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[インデックス 1718] ファイルの概要

このコミットは、Go言語の公式仕様書である doc/go_spec.html に対する大規模な更新です。特に、言語の「型 (types)」と「式 (expressions)」に関する記述を完成させ、明確化することを目的としています。コミットメッセージにあるように、これらのセクションは既に「かなり良い状態」であったものの、主に記述の洗練とHTMLの編集が行われました。

コミット

commit df3183f528426c675e783ed437d72041b15ebb94
Author: Rob Pike <r@golang.org>
Date:   Thu Feb 26 16:37:23 2009 -0800

    finish types.
    expressions.  (they were in pretty good shape; mostly cosmetic and HTML edits)
    
    R=gri
    DELTA=655  (226 added, 97 deleted, 332 changed)
    OCL=25459
    CL=25481

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/df3183f528426c675e783ed437d72041b15ebb94

元コミット内容

    finish types.
    expressions.  (they were in pretty good shape; mostly cosmetic and HTML edits)
    
    R=gri
    DELTA=655  (226 added, 97 deleted, 332 changed)
    OCL=25459
    CL=25481

変更の背景

このコミットは、Go言語がまだ初期開発段階にあった2009年2月に行われました。Go言語の設計目標の一つは、シンプルで明確な構文とセマンティクスを持つことでした。そのため、言語仕様書は言語の振る舞いを正確かつ網羅的に記述する上で極めて重要です。

この時期のGo言語は、まだ一般に公開されておらず、内部での活発な開発と仕様の策定が進められていました。doc/go_spec.html は、Go言語の設計思想と具体的な言語機能を定義する中心的なドキュメントであり、このコミットは特に「型」と「式」という言語の根幹をなす要素の定義を固めることを目的としています。

コミットメッセージにある「finish types. expressions.」という記述は、これらのセクションがほぼ完成に近づいており、最終的な調整や明確化が行われたことを示唆しています。また、「mostly cosmetic and HTML edits」という言及は、大きな機能変更というよりも、既存の概念の記述をより正確に、より理解しやすくするための修正が主であったことを示しています。これは、言語の安定化と、将来的な公開に向けた準備の一環と見ることができます。

前提知識の解説

このコミットの変更内容を理解するためには、Go言語の基本的な概念と、プログラミング言語の仕様書における一般的な記述方法についての知識が役立ちます。

  • Go言語の初期設計思想: Go言語は、シンプルさ、効率性、並行処理の容易さを重視して設計されました。C++やJavaのような既存の言語の複雑さを避け、より生産性の高い開発環境を提供することを目指していました。
  • 型システム (Type System): プログラミング言語において、データがどのような種類であるかを定義する規則の集合です。Go言語は静的型付け言語であり、変数の型はコンパイル時に決定されます。このコミットでは、メソッドの型、複合リテラルの型など、Goの型システムに関する記述が洗練されています。
  • 式 (Expressions): 値を生成するコードの断片です。例えば、a + bf(x) などが式です。Go言語の仕様書では、式の評価順序、オペランド、演算子、関数呼び出しなどが詳細に定義されます。
  • 演算子 (Operators): 値に対して操作を行う記号です。算術演算子 (+, -, *, /)、比較演算子 (==, !=)、論理演算子 (&&, ||)、ビット演算子 (&, |) などがあります。このコミットでは、演算子の優先順位や結合規則、特定の演算子(例: シフト演算子、チャネル演算子)の振る舞いに関する記述が更新されています。
  • 文法 (Grammar): プログラミング言語の構文規則を定義するものです。通常、バッカス・ナウア記法 (BNF) やその派生形(この仕様書では pre class="grammar" タグで囲まれた部分)で記述されます。このコミットでは、オペランド、複合リテラル、関数リテラル、プライマリ式などの文法定義が修正されています。
  • 複合リテラル (Composite Literals): 構造体、配列、スライス、マップなどの複合データ構造の値を直接記述するための構文です。例えば、Point{X: 1, Y: 2} のような形式です。
  • 関数リテラル (Function Literals): 匿名関数を定義するための構文です。Go言語では、関数をファーストクラスオブジェクトとして扱うことができ、変数に代入したり、関数の引数として渡したりすることができます。関数リテラルはクロージャとしても機能します。
  • セレクタ (Selectors): 構造体のフィールドやメソッドにアクセスするための構文です。object.fieldobject.method() の形式で記述されます。Go言語のセレクタは、埋め込みフィールド(匿名フィールド)やポインタの自動デリファレンスといった特徴を持ちます。
  • インデックス (Indexes): 配列やマップの要素にアクセスするための構文です。array[index]map[key] の形式で記述されます。マップのインデックス操作では、値と同時に存在チェックのブール値を取得する多値返却の形式 (value, ok := map[key]) が特徴的です。
  • スライス (Slices): 配列の一部を参照するための動的なビューです。Go言語のスライスは、長さと容量を持ち、元の配列のセグメントを指します。文字列のスライスも可能です。
  • 型アサーション (Type Assertions): インターフェース型の変数が、特定の具象型または別のインターフェース型であるかどうかを実行時にチェックし、その型に変換するための構文です。x.(T) の形式で記述され、成功した場合は変換された値が、失敗した場合はパニックが発生します。多値返却の形式 (value, ok := x.(T)) を使用すると、パニックを回避して成功の有無をチェックできます。
  • チャネル (Channels): Go言語におけるゴルーチン間の通信メカニズムです。チャネルを介して値を送受信することで、安全な並行処理を実現します。このコミットでは、チャネルの送受信操作 (<-) のセマンティクス、特に非ブロッキング操作の記述が更新されています。
  • 理想数 (Ideal Number): Go言語の初期の仕様で導入された概念で、型を持たない数値リテラル(例: 100, 3.14)を指します。これらのリテラルは、使用される文脈に応じて適切な数値型に暗黙的に変換されます。このコミットでは、定数式の型決定において「理想整数」や「理想浮動小数点数」という用語が使われています。

