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[インデックス 18185] ファイルの概要

このコミットは、Goコンパイラ(cmd/gc)におけるインターフェースメソッドのラッパー生成に関するバグ修正です。具体的には、匿名型(構造体またはインターフェース)のレシーバーを持つメソッドラッパーにおいて、dupokフラグが正しく設定されていなかった問題を修正しています。これにより、コンパイラが生成するコードの正確性と効率性が向上します。

コミット

commit 095de8795ab55184c2c0029a9609f9d114d27234
Author: Rémy Oudompheng <oudomphe@phare.normalesup.org>
Date:   Tue Jan 7 18:25:11 2014 +0100

    cmd/gc: add missing dupok flag for interface method wrappers.
    
    R=rsc
    CC=golang-codereviews
    https://golang.org/cl/48420044

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/095de8795ab55184c2c0029a9609f9d114d27234

元コミット内容

cmd/gc: add missing dupok flag for interface method wrappers.

R=rsc
CC=golang-codereviews
https://golang.org/cl/48420044

変更の背景

Go言語では、インターフェースを介してメソッドを呼び出す際に、コンパイラが「ラッパー」または「サンク(thunk)」と呼ばれる小さなコードを生成することがあります。これは、インターフェースが具体的な型に割り当てられたときに、そのインターフェースのメソッド呼び出しを、基となる具体的な型の実際のメソッドにディスパッチ(振り分け)するための仲介役として機能します。

dupokフラグは、コンパイラが生成する特定の関数(この場合はメソッドラッパー)が、複数の場所で同じコードとして「複製可能(duplicatable)」であるかどうかを示す内部的なフラグです。つまり、コンパイラが同じ内容のラッパーコードを複数回生成する代わりに、一度生成したものを再利用できる場合にこのフラグが設定されます。これは、コンパイルされたバイナリのサイズを削減し、コンパイル時間を短縮するための最適化の一種です。

このコミット以前は、匿名構造体(struct{ NamedType }のような形式)のレシーバーを持つラッパーについてはdupokフラグが設定されていましたが、匿名インターフェースのレシーバーを持つラッパーについてはこのフラグが設定されていませんでした。この不整合により、インターフェースメソッドラッパーが不必要に複製され、コンパイルされたコードの効率が低下する可能性がありました。このコミットは、この見落としを修正し、インターフェースメソッドラッパーに対しても適切な最適化が適用されるようにすることを目的としています。

前提知識の解説

Go言語のインターフェース

Go言語のインターフェースは、メソッドのシグネチャの集合を定義する型です。具体的な型がインターフェースのすべてのメソッドを実装している場合、その型は自動的にそのインターフェースを満たします。インターフェースは、ポリモーフィズム(多態性)を実現し、異なる具体的な型を統一的に扱うための強力なメカニズムです。

type Greeter interface {
    Greet() string
}

type Person struct {
    Name string
}

func (p Person) Greet() string {
    return "Hello, " + p.Name
}

func main() {
    var g Greeter
    p := Person{Name: "Alice"}
    g = p // Person型はGreeterインターフェースを満たす
    fmt.Println(g.Greet()) // インターフェースを介したメソッド呼び出し
}

コンパイラにおける「ラッパー」または「サンク」

コンパイラがインターフェースを介したメソッド呼び出しを処理する際、直接的な関数ポインタの呼び出しとは異なり、いくつかの間接的な処理が必要になります。インターフェースの値は、通常、基となる具体的な型の情報とその値(またはポインタ)を保持しています。メソッドが呼び出されると、コンパイラはインターフェースに格納されている型情報に基づいて、適切な具体的なメソッドを特定し、それを呼び出す必要があります。

