[インデックス 18017] ファイルの概要
このコミットは、Go言語のリンカ(ld
)におけるPlan 9ビルドの問題を修正するものです。具体的には、src/cmd/ld/pobj.c
ファイル内で、ポインタの比較に使用されていたNULL
をGo言語の慣習に合わせたnil
に置き換えることで、Plan 9環境でのビルドエラーを解消しています。
コミット
commit 2784a3ea8527083a3d819272f879fa508dcca3b5
Author: David du Colombier <0intro@gmail.com>
Date: Tue Dec 17 08:46:07 2013 -0800
ld: fix Plan 9 build
R=golang-dev, jas, bradfitz
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/43420043
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/2784a3ea8527083a3d819272f879fa508dcca3b5
元コミット内容
ld: fix Plan 9 build
R=golang-dev, jas, bradfitz
CC=golang-dev
https://golang.org/cl/43420043
変更の背景
このコミットの背景には、Go言語のリンカ(ld
)がPlan 9オペレーティングシステム上で正しくビルドされないという問題がありました。Go言語のツールチェインは、様々なプラットフォームをサポートするように設計されており、Plan 9もその一つです。
Go言語のコードベースでは、C言語のコードも多く含まれており、特にツールチェインの低レベル部分(リンカなど)ではC言語の慣習が残っていることがあります。C言語ではヌルポインタを表すためにNULL
マクロが一般的に使用されますが、Go言語ではヌルポインタはnil
キーワードで表現されます。
この問題は、src/cmd/ld/pobj.c
ファイル内でheadstring == NULL
というC言語式のヌルポインタチェックが行われていたことに起因します。Plan 9環境でのビルドプロセスにおいて、このNULL
の定義が問題を引き起こし、コンパイルエラーや予期せぬ動作を招いていたと考えられます。Go言語のコードベース全体で一貫性を保ち、クロスプラットフォームビルドの堅牢性を高めるために、このNULL
をGo言語のnil
に修正する必要がありました。
前提知識の解説
Go言語のリンカ (ld
)
Go言語のリンカは、コンパイラによって生成されたオブジェクトファイル(.o
ファイル)を結合し、実行可能なバイナリファイルを生成するツールです。Go言語のビルドプロセスにおいて非常に重要な役割を担っており、プログラムが依存するライブラリやランタイムコードを適切にリンクします。ld
はsrc/cmd/ld
ディレクトリにソースコードがあります。
Plan 9
Plan 9 from Bell Labsは、ベル研究所で開発された分散オペレーティングシステムです。Unixの後継として設計され、その設計思想はGo言語にも大きな影響を与えています。Go言語は、Plan 9の設計原則、特にシンプルさ、モジュール性、そして強力な並行処理のサポートを多く取り入れています。Go言語のツールチェインは、Plan 9を含む複数のオペレーティングシステムをターゲットとしてビルドできるように設計されています。
HEADTYPE
とheadstring
Go言語のリンカにおいて、HEADTYPE
は生成される実行ファイルのヘッダタイプ(フォーマット)を決定する定数です。例えば、ELF(Linux)、Mach-O(macOS)、PE(Windows)、Plan 9などがこれに該当します。リンカは、ターゲットOSに応じて適切なHEADTYPE
を選択し、それに基づいて実行ファイルの構造を決定します。
headstring
は、このHEADTYPE
に対応する文字列表現を保持する変数です。例えば、HEADTYPE
がELFであればheadstring
は"ELF"のような値を持つことが考えられます。この変数は、デバッグ情報や内部処理で利用されることがあります。
NULL
とnil
NULL
: C言語におけるヌルポインタ定数です。通常、#define NULL ((void*)0)
のように定義され、ポインタが何も指していないことを示します。C言語のコードでは、ポインタが有効なメモリを指しているかどうかをチェックするためにif (ptr == NULL)
のような形で頻繁に使用されます。nil
: Go言語におけるゼロ値の一つで、ポインタ、インターフェース、マップ、スライス、チャネル、関数などの参照型が何も指していないことを示します。Go言語では、C言語のようなNULL
マクロは存在せず、ヌルポインタの概念はnil
によって統一的に扱われます。Go言語のコードでは、if ptr == nil
のように使用されます。
このコミットは、C言語のコードとGo言語のコードが混在するGoツールチェインの文脈で、C言語のNULL
