[インデックス 1767] ファイルの概要
このコミットは、Go言語の初期の標準ライブラリの一部である src/lib/container/intvector.go
ファイルに対する変更です。このファイルは、int
型に特化した動的配列(ベクター)の実装を提供していました。Go言語には組み込みの動的配列型であるスライスがありますが、この container/intvector
は、よりオブジェクト指向的なインターフェースを提供し、container/vector
パッケージの汎用ベクターを int
型に特化させたラッパーとして機能していました。
コミット
このコミットは、src/lib/container/intvector.go
ファイル内の IntVector
型とそのメソッドに、Goのドキュメンテーションツール godoc
で利用されるコメントを追加するものです。これにより、IntVector
の各メソッドの機能と使い方を明確にし、ライブラリの可読性と使いやすさを向上させています。
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/37656ad56854705f2a39e77ec3217a375a9f5144
元コミット内容
document container/intvector
R=rsc
DELTA=15 (15 added, 0 deleted, 0 changed)
OCL=25794
CL=25812
---
src/lib/container/intvector.go | 15 +++++++++++++++
1 file changed, 15 insertions(+)
変更の背景
Go言語の初期段階では、標準ライブラリの整備が活発に行われていました。コードが書かれるだけでなく、そのコードがどのように機能し、どのように使用されるべきかを明確にすることは、ライブラリの採用と保守にとって不可欠です。このコミットは、container/intvector
パッケージのドキュメンテーションを改善し、開発者がこのデータ構造をより容易に理解し、利用できるようにすることを目的としています。特に、godoc
ツールがGo言語のドキュメンテーションの標準として確立されつつあった時期であり、適切なコメントを追加することは、Goエコシステムにおける良いプラクティスとされていました。
前提知識の解説
Go言語のドキュメンテーション(godoc)
Go言語では、コードのコメントがそのままドキュメンテーションとして機能する godoc
というツールが提供されています。関数、型、変数などの宣言の直前に書かれたコメントは、その要素のドキュメンテーションとして認識されます。特に、エクスポートされた(大文字で始まる)要素に対するコメントは、外部から参照可能なAPIドキュメントとして生成されます。このコミットで追加されたコメントは、まさにこの godoc
の規約に従っています。
container
パッケージと汎用データ構造の初期の試み
Go言語は、当初からジェネリクス(総称型)を直接サポートしていませんでした。しかし、様々な型のデータを扱う汎用的なデータ構造の必要性は認識されており、container
パッケージはその初期の試みの一つでした。container/vector
は、interface{}
型(Goにおける任意の型を表す)を要素として持つ汎用的なベクターを提供していました。
interface{}
と型アサーション .(type)
Go言語の interface{}
は、あらゆる型の値を保持できる特殊なインターフェース型です。container/vector
はこの interface{}
を利用して汎用性を実現していました。しかし、interface{}
型の値を具体的な型として利用するには、型アサーション(Type Assertion)を行う必要があります。例えば、p.Vector.At(i).(int)
は、p.Vector.At(i)
が返す interface{}
型の値を int
型として解釈しようとします。この操作は、実行時に型が一致しない場合にパニック(ランタイムエラー)を引き起こす可能性があります。IntVector
は、この型アサーションを内部に隠蔽することで、int
型のベクターとしてより安全で使いやすいインターフェースを提供していました。
動的配列(ベクター)の基本操作
動的配列は、要素の追加や削除によってサイズが動的に変化する配列です。一般的な操作には以下のようなものがあります。
- 初期化 (Init/New): ベクターを初期サイズで作成します。
- 要素へのアクセス (At): 特定のインデックスの要素を取得します。
- 要素の設定 (Set): 特定のインデックスの要素を新しい値に設定します。
- 要素の追加 (Push/Insert): ベクターの末尾や特定のインデックスに要素を追加します。
- 要素の削除 (Pop/Delete): ベクターの末尾や特定のインデックスから要素を削除します。
- 最後の要素 (Last): ベクターの最後の要素を取得します。
技術的詳細
このコミットは、src/lib/container/intvector.go
ファイル内の IntVector
型の各メソッドに対して、godoc
形式のコメントを追加しています。これらのコメントは、各メソッドの目的、引数、戻り値、および特定の動作について簡潔かつ明確に説明しています。
具体的には、以下のメソッドにコメントが追加されました。
IntVector
型:Vector
の特殊化であり、int
型の要素を扱うことを明記。Init(len int) *IntVector
: 新しい、またはサイズ変更されたベクターを初期化する。初期長が0以下の場合のデフォルト長、および現在の長さより短い場合の末尾要素のクリアについて説明。NewIntVector(len int) *IntVector
: 指定された長さ以上の新しいIntVector
を初期化して返すコンストラクタ関数。At(i int) int
: ベクターのi
番目の要素を返す。Set(i int, x int)
: ベクターのi
番目の要素をx
に設定する。Last() int
: ベクターの最も高いインデックスの要素を返す。Insert(i int, x int)
:i
番目の要素の前にx
を挿入する。Delete(i int) int
: ベクターのi
番目の要素を削除し、ギャップを詰める。削除された要素を返す。Push(x int)
: ベクターの末尾にx
を追加する。Pop() int
: ベクターの最後の要素を削除して返す。Less(i, j int) bool
:SortInterface
のサポートとして、i
番目の要素がj
番目の要素より小さいかどうかを返す。これは、IntVector
がソート可能であることを示唆しています。
これらのコメントは、IntVector
が container/vector.Vector
のラッパーであり、内部で interface{}
から int
への型アサーションを行っていることを示唆しています。ユーザーは IntVector
を使うことで、int
型のベクターとして直接操作でき、型アサーションの詳細を意識する必要がなくなります。
コアとなるコードの変更箇所
変更は src/lib/container/intvector.go
ファイルのみです。具体的には、以下の行にコメントが追加されました。
--- a/src/lib/container/intvector.go
+++ b/src/lib/container/intvector.go
@@ -6,59 +6,74 @@ package vector
import "vector"
+// IntVector is a specialization of Vector that hides the wrapping of Elements around ints.
