[インデックス 18159] ファイルの概要
このコミットは、Go言語の標準ライブラリos
パッケージ内のFile
型のSync
メソッドにおけるエラーハンドリングの改善に関するものです。具体的には、File
レシーバがnil
である場合に返されるエラーを、syscall.EINVAL
からより汎用的なos.ErrInvalid
に変更しています。
コミット
commit f2e946f9ed28e85f6f6dcd2862c9247240390ecd
Author: Dave Cheney <dave@cheney.net>
Date: Sat Jan 4 08:25:09 2014 +1100
os: return ErrInvalid if receiver is nil.
Fixes #7043.
Test coming in https://golang.org/cl/46820043
R=r, bradfitz
CC=golang-codereviews
https://golang.org/cl/38330045
---
src/pkg/os/file_posix.go | 2 +-\
1 file changed, 1 insertion(+), 1 deletion(-)
diff --git a/src/pkg/os/file_posix.go b/src/pkg/os/file_posix.go
index 90838682b6..4a17877547 100644
--- a/src/pkg/os/file_posix.go
+++ b/src/pkg/os/file_posix.go
@@ -144,7 +144,7 @@ func (f *File) Truncate(size int64) error {
// of recently written data to disk.
func (f *File) Sync() (err error) {
if f == nil {
-\t\treturn syscall.EINVAL
+\t\treturn ErrInvalid
}\n \tif e := syscall.Fsync(f.fd); e != nil {\n \t\treturn NewSyscallError("fsync", e)\n```
## GitHub上でのコミットページへのリンク
[https://github.com/golang/go/commit/f2e946f9ed28e85f6f6dcd2862c9247240390ecd](https://github.com/golang/go/commit/f2e946f9ed28e85f6f6dcd2862c9247240390ecd)
## 元コミット内容
このコミットの元の内容は、`os`パッケージの`File`型に定義されている`Sync`メソッドが、レシーバである`f`(`*File`型)が`nil`である場合に`syscall.EINVAL`を返していた挙動を修正することです。
## 変更の背景
Go言語の設計思想では、エラーは具体的な状況を伝えるために、できるだけ汎用的なものから具体的なものへと段階的に定義されることが推奨されます。`syscall.EINVAL`は、オペレーティングシステムのシステムコールが不正な引数を受け取った場合に返されるエラーであり、非常に低レベルかつOS依存の可能性があります。
一方、`os.ErrInvalid`は`os`パッケージで定義されているエラーで、「無効な引数」を意味しますが、これはシステムコールレベルではなく、`os`パッケージのAPIレベルでの無効な操作を示すために使用されます。`File`レシーバが`nil`であるという状況は、Goのプログラム内で`File`オブジェクトが適切に初期化されていない、または意図しない状態でメソッドが呼び出されたことを示します。このようなケースで`syscall.EINVAL`を返すことは、エラーの原因がシステムコールにあるかのような誤解を招く可能性があり、またOS間の移植性にも影響を与える可能性があります。
この変更の背景には、Goのエラーハンドリングのベストプラクティスに沿って、より適切で移植性の高いエラーを返すようにするという意図があります。`nil`レシーバに対するエラーは、システムコールが失敗した結果ではなく、Goプログラムの論理的な問題であるため、`os`パッケージが提供する汎用的なエラーである`os.ErrInvalid`を返す方が適切と判断されました。
コミットメッセージにある`Fixes #7043`は、この変更がGoのIssue 7043を解決することを示しています。このIssueは、おそらく`File.Sync`メソッドが`nil`レシーバに対して`syscall.EINVAL`を返すことの不適切さを指摘していたものと推測されます。
## 前提知識の解説
* **Go言語の`os`パッケージ**: `os`パッケージは、オペレーティングシステム機能へのプラットフォームに依存しないインターフェースを提供します。ファイル操作、プロセス管理、環境変数へのアクセスなどが含まれます。
* **`*File`型**: `os`パッケージで定義されている`File`型は、開かれたファイルやディレクトリを表します。`*File`は`File`型へのポインタです。