技術的詳細

このコミットは、Go言語の仕様書における「型」と「式」のセクションに、以下のような多岐にわたる技術的な詳細の追加と修正を行っています。

  1. メソッドの型定義の明確化:

    • メソッドの型が、レシーバを最初の引数とする関数の型として定義されることが明記されました。例えば、func (p *Point) Scale(factor float) というメソッドは、概念的には func (p *Point, factor float) という関数型を持つと説明されています。これは、Goのメソッドが実際にはシンタックスシュガーであり、内部的にはレシーバを引数として受け取る関数として扱われるという実装の詳細を仕様レベルで示唆しています。
  2. 式の一般定義の洗練:

    • 「式はオペランドに演算子と関数を適用することで値の計算を指定する」という基本的な定義がより簡潔に、かつ明確に記述されました。
  3. オペランドとリテラルの文法更新:

    • Operand, Literal, BasicLit, StringLit の文法定義が更新され、より正確な構文規則が示されました。
  4. 定数の定義拡張:

    • true, false, iota, nil といった組み込み定数を含む、基本型のリテラルが「定数」として定義されました。定数がコンパイル時に値が既知であることも強調されています。
  5. 修飾識別子 (Qualified Identifiers) の詳細化:

    • QualifiedIdent の文法に LocalPackageName が追加され、[ LocalPackageName "." ] [ PackageName "." ] identifier という形式になりました。これにより、現在のパッケージ内で宣言された識別子を、介入する宣言によって隠蔽された場合にアクセスする方法が示唆されています。
    • 修飾識別子が別のパッケージの識別子にアクセスする際に、その識別子がエクスポートされている必要があること(Unicode大文字で始まること)が明記されました。
  6. 複合リテラル (Composite Literals) の詳細な定義:

    • 複合リテラルが構造体、配列、スライス、マップの値を構築し、評価されるたびに新しい値を作成することが明確にされました。
    • LiteralType の文法が StructType | ArrayType | "[ ... ]" ElementType | SliceType | MapType | TypeName と拡張され、より多様な複合リテラルの形式をカバーするようになりました。
    • 配列リテラルにおける ... の使用が、リテラル内の要素数に等しい配列長を指定するものであると明確化されました。
    • スライスリテラルが、基になる配列リテラル全体を記述するものであると定義され、[]T(x1, x2, ... xn)[n]T(x1, x2, ... xn)[0 : n] のショートカットであると説明されました。
    • マップリテラルにおけるキーと値のペアの記述が強調されました。
  7. 関数リテラル (Function Literals) の明確化:

    • 関数リテラルが匿名関数を表し、関数型と関数本体から構成されることが定義されました。
    • 関数リテラルが「クロージャ」であり、周囲の関数の変数を参照できること、そしてそれらの変数が周囲の関数と関数リテラルの間で共有され、アクセス可能な限り存続することが強調されました。
  8. プライマリ式 (Primary Expressions) の文法更新:

    • PrimaryExpr の文法が更新され、Selector, Index, Slice, TypeGuard, Call といった要素がより明確に定義されました。
  9. セレクタ (Selectors) の詳細な規則:

    • x.fx が指す値(またはポインタ型の場合は *x)のフィールドまたはメソッド f を表すことが定義されました。
    • 匿名フィールドを介したフィールドやメソッドのアクセスにおける「深さ (depth)」の概念が導入され、セレクタの解決規則が詳細に記述されました。特に、最も浅い深さで一意の f が見つからない場合は不正となる規則が追加されました。
    • セレクタがポインタを自動的にデリファレンスする挙動(例: x.f(*x).f のショートカットとなる)が明記されました。
  10. インデックス (Indexes) の詳細な規則とマップの特殊形式:

    • 配列とマップのインデックス操作 (a[x]) に関する規則が詳細に記述されました。
    • マップのインデックス操作における重要な特殊形式が導入されました。
      • r, ok = a[x] または r, ok := a[x] の形式で、キーが存在するかどうかを示すブール値 ok を取得できること。キーが存在しない場合は、値 r にはゼロ値が設定され、okfalse となること。これにより、パニックを発生させることなくマップからの読み取りの成功をチェックできるようになりました。
      • a[x] = r, ok の形式で、okfalse の場合にキー x のエントリがマップから削除されること。これは、マップからの要素削除の新しいメカニズムを導入しています。
  11. スライス (Slices) の詳細化:

    • 文字列、配列、スライスをスライスして部分文字列や部分配列の記述子を構築できることが説明されました。
    • スライス操作の結果の長さが、インデックス値の差に等しいことが明記されました。
    • スライスされたオペランドが文字列の場合、結果は新しい文字列になること、配列またはスライスの場合、結果はスライスになることが明確にされました。
  12. 型アサーション (Type Guards) の詳細な定義:

    • x.(T)x に格納された値が型 T の要素であることをアサートする「型ガード」であると定義されました。
    • x の型がインターフェース型である必要があること、T が非インターフェース型の場合は動的型が T と同一であること、T がインターフェース型の場合は動的型が T を実装していることをアサートすることが詳細に記述されました。
    • 型ガードが失敗した場合に実行時例外が発生すること、および v, ok = x.(T) または v, ok := x.(T) の特殊形式を使用することで、非ブロッキングで型アサーションを行い、成功の有無を ok でチェックできることが導入されました。失敗した場合は v にゼロ値が設定され、okfalse となります。
  13. 関数呼び出し (Calls) の詳細化:

