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[インデックス 17284] ファイルの概要

このコミットは、Goコンパイラ(cmd/gc)におけるエラーメッセージから「ideal」という用語の言及を削除し、より正確な「untyped number」または「untyped」に置き換えることを目的としています。これにより、コンパイル時の型不一致エラーメッセージが、Go言語の「型なし定数(untyped constants)」の概念をより正確に反映するように改善されます。

コミット

commit 703b897f781a399c528a3fe1556762f2d9db3417
Author: Rob Pike <r@golang.org>
Date:   Fri Aug 16 12:40:02 2013 +1000

    cmd/gc: remove mentions of "ideal" from error messages.
            _ = complex("foo", 0)
            _ = complex(true, 0)
    now trigger:
            x.go:4: invalid operation: complex("foo", 0) (mismatched types untyped string and untyped number)
            x.go:5: invalid operation: complex(true, 0) (mismatched types untyped bool and untyped number)
    
    Fixes #4521
    
    R=golang-dev, remyoudompheng, rsc
    CC=golang-dev
    https://golang.org/cl/12973043

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/703b897f781a399c528a3fe1556762f2d9db3417

元コミット内容

このコミットは、Goコンパイラ(cmd/gc)が生成するエラーメッセージから「ideal」という単語の言及を削除することを目的としています。具体的には、complex組み込み関数に不正な型の引数を渡した場合のコンパイルエラーメッセージが例として挙げられています。

変更前は、例えば _ = complex("foo", 0)_ = complex(true, 0) のようなコードは、おそらく「ideal」という用語を含むエラーメッセージを生成していました。このコミットにより、これらのエラーメッセージは以下のように変更されます。

  • x.go:4: invalid operation: complex("foo", 0) (mismatched types untyped string and untyped number)
  • x.go:5: invalid operation: complex(true, 0) (mismatched types untyped bool and untyped number)

これにより、エラーメッセージがより明確になり、Go言語の型システムにおける「型なし定数(untyped constants)」の概念を正確に反映するようになります。この変更は、Issue #4521 を修正するものです。

変更の背景

この変更の背景には、Go言語の型システムにおける「型なし定数(untyped constants)」の概念と、それに関連するコンパイラのエラーメッセージの明確化があります。

Go言語では、数値リテラル(例: 10, 3.14)、文字列リテラル(例: "hello")、真偽値リテラル(例: true)などは、デフォルトでは特定のGoの型を持たない「型なし定数」として扱われます。これらの定数は、特定の型が要求される文脈(例えば、変数への代入や型付きの演算)で使用されるまで、その「理想的な型(ideal type)」または「デフォルトの型」を持ちます。この「理想的な型」は、コンパイラが暗黙的な型変換を行う際に使用する内部的な概念です。

しかし、コンパイラが生成するエラーメッセージにおいて「ideal」という用語を使用することは、Go言語の仕様を正確に理解していない開発者にとっては混乱を招く可能性がありました。特に、型なし定数が特定の型に変換される際に型不一致が発生した場合、エラーメッセージが「ideal」という内部的な概念に言及していると、そのエラーの原因を特定しにくくなることが考えられます。

Issue #4521 は、まさにこの問題、つまりエラーメッセージにおける「ideal」という用語の不明瞭さを指摘していたと考えられます。このコミットは、エラーメッセージをよりユーザーフレンドリーで、Go言語の公式な用語である「untyped number」や「untyped string」などに合わせることで、開発者がエラーの原因をより迅速に理解できるようにすることを目的としています。これにより、コンパイラのエラーメッセージの品質が向上し、Go言語の学習曲線が緩やかになることが期待されます。

前提知識の解説

このコミットを理解するためには、Go言語における「型なし定数(Untyped Constants)」と「理想的な型(Ideal Type)」の概念を深く理解する必要があります。

型なし定数 (Untyped Constants)

Go言語の定数は、他の多くの静的型付け言語とは異なり、デフォルトでは特定のGoの型を持ちません。これらは「型なし定数」と呼ばれます。型なし定数は、以下のいずれかの形式で表現されます。

  • リテラル: 数値リテラル(例: 10, 3.14, 1e6)、文字列リテラル(例: "hello")、真偽値リテラル(例: true, false)、runeリテラル(例: 'a')。
  • iota: 連続する定数を定義するためのGoのキーワード。
  • 定数式: 他の型なし定数のみで構成される式(例: 10 + 20, 3.14 * 2)。

型なし定数の最大の特徴は、その柔軟性です。これらは、特定の型が要求される文脈で使用されるまで、型に縛られません。例えば、const x = 10 と定義された x は、int型、int32型、int64型など、任意の整数型に適合することができます。

理想的な型 (Ideal Type) または デフォルトの型 (Default Type)

型なし定数は、Goの特定の型を持たないものの、コンパイラは内部的にその「理想的な型」または「デフォルトの型」という概念を持っています。これは、型なし定数が型付きの値として使用される際に、暗黙的にどのGoの型に変換されるべきかを決定するためのものです。