* **レシーバが`nil`の場合のメソッド呼び出し**: Goでは、ポインタレシーバを持つメソッドは、そのポインタが`nil`であっても呼び出すことができます。この場合、メソッド内でレシーバが`nil`であるかどうかをチェックし、適切な処理を行うのが一般的です。
* **`Sync()`メソッド**: `File`型の`Sync()`メソッドは、ファイルのメモリ上の変更を物理ディスクに同期させるためのものです。これは、データの永続性を保証するために重要です。
* **`syscall`パッケージ**: `syscall`パッケージは、低レベルのオペレーティングシステムプリミティブへのインターフェースを提供します。これには、システムコールを直接呼び出すための関数や、システムコールが返すエラーコードの定数などが含まれます。
* **`syscall.EINVAL`**: `syscall`パッケージで定義されているエラー定数の一つで、システムコールが「無効な引数 (Invalid argument)」を受け取ったことを示します。これはOSによって値が異なりますが、意味は共通しています。
* **`os.ErrInvalid`**: `os`パッケージで定義されているエラー変数の一つで、`io/fs`パッケージの`fs.ErrInvalid`と同じ値を持つ「無効な引数」エラーです。これは`syscall.EINVAL`よりも高レベルで、Goのプログラム内で無効な操作が行われたことを示すために使用されます。`errors.Is`関数を使ってこのエラーをチェックすることが推奨されます。
* **エラーハンドリングのベストプラクティス**: Goでは、エラーは値として扱われ、関数はエラーを返すことで失敗を通知します。エラーを比較する際には、`errors.Is`関数を使用して、エラーチェーン内の特定のエラーをチェックすることが推奨されます。これにより、エラーのラップ(`fmt.Errorf("...: %w", err)`)が行われていても、元のエラーの種類を正確に判断できます。
## 技術的詳細
このコミットの技術的な詳細は、`src/pkg/os/file_posix.go`ファイル内の`File.Sync()`メソッドの変更に集約されます。
変更前のコードは以下のようになっていました。
```go
func (f *File) Sync() (err error) {
if f == nil {
return syscall.EINVAL
}
if e := syscall.Fsync(f.fd); e != nil {
return NewSyscallError("fsync", e)
}
return nil
}
このコードでは、f
(*File
レシーバ)がnil
の場合に、syscall.EINVAL
を直接返していました。syscall.EINVAL
は、POSIXシステムコールにおける「Invalid argument」エラーに対応するもので、通常はfsync
のようなシステムコールが不正なファイルディスクリプタなどの引数を受け取った場合に返されることを想定しています。
しかし、f
がnil
であるという状況は、Goプログラムの論理的なエラーであり、システムコールが不正な引数を受け取った結果ではありません。File
オブジェクトが有効なファイルディスクリプタを持っていない状態でSync()
が呼び出された場合、それはGoのAPIの誤用と見なすべきです。
変更後のコードは以下のようになります。
func (f *File) Sync() (err error) {
if f == nil {
return ErrInvalid // 変更点
}
if e := syscall.Fsync(f.fd); e != nil {
return NewSyscallError("fsync", e)
}
return nil
}
ここでErrInvalid
はos.ErrInvalid
を指します。os.ErrInvalid
はos
パッケージで定義されているエラーで、io/fs.ErrInvalid
と同じ値を持つことが保証されています。これは、os
パッケージのAPIが不正な引数を受け取った場合に返されるべき、より高レベルで汎用的なエラーです。
この変更により、File.Sync()
メソッドがnil
レシーバで呼び出された場合、呼び出し元はos.ErrInvalid
を受け取ることになります。これにより、エラーハンドリングを行うコードは、システムコールレベルのエラーではなく、os
パッケージのAPIレベルでの無効な操作としてこのエラーを処理できるようになります。これは、エラーのセマンティクスをより正確に反映し、Goのエラーハンドリングの慣習に沿った改善と言えます。また、os.ErrInvalid
はプラットフォームに依存しないため、コードの移植性も向上します。
コアとなるコードの変更箇所
変更はsrc/pkg/os/file_posix.go
ファイル内のFile.Sync()
メソッドにあります。
--- a/src/pkg/os/file_posix.go
+++ b/src/pkg/os/file_posix.go
@@ -144,7 +144,7 @@ func (f *File) Truncate(size int64) error {
// of recently written data to disk.
