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[インデックス 16563] ファイルの概要

このコミットは、Goランタイムのデータ競合検出器(Race Detector)の内部ランタイムをリビジョン r183644 に更新するものです。この更新の主な目的は、メモリ範囲アクセス(memory range accesses)の処理を適切に行うように改善することです。これにより、以前報告されていた問題(Issue #4453 および #5654)が修正されました。

コミット

commit cc99e6e949a6fd1e72ee1111ba1a8c50711f0ca4
Author: Dmitriy Vyukov <dvyukov@google.com>
Date:   Thu Jun 13 14:32:05 2013 +0400

    runtime/race: update runtime to r183644
    This revision properly handles memory range accesses.
    Fixes #4453.
    Fixes #5654.
    
    R=golang-dev, iant, remyoudompheng
    CC=golang-dev
    https://golang.org/cl/10082043

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/cc99e6e949a6fd1e72ee1111ba1a8c50711f0ca4

元コミット内容

runtime/race: update runtime to r183644
This revision properly handles memory range accesses.
Fixes #4453.
Fixes #5654.

R=golang-dev, iant, remyoudompheng
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/10082043

変更の背景

Go言語の並行処理モデルはゴルーチン(goroutine)とチャネル(channel)によって非常に強力ですが、並行処理にはデータ競合(data race)という潜在的な問題が伴います。データ競合は、複数のゴルーチンが同期なしに同じメモリ位置に同時にアクセスし、そのうち少なくとも1つが書き込み操作である場合に発生します。データ競合はプログラムの予測不能な動作やクラッシュを引き起こす可能性があり、デバッグが非常に困難です。

Goランタイムには、このようなデータ競合を検出するための「Race Detector」が組み込まれています。Race Detectorは、プログラムの実行中にメモリアクセスを監視し、データ競合のパターンを検出すると警告を発します。このコミットは、そのRace Detectorの内部ランタイムを更新し、特に「メモリ範囲アクセス」の検出精度を向上させることを目的としています。

コミットメッセージに記載されている #4453#5654 は、おそらく当時のGoプロジェクトの内部課題追跡システムにおけるバグ報告や改善要求のIDであり、このコミットによってそれらの問題が解決されたことを示しています。これらの問題は、Race Detectorが特定のメモリ範囲アクセスパターンを正しく検出できていなかったことに起因すると考えられます。

前提知識の解説

  • データ競合 (Data Race): 前述の通り、複数の並行実行される処理(Goではゴルーチン)が、同期メカニズムなしに同じメモリ領域にアクセスし、そのうち少なくとも1つが書き込み操作である場合に発生する競合状態です。これはGoプログラムにおける最も一般的なバグの一つであり、特定が難しいことで知られています。
  • Go Race Detector: Goツールチェインに組み込まれている動的解析ツールです。プログラムの実行時にメモリアクセスを監視し、データ競合を検出すると詳細なレポートを出力します。go run -racego build -racego test -race のように -race フラグを付けて実行することで有効になります。
  • メモリ範囲アクセス (Memory Range Accesses): 単一のメモリ位置ではなく、連続したメモリブロックに対する読み書き操作を指します。例えば、スライス全体へのアクセス、構造体のコピー、bytes.Buffer のようなバッファ操作などがこれに該当します。Race Detectorは、これらの範囲アクセスに対しても正確に競合を検出する必要があります。
  • r183644: これは、Goランタイムの特定の内部リビジョン番号を指します。Goのソースコード管理システム(当時はMercurialが使われていた可能性が高い)における特定のコミットや変更セットの識別子です。このコミットは、Race Detectorが依存するランタイムのバージョンをこのリビジョンに更新したことを意味します。

技術的詳細

このコミットの核心は、Go Race Detectorがメモリ範囲アクセスをどのように追跡し、競合を検出するかという点にあります。Race Detectorは、各メモリ位置に対する読み書き操作の履歴を保持し、異なるゴルーチンからの競合するアクセスを検出します。しかし、スライスや構造体、バッファなど、複数のバイトにまたがるメモリ範囲へのアクセスは、単一のバイトアクセスとは異なる複雑な追跡ロジックを必要とします。

