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[インデックス 17760] ファイルの概要

このコミットは、Go言語の公式仕様書である doc/go_spec.htmlunsafe.Pointer に関する記述を修正するものです。具体的には、unsafe.Pointer がポインタ型であること、しかし直接デリファレンスできないことを明確にするための変更が含まれています。

コミット

commit e121de2f016df84f635c6bfb8b32e3b781e9f51f
Author: Robert Griesemer <gri@golang.org>
Date:   Mon Oct 7 10:43:28 2013 -0700

    spec: unsafe.Pointers are pointers
    
    But they cannot be dereferenced.
    See also issue 6116.
    
    Fixes #6358.
    
    R=r, rsc, iant, ken
    CC=golang-dev
    https://golang.org/cl/14374046

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/e121de2f016df84f635c6bfb8b32e3b781e9f51f

元コミット内容

spec: unsafe.Pointers are pointers

But they cannot be dereferenced.
See also issue 6116.

Fixes #6358.

変更の背景

このコミットは、Go言語の unsafe パッケージに含まれる unsafe.Pointer 型の振る舞いに関する仕様を明確にするために行われました。特に、unsafe.Pointer がポインタ型であるにもかかわらず、通常のポインタのように直接デリファレンス(参照外し)できないという重要な制約を明記することが目的です。

コミットメッセージに記載されている issue 6116issue 6358 は、この unsafe.Pointer の使用に関する混乱や誤解があったことを示唆しています。unsafe.Pointer はGoの型安全性をバイパスする強力なツールであり、その性質上、誤用すると未定義の動作やメモリ破損を引き起こす可能性があります。そのため、その正確なセマンティクスを仕様書で明確に定義することが不可欠でした。

Web検索の結果、issue 6116 は直接的な関連情報が見つかりませんでしたが、issue 6358unsafe.Pointer の使用に関する問題、特にC構造体との連携における問題が報告されていたことが示唆されています(ただし、検索結果はGo 1.8での issue #19181 に関連する情報が多く、このコミット時点での issue 6358 の具体的な内容は特定できませんでした)。しかし、これらのIssueが存在したという事実自体が、unsafe.Pointer の仕様に関する明確化の必要性を示しています。

前提知識の解説

Go言語のポインタ

Go言語におけるポインタは、変数のメモリアドレスを指し示す変数です。通常のポインタ型(例: *int, *string)は、特定の型の値を指し、その型安全性が保証されています。ポインタをデリファレンス(*演算子を使用)することで、そのポインタが指すメモリ位置にある値にアクセスできます。

例:

var x int = 10
p := &x // p は x のメモリアドレスを指す
fmt.Println(*p) // *p は x の値 (10) を出力

unsafe パッケージと unsafe.Pointer

Go言語の unsafe パッケージは、Goの型システムをバイパスし、低レベルのメモリ操作を可能にするための機能を提供します。その名の通り「安全ではない」操作を可能にするため、非常に注意して使用する必要があります。

unsafe.Pointervoid* に似た汎用ポインタ型です。これは、任意の型のポインタと uintptr(符号なし整数型で、ポインタの整数表現)との間で相互に変換できる特殊なポインタです。

unsafe.Pointer の主な用途は以下の通りです。

  1. 型変換(Type Punning): ある型のデータを、メモリ上で別の型として解釈する。例えば、float64 のビット列を uint64 として読み取る場合など。
  2. 低レベルメモリ操作: 構造体のフィールドへのオフセット計算 (unsafe.Offsetof) や、ポインタ演算 (unsafe.Add - Go 1.17以降) を用いてメモリを直接操作する。
  3. C言語との相互運用: Cgo を使用してC言語のライブラリと連携する際に、void* のような汎用ポインタとしてGoのポインタを渡す場合。