    • 関数呼び出しの基本的な構文 f(a, b, c) が説明されました。
    • メソッド呼び出しが、レシーバ型の値に対するセレクタとして指定されることが明確にされました。
    • レシーバ型がポインタ型 (*T) として宣言されているメソッドの場合、実際のレシーバが値型 (T) であっても、メソッド呼び出しが暗黙的にレシーバのアドレスを取ること(例: var p Point; p.Scale(3.5))が導入されました。
    • 可変引数 (Variadic Parameters) の概念が導入されました。関数が ... パラメータを持つ場合、それは常に最後の仮パラメータであり、呼び出し時に任意の数の後続の引数を ... パラメータにバインドできることが説明されました。関数内では ... パラメータは静的に interface{} 型を持ち、その動的型は呼び出し時の後続の引数をフィールドとする構造体となることが示されました。また、... パラメータを別の関数の ... パラメータに渡す際に、再度ラップされないという特殊なケースも記述されました。
  14. 演算子 (Operators) の文法と優先順位の更新:

    • Expression, UnaryExpr, binary_op, log_op, com_op, rel_op, add_op, mul_op, unary_op の文法定義が更新されました。
    • 演算子の優先順位が明確に定義され、単項演算子が最も高く、論理OR (||) が最も低い優先順位を持つことが示されました。
    • 単項演算子 ++-- が式ではなく文であるため、単項演算子の階層外にあることが明記されました。
  15. 算術演算子 (Arithmetic Operators) の詳細:

    • + 演算子が文字列にも適用され、文字列の連結を行うことが明記されました。
    • 整数値の / (除算) と % (剰余) が (a / b) * b + a % b == a の関係を満たし、/ がゼロ方向への切り捨てを行うことが例とともに示されました。
    • シフト演算子 (<<, >>) が、左オペランドが符号付き整数の場合は算術シフト、符号なし整数の場合は論理シフトを行うことが説明されました。シフトカウントは符号なし整数である必要があり、上限がないことも明記されました。
  16. 整数オーバーフロー (Integer Overflow) の挙動:

    • 符号なし整数値の場合、+, -, *, << 演算が 2^n を法とする(n はビット幅)モジュロ演算として計算され、オーバーフロー時に上位ビットが破棄される「ラップアラウンド」挙動に依存できることが明記されました。
    • 符号付き整数値の場合、これらの演算が合法的にオーバーフローする可能性があり、結果の値は決定論的に定義されるが、例外は発生しないことが強調されました。これにより、コンパイラがオーバーフローが発生しないという仮定でコードを最適化できないことが示されました(例: x < x + 1 が常に真であるとは限らない)。
  17. 論理演算子 (Logical Operators) の条件付き評価:

    • && (条件付きAND) と || (条件付きOR) の右オペランドが条件付きで評価されることが明記されました。
  18. チャネル通信演算子 (Communication Operators) の詳細:

    • チャネルへの送信 (ch <- 3) とチャネルからの受信 (<-ch) のセマンティクスが詳細に記述されました。
    • 送信操作が式コンテキストで使用された場合、値がブール型となり、操作が非ブロッキングになること、そしてブール値が通信の成功を報告することが導入されました。
    • 受信操作が x, ok = <-ch または x, ok := <-ch の形式で使用された場合、非ブロッキングになり、ok が受信の成功を示すブール値となることが導入されました。失敗した場合は x にゼロ値が設定され、okfalse となります。
  19. 組み込み関数 lencap の更新:

    • lencap の引数型と結果に関する表が更新されました。特に、len がチャネルに適用された場合のバッファ内の要素数、cap がチャネルに適用された場合のチャネルバッファ容量が明記されました。
  20. 型変換 (Conversions) の詳細:

    • 整数値をUTF-8表現の文字列に変換する規則が追加されました。
    • uint8 の配列を文字列に変換する規則が追加されました。
  21. 仕様と実装の差異 (Differences between this doc and implementation - TODO):

    • このセクションは、当時の仕様書と実際のGoコンパイラの実装との間に存在した既知の差異をリストアップしています。これは、仕様策定と実装が並行して進められていた初期段階のGo言語の状況を反映しており、仕様がまだ流動的であったことを示しています。
      • 実装がASCII数字のみを受け入れるのに対し、仕様はUnicodeを記述している点。
      • 実装が p.x (pがローカルパッケージ名の場合) を許可しない点。
      • goto 文とターゲットに関する制限(間に宣言がないこと)を実装が尊重しない点。
      • cap() がマップやチャネルで動作しない点。
      • len() がチャネルで動作しない点。
      • 変換が任意の型で動作するのに対し、仕様は算術型と文字列のみを記述している点。
    • これらの「TODO」項目は、将来の仕様改訂や実装の修正で対応されるべき課題として認識されていたことを示しています。

これらの変更は、Go言語の基本的な構文とセマンティクスをより厳密に定義し、言語の安定性と将来的な拡張の基盤を築く上で不可欠なステップでした。特に、マップの多値返却インデックス操作や型アサーションの非ブロッキング形式、可変引数といったGo言語の重要な特徴が、このコミットで仕様書に詳細に記述されたことは注目に値します。

コアとなるコードの変更箇所

このコミットは、Go言語の仕様書である doc/go_spec.html ファイルのみを変更しています。Go言語のランタイムやコンパイラのコード自体には変更はありません。

変更の大部分は、HTMLドキュメント内のテキストコンテンツ、文法定義 (<pre class="grammar"> タグ内)、および説明文の追加、修正、削除です。