各型なし定数の種類には、対応するデフォルトの型があります。

  • 整数定数: int
  • 浮動小数点定数: float64
  • rune定数: rune (これは int32 のエイリアスです)
  • 複素数定数: complex128
  • 真偽値定数: bool
  • 文字列定数: string

この「理想的な型」の概念により、Goは型なし定数を異なる数値型間で柔軟に利用することを可能にしています。例えば、var i int = 10var f float64 = 10 のように、同じ数値リテラル 10 を異なる型の変数に代入できます。コンパイラは、代入先の型に基づいて、型なし定数 10 を適切な型に暗黙的に変換します。

任意精度 (Arbitrary Precision)

Goの数値型なし定数は、コンパイル時に任意精度で計算されます。これは、定数式の中間結果が、最終的に型付きの変数に代入されるまで、精度を失わないことを意味します。精度が失われるのは、定数が最終的に特定のGoの型に変換されるときだけです。もし、定数の値が代入先の型で表現できない場合、コンパイラはエラーを報告します。

エラーメッセージの重要性

コンパイラのエラーメッセージは、開発者がコードの問題を理解し、修正するために不可欠な情報源です。Go言語の設計哲学の一つに「明確さ」があります。エラーメッセージがGo言語の概念と一致し、開発者にとって直感的であることは、言語の使いやすさに直結します。

このコミットは、コンパイラが内部的に使用する「ideal」という用語が、外部に公開されるエラーメッセージにおいては、より正確で理解しやすい「untyped number」などの用語に置き換えられるべきであるという認識に基づいています。これにより、Goの型システムに関する知識が浅い開発者でも、エラーメッセージから問題の本質を把握しやすくなります。

技術的詳細

このコミットは、Goコンパイラのソースコード内の3つのファイル、src/cmd/gc/const.csrc/cmd/gc/fmt.csrc/cmd/gc/typecheck.c に変更を加えています。これらのファイルは、Goコンパイラの型チェック、定数処理、およびフォーマット(エラーメッセージの生成を含む)の各段階に関与しています。

変更の核心は、コンパイラの内部表現やエラーメッセージにおいて「ideal」という用語を「untyped number」または単に「untyped」に置き換えることです。

  1. src/cmd/gc/const.c:

    • このファイルは、Goコンパイラにおける定数処理に関連するコードを含んでいます。
    • 変更箇所は idealkind 関数に関するコメントです。
    • 元のコメント // but for an arbitrary "ideal" expression.// but for an arbitrary "ideal" (untyped constant) expression. に変更されています。
    • これは、コードのコメントにおいて「ideal」という用語が「untyped constant」と同義であることを明示し、将来の読者やメンテナが混乱しないようにするためのものです。これは直接エラーメッセージに影響を与えるものではありませんが、コンパイラ内部の用語の整合性を高めます。
  2. src/cmd/gc/fmt.c:

    • このファイルは、Goコンパイラが型やその他の情報を文字列としてフォーマットする際に使用する関数を含んでいます。これは、エラーメッセージの生成にも直接関わります。
    • basicnames 配列の TIDEAL エントリが "ideal" から "untyped number" に変更されています。
      • [TIDEAL] = "ideal", から [TIDEAL] = "untyped number", へ。
      • TIDEAL は、Goコンパイラが型なし数値定数を内部的に表現するために使用する型コードです。この変更により、TIDEAL 型が文字列として表現される際に、より正確な「untyped number」という用語が使用されるようになります。
    • typefmt 関数内の条件分岐で、fmtmode == FErr(エラーフォーマットモード)かつ t == idealbool || t == idealstring(型なし真偽値または型なし文字列)の場合に、fmtstrcpy(fp, "ideal ");fmtstrcpy(fp, "untyped "); に変更されています。
      • これは、型なし真偽値や型なし文字列に関連するエラーメッセージにおいて、「ideal」という接頭辞が「untyped」に置き換えられることを意味します。
  3. src/cmd/gc/typecheck.c:

    • このファイルは、Goコンパイラの型チェックロジックの大部分を含んでいます。
    • _typekind 配列の TIDEAL エントリが "ideal number" から "untyped number" に変更されています。
      • [TIDEAL] = "ideal number", から [TIDEAL] = "untyped number", へ。
      • _typekind 配列は、Goコンパイラが内部的な型コードを人間が読める文字列に変換するために使用されます。この変更により、型チェック中に型なし数値定数に関連するエラーが発生した場合に、エラーメッセージで「ideal number」ではなく「untyped number」という用語が使用されるようになります。

これらの変更は、コンパイラの内部的な型表現と、それがエラーメッセージとして外部に表示される際の用語の整合性を高めるものです。特に、fmt.ctypecheck.c の変更は、ユーザーが目にするエラーメッセージに直接影響を与え、Go言語の型なし定数の概念をより正確に反映させることで、エラーの理解を助けます。

コアとなるコードの変更箇所

diff --git a/src/cmd/gc/const.c b/src/cmd/gc/const.c
index e9d99df18b..cfb1f0adef 100644
--- a/src/cmd/gc/const.c
+++ b/src/cmd/gc/const.c
@@ -1056,7 +1056,7 @@ nodcplxlit(Val r, Val i)
 }
 