type IntVector struct {
// TODO do not export field
vector.Vector;
}
+// Init initializes a new or resized vector. The initial length may be <= 0 to
+// request a default length. If initial_len is shorter than the current
+// length of the IntVector, trailing elements of the IntVector will be cleared.
func (p *IntVector) Init(len int) *IntVector {
p.Vector.Init(len);
return p;
}
+// NewIntVector returns an initialized new IntVector with length at least len.
func NewIntVector(len int) *IntVector {
return new(IntVector).Init(len)
}
+// At returns the i'th element of the vector.
func (p *IntVector) At(i int) int {
return p.Vector.At(i).(int)
}
+// Set sets the i'th element of the vector to value x.
func (p *IntVector) Set(i int, x int) {
p.Vector.Set(i, x)
}
+// Last returns the element in the vector of highest index.
func (p *IntVector) Last() int {
return p.Vector.Last().(int)
}
+// Insert inserts into the vector an element of value x before
+// the current element at index i.
func (p *IntVector) Insert(i int, x int) {
p.Vector.Insert(i, x)
}
+// Delete deletes the i'th element of the vector. The gap is closed so the old
+// element at index i+1 has index i afterwards.
func (p *IntVector) Delete(i int) int {
return p.Vector.Delete(i).(int)
}
+// Push appends x to the end of the vector.
func (p *IntVector) Push(x int) {
p.Vector.Push(x)
}
+// Pop deletes and returns the last element of the vector.
func (p *IntVector) Pop() int {
return p.Vector.Pop().(int)
}
// SortInterface support
+// Less returns a boolean denoting whether the i'th element is less than the j'th element.
func (p *IntVector) Less(i, j int) bool {
return p.At(i) < p.At(j)
}
コアとなるコードの解説
このコミットは、既存のGoコードにドキュメンテーションコメントを追加するものであり、コードのロジック自体を変更するものではありません。しかし、追加されたコメントは、IntVector
の各メソッドがどのように機能するかを明確に説明しています。
例えば、At
メソッドのコメント // At returns the i'th element of the vector.
は、このメソッドがベクターの指定されたインデックスの要素を返すことを簡潔に示しています。また、Delete
メソッドのコメント // Delete deletes the i'th element of the vector. The gap is closed so the old // element at index i+1 has index i afterwards.
は、要素が削除された後に配列のギャップがどのように閉じられるかという重要な実装の詳細を説明しています。
特に注目すべきは、At
, Set
, Last
, Insert
, Delete
, Push
, Pop
メソッドが、内部で p.Vector
の対応するメソッドを呼び出し、.(int)
型アサーションを行っている点です。これは、IntVector
が container/vector.Vector
の汎用的なインターフェースを int
型に特化させるためのラッパーであることを明確に示しています。ユーザーは IntVector
を使うことで、int
型の値を直接扱えるようになり、interface{}
と型アサーションの複雑さから解放されます。
Less
メソッドのコメントは、IntVector
が sort.Interface
(Goのソートインターフェース) の一部として機能し、int
型の比較に基づいてソート可能であることを示しています。
関連リンク
- Go言語の公式ドキュメンテーション: https://go.dev/doc/
godoc
の使い方に関する情報: https://go.dev/blog/godoc (Goブログのgodoc
に関する記事)- Go言語の
container
パッケージ (現在のバージョン): https://pkg.go.dev/container (注:container/intvector
は現在のGo標準ライブラリには含まれていませんが、container/list
やcontainer/ring
などは存在します。)
参考にした情報源リンク
- Go言語のソースコードリポジトリ: https://github.com/golang/go
- Go言語の初期のコミット履歴 (GitHub): https://github.com/golang/go/commits/master?after=37656ad56854705f2a39e77ec3217a375a9f5144+1
- Go言語の型アサーションに関するドキュメンテーション: https://go.dev/tour/methods/15 (Go Tourの型アサーションに関するセクション)
- Go言語の
sort.Interface
に関するドキュメンテーション: https://pkg.go.dev/sort#Interface