具体的な変更箇所は以下のセクションに集中しています。

  • メソッドの型に関する記述: 新しい段落の追加。
  • Expressions (式): セクション全体の再構成と記述の洗練。
  • Operands (オペランド): 文法定義の修正。
  • Constants (定数): 定義の明確化。
  • Qualified identifiers (修飾識別子): 文法と説明の拡張。
  • Composite literals (複合リテラル): 文法と説明の拡張、特に配列とスライスの ... 記法、マップリテラルの説明。
  • Function literals (関数リテラル): 文法と説明の修正、クロージャに関する記述。
  • Primary expressions (プライマリ式): 文法定義の修正。
  • Selectors (セレクタ): セレクタの規則、深さ、ポインタの自動デリファレンスに関する詳細な説明の追加。
  • Indexes (インデックス): 配列とマップのインデックス規則、特にマップの多値返却 (v, ok = m[k]) と要素削除 (a[x] = r, ok) の特殊形式の導入。
  • Slices (スライス): スライス操作の詳細な説明。
  • Type guards (型ガード): 型ガードの規則、非ブロッキング型アサーション (v, ok = x.(T)) の導入。
  • Calls (呼び出し): 関数とメソッドの呼び出し、レシーバの暗黙的なアドレス取得、可変引数 (... パラメータ) の詳細な説明。
  • Operators (演算子): 文法定義の修正、演算子の優先順位と結合規則の明確化。
  • Arithmetic operators (算術演算子): + の文字列連結、整数除算と剰余、シフト演算子の詳細。
  • Integer overflow (整数オーバーフロー): 符号なし/符号付き整数のオーバーフロー挙動に関する詳細な説明。
  • Logical operators (論理演算子): 条件付き評価に関する記述。
  • Address operators (アドレス演算子): このセクションは「TODO」とマークされ、内容が整理されていないことが示されています。
  • Communication operators (通信演算子): チャネルの送受信操作、非ブロッキング送受信の導入。
  • Constant expressions (定数式): 定数式の型決定に関する記述。
  • Length and capacity (lenとcap): lencap の引数と結果の表の更新。
  • Conversions (変換): 整数から文字列、uint8 配列から文字列への変換規則の追加。
  • Differences between this doc and implementation - TODO: 仕様と実装の差異をリストアップするセクションの追加。

これらの変更は、Go言語の仕様書をより正確で、網羅的で、理解しやすいものにするための重要なステップでした。

コアとなるコードの解説

このコミットはGo言語の仕様書 (doc/go_spec.html) のみを変更しており、Go言語のランタイムやコンパイラの「コード」自体には変更がありません。したがって、解説すべき「コアとなるコード」は存在しません。

しかし、変更されたHTMLドキュメントの内容は、Go言語の「コアとなる概念」を定義するものであり、その意味で非常に重要です。このコミットによって、Go言語の以下の重要な側面がより詳細に、かつ厳密に定義されました。

  1. Goの型システム: 特にメソッドの型がどのように解釈されるか、そして複合リテラルがどのように構築されるかについての記述が洗練されました。これにより、Goの型がどのように機能し、どのように値が生成されるかについての理解が深まります。

  2. 式の評価セマンティクス: 演算子の優先順位、結合規則、そして特にマップのインデックス操作や型アサーションにおける多値返却の導入は、Goの式がどのように評価され、どのような結果を返すかについての厳密なルールを確立しました。これにより、開発者は式の振る舞いを正確に予測できるようになります。

  3. 並行処理の基礎: チャネルの送受信操作に関する詳細な記述、特に非ブロッキング操作の導入は、Goの並行処理モデルの核心部分を明確にしました。これは、ゴルーチン間の安全な通信を設計する上で不可欠な情報です。

  4. 言語の堅牢性: 整数オーバーフローの挙動に関する明確な定義は、Goが数値計算においてどのように振る舞うかについての曖昧さを排除し、より堅牢なプログラムの作成を可能にします。コンパイラがオーバーフローを仮定して最適化を行わないという記述は、Goの設計哲学である「予測可能性」を反映しています。

  5. 可変引数関数の導入: ... パラメータの導入と詳細な説明は、Goが可変個の引数を受け取る関数をどのようにサポートするかを定義しました。これは、fmt.Printf のような柔軟な関数を可能にする重要な機能です。

これらの仕様の明確化は、Go言語のコンパイラやツールチェインの実装者にとっての指針となり、またGo言語のユーザーが言語の振る舞いを深く理解するための基礎となります。このコミットは、Go言語がまだ初期段階にあったにもかかわらず、その設計がどれほど詳細に検討され、厳密に文書化されていたかを示す好例と言えます。

関連リンク

参考にした情報源リンク

  • Go言語仕様 (現在のバージョン): このコミットが変更した doc/go_spec.html は、現在のGo言語仕様の基礎となっています。現在の仕様を参照することで、このコミットで導入された概念がどのように発展し、現在の言語に組み込まれているかを理解できます。
  • Go言語の初期のコミット履歴: GitHub上のGoリポジトリのコミット履歴を遡ることで、このコミット前後のGo言語の進化を追うことができます。
  • Go言語のブログ: Go言語の設計思想や機能に関する公式ブログ記事は、当時の開発者の意図を理解する上で役立ちます。
  • Rob Pikeの著作や講演: コミットの著者であるRob Pikeは、Go言語の主要な設計者の一人であり、彼の著作や講演はGo言語の設計哲学を理解する上で貴重な情報源となります。
  • プログラミング言語の設計に関する一般的な書籍や資料: 型システム、式、演算子、並行処理といった概念は、プログラミング言語設計の一般的なトピックであり、これらの分野に関する知識は、Go言語の特定の設計選択をより深く理解するのに役立ちます。

