[インデックス 17288] ファイルの概要
このコミットは、Go言語のEmacsメジャーモードである misc/emacs/go-mode.el
に関連する変更です。go-mode.el
は、EmacsエディタでGo言語のコードを編集する際に、シンタックスハイライト、インデント、コード補完、ドキュメント参照などの機能を提供するLispファイルです。
コミット
このコミット c320cf85d97b3c5a57c120bd7d75a4259c7e24eb
は、misc/emacs/go-mode.el
ファイルにおいて、いくつかの変数を明示的に定義することで「自由変数 (free variables)」の使用を避けることを目的としています。具体的には、go--coverage-origin-buffer
と go--coverage-current-file-name
という変数が defvar
を用いて宣言されています。これにより、これらの変数が意図せずグローバルスコープに漏れたり、他のEmacs Lispコードとの衝突を引き起こしたりする可能性が低減されます。
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/c320cf85d97b3c5a57c120bd7d75a4259c7e24eb
元コミット内容
commit c320cf85d97b3c5a57c120bd7d75a4259c7e24eb
Author: Dominik Honnef <dominik.honnef@gmail.com>
Date: Fri Aug 16 00:06:19 2013 -0400
misc/emacs: do not use any free variables
R=adonovan
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/12744046
変更の背景
Emacs Lispでは、変数のスコープはデフォルトで動的スコープ (dynamic scope) です。これは、変数の値がその変数が定義された場所ではなく、関数が呼び出された場所のコンテキストによって決定されることを意味します。しかし、Emacs Lispにはレキシカルスコープ (lexical scope) の概念も存在し、lexical-binding
が t
に設定されているファイルではレキシカルスコープが適用されます。
「自由変数 (free variables)」とは、特定のスコープ内で使用されているにもかかわらず、そのスコープ内で明示的に定義されていない変数のことを指します。Emacs Lispにおいて、defvar
や let
などで明示的に宣言されていない変数を参照すると、Emacsはそれをグローバル変数として扱おうとします。これは、意図しない副作用や、他のパッケージとの変数名の衝突、デバッグの困難さにつながる可能性があります。
このコミットの背景には、go-mode.el
が使用する変数を明確に定義し、コードの堅牢性と保守性を向上させる目的があったと考えられます。特に、Goのコードカバレッジ機能に関連する変数が導入された際に、それらが適切に宣言されていなかったため、この修正が必要になったと推測されます。これにより、将来的なEmacs Lispのバージョンアップや、他のEmacsパッケージとの連携においても、予期せぬ問題が発生するリスクを低減できます。
前提知識の解説
Emacs Lispと変数のスコープ
Emacs LispはEmacsエディタの拡張言語であり、その動作のほとんどはLispで記述されています。Emacs Lispにおける変数のスコープは、理解しておくべき重要な概念です。
- 動的スコープ (Dynamic Scope): Emacs Lispのデフォルトのスコープ規則です。変数の値は、その変数が定義された場所ではなく、関数が呼び出された場所のコンテキスト(呼び出しスタック)に基づいて決定されます。これにより、関数が呼び出されるたびに異なる環境で変数の値が解決される可能性があります。
- レキシカルスコープ (Lexical Scope): 変数の値が、その変数がコード内で定義された場所(字句的な位置)に基づいて決定されるスコープ規則です。現代の多くのプログラミング言語(Go、Python、JavaScriptなど)で採用されている一般的なスコープ規則です。Emacs Lispでは、ファイルの先頭に
-*- lexical-binding: t -*-
のようなマジックコメントを記述することで、そのファイル全体でレキシカルスコープを有効にできます。
自由変数 (Free Variables)
Emacs Lispにおいて、defvar
、defconst
、let
、cl-letf
などで明示的に宣言されていない変数をコード内で使用すると、それは「自由変数」として扱われます。Emacsはこのような変数をグローバル変数として扱おうとしますが、これは以下の問題を引き起こす可能性があります。
- 意図しないグローバル変数の作成: 変数が明示的に宣言されていない場合、Emacsはそれをグローバル変数として扱います。これは、開発者が意図しないグローバル状態を作り出し、コードの予測可能性を低下させます。
- 名前の衝突: 他のEmacsパッケージやユーザーの初期化ファイルで同じ名前の変数が使用されている場合、意図しない名前の衝突が発生し、予期せぬ動作やエラーにつながる可能性があります。
- デバッグの困難さ: 変数の出所が不明確になるため、デバッグが困難になります。
defvar
defvar
はEmacs Lispでグローバル変数を宣言するための特殊フォームです。defvar
を使用して変数を宣言すると、その変数はEmacsセッション全体で利用可能になります。また、defvar
は変数のドキュメンテーション文字列と初期値を設定することもできます。
例:
(defvar my-global-variable 0
"This is a global variable.")
