適切にコピーできるようになります。これは、Goのスタック管理とガベージコレクションの正確性を保証するために不可欠なステップです。

関連リンク

参考にした情報源リンク

  • Go言語の公式ドキュメントおよびソースコード
  • Goのスタック管理に関する一般的な情報源(例: Goのブログ記事、技術カンファレンスの発表など)
  • Goのアセンブリ言語に関する情報