[インデックス 1718] ファイルの概要

このコミットは、Go言語の公式仕様書である doc/go_spec.html に対する大規模な更新です。特に、言語の「型 (types)」と「式 (expressions)」に関する記述を完成させ、明確化することを目的としています。コミットメッセージにあるように、これらのセクションは既に「かなり良い状態」であったものの、主に記述の洗練とHTMLの編集が行われました。

コミット

commit df3183f528426c675e783ed437d72041b15ebb94
Author: Rob Pike <r@golang.org>
Date:   Thu Feb 26 16:37:23 2009 -0800

    finish types.
    expressions.  (they were in pretty good shape; mostly cosmetic and HTML edits)
    
    R=gri
    DELTA=655  (226 added, 97 deleted, 332 changed)
    OCL=25459
    CL=25481

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/df3183f528426c675e783ed437d72041b15ebb94

元コミット内容

    finish types.
    expressions.  (they were in pretty good shape; mostly cosmetic and HTML edits)
    
    R=gri
    DELTA=655  (226 added, 97 deleted, 332 changed)
    OCL=25459
    CL=25481

変更の背景

このコミットは、Go言語がまだ初期開発段階にあった2009年2月に行われました。Go言語の設計目標の一つは、シンプルで明確な構文とセマンティクスを持つことでした。そのため、言語仕様書は言語の振る舞いを正確かつ網羅的に記述する上で極めて重要です。

この時期のGo言語は、まだ一般に公開されておらず、内部での活発な開発と仕様の策定が進められていました。doc/go_spec.html は、Go言語の設計思想と具体的な言語機能を定義する中心的なドキュメントであり、このコミットは特に「型」と「式」という言語の根幹をなす要素の定義を固めることを目的としています。

コミットメッセージにある「finish types. expressions.」という記述は、これらのセクションがほぼ完成に近づいており、最終的な調整や明確化が行われたことを示唆しています。また、「mostly cosmetic and HTML edits」という言及は、大きな機能変更というよりも、既存の概念の記述をより正確に、より理解しやすくするための修正が主であったことを示しています。これは、言語の安定化と、将来的な公開に向けた準備の一環と見ることができます。

前提知識の解説

このコミットの変更内容を理解するためには、Go言語の基本的な概念と、プログラミング言語の仕様書における一般的な記述方法についての知識が役立ちます。

  • Go言語の初期設計思想: Go言語は、シンプルさ、効率性、並行処理の容易さを重視して設計されました。C++やJavaのような既存の言語の複雑さを避け、より生産性の高い開発環境を提供することを目指していました。
  • 型システム (Type System): プログラミング言語において、データがどのような種類であるかを定義する規則の集合です。Go言語は静的型付け言語であり、変数の型はコンパイル時に決定されます。このコミットでは、メソッドの型、複合リテラルの型など、Goの型システムに関する記述が洗練されています。
  • 式 (Expressions): 値を生成するコードの断片です。例えば、a + bf(x) などが式です。Go言語の仕様書では、式の評価順序、オペランド、演算子、関数呼び出しなどが詳細に定義されます。
  • 演算子 (Operators): 値に対して操作を行う記号です。算術演算子 (+, -, *, /)、比較演算子 (==, !=)、論理演算子 (&&, ||)、ビット演算子 (&, |) などがあります。このコミットでは、演算子の優先順位や結合規則、特定の演算子(例: シフト演算子、チャネル演算子)の振る舞いに関する記述が更新されています。
  • 文法 (Grammar): プログラミング言語の構文規則を定義するものです。通常、バッカス・ナウア記法 (BNF) やその派生形(この仕様書では <pre class="grammar"> タグで囲まれた部分)で記述されます。このコミットでは、オペランド、複合リテラル、関数リテラル、プライマリ式などの文法定義が修正されています。
  • 複合リテラル (Composite Literals): 構造体、配列、スライス、マップなどの複合データ構造の値を直接記述するための構文です。例えば、Point{X: 1, Y: 2} のような形式です。
  • 関数リテラル (Function Literals): 匿名関数を定義するための構文です。Go言語では、関数をファーストクラスオブジェクトとして扱うことができ、変数に代入したり、関数の引数として渡したりすることができます。関数リテラルはクロージャとしても機能します。
  • セレクタ (Selectors): 構造体のフィールドやメソッドにアクセスするための構文です。object.fieldobject.method() の形式で記述されます。Go言語のセレクタは、埋め込みフィールド(匿名フィールド)やポインタの自動デリファレンスといった特徴を持ちます。
  • インデックス (Indexes): 配列やマップの要素にアクセスするための構文です。array[index]map[key] の形式で記述されます。マップのインデックス操作では、値と同時に存在チェックのブール値を取得する多値返却の形式 (value, ok := map[key]) が特徴的です。
  • スライス (Slices): 配列の一部を参照するための動的なビューです。Go言語のスライスは、長さと容量を持ち、元の配列のセグメントを指します。文字列のスライスも可能です。
  • 型アサーション (Type Assertions): インターフェース型の変数が、特定の具象型または別のインターフェース型であるかどうかを実行時にチェックし、その型に変換するための構文です。x.(T) の形式で記述され、成功した場合は変換された値が、失敗した場合はパニックが発生します。多値返却の形式 (value, ok := x.(T)) を使用すると、パニックを回避して成功の有無をチェックできます。
  • チャネル (Channels): Go言語におけるゴルーチン間の通信メカニズムです。チャネルを介して値を送受信することで、安全な並行処理を実現します。このコミットでは、チャネルの送受信操作 (<-) のセマンティクス、特に非ブロッキング操作の記述が更新されています。
  • 理想数 (Ideal Number): Go言語の初期の仕様で導入された概念で、型を持たない数値リテラル(例: 100, 3.14)を指します。これらのリテラルは、使用される文脈に応じて適切な数値型に暗黙的に変換されます。このコミットでは、定数式の型決定において「理想整数」や「理想浮動小数点数」という用語が使われています。

