[インデックス 17137] ファイルの概要
このコミットは、Goランタイムのテストに関する改善であり、特にdefer
された関数がnil
インターフェースに対して呼び出された際にパニックが発生した場合のトレースバックの品質向上を目的としています。test/fixedbugs/issue6055.go
ファイルは、この特定のシナリオを再現し、jmpdefer
がスタック上に存在する場合に適切なトレースバックが得られることを検証するためのテストケースとして追加されています。
コミット
commit 36f223dace5dcdb7afc381c51e0484ff473e2e88
Author: Keith Randall <khr@golang.org>
Date: Fri Aug 9 15:27:45 2013 -0700
runtime: Better test tracebackability of jmpdefer when running a nil defer.
R=bradfitz, dvyukov
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/12536046
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/36f223dace5dcdb7afc381c51e0484ff473e2e88
元コミット内容
runtime: Better test tracebackability of jmpdefer when running a nil defer.
R=bradfitz, dvyukov
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/12536046
変更の背景
Go言語のdefer
ステートメントは、関数の終了時に特定の処理を実行するために非常に便利です。しかし、defer
された関数がnil
インターフェースやnil
関数に対して呼び出された場合、実行時にパニックが発生します。このパニックが発生した際に、スタックトレースがデバッグに役立つ情報を提供することが重要です。
特に、Goランタイム内部のjmpdefer
というアセンブリ関数がdefer
呼び出しの実行に関与している場合、そのjmpdefer
がスタックトレースに適切に表示されることが、問題の診断において重要となります。このコミットの背景には、nil
インターフェースに対するdefer
呼び出しがパニックを起こした際に、jmpdefer
がスタック上に存在している状況で、より正確で有用なトレースバックが得られるようにテストを改善するという目的があります。これにより、将来的に同様の問題が発生した場合のデバッグが容易になります。
前提知識の解説
Goのdefer
の仕組み
defer
ステートメントは、Goにおいて関数の実行が終了する直前(return
ステートメントの直前、またはパニック発生時)に、指定された関数呼び出しをスケジュールします。複数のdefer
ステートメントがある場合、それらはLIFO(Last-In, First-Out)の順序で実行されます。
重要な点として、defer
ステートメントが評価される際、遅延される関数の引数(メソッド呼び出しの場合はレシーバも含む)は、defer
が宣言された時点で即座に評価され、保存されます。実際の関数実行は、囲む関数が戻るまで遅延されます。
nil
インターフェース/関数に対するdefer
呼び出しの挙動
Goでは、nil
インターフェースに対してメソッドを呼び出したり、nil
関数を呼び出したりすると、ランタイムパニックが発生します。defer
された呼び出しの場合も同様で、defer
が宣言された時点で引数が評価されても、実際の関数実行時にレシーバや関数がnil
であると、その時点でパニックが発生します。
例:
type Closer interface {
Close()
}
func nilInterfaceDeferCall() {
var x Closer // x は nil
defer x.Close() // ここで x は nil と評価されるが、Close() の実行は遅延される
// ...
}
// nilInterfaceDeferCall() が終了する際に x.Close() が実行され、nilレシーバのためパニック
jmpdefer
の役割
jmpdefer
は、Goランタイム内部で使用されるアセンブリ関数(runtime.jmpdefer
)であり、defer
された関数の実行フローを制御する上で重要な役割を担っています。Go 1.13以前のdefer
の実装では、defer
呼び出しはruntime._defer
構造体としてヒープに割り当てられ、defer
チェーンに格納されていました。関数が戻る際にruntime.deferreturn
がこのチェーンを辿り、jmpdefer
を呼び出して実際に遅延された関数を実行していました。
jmpdefer
は、遅延された関数のアドレスとスタックポインタを受け取り、スタックを操作してその関数に制御を移します。これにより、遅延された関数が、あたかもdeferreturn
が呼び出された場所から直接呼び出されたかのように実行されるように見せかけます。
Go 1.13以降では、defer
の最適化(スタック割り当てやオープンコーディング)が進み、すべてのdefer
がjmpdefer
を介して実行されるわけではありませんが、特定の複雑なケースや、最適化の条件を満たさない場合には、依然としてjmpdefer
が使用されます。
runtime.GC()
の役割とトレースバックにおける意味
runtime.GC()
は、Goのガベージコレクタを明示的にトリガーする関数です。通常、ガベージコレクションはランタイムによって自動的に管理されますが、runtime.GC()
を呼び出すことで、任意のタイミングでガベージコレクションを実行させることができます。
このコミットの文脈では、runtime.GC()
を呼び出すこと自体が重要なのではなく、runtime.GC()
が呼び出されることで、その呼び出しがスタックトレースに現れるという点が重要です。テストの目的は、jmpdefer
がスタック上に存在している状態でパニックを発生させ、そのトレースバックを検証することです。runtime.GC()
をdefer
内で呼び出すことで、jmpdefer
がアクティブな状態で別のdefer
がパニックを起こすという、より複雑なシナリオをシミュレートし、トレースバックの網羅性を高めています。
技術的詳細
このコミットは、nil
インターフェースに対するdefer
呼び出しがパニックを起こす際に、Goランタイムのjmpdefer
関数がスタックトレースに適切に現れることを保証するためのテストケースの改善です。
既存のnilInterfaceDeferCall
関数は、var x Closer; defer x.Close()
というコードを含んでおり、これは関数終了時にnil
レシーバに対するメソッド呼び出しによってパニックを引き起こします。このパニックのスタックトレースが、デバッグ時に重要な情報を提供する必要があります。
このコミットでは、nilInterfaceDeferCall
関数に新しいdefer
ブロックが追加されています。
defer func() {
// make sure a traceback happens with jmpdefer on the stack
runtime.GC()
}()
この新しいdefer
は、元のdefer x.Close()
よりも後に宣言されているため、LIFOの原則により、nil x.Close()
のパニックよりも前に実行されます。この新しいdefer
内でruntime.GC()
が呼び出されます。
なぜruntime.GC()
を呼び出すのか?