Goコードカバレッジ
Go言語には、テスト実行時にコードのどの部分が実行されたかを測定する「コードカバレッジ」機能が組み込まれています。これは、go test -cover
コマンドで利用できます。go-mode.el
は、このカバレッジ情報をEmacs上で視覚的に表示するための機能を提供しており、そのためにカバレッジに関連する情報を保持する変数が必要となります。
技術的詳細
このコミットの技術的な詳細は、Emacs Lispにおける変数の適切な宣言と、それによってもたらされるコードの堅牢性向上にあります。
go-mode.el
は、Go言語のコードをEmacsで扱うための複雑な機能を提供しています。その中には、Goのテストツールが生成するコードカバレッジ情報をEmacsバッファにオーバーレイとして表示する機能も含まれています。この機能を実現するためには、カバレッジの元となるバッファや、現在処理しているファイル名などの情報を一時的に保持する必要があります。
コミット前のコードでは、これらの情報が let
フォーム内で一時的にバインドされるか、あるいは暗黙的にグローバル変数として扱われる可能性がありました。特に、go--coverage-origin-buffer
や go--coverage-current-file-name
のような変数は、カバレッジ表示機能の内部で利用されるものであり、そのスコープを明確にすることが重要です。
defvar
を用いてこれらの変数を明示的に宣言することで、以下の利点が得られます。
- 明確な意図: これらの変数が
go-mode.el
の一部としてグローバルに(またはパッケージ内で)使用されることが明確になります。 - 名前の衝突の回避:
defvar
で宣言された変数は、Emacsの変数定義システムに登録されるため、他のパッケージが同じ名前の変数を誤って定義するリスクが低減されます。 - ドキュメンテーション:
defvar
はドキュメンテーション文字列をサポートするため、変数の目的を明確に記述できます(このコミットではドキュメンテーション文字列は追加されていませんが、追加する余地があります)。 - デバッグの容易さ: 変数がどこで定義されているかが明確になるため、デバッグ時にその変数の挙動を追跡しやすくなります。
この変更は、Emacs Lispのベストプラクティスに従い、コードの品質と保守性を向上させるためのものです。特に、大規模なEmacs Lispパッケージにおいては、変数の適切な管理が不可欠です。
コアとなるコードの変更箇所
diff --git a/misc/emacs/go-mode.el b/misc/emacs/go-mode.el
index a896b143d8..341c03614e 100644
--- a/misc/emacs/go-mode.el
+++ b/misc/emacs/go-mode.el
@@ -129,6 +129,8 @@
(defvar go-dangling-cache)
(defvar go-godoc-history nil)
+(defvar go--coverage-origin-buffer)
+(defvar go--coverage-current-file-name)
(defgroup go nil
"Major mode for editing Go code"
@@ -1020,8 +1022,7 @@ to scale it to a range [0,10].
DIVISOR scales the absolute cover count to values from 0 to 10.
For DIVISOR = 0 the count will always translate to 8.\"\n- (let* ((count (go--covered-count range))\n- (norm (cond\n+ (let* ((norm (cond\n ((= count 0)\n -0.1) ;; Uncovered code, set to -0.1 so n becomes 0.\n ((= divisor 0)\n```
## コアとなるコードの解説
変更は主に `misc/emacs/go-mode.el` ファイルの冒頭部分、変数の定義セクションで行われています。
1. **`go--coverage-origin-buffer` の追加**:
```elisp
(defvar go--coverage-origin-buffer)
```
この行は、`go--coverage-origin-buffer` という名前の変数を `defvar` を用いて宣言しています。この変数は、Goコードカバレッジの表示機能において、カバレッジ情報が適用される元のバッファ(ファイル)を保持するために使用されると推測されます。明示的に宣言することで、この変数が自由変数として扱われることを防ぎ、そのスコープと目的を明確にしています。初期値は指定されていませんが、これは後でコード内で設定されることを意味します。
2. **`go--coverage-current-file-name` の追加**:
```elisp
(defvar go--coverage-current-file-name)
```
同様に、この行は `go--coverage-current-file-name` という名前の変数を宣言しています。この変数は、カバレッジ処理中に現在対象となっているファイル名を保持するために使用されると考えられます。これもまた、自由変数の使用を避け、コードの堅牢性を高めるための措置です。
3. **`let*` フォームの変更**:
```diff
- (let* ((count (go--covered-count range))\n- (norm (cond\n + (let* ((norm (cond\n ```
この変更は、`go-mode.el` 内の `go-coverage-scale-count` 関数(またはそれに類似する関数)の一部です。元のコードでは、`let*` フォーム内で `count` という変数を定義し、その値を使って `norm` を計算していました。変更後では、`count` 変数の定義が削除され、`go--covered-count` の結果が直接 `norm` の計算に利用されるようになっています。
この変更は、おそらく `count` 変数が `let*` の内部でのみ使用され、かつその値がすぐに `norm` の計算に渡されるため、中間変数として明示的に定義する必要がないと判断されたためでしょう。これにより、コードがわずかに簡潔になり、不要な変数定義が削減されます。これは、自由変数の問題とは直接関係ありませんが、コードのクリーンアップの一環として行われた可能性があります。
これらの変更により、`go-mode.el` はEmacs Lispのベストプラクティスに沿った、より堅牢で保守性の高いコードベースになっています。
## 関連リンク
* [Go CL 12744046: misc/emacs: do not use any free variables](https://golang.org/cl/12744046)
## 参考にした情報源リンク
* [GNU Emacs Lisp Reference Manual: Variables](https://www.gnu.org/software/emacs/manual/html_node/elisp/Variables.html)
* [GNU Emacs Lisp Reference Manual: Scoping Rules](https://www.gnu.org/software/emacs/manual/html_node/elisp/Scoping-Rules.html)
* [Go Command Documentation: go test](https://pkg.go.dev/cmd/go#hdr-Test_packages) (Goコードカバレッジに関する一般的な情報)
* [EmacsWiki: LexicalBinding](https://www.emacswiki.org/emacs/LexicalBinding)
* [EmacsWiki: DynamicBinding](https://www.emacswiki.org/emacs/DynamicBinding)
* [EmacsWiki: FreeVariables](https://www.emacswiki.org/emacs/FreeVariables)
* [EmacsWiki: Defvar](https://www.emacswiki.org/emacs/Defvar)
* [EmacsWiki: GoMode](https://www.emacswiki.org/emacs/GoMode) (go-mode.elに関する一般的な情報)