以前のバージョンでは、特定のメモリ範囲アクセスパターンにおいて、Race Detectorが誤って競合を報告しなかったり、逆に存在しない競合を報告したりするバグが存在した可能性があります。r183644 へのランタイム更新は、これらのエッジケースや複雑なシナリオにおけるメモリ範囲アクセスの追跡ロジックを改善し、検出の正確性を高めたと考えられます。

具体的には、Race Detectorは通常、メモリアクセスを「アノテーション」として記録します。これは、どのゴルーチンが、どのメモリ位置に、どのような種類のアクセス(読み込みか書き込みか)を行ったかという情報です。メモリ範囲アクセスの場合、このアノテーションは範囲全体にわたって適切に適用される必要があります。例えば、copy 関数やスライス操作のように、複数のバイトに同時にアクセスする操作では、Race Detectorはそれらのバイトすべてに対して適切なアノテーションを生成し、競合をチェックする必要があります。この更新は、そのアノテーション生成とチェックのメカニズムを洗練させたものと推測されます。

バイナリファイルのサイズが増加していることから、Race Detectorのランタイムライブラリ自体に、より多くのロジックやデータ構造が追加されたことが示唆されます。これは、メモリ範囲アクセスの追跡に必要な複雑な状態管理やアルゴリズムの実装によるものと考えられます。

コアとなるコードの変更箇所

このコミットでは、主に以下のファイルが変更されています。

  1. src/pkg/runtime/race/race_darwin_amd64.syso
  2. src/pkg/runtime/race/race_linux_amd64.syso
  3. src/pkg/runtime/race/race_windows_amd64.syso
  4. src/pkg/runtime/race/testdata/mop_test.go

.syso ファイルは、GoのRace Detectorが使用するシステム固有のオブジェクトファイル(またはライブラリ)です。これらは通常、C/C++で書かれたRace Detectorのランタイム部分をコンパイルしたバイナリであり、Goプログラムにリンクされます。これらのファイルのサイズが増加していることから、Race Detectorのコアロジックが更新されたことが明確にわかります。

mop_test.go は、Race Detectorのメモリ操作(Memory Operation)に関するテストデータファイルです。このファイルへの変更は、以下の2点です。

  • TestRaceFailingSliceStructTestRaceSliceStruct に、TestRaceFailingAppendSliceStructTestRaceAppendSliceStruct にリネームされています。これは、以前はこれらのテストが失敗していた(つまり、Race Detectorが競合を検出できなかった)が、今回のランタイム更新によって問題が修正され、テストが成功するようになったことを示唆しています。
  • TestRaceIssue5654 という新しいテスト関数が追加されています。このテストは、bytes.Buffer からデータを読み込み、それをチャネル経由で別のゴルーチンに渡し、文字列として結合するというシナリオをシミュレートしています。これは、Issue #5654 で報告された特定のメモリ範囲アクセスに関する競合条件を再現し、Race Detectorがそれを正しく検出できることを検証するためのものです。

コアとなるコードの解説

.syso ファイルはバイナリであるため、直接的なコードの変更を見ることはできませんが、そのサイズ変更から内部ロジックの拡張が推測されます。

src/pkg/runtime/race/testdata/mop_test.go の変更は、このコミットの意図を理解する上で非常に重要です。

--- a/src/pkg/runtime/race/testdata/mop_test.go
+++ b/src/pkg/runtime/race/testdata/mop_test.go
@@ -5,6 +5,7 @@
 package race_test
 