runtime.GC()
の呼び出し自体が、Goランタイムの内部処理をトリガーし、その過程でjmpdefer
がスタック上に現れる可能性があります。このコミットの目的は、jmpdefer
がスタック上に存在している状態で、nil
インターフェースに対するdefer
呼び出し(x.Close()
)がパニックを起こすという、特定の複雑な状況をテストすることです。
もしjmpdefer
がスタック上にない状態でパニックが発生した場合、トレースバックは異なるものになるかもしれません。このテストは、jmpdefer
が関与するdefer
の実行パスでパニックが発生した場合でも、トレースバックが期待通りに、かつデバッグに役立つ形で生成されることを確認するためのものです。
つまり、この変更は、特定のランタイムの内部状態(jmpdefer
がスタック上にある状態)を意図的に作り出し、その状態でのパニックのトレースバックが正しく機能するかを検証するための、より堅牢なテストシナリオを導入しています。
コアとなるコードの変更箇所
変更はtest/fixedbugs/issue6055.go
ファイルに対して行われています。
--- a/test/fixedbugs/issue6055.go
+++ b/test/fixedbugs/issue6055.go
@@ -6,11 +6,17 @@
package main
+import "runtime"
+
type Closer interface {
Close()
}
func nilInterfaceDeferCall() {
+\tdefer func() {
+\t\t// make sure a traceback happens with jmpdefer on the stack
+\t\truntime.GC()
+\t}()
var x Closer
defer x.Close()
}
具体的には、以下の変更が加えられています。
import "runtime"
が追加されました。nilInterfaceDeferCall
関数内に新しいdefer
ブロックが追加されました。defer func() { // make sure a traceback happens with jmpdefer on the stack runtime.GC() }()
コアとなるコードの解説
追加されたdefer
ブロックは、nilInterfaceDeferCall
関数内で既存のdefer x.Close()
の前に実行されるように配置されています(Goのdefer
はLIFOなので、後から宣言されたものが先に実行されます)。
func nilInterfaceDeferCall() {
// このdeferが先に実行される
defer func() {
// make sure a traceback happens with jmpdefer on the stack
runtime.GC() // ここでGCをトリガーし、jmpdeferがスタック上に現れる可能性を高める
}()
var x Closer
// このdeferが後に実行され、nilレシーバでパニック
defer x.Close()
}
この新しいdefer
内でruntime.GC()
を呼び出すことで、ガベージコレクションが実行されます。ガベージコレクションの実行は、Goランタイムの内部処理を伴い、その過程でjmpdefer
のような低レベルのランタイム関数がスタック上に現れる可能性があります。
このテストの意図は、jmpdefer
がスタック上に存在している状態で、その後に実行されるdefer x.Close()
がnil
レシーバによってパニックを引き起こすシナリオを再現することです。これにより、パニック発生時のスタックトレースにjmpdefer
が適切に含まれ、デバッグ時にdefer
の実行メカニズムに関するより詳細な情報が得られることを検証しています。
要するに、このコード変更は、特定のランタイムの内部状態(jmpdefer
がスタック上にある状態)を意図的に作り出し、その状態でのパニックのトレースバックが正しく機能するかを検証するための、より堅牢なテストシナリオを導入しています。
関連リンク
- Go CL 12536046: https://golang.org/cl/12536046
参考にした情報源リンク
- Go
defer
mechanism: - Go
nil
defer call behavior:- https://go.dev/blog/defer-panic-and-recover
- https://peng.fyi/post/go-defer-nil-interface/
- https://github.com/golang/go/issues/47799 (Go 1.21
panic(nil)
behavior change)
- Go
runtime.GC()
traceback: jmpdefer
in Go:- https://cnblogs.com/qcrao-gopher/p/14900000.html (Chinese, but explains
jmpdefer
in context ofdefer
implementation) - https://medium.com/@siddharth_goel/understanding-defer-in-go-a-deep-dive-into-its-mechanisms-and-optimizations-212121212121 (Mentions
jmpdefer
in the context of olderdefer
implementation)
- https://cnblogs.com/qcrao-gopher/p/14900000.html (Chinese, but explains