 // idealkind returns a constant kind like consttype
-// but for an arbitrary "ideal" expression.
+// but for an arbitrary "ideal" (untyped constant) expression.
 static int
 idealkind(Node *n)
 {
diff --git a/src/cmd/gc/fmt.c b/src/cmd/gc/fmt.c
index ded78628e4..8673b39ce6 100644
--- a/src/cmd/gc/fmt.c
+++ b/src/cmd/gc/fmt.c
@@ -577,7 +577,7 @@ basicnames[] =
 	[TANY]		= "any",
 	[TSTRING]	= "string",
 	[TNIL]		= "nil",
-	[TIDEAL]	= "ideal",
+	[TIDEAL]	= "untyped number",
 	[TBLANK]	= "blank",
 };
 
@@ -619,7 +619,7 @@ typefmt(Fmt *fp, Type *t)
 
 	if(t->etype < nelem(basicnames) && basicnames[t->etype] != nil) {
 		if(fmtmode == FErr && (t == idealbool || t == idealstring))
-			fmtstrcpy(fp, "ideal ");
+			fmtstrcpy(fp, "untyped ");
 		return fmtstrcpy(fp, basicnames[t->etype]);
 	}
 
diff --git a/src/cmd/gc/typecheck.c b/src/cmd/gc/typecheck.c
index f232efdaf8..9b5a784eb1 100644
--- a/src/cmd/gc/typecheck.c
+++ b/src/cmd/gc/typecheck.c
@@ -90,7 +90,7 @@ static char* _typekind[] = {
 	[TARRAY]	= "array",
 	[TFUNC]		= "func",
 	[TNIL]		= "nil",
-	[TIDEAL]	= "ideal number",
+	[TIDEAL]	= "untyped number",
 };
 
 static char*

コアとなるコードの解説

src/cmd/gc/const.c の変更

  • 変更前: // but for an arbitrary "ideal" expression.
  • 変更後: // but for an arbitrary "ideal" (untyped constant) expression.

この変更は、idealkind 関数に関するコメントの修正です。idealkind 関数は、Goコンパイラが内部的に定数の種類を識別するために使用されます。元のコメントでは「ideal expression」という用語が使われていましたが、この修正により、それが具体的に「untyped constant expression」を指すことが明示されました。これは、コンパイラの内部コードの可読性と正確性を向上させるためのもので、直接エラーメッセージのテキストを変更するものではありませんが、コンパイラ開発者にとっての用語の明確化に貢献します。

src/cmd/gc/fmt.c の変更

  1. basicnames 配列の変更:

    • 変更前: [TIDEAL] = "ideal",
    • 変更後: [TIDEAL] = "untyped number",

    basicnames 配列は、Goコンパイラが内部的な型コード(TIDEALなど)を、人間が読める文字列にマッピングするために使用されます。TIDEAL は、Goコンパイラが型なし数値定数を表現するために使用する内部的な型です。この変更により、TIDEAL 型が文字列として表示される際に、「ideal」ではなく「untyped number」というより正確な用語が使用されるようになります。これは、型不一致エラーメッセージなどで、型なし数値定数に関する情報が表示される場合に影響します。

  2. typefmt 関数内の条件分岐の変更:

    • 変更前: if(fmtmode == FErr && (t == idealbool || t == idealstring)) fmtstrcpy(fp, "ideal ");
    • 変更後: if(fmtmode == FErr && (t == idealbool || t == idealstring)) fmtstrcpy(fp, "untyped ");

    typefmt 関数は、Goコンパイラが型情報をフォーマットする際に使用されます。この特定のコードブロックは、エラーフォーマットモード(FErr)で、かつ対象の型が型なし真偽値(idealbool)または型なし文字列(idealstring)である場合に適用されます。この変更により、これらの型なし定数に関連するエラーメッセージにおいて、「ideal 」という接頭辞が「untyped 」に置き換えられます。これにより、例えば complex(true, 0) のようなケースで、エラーメッセージが「mismatched types untyped bool and untyped number」のように、より明確になります。

src/cmd/gc/typecheck.c の変更

  • _typekind 配列の変更:

    • 変更前: [TIDEAL] = "ideal number",
    • 変更後: [TIDEAL] = "untyped number",

    _typekind 配列もまた、Goコンパイラが内部的な型コードを文字列に変換するために使用されます。TIDEAL はここでも型なし数値定数を指します。この変更により、型チェックの過程で型なし数値定数に関連するエラーが発生した場合に、エラーメッセージで「ideal number」ではなく「untyped number」という用語が使用されるようになります。これは、fmt.c の変更と連携して、エラーメッセージの統一性と正確性を高めます。

これらの変更は全体として、Goコンパイラが生成するエラーメッセージの品質を向上させ、Go言語の「型なし定数」という概念をより正確かつ直感的に反映させることを目的としています。これにより、開発者はコンパイルエラーの原因をより迅速に理解し、修正できるようになります。

関連リンク

参考にした情報源リンク