[インデックス 17701] ファイルの概要
このコミットは、Go 1.2のリリースノートドキュメント(doc/go1.2.html
)に、go/ast
パッケージのSliceExpr
構造体にSlice3
という新しいブーリアンフィールドが追加されたことに関する記述を追加するものです。この変更は、Go 1.2で導入された3インデックススライス式(a[low:high:max]
)を抽象構文木(AST)で正確に表現するために必要となりました。
コミット
doc/go1.2.html: add go/ast.SliceExpr.Slice3
R=golang-dev, adg
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/13877044
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/4be17b7a7e43067f451cc1001f43495bcf2f6f45
元コミット内容
doc/go1.2.html: add go/ast.SliceExpr.Slice3
R=golang-dev, adg
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/13877044
変更の背景
Go言語はバージョン1.2で、スライス式に新しい形式を導入しました。これまでのスライス式はa[low:high]
のように2つのインデックス(または省略された場合は1つ)を使用していましたが、Go 1.2からはa[low:high:max]
のように3つのインデックスを持つ「フルスライス式」がサポートされるようになりました。この3番目のインデックスmax
は、結果として得られるスライスの容量 (capacity) を制御するために使用されます。
GoコンパイラやGoツール(go vet
、go fmt
、IDEなど)は、Goのソースコードを解析する際に抽象構文木(AST)を生成します。このASTは、プログラムの構造を木構造で表現したもので、各ノードがコードの要素(式、文、宣言など)に対応します。スライス式もASTノードとして表現され、go/ast
パッケージのSliceExpr
構造体がその役割を担っています。
3インデックススライス式が導入されたことで、既存のSliceExpr
構造体では、そのスライス式が2インデックス形式なのか3インデックス形式なのかを区別する方法がありませんでした。この区別は、ASTを処理するツールにとって非常に重要です。例えば、静的解析ツールは、スライス式の形式に基づいて異なる検証ルールを適用する必要があるかもしれません。
このコミットは、Go 1.2のリリースノートに、このSliceExpr
構造体への変更(Slice3
フィールドの追加)を明記することで、Go 1.2の重要な変更点の一つとして開発者に周知することを目的としています。
前提知識の解説
Goのスライスと容量 (Capacity)
Goのスライスは、配列をラップした動的なデータ構造です。スライスは以下の3つの要素で構成されます。
- ポインタ: スライスが参照する基底配列の先頭要素へのポインタ。
- 長さ (Length): スライスに含まれる要素の数。
len()
関数で取得できます。 - 容量 (Capacity): スライスの基底配列が保持できる要素の最大数。
cap()
関数で取得できます。スライスを拡張する際に、この容量を超えると新しい基底配列が割り当てられます。
例:
arr := [5]int{1, 2, 3, 4, 5}
s := arr[1:3] // sは {2, 3}
// len(s) は 2 (要素は2つ)
// cap(s) は 4 (基底配列のarr[1]からarr[4]まで)
2インデックススライス式 (a[low:high]
)
これはGoの初期から存在する標準的なスライス式です。
a[low:high]
は、a
のlow
インデックスからhigh-1
インデックスまでの要素を含む新しいスライスを作成します。
low
が省略された場合、デフォルトは0です。high
が省略された場合、デフォルトはlen(a)
です。 新しいスライスの長さはhigh - low
、容量はcap(a) - low
となります。
3インデックススライス式 (a[low:high:max]
)
Go 1.2で導入された「フルスライス式」です。
a[low:high:max]
は、a
のlow
インデックスからhigh-1
インデックスまでの要素を含む新しいスライスを作成します。
しかし、この形式では新しいスライスの容量をmax - low
に明示的に制限することができます。
low
が省略された場合、デフォルトは0です。high
は省略できません。max
は省略できません。 この形式は、特に基底配列の一部だけを公開し、それ以上の要素へのアクセスを制限したい場合に有用です。
例:
arr := [5]int{1, 2, 3, 4, 5}
s := arr[1:3:4] // sは {2, 3}
// len(s) は 2 (要素は2つ)
// cap(s) は 3 (基底配列のarr[1]からarr[3]まで、max-low = 4-1 = 3)
go/ast
パッケージと抽象構文木 (AST)
go/ast
パッケージは、Goプログラムの抽象構文木(AST)を表現するためのデータ構造を提供します。Goのソースコードは、字句解析(トークン化)と構文解析(パース)を経て、このASTに変換されます。ASTは、コンパイラがコードを理解し、最適化し、機械語に変換するための基盤となります。また、go vet
、go fmt
、goimports
などのGoツールや、静的解析ツール、IDEなどもこのASTを利用してコードを分析・操作します。
go/ast
パッケージには、Go言語の様々な構文要素に対応する構造体が定義されています。例えば、関数宣言はFuncDecl
、変数宣言はGenDecl
、そしてスライス式はSliceExpr
という構造体で表現されます。
SliceExpr
構造体は、スライス式の各部分(スライスされる式、low
インデックス、high
インデックス、max
インデックス)をASTノードとして保持します。
技術的詳細
このコミットの核心は、go/ast
パッケージ内のSliceExpr
構造体への変更です。Go 1.2で3インデックススライス式が導入されたことに伴い、SliceExpr
構造体にはSlice3
という新しいブーリアンフィールドが追加されました。