がGo言語のnil
に置き換えられたという点で重要です。これは、Go言語のコードベース全体での一貫性を保ち、Go言語の慣習に従うための変更と言えます。
技術的詳細
このコミットの技術的な核心は、src/cmd/ld/pobj.c
ファイル内のポインタ比較の修正です。
変更前のコード:
if (headstring == NULL)
変更後のコード:
if (headstring == nil)
pobj.c
は、Go言語のリンカの一部であり、おそらくオブジェクトファイルの処理に関連するC言語のソースファイルです。このファイル内でheadstring
という変数が使用されており、その値がヌルであるかどうかをチェックしています。
Go言語のツールチェインは、C言語で書かれた部分とGo言語で書かれた部分が混在しています。特に初期のGo言語のツールチェインや、低レベルのシステムプログラミングに近い部分では、C言語のコードが多用されていました。このようなC言語のコードがGo言語のビルドシステムやランタイムと連携する際に、C言語のNULL
とGo言語のnil
の間の互換性や定義の差異が問題となることがあります。
この特定のケースでは、Plan 9環境でのビルド時に、C言語のコンパイラがNULL
の定義を期待する一方で、Go言語のビルドシステムが提供する環境やヘッダファイルがnil
を適切に扱っていた、あるいはNULL
の定義が欠落していた、または競合していた可能性があります。
NULL
はC言語の標準ライブラリで定義されるマクロであり、その定義はコンパイラやプラットフォームによって異なる場合があります(例: (void*)0
、0L
など)。一方、nil
はGo言語のキーワードであり、Go言語のコンパイラによって直接解釈されます。
この修正は、C言語のコードであってもGo言語のツールチェインの一部としてビルドされる際には、Go言語の慣習であるnil
を使用することで、クロスプラットフォームビルドの堅牢性を高め、特にPlan 9のような特定の環境でのビルドエラーを回避することを目的としています。これにより、Go言語のツールチェイン全体の一貫性が向上し、将来的なメンテナンスも容易になります。
コアとなるコードの変更箇所
--- a/src/cmd/ld/pobj.c
+++ b/src/cmd/ld/pobj.c
@@ -138,7 +138,7 @@ main(int argc, char *argv[])
if(HEADTYPE == -1)
HEADTYPE = headtype(goos);
ctxt->headtype = HEADTYPE;
- if (headstring == NULL)
+ if (headstring == nil)
headstring = headstr(HEADTYPE);
archinit();
コアとなるコードの解説
変更されたコードはsrc/cmd/ld/pobj.c
ファイルのmain
関数内の一部です。
元のコード:
if (headstring == NULL)
この行は、headstring
という変数がヌルポインタであるかどうかをC言語のNULL
マクロを使ってチェックしていました。もしheadstring
がヌルであれば、次の行でheadstr(HEADTYPE)
関数を呼び出してその値を初期化します。
変更後のコード:
if (headstring == nil)
この行では、NULL
がGo言語のnil
キーワードに置き換えられています。機能的には同じヌルポインタチェックを行いますが、Go言語のツールチェインのコンテキストにおいて、nil
を使用することでよりGo言語の慣習に沿った形になります。
この変更は、Go言語のツールチェインがC言語とGo言語のコードを混在させている環境で、特にPlan 9のような特定のターゲットプラットフォームでのビルド互換性を確保するために行われました。NULL
の定義がプラットフォームやコンパイラによって異なる可能性があるのに対し、nil
はGo言語のキーワードとして一貫した振る舞いを保証します。これにより、Plan 9環境でのリンカのビルドが正常に行われるようになりました。
関連リンク
- Go Code Review 43420043: https://golang.org/cl/43420043
参考にした情報源リンク
- Go言語の公式ドキュメント (nil): https://go.dev/doc/effective_go#nil
- Go言語の公式ドキュメント (The Go Programming Language Specification - Zero value): https://go.dev/ref/spec#The_zero_value
- Plan 9 from Bell Labs: https://9p.io/plan9/
- Go言語のリンカに関する情報 (Goのソースコードや関連ドキュメント):
src/cmd/ld
ディレクトリ内のコードや、Goの設計に関するドキュメント。 - C言語のNULLに関する情報 (C Standard Library): https://en.cppreference.com/w/c/types/NULL