技術的詳細

このコミットは、Go言語の仕様書における「型」と「式」のセクションに、以下のような多岐にわたる技術的な詳細の追加と修正を行っています。

  1. メソッドの型定義の明確化:

    • メソッドの型が、レシーバを最初の引数とする関数の型として定義されることが明記されました。例えば、func (p *Point) Scale(factor float) というメソッドは、概念的には func (p *Point, factor float) という関数型を持つと説明されています。これは、Goのメソッドが実際にはシンタックスシュガーであり、内部的にはレシーバを引数として受け取る関数として扱われるという実装の詳細を仕様レベルで示唆しています。
  2. 式の一般定義の洗練:

    • 「式はオペランドに演算子と関数を適用することで値の計算を指定する」という基本的な定義がより簡潔に、かつ明確に記述されました。
  3. オペランドとリテラルの文法更新:

    • Operand, Literal, BasicLit, StringLit の文法定義が更新され、より正確な構文規則が示されました。
  4. 定数の定義拡張:

    • true, false, iota, nil といった組み込み定数を含む、基本型のリテラルが「定数」として定義されました。定数がコンパイル時に値が既知であることも強調されています。
  5. 修飾識別子 (Qualified Identifiers) の詳細化:

    • QualifiedIdent の文法に LocalPackageName が追加され、[ LocalPackageName "." ] [ PackageName "." ] identifier という形式になりました。これにより、現在のパッケージ内で宣言された識別子を、介入する宣言によって隠蔽された場合にアクセスする方法が示唆されています。
    • 修飾識別子が別のパッケージの識別子にアクセスする際に、その識別子がエクスポートされている必要があること(Unicode大文字で始まること)が明記されました。
  6. 複合リテラル (Composite Literals) の詳細な定義:

    • 複合リテラルが構造体、配列、スライス、マップの値を構築し、評価されるたびに新しい値を作成することが明確にされました。
    • LiteralType の文法が StructType | ArrayType | "[ ... ]" ElementType | SliceType | MapType | TypeName と拡張され、より多様な複合リテラルの形式をカバーするようになりました。
    • 配列リテラルにおける ... の使用が、リテラル内の要素数に等しい配列長を指定するものであると明確化されました。
    • スライスリテラルが、基になる配列リテラル全体を記述するものであると定義され、[]T(x1, x2, ... xn)[n]T(x1, x2, ... xn)[0 : n] のショートカットであると説明されました。
    • マップリテラルにおけるキーと値のペアの記述が強調されました。
  7. 関数リテラル (Function Literals) の明確化:

    • 関数リテラルが匿名関数を表し、関数型と関数本体から構成されることが定義されました。
    • 関数リテラルが「クロージャ」であり、周囲の関数の変数を参照できること、そしてそれらの変数が周囲の関数と関数リテラルの間で共有され、アクセス可能な限り存続することが強調されました。
  8. プライマリ式 (Primary Expressions) の文法更新:

    • PrimaryExpr の文法が更新され、Selector, Index, Slice, TypeGuard, Call といった要素がより明確に定義されました。
  9. セレクタ (Selectors) の詳細な規則:

    • x.fx が指す値(またはポインタ型の場合は *x)のフィールドまたはメソッド f を表すことが定義されました。
    • 匿名フィールドを介したフィールドやメソッドのアクセスにおける「深さ (depth)」の概念が導入され、セレクタの解決規則が詳細に記述されました。特に、最も浅い深さで一意の f が見つからない場合は不正となる規則が追加されました。
    • セレクタがポインタを自動的にデリファレンスする挙動(例: x.f(*x).f のショートカットとなる)が明記されました。
  10. インデックス (Indexes) の詳細な規則とマップの特殊形式:

    • 配列とマップのインデックス操作 (a[x]) に関する規則が詳細に記述されました。
    • マップのインデックス操作における重要な特殊形式が導入されました。
      • r, ok = a[x] または r, ok := a[x] の形式で、キーが存在するかどうかを示すブール値 ok を取得できること。キーが存在しない場合は、値 r にはゼロ値が設定され、okfalse となること。これにより、パニックを発生させることなくマップからの読み取りの成功をチェックできるようになりました。
      • a[x] = r, ok の形式で、okfalse の場合にキー x のエントリがマップから削除されること。これは、マップからの要素削除の新しいメカニズムを導入しています。
  11. スライス (Slices) の詳細化:

    • 文字列、配列、スライスをスライスして部分文字列や部分配列の記述子を構築できることが説明されました。
    • スライス操作の結果の長さが、インデックス値の差に等しいことが明記されました。
    • スライスされたオペランドが文字列の場合、結果は新しい文字列になること、配列またはスライスの場合、結果はスライスになることが明確にされました。
  12. 型アサーション (Type Guards) の詳細な定義:

    • x.(T)x に格納された値が型 T の要素であることをアサートする「型ガード」であると定義されました。
    • x の型がインターフェース型である必要があること、T が非インターフェース型の場合は動的型が T と同一であること、T がインターフェース型の場合は動的型が T を実装していることをアサートすることが詳細に記述されました。
    • 型ガードが失敗した場合に実行時例外が発生すること、および v, ok = x.(T) または v, ok := x.(T) の特殊形式を使用することで、非ブロッキングで型アサーションを行い、成功の有無を ok でチェックできることが導入されました。失敗した場合は v にゼロ値が設定され、okfalse となります。
  13. 関数呼び出し (Calls) の詳細化:

