[インデックス 18112] ファイルの概要
このコミットは、Go言語のランタイムにおけるcgo
(C言語との相互運用機能)関連のビルド問題を修正するものです。具体的には、FreeBSDおよびLinuxのARMアーキテクチャ向けビルドにおいて、必要なヘッダーファイルである<signal.h>
が不足していたために発生していたコンパイルエラーを解消します。
コミット
commit 59583b09f3165dedd46800f46000c83c92a7faba
Author: Ian Lance Taylor <iant@golang.org>
Date: Tue Dec 24 08:24:32 2013 -0800
runtime/cgo: include <signal.h> to fix build
R=golang-codereviews
TBR=dfc
CC=golang-codereviews
https://golang.org/cl/43120044
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/59583b09f3165dedd46800f46000c83c92a7faba
元コミット内容
このコミットは、src/pkg/runtime/cgo/gcc_freebsd_arm.c
とsrc/pkg/runtime/cgo/gcc_linux_arm.c
の2つのファイルに、それぞれ#include <signal.h>
という行を追加するものです。
変更されたファイルと行数は以下の通りです。
src/pkg/runtime/cgo/gcc_freebsd_arm.c
: 1行追加src/pkg/runtime/cgo/gcc_linux_arm.c
: 1行追加
変更の背景
Go言語のcgo
機能は、GoプログラムからC言語のコードを呼び出すことを可能にします。この機能は、既存のCライブラリを利用したり、OS固有の低レベルな機能にアクセスしたりする際に不可欠です。
このコミットが行われた2013年当時、Goのランタイムは様々なプラットフォームとアーキテクチャをサポートしていました。特定のプラットフォーム(FreeBSD)とアーキテクチャ(ARM)の組み合わせ、およびLinuxのARMアーキテクチャにおいて、cgo
のビルドプロセス中にコンパイルエラーが発生していました。このエラーは、C言語のソースコードがシグナル(プロセス間通信や例外処理に使われるOSのメカニズム)に関連する関数やデータ型を使用しているにもかかわらず、それらの宣言が含まれる標準ヘッダーファイルである<signal.h>
が明示的にインクルードされていなかったために発生していました。
コンパイラは、使用されている関数や型の定義が見つからない場合、未定義エラーを報告します。このコミットは、このビルドエラーを解消し、Goのcgo
ランタイムがFreeBSD/ARMおよびLinux/ARM環境で正しくコンパイルされるようにするために行われました。
前提知識の解説
1. Goのcgo
cgo
は、GoプログラムがC言語の関数を呼び出したり、C言語のデータ型を使用したりするためのGoの機能です。Goのソースファイル内にC言語のコードを直接記述したり、既存のCライブラリをリンクしたりすることができます。cgo
を使用すると、Goのビルドプロセス中にCコンパイラ(通常はGCC)が呼び出され、CコードがコンパイルされてGoの実行可能ファイルにリンクされます。
2. C言語のヘッダーファイルと#include
C言語では、関数や変数の宣言、マクロの定義などが.h
(ヘッダー)ファイルに記述されます。ソースコード(.c
ファイル)がこれらの宣言を利用する場合、#include
プリプロセッサディレクティブを使って対応するヘッダーファイルを読み込む必要があります。これにより、コンパイラはコードをコンパイルする際に、使用されている関数や型の定義を知ることができます。
3. Unix系OSにおけるシグナル(Signals)
Unix系オペレーティングシステム(Linux, FreeBSDなど)では、シグナルはプロセスに対して非同期的にイベントを通知するメカニズムです。例えば、プログラムの異常終了(SIGSEGV: セグメンテーション違反)、ユーザーからの割り込み(SIGINT: Ctrl+C)、子プロセスの終了(SIGCHLD)など、様々なイベントがシグナルとして通知されます。プログラムはシグナルハンドラを設定することで、特定のシグナルを受信した際の挙動をカスタマイズできます。
4. <signal.h>
ヘッダーファイル
<signal.h>
は、C標準ライブラリの一部であり、シグナル処理に関連する関数(例: signal()
, sigaction()
, kill()
, raise()
)やデータ型(例: sigset_t
, siginfo_t
)の宣言が含まれています。シグナルを扱うC言語のプログラムは、通常このヘッダーファイルをインクルードする必要があります。
5. ARMアーキテクチャ