func (f *File) Sync() (err error) {
if f == nil {
-\t\treturn syscall.EINVAL
+\t\treturn ErrInvalid
}\n \tif e := syscall.Fsync(f.fd); e != nil {\n \t\treturn NewSyscallError("fsync", e)\n```
具体的には、`if f == nil`の条件ブロック内で、`return syscall.EINVAL`が`return ErrInvalid`に置き換えられています。
## コアとなるコードの解説
`File.Sync()`メソッドは、`*File`型のレシーバ`f`に対して定義されています。このメソッドの目的は、ファイルの内容をディスクに同期することです。
1. **`if f == nil`**:
この行は、`Sync()`メソッドが呼び出された際に、そのレシーバである`f`が`nil`(つまり、有効な`File`オブジェクトを指していない)であるかどうかをチェックしています。Goでは、ポインタレシーバを持つメソッドは、そのポインタが`nil`であっても呼び出すことが可能です。このような場合、メソッド内で`nil`チェックを行い、適切なエラーを返すのが一般的なパターンです。
2. **`return ErrInvalid`**:
この行が今回のコミットによる変更点です。以前は`syscall.EINVAL`を返していましたが、この変更により`os.ErrInvalid`(コード内では単に`ErrInvalid`と記述されている)を返すようになりました。
* **`syscall.EINVAL`**: これはシステムコールが不正な引数を受け取ったことを示すエラーです。`Sync()`メソッドが`nil`レシーバで呼び出された場合、それはGoプログラムの論理的な誤用であり、直接システムコールが不正な引数を受け取ったわけではありません。そのため、このエラーを返すのはセマンティクス的に不適切でした。
* **`os.ErrInvalid`**: これは`os`パッケージが提供する汎用的な「無効な引数」エラーです。`File`オブジェクトが`nil`であるという状況は、`os`パッケージのAPIが期待する有効な`File`レシーバが提供されなかった、つまり無効な引数(レシーバも引数の一種と見なせる)が渡されたと解釈できます。したがって、`os.ErrInvalid`を返す方が、エラーの意味がより明確になり、Goのエラーハンドリングの慣習に沿っています。また、`os.ErrInvalid`はプラットフォームに依存しないため、コードの移植性も向上します。
3. **`if e := syscall.Fsync(f.fd); e != nil`**:
`f`が`nil`でない場合、この行が実行されます。`f.fd`は`File`オブジェクトが持つファイルディスクリプタです。`syscall.Fsync()`は、このファイルディスクリプタに対応するファイルを物理ディスクに同期させるためのシステムコールを呼び出します。システムコールがエラーを返した場合(`e != nil`)、そのエラーは`NewSyscallError("fsync", e)`によって`os.SyscallError`型にラップされ、返されます。これは、システムコール由来のエラーをGoのエラー型に変換する標準的な方法です。
この変更は、Goのエラーハンドリングの粒度とセマンティクスを改善し、より堅牢で理解しやすいAPIを提供することを目的としています。
## 関連リンク
* Go言語の`os`パッケージのドキュメント: [https://pkg.go.dev/os](https://pkg.go.dev/os)
* Go言語の`syscall`パッケージのドキュメント: [https://pkg.go.dev/syscall](https://pkg.go.dev/syscall)
* Go言語のエラーハンドリングに関する公式ブログ記事など(一般的な情報源として)
## 参考にした情報源リンク
* Go言語の`os.ErrInvalid`に関する情報:
* [https://pkg.go.dev/os#pkg-variables](https://pkg.go.dev/os#pkg-variables)
* [https://pkg.go.dev/io/fs#ErrInvalid](https://pkg.go.dev/io/fs#ErrInvalid)
* Go言語の`syscall.EINVAL`に関する情報:
* [https://pkg.go.dev/syscall#EINVAL](https://pkg.go.dev/syscall#EINVAL)
* Goのエラーハンドリングに関する一般的な情報(`errors.Is`など):
* [https://go.dev/blog/go1.13-errors](https://go.dev/blog/go1.13-errors) (Go 1.13以降のエラーハンドリングの改善について)
* GoのIssueトラッカー(Issue #7043の直接的な情報は見つかりませんでしたが、一般的なGoのIssueの形式を理解するために参照):
* [https://github.com/golang/go/issues](https://github.com/golang/go/issues)