 import (
+\t"bytes"
 \t"crypto/sha1"
 \t"errors"
 \t"fmt"
@@ -1477,8 +1478,7 @@ func TestRaceSliceString(t *testing.T) {
 \t<-c
 }\n \n-// http://golang.org/issue/4453
-func TestRaceFailingSliceStruct(t *testing.T) {\n+func TestRaceSliceStruct(t *testing.T) {\n \ttype X struct {\n \t\tx, y int\n \t}\n@@ -1493,7 +1493,7 @@ func TestRaceFailingSliceStruct(t *testing.T) {\n \t<-c\n }\n \n-func TestRaceFailingAppendSliceStruct(t *testing.T) {\n+func TestRaceAppendSliceStruct(t *testing.T) {\n \ttype X struct {\n \t\tx, y int\n \t}\n@@ -1670,3 +1670,39 @@ func TestRaceIssue5567(t *testing.T) {\n \t\tt.Fatal(err)\n \t}\n }\n+\n+func TestRaceIssue5654(t *testing.T) {\n+\ttext := `Friends, Romans, countrymen, lend me your ears;\n+I come to bury Caesar, not to praise him.\n+The evil that men do lives after them;\n+The good is oft interred with their bones;\n+So let it be with Caesar. The noble Brutus\n+Hath told you Caesar was ambitious:\n+If it were so, it was a grievous fault,\n+And grievously hath Caesar answer\'d it.\n+Here, under leave of Brutus and the rest -\n+For Brutus is an honourable man;\n+So are they all, all honourable men -\n+Come I to speak in Caesar\'s funeral.\n+He was my friend, faithful and just to me:\n+But Brutus says he was ambitious;\n+And Brutus is an honourable man.`\n+\n+\tdata := bytes.NewBufferString(text)\n+\tin := make(chan []byte)\n+\n+\tgo func() {\n+\t\tbuf := make([]byte, 16)\n+\t\tvar n int\n+\t\tvar err error\n+\t\tfor ; err == nil; n, err = data.Read(buf) {\n+\t\t\tin <- buf[:n]\n+\t\t}\n+\t\tclose(in)\n+\t}()\n+\tres := \"\"\n+\tfor s := range in {\n+\t\tres += string(s)\n+\t}\n+\t_ = res\n+}\n```

*   **テスト関数のリネーム**: `TestRaceFailingSliceStruct` と `TestRaceFailingAppendSliceStruct` から "Failing" が削除されたことは、これらのテストが以前はデータ競合を検出できずに失敗していたが、今回のRace Detectorの更新によって正しく検出できるようになり、テストが成功するようになったことを示しています。これは、スライスや構造体に対するメモリ範囲アクセスに関するRace Detectorの精度が向上したことを意味します。
*   **`TestRaceIssue5654` の追加**:
    *   このテストは、`bytes.Buffer` を使用してテキストデータを読み込み、それを16バイトずつチャネルに送信するゴルーチンと、そのチャネルからデータを受け取って文字列として結合するメインゴルーチンで構成されています。
    *   `bytes.Buffer` の `Read` メソッドは内部的にバッファを操作し、複数のゴルーチンから同時にアクセスされるとデータ競合が発生する可能性があります。
    *   このテストの目的は、このような並行読み書き操作におけるメモリ範囲アクセスが、Race Detectorによって正確に検出されることを確認することです。特に、`data.Read(buf)` が内部で `bytes.Buffer` の状態を変更する際に、別のゴルーチンが `bytes.Buffer` にアクセスすると競合が発生しうるため、このシナリオがテストされています。
    *   `_ = res` は、`res` 変数が使用されていないというコンパイラ警告を抑制するための慣用的な記述です。このテストの目的は、`res` の最終的な値を確認することではなく、Race Detectorが競合を報告するかどうかを確認することにあります。

これらのテストの変更は、Race Detectorがスライス、構造体、およびバッファのようなメモリ範囲に対する並行アクセスをより堅牢に検出できるようになったことを裏付けています。

## 関連リンク

*   Go Race Detector の公式ドキュメント: [https://go.dev/doc/articles/race_detector](https://go.dev/doc/articles/race_detector)
*   Go言語の並行処理に関する公式ドキュメント: [https://go.dev/doc/effective_go#concurrency](https://go.dev/doc/effective_go#concurrency)

## 参考にした情報源リンク

*   Go Race Detector の仕組みに関する一般的な情報源
*   Go言語のコミット履歴と関連するIssueトラッカー(当時の情報)
*   `bytes.Buffer` のドキュメントと使用例
*   Go言語のテストに関するドキュメント
*   コミットメッセージに記載されている `https://golang.org/cl/10082043` は、当時のGoのコードレビューシステム(Gerrit)のチェンジリストへのリンクであり、より詳細な議論や変更内容が含まれている可能性があります。