unsafe.Pointer の「安全ではない」側面

unsafe.Pointer が「安全ではない」とされる理由は以下の通りです。

  • 型安全性のバイパス: Goの厳格な型チェックを無視するため、誤った型としてメモリを解釈すると、メモリ破損や未定義の動作を引き起こす可能性があります。
  • ガベージコレクションとの相互作用: unsafe.Pointeruintptr に変換すると、ガベージコレクタはそのメモリ位置を追跡できなくなります。これにより、ガベージコレクタがオブジェクトを移動または解放した後も uintptr が古いアドレスを指し続け、「use-after-free」のようなバグが発生する可能性があります。
  • 移植性の欠如: unsafe.Pointer を使用したコードは、Goのバージョン、アーキテクチャ、OSによってメモリレイアウトやガベージコレクションの動作が異なるため、移植性が低くなる可能性があります。

デリファレンス(Dereference)

デリファレンスとは、ポインタが指すメモリアドレスに格納されている値を取り出す操作のことです。Goでは、ポインタ変数の前にアスタリスク(*)を付けることで行います。

例: *p はポインタ p が指す値。

技術的詳細

このコミットの技術的な核心は、Go言語の仕様書において unsafe.Pointer の振る舞いをより厳密に定義した点にあります。

変更前は、unsafe.Pointer がポインタ型であること、そして uintptr との相互変換が可能であることのみが記述されていました。しかし、これが unsafe.Pointer を通常のポインタと同様に直接デリファレンスできると誤解される余地がありました。

このコミットによって追加された記述は、以下の2つの重要な点を明確にしています。

  1. Pointer はポインタ型である: A Pointer is a pointer type これは、unsafe.Pointer がGoの型システムにおいてポインタの一種として扱われることを再確認しています。これにより、ポインタとしての基本的な特性(メモリアドレスを保持する能力など)は持っていることが示されます。

  2. Pointer の値はデリファレンスできない: but a Pointer value may not be dereferenced. これが最も重要な追加点です。unsafe.Pointer 型の変数を直接 * 演算子でデリファレンスすることは許可されていません。これは、unsafe.Pointer が型情報を持たない汎用ポインタであるため、どのような型の値をデリファレンスすべきかコンパイラが判断できないためです。

したがって、unsafe.Pointer を介してメモリ上の値にアクセスしたい場合は、まず unsafe.Pointer を目的の型(例: *int, *MyStruct)のポインタに型変換し、その後にその型付きポインタをデリファレンスする必要があります。

例:

var f float64 = 3.14
// unsafe.Pointer を介して float64 のビット列を uint64 として解釈する
bits := *(*uint64)(unsafe.Pointer(&f)) // 正しい使用例

この例では、&f*float64 型)を unsafe.Pointer に変換し、さらにそれを *uint64 に変換してからデリファレンスしています。この一連の変換が、unsafe.Pointer を介した値へのアクセス方法です。

この仕様の明確化は、unsafe.Pointer の誤用を防ぎ、Goプログラムの堅牢性と予測可能性を高める上で非常に重要です。特に、低レベルのメモリ操作を行う開発者に対して、unsafe.Pointer の正しい使用パターンを強制し、潜在的なバグのリスクを低減します。

コアとなるコードの変更箇所

変更は doc/go_spec.html ファイルに対して行われました。

--- a/doc/go_spec.html
+++ b/doc/go_spec.html
@@ -1,6 +1,6 @@
 <!--{
  "Title": "The Go Programming Language Specification",
-"Subtitle": "Version of Oct 3, 2013",
+"Subtitle": "Version of Oct 7, 2013",
  "Path": "/ref/spec"
 }-->
 
@@ -5954,6 +5954,8 @@ func Sizeof(variable ArbitraryType) uintptr
 <p>
 Any pointer or value of <a href="#Types">underlying type</a> <code>uintptr</code> can be converted to
 a <code>Pointer</code> type and vice versa.
+A <code>Pointer</code> is a <a href="#Pointer_types">pointer type</a> but a <code>Pointer</code>
+value may not be <a href="#Address_operators">dereferenced</a>.
 </p>
 