ARM(Advanced RISC Machine)は、モバイルデバイスや組み込みシステムで広く使用されているCPUアーキテクチャです。Go言語は、ARMを含む多様なアーキテクチャをサポートしており、それぞれのアーキテクチャに特化したランタイムコードを持つことがあります。
技術的詳細
このコミットは、Goランタイムのcgo
部分、特にARMアーキテクチャ向けのFreeBSDおよびLinux実装において、ビルド時の依存関係が不足していた問題を解決します。
Goのランタイムは、OSやアーキテクチャに依存する低レベルな処理(メモリ管理、スケジューリング、シグナルハンドリングなど)の一部をC言語で実装しています。cgo
を使用する際、GoのコードとCのコードが連携して動作するため、Cコードが正しくコンパイルされることが不可欠です。
問題の核心は、src/pkg/runtime/cgo/gcc_freebsd_arm.c
とsrc/pkg/runtime/cgo/gcc_linux_arm.c
内のCコードが、シグナルに関連する何らかの機能(例えば、シグナルマスクの操作、シグナルハンドラの登録、シグナル情報の取得など)を間接的または直接的に利用していたにもかかわらず、そのために必要な<signal.h>
が明示的にインクルードされていなかった点にあります。
Cコンパイラは、ソースファイル内で使用されている関数や型の宣言が、インクルードされたヘッダーファイル内に見つからない場合、コンパイルエラー(通常は「undeclared identifier」や「implicit declaration of function」といったエラー)を発生させます。この場合、GoのビルドシステムがCコンパイラを呼び出した際に、これらのエラーが発生し、ビルドが失敗していました。
<signal.h>
をインクルードすることで、シグナル関連の関数やデータ型の宣言がコンパイラに提供され、Cコードが正しく解析・コンパイルされるようになります。この修正は、特定のOS(FreeBSD, Linux)とアーキテクチャ(ARM)の組み合わせでのみ必要とされたことから、これらの環境におけるcgo
ランタイムのCコードが、他の環境とは異なるシグナル処理の慣習や依存関係を持っていた可能性が示唆されます。例えば、他の環境では別のヘッダーファイルが間接的に<signal.h>
をインクルードしていたり、シグナル処理のコードパスが異なっていたりする可能性があります。
この修正は、Goのクロスコンパイルと多様なプラットフォームサポートの堅牢性を高める上で重要な、基本的なビルド依存関係の修正と言えます。
コアとなるコードの変更箇所
変更は以下の2つのファイルにそれぞれ1行の追加です。
src/pkg/runtime/cgo/gcc_freebsd_arm.c
--- a/src/pkg/runtime/cgo/gcc_freebsd_arm.c
+++ b/src/pkg/runtime/cgo/gcc_freebsd_arm.c
@@ -5,6 +5,7 @@
#include <sys/types.h>
#include <machine/sysarch.h>
#include <pthread.h>
+#include <signal.h>
#include <string.h>
#include "libcgo.h"
src/pkg/runtime/cgo/gcc_linux_arm.c
--- a/src/pkg/runtime/cgo/gcc_linux_arm.c
+++ b/src/pkg/runtime/cgo/gcc_linux_arm.c
@@ -4,6 +4,7 @@
#include <pthread.h>
#include <string.h>
+#include <signal.h>
#include "libcgo.h"
static void *threadentry(void*);
コアとなるコードの解説
追加された行は、どちらのファイルも単に#include <signal.h>
です。
これはC言語のプリプロセッサディレクティブであり、コンパイル時に指定されたヘッダーファイルの内容を現在のソースファイルに挿入するよう指示します。この場合、<signal.h>
に含まれるシグナル関連の関数やデータ型の宣言が、gcc_freebsd_arm.c
とgcc_linux_arm.c
のコンパイルユニットで利用可能になります。
これにより、これらのファイル内で(直接的または間接的に)使用されていたシグナル関連のシンボルが正しく解決され、コンパイラがエラーを報告することなくビルドが成功するようになります。これは、C言語のビルドシステムにおける基本的な依存関係の解決方法です。
関連リンク
- Go Code Review:
runtime/cgo: include <signal.h> to fix build
https://golang.org/cl/43120044
参考にした情報源リンク
- コミットメッセージと差分情報
- C言語のプリプロセッサとヘッダーファイルに関する一般的な知識
- Unix系OSにおけるシグナル処理に関する一般的な知識
- Go言語の
cgo
機能に関する一般的な知識 - ARMアーキテクチャに関する一般的な知識