    • 関数呼び出しの基本的な構文 f(a, b, c) が説明されました。
    • メソッド呼び出しが、レシーバ型の値に対するセレクタとして指定されることが明確にされました。
    • レシーバ型がポインタ型 (*T) として宣言されているメソッドの場合、実際のレシーバが値型 (T) であっても、メソッド呼び出しが暗黙的にレシーバのアドレスを取ること(例: var p Point; p.Scale(3.5))が導入されました。
    • 可変引数 (Variadic Parameters) の概念が導入されました。関数が ... パラメータを持つ場合、それは常に最後の仮パラメータであり、呼び出し時に任意の数の後続の引数を ... パラメータにバインドできることが説明されました。関数内では ... パラメータは静的に interface{} 型を持ち、その動的型は呼び出し時の後続の引数をフィールドとする構造体となることが示されました。また、... パラメータを別の関数の ... パラメータに渡す際に、再度ラップされないという特殊なケースも記述されました。
  14. 演算子 (Operators) の文法と優先順位の更新:

    • Expression, UnaryExpr, binary_op, log_op, com_op, rel_op, add_op, mul_op, unary_op の文法定義が更新されました。
    • 演算子の優先順位が明確に定義され、単項演算子が最も高く、論理OR (||) が最も低い優先順位を持つことが示されました。
    • 単項演算子 ++-- が式ではなく文であるため、単項演算子の階層外にあることが明記されました。
  15. 算術演算子 (Arithmetic Operators) の詳細:

    • + 演算子が文字列にも適用され、文字列の連結を行うことが明記されました。
    • 整数値の / (除算) と % (剰余) が (a / b) * b + a % b == a の関係を満たし、/ がゼロ方向への切り捨てを行うことが例とともに示されました。
    • シフト演算子 (<<, >>) が、左オペランドが符号付き整数の場合は算術シフト、符号なし整数の場合は論理シフトを行うことが説明されました。シフトカウントは符号なし整数である必要があり、上限がないことも明記されました。
  16. 整数オーバーフロー (Integer Overflow) の挙動:

    • 符号なし整数値の場合、+, -, *, << 演算が 2^n を法とする(n はビット幅)モジュロ演算として計算され、オーバーフロー時に上位ビットが破棄される「ラップアラウンド」挙動に依存できることが明記されました。
    • 符号付き整数値の場合、これらの演算が合法的にオーバーフローする可能性があり、結果の値は決定論的に定義されるが、例外は発生しないことが強調されました。これにより、コンパイラがオーバーフローが発生しないという仮定でコードを最適化できないことが示されました(例: x < x + 1 が常に真であるとは限らない)。
  17. 論理演算子 (Logical Operators) の条件付き評価:

    • && (条件付きAND) と || (条件付きOR) の右オペランドが条件付きで評価されることが明記されました。
  18. チャネル通信演算子 (Communication Operators) の詳細:

    • チャネルの送受信操作に関する詳細な記述、特に非ブロッキング送受信の導入。
    • 送信操作が式コンテキストで使用された場合、値がブール型となり、操作が非ブロッキングになること、そしてブール値が通信の成功を報告することが導入されました。
    • 受信操作が x, ok = <-ch または x, ok := <-ch の形式で使用された場合、非ブロッキングになり、ok が受信の成功を示すブール値となることが導入されました。失敗した場合は x にゼロ値が設定され、okfalse となります。
  19. 組み込み関数 lencap の更新:

    • lencap の引数型と結果に関する表が更新されました。特に、len がチャネルに適用された場合のバッファ内の要素数、cap がチャネルに適用された場合のチャネルバッファ容量が明記されました。
  20. 型変換 (Conversions) の詳細:

    • 整数値をUTF-8表現の文字列に変換する規則が追加されました。
    • uint8 の配列を文字列に変換する規則が追加されました。
  21. 仕様と実装の差異 (Differences between this doc and implementation - TODO):

    • このセクションは、当時の仕様書と実際のGoコンパイラの実装との間に存在した既知の差異をリストアップしています。これは、仕様策定と実装が並行して進められていた初期段階のGo言語の状況を反映しており、仕様がまだ流動的であったことを示しています。
      • 実装がASCII数字のみを受け入れるのに対し、仕様はUnicodeを記述している点。
      • 実装が p.x (pがローカルパッケージ名の場合) を許可しない点。
      • goto 文とターゲットに関する制限(間に宣言がないこと)を実装が尊重しない点。
      • cap() がマップやチャネルで動作しない点。
      • len() がチャネルで動作しない点。
      • 変換が任意の型で動作するのに対し、仕様は算術型と文字列のみを記述している点。
    • これらの「TODO」項目は、将来の仕様改訂や実装の修正で対応されるべき課題として認識されていたことを示しています。

これらの変更は、Go言語の基本的な構文とセマンティクスをより厳密に定義し、言語の安定性と将来的な拡張の基盤を築く上で不可欠なステップでした。特に、マップの多値返却インデックス操作や型アサーションの非ブロッキング形式、可変引数といったGo言語の重要な特徴が、このコミットで仕様書に詳細に記述されたことは注目に値します。

コアとなるコードの変更箇所

このコミットは、Go言語の仕様書である doc/go_spec.html ファイルのみを変更しています。Go言語のランタイムやコンパイラのコード自体には変更はありません。

変更の大部分は、HTMLドキュメント内のテキストコンテンツ、文法定義 (<pre class="grammar"> タグ内)、および説明文の追加、修正、削除です。