 <pre>
@@ -5962,6 +5964,8 @@ bits = *(*uint64)(unsafe.Pointer(&amp;f))\n \n type ptr unsafe.Pointer\n bits = *(*uint64)(ptr(&amp;f))\n+\n+var p ptr = nil\n </pre>\n \n <p>\n```

主な変更点は以下の2点です。

1.  **仕様書のバージョン日付の更新**:
    `- "Subtitle": "Version of Oct 3, 2013",`
    `+ "Subtitle": "Version of Oct 7, 2013",`
    これは、仕様書が更新された日付を反映しています。

2.  **`unsafe.Pointer` の説明への追記**:
    `Any pointer or value of <a href="#Types">underlying type</a> <code>uintptr</code> can be converted to`
    `a <code>Pointer</code> type and vice versa.`
    この既存の段落の後に、以下の2行が追加されました。
    `+A <code>Pointer</code> is a <a href="#Pointer_types">pointer type</a> but a <code>Pointer</code>`
    `+value may not be <a href="#Address_operators">dereferenced</a>.`

3.  **コード例の追加**:
    `+var p ptr = nil`
    `unsafe.Pointer` を使用したコード例のセクションに、`unsafe.Pointer` 型の変数を `nil` で初期化する簡単な例が追加されました。これは、`unsafe.Pointer` がポインタ型であるため、通常のポインタと同様に `nil` を代入できることを示唆しています。

## コアとなるコードの解説

このコミットの最も重要な変更は、Go言語の仕様書における `unsafe.Pointer` の説明に以下の文言が追加されたことです。

```html
A <code>Pointer</code> is a <a href="#Pointer_types">pointer type</a> but a <code>Pointer</code>
value may not be <a href="#Address_operators">dereferenced</a>.

このHTMLスニペットは、Go言語の仕様書において unsafe.Pointer のセクションに挿入されたものです。

  • A <code>Pointer</code> is a <a href="#Pointer_types">pointer type</a>: これは、unsafe.Pointer がGoの型システムにおいて「ポインタ型」として分類されることを明確に述べています。つまり、メモリアドレスを保持するという点では他のポインタ型 (*int, *string など) と共通の性質を持つということです。<a href="#Pointer_types">pointer type</a> は、仕様書内のポインタ型に関する定義への内部リンクです。

  • but a <code>Pointer</code> value may not be <a href="#Address_operators">dereferenced</a>.: これがこのコミットの核心であり、最も重要な制約です。unsafe.Pointer 型の値を直接デリファレンス(*演算子を使ってその指す値にアクセス)することは許可されていない、と明言しています。<a href="#Address_operators">dereferenced</a> は、仕様書内のアドレス演算子(デリファレンスを含む)に関する定義への内部リンクです。

この追加により、unsafe.Pointer の使用に関する曖昧さが解消され、開発者は unsafe.Pointer を直接デリファレンスしようとするとコンパイルエラーになるか、実行時エラーになることを明確に理解できるようになります。値にアクセスするためには、必ず一度、目的の型を持つポインタ型に変換する必要があるというルールが、仕様レベルで確立されました。

また、var p ptr = nil というコード例の追加は、unsafe.Pointer がポインタ型であるため、通常のポインタと同様に nil 値を持つことができるという、そのポインタとしての性質を補強しています。

これらの変更は、unsafe.Pointer の誤用による潜在的なバグを防ぎ、Go言語の低レベルプログラミングにおける安全性を向上させるための重要な一歩と言えます。

関連リンク

  • Go CL 14374046: https://golang.org/cl/14374046
  • Go Issue #6358: コミットメッセージに記載されているが、具体的な内容は特定できず。unsafe.Pointer の使用に関する問題を示唆。
  • Go Issue #6116: コミットメッセージに記載されているが、具体的な内容は特定できず。

参考にした情報源リンク