変更前のSliceExpr
構造体(簡略化):
type SliceExpr struct {
X Expr // expression being sliced
Low Expr // low index (may be nil)
High Expr // high index (may be nil)
// ... その他のフィールド
}
変更後のSliceExpr
構造体(簡略化、Go 1.2以降):
type SliceExpr struct {
X Expr // expression being sliced
Low Expr // low index (may be nil)
High Expr // high index (may be nil)
Max Expr // max index (may be nil) // Go 1.2で追加
Slice3 bool // whether this is a 3-index slice (X[Low:High:Max]) // Go 1.2で追加
// ... その他のフィールド
}
Slice3
フィールドの役割は以下の通りです。
- 識別子:
Slice3
がtrue
の場合、そのSliceExpr
は3インデックススライス式(例:a[low:high:max]
)を表します。 - デフォルト:
Slice3
がfalse
の場合、そのSliceExpr
は通常の2インデックススライス式(例:a[low:high]
)を表します。
このフィールドの追加により、ASTを走査するツールは、スライス式がどの形式であるかを簡単に判別できるようになりました。これにより、3インデックススライス式に特有の処理(例えば、Max
フィールドの存在チェックや、容量に関する静的解析)を正確に行うことが可能になります。
この変更は、Go言語の構文解析器(パーサー)が3インデックススライス式を認識し、ASTを構築する際にSlice3
フィールドを適切に設定することを意味します。これにより、Goのツールエコシステム全体が新しいスライス式に対応できるようになります。
コアとなるコードの変更箇所
このコミット自体は、Goのソースコード(go/ast
パッケージ)を変更するものではなく、Go 1.2のリリースノートドキュメント(doc/go1.2.html
)に記述を追加するものです。
変更されたファイル: doc/go1.2.html
追加されたHTMLスニペット:
<li>
The <a href="/pkg/go/ast/"><code>go/ast</code></a> package's
<a href="/pkg/go/ast/#SliceExpr"><code>SliceExpr</code></a> struct
has a new boolean field, <code>Slice3</code>, which is set to true
when representing a slice expression with three indices (two colons).
The default is false, representing the usual two-index form.
</li>
このスニペットは、doc/go1.2.html
の既存のリスト項目(<li>
タグ)の中に挿入されています。
コアとなるコードの解説
追加されたHTMLスニペットは、Go 1.2のリリースノートの一部として、開発者に対してgo/ast
パッケージの重要な変更を伝えています。
具体的には、以下の情報を明確にしています。
- 対象パッケージと構造体:
go/ast
パッケージのSliceExpr
構造体が変更されたこと。 - 追加されたフィールド:
Slice3
という新しいブーリアンフィールドが追加されたこと。 - フィールドの役割:
Slice3
がtrue
の場合、それは3インデックススライス式(例:a[low:high:max]
、つまりコロンが2つある形式)を表す。Slice3
のデフォルト値はfalse
であり、これは通常の2インデックススライス式(例:a[low:high]
)を表す。
この記述は、Go 1.2で導入された3インデックススライス式が、言語の構文だけでなく、その内部表現(AST)にも影響を与えていることを示しています。これにより、go/ast
パッケージを利用してGoコードを解析・操作するツール開発者は、この新しいフィールドを考慮に入れる必要があり、それによって3インデックススライス式を正しく処理できるようになります。
関連リンク
- Go CL 13877044: https://golang.org/cl/13877044
参考にした情報源リンク
- Go 1.2 Release Notes: Slice expressions with three indices (https://golang.org/doc/go1.2#three_index_slices)
go/ast
package documentation:SliceExpr
(https://pkg.go.dev/go/ast#SliceExpr)- Understanding Go Slices: Length, Capacity, and Three-Index Slicing (https://golangprojectstructure.com/go-slices-length-capacity-three-index-slicing/)
- Go Slices: Usage and Internals (https://ardanlabs.com/blog/2013/09/go-slices-usage-and-internals.html)
- What is the purpose of the third index in a Go slice? (https://stackoverflow.com/questions/18000401/what-is-the-purpose-of-the-third-index-in-a-go-slice)
- Go Slices: The Good, The Bad, and The Ugly (https://build-your-own.org/blog/20200307-go-slices/)
- Go Slices: A Comprehensive Guide (https://boldlygo.tech/posts/2020/go-slices-a-comprehensive-guide/)