具体的な変更箇所は以下のセクションに集中しています。

  • メソッドの型に関する記述: 新しい段落の追加。
  • Expressions (式): セクション全体の再構成と記述の洗練。
  • Operands (オペランド): 文法定義の修正。
  • Constants (定数): 定義の明確化。
  • Qualified identifiers (修飾識別子): 文法と説明の拡張。
  • Composite literals (複合リテラル): 文法と説明の拡張、特に配列とスライスの ... 記法、マップリテラルの説明。
  • Function literals (関数リテラル): 文法と説明の修正、クロージャに関する記述。
  • Primary expressions (プライマリ式): 文法定義の修正。
  • Selectors (セレクタ): セレクタの規則、深さ、ポインタの自動デリファレンスに関する詳細な説明の追加。
  • Indexes (インデックス): 配列とマップのインデックス規則、特にマップの多値返却 (v, ok = m[k]) と要素削除 (a[x] = r, ok) の特殊形式の導入。
  • Slices (スライス): スライス操作の詳細な説明。
  • Type guards (型ガード): 型ガードの規則、非ブロッキング型アサーション (v, ok = x.(T)) の導入。
  • Calls (呼び出し): 関数とメソッドの呼び出し、レシーバの暗黙的なアドレス取得、可変引数 (... パラメータ) の詳細な説明。
  • Operators (演算子): 文法定義の修正、演算子の優先順位と結合規則の明確化。
  • Arithmetic operators (算術演算子): + の文字列連結、整数除算と剰余、シフト演算子の詳細。
  • Integer overflow (整数オーバーフロー): 符号なし/符号付き整数のオーバーフロー挙動に関する詳細な説明。
  • Logical operators (論理演算子): 条件付き評価に関する記述。
  • Address operators (アドレス演算子): このセクションは「TODO」とマークされ、内容が整理されていないことが示されています。
  • Communication operators (通信演算子): チャネルの送受信操作、非ブロッキング送受信の導入。
  • Constant expressions (定数式): 定数式の型決定に関する記述。
  • Length and capacity (lenとcap): lencap の引数と結果の表の更新。
  • Conversions (変換): 整数から文字列、uint8 配列から文字列への変換規則の追加。
  • Differences between this doc and implementation - TODO: 仕様と実装の差異をリストアップするセクションの追加。

これらの変更は、Go言語の仕様書をより正確で、網羅的で、理解しやすいものにするための重要なステップでした。

コアとなるコードの解説

このコミットはGo言語の仕様書 (doc/go_spec.html) のみを変更しており、Go言語のランタイムやコンパイラの「コード」自体には変更がありません。したがって、解説すべき「コアとなるコード」は存在しません。

しかし、変更されたHTMLドキュメントの内容は、Go言語の「コアとなる概念」を定義するものであり、その意味で非常に重要です。このコミットによって、Go言語の以下の重要な側面がより詳細に、かつ厳密に定義されました。

  1. Goの型システム: 特にメソッドの型がどのように解釈されるか、そして複合リテラルがどのように構築されるかについての記述が洗練されました。これにより、Goの型がどのように機能し、どのように値が生成されるかについての理解が深まります。

  2. 式の評価セマンティクス: 演算子の優先順位、結合規則、そして特にマップのインデックス操作や型アサーションにおける多値返却の導入は、Goの式がどのように評価され、どのような結果を返すかについての厳密なルールを確立しました。これにより、開発者は式の振る舞いを正確に予測できるようになります。

  3. 並行処理の基礎: チャネルの送受信操作に関する詳細な記述、特に非ブロッキング操作の導入は、Goの並行処理モデルの核心部分を明確にしました。これは、ゴルーチン間の安全な通信を設計する上で不可欠な情報です。

  4. 言語の堅牢性: 整数オーバーフローの挙動に関する明確な定義は、Goが数値計算においてどのように振る舞うかについての曖昧さを排除し、より堅牢なプログラムの作成を可能にします。コンパイラがオーバーフローを仮定して最適化を行わないという記述は、Goの設計哲学である「予測可能性」を反映しています。

  5. 可変引数関数の導入: ... パラメータの導入と詳細な説明は、Goが可変個の引数を受け取る関数をどのようにサポートするかを定義しました。これは、fmt.Printf のような柔軟な関数を可能にする重要な機能です。

これらの仕様の明確化は、Go言語のコンパイラやツールチェインの実装者にとっての指針となり、またGo言語のユーザーが言語の振る舞いを深く理解するための基礎となります。このコミットは、Go言語がまだ初期段階にあったにもかかわらず、その設計がどれほど詳細に検討され、厳密に文書化されていたかを示す好例と言えます。

関連リンク

参考にした情報源リンク

  • Go言語仕様 (現在のバージョン): このコミットが変更した doc/go_spec.html は、現在のGo言語仕様の基礎となっています。現在の仕様を参照することで、このコミットで導入された概念がどのように発展し、現在の言語に組み込まれているかを理解できます。
  • Go言語の初期のコミット履歴: GitHub上のGoリポジトリのコミット履歴を遡ることで、このコミット前後のGo言語の進化を追うことができます。
  • Go言語のブログ: Go言語の設計思想や機能に関する公式ブログ記事は、当時の開発者の意図を理解する上で役立ちます。
  • Rob Pikeの著作や講演: コミットの著者であるRob Pikeは、Go言語の主要な設計者の一人であり、彼の著作や講演はGo言語の設計哲学を理解する上で貴重な情報源となります。
  • プログラミング言語の設計に関する一般的な書籍や資料: 型システム、式、演算子、並行処理といった概念は、プログラミング言語設計の一般的なトピックであり、これらの分野に関する知識は、Go言語の特定の設計選択をより深く理解するのに役立ちます。