このディスパッチ処理を効率的に行うために、コンパイラは「ラッパー」または「サンク」と呼ばれる小さな補助関数を生成することがあります。これらのラッパーは、インターフェースのメソッド呼び出しを受け取り、適切な引数を設定して、基となる具体的な型のメソッドに制御を転送する役割を担います。

cmd/gc (Goコンパイラ)

cmd/gcは、Go言語の公式コンパイラです。Goのソースコードを機械語に変換する主要なツールであり、最適化、型チェック、コード生成など、コンパイルプロセスの様々な段階を担当します。このコミットで変更されたsrc/cmd/gc/subr.cは、コンパイラのバックエンドの一部であり、主にサブルーチンやヘルパー関数の生成に関連するコードが含まれています。

dupokフラグ

dupokは "duplicate OK" の略で、Goコンパイラの内部的なフラグです。これは、コンパイラが生成する特定の関数(この場合はインターフェースメソッドラッパー)が、複数の場所で同じコードとして「複製可能」であるかどうかを示します。もし、あるラッパーが複数の異なる型や状況で全く同じバイトコードを生成する場合、コンパイラはdupokフラグが設定されていれば、そのラッパーのコードを一度だけ生成し、それを参照する形で最適化を行うことができます。これにより、最終的なバイナリサイズが削減され、コンパイル効率が向上します。

技術的詳細

このコミットの技術的詳細は、Goコンパイラのコード生成フェーズにおけるインターフェースメソッドラッパーの扱いに関するものです。

genwrapper関数は、インターフェースメソッド呼び出しのために必要なラッパー関数を生成する役割を担っています。この関数内で、生成されるラッパー関数(fn)に対してdupokフラグを設定するかどうかのロジックが存在します。

変更前のコードでは、dupokフラグが設定される条件は以下の通りでした。

// wrappers where T is anonymous (struct{ NamedType }) can be duplicated.
if(rcvr->etype == TSTRUCT || isptr[rcvr->etype] && rcvr->type->etype == TSTRUCT)
    fn->dupok = 1;

この条件は、レシーバーの型(rcvr)が匿名構造体(TSTRUCT)である場合、またはレシーバーがポインタ型であり、そのポインタが指す型が匿名構造体である場合にdupok = 1を設定していました。これは、匿名構造体のラッパーは、その構造体の具体的な内容によらず、同じコードパターンを持つことが多いため、複製可能であるという判断に基づいています。

しかし、このロジックにはインターフェース型に関する見落としがありました。インターフェース型もまた、匿名型として扱われることがあり、そのラッパーも同様に複製可能であるべきです。例えば、interface{}のような空のインターフェースや、特定のメソッドを持つ匿名インターフェースの場合、それらのラッパーは共通のコードを持つ可能性があります。

このコミットでは、この見落としを修正するために、dupokフラグを設定する条件にインターフェース型を追加しました。

// wrappers where T is anonymous (struct or interface) can be duplicated.
if(rcvr->etype == TSTRUCT ||
    rcvr->etype == TINTER || // <-- 追加された行
    isptr[rcvr->etype] && rcvr->type->etype == TSTRUCT)
    fn->dupok = 1;

rcvr->etype == TINTERという条件が追加されたことで、レシーバーの型がインターフェース型(TINTER)である場合にもdupokフラグが設定されるようになりました。これにより、インターフェースメソッドラッパーも、匿名構造体ラッパーと同様に、コンパイラによる最適化の対象となり、不必要なコードの複製が避けられるようになります。

この修正は、コンパイラが生成するバイナリのサイズを最適化し、コンパイル効率を向上させるための、細かではあるが重要な改善です。特に、インターフェースを多用する大規模なGoプログラムにおいて、その効果が期待されます。

コアとなるコードの変更箇所

変更はsrc/cmd/gc/subr.cファイル内のgenwrapper関数にあります。

--- a/src/cmd/gc/subr.c
+++ b/src/cmd/gc/subr.c
@@ -2591,8 +2591,10 @@ genwrapper(Type *rcvr, Type *method, Sym *newnam, int iface)\n 
 	funcbody(fn);\n 
 	curfn = fn;\n 
-\t// wrappers where T is anonymous (struct{ NamedType }) can be duplicated.\n 
-\tif(rcvr->etype == TSTRUCT || isptr[rcvr->etype] && rcvr->type->etype == TSTRUCT)\n 
+\t// wrappers where T is anonymous (struct or interface) can be duplicated.\n 
+\tif(rcvr->etype == TSTRUCT ||\n 
+\t\trcvr->etype == TINTER ||\n 
+\t\tisptr[rcvr->etype] && rcvr->type->etype == TSTRUCT)\n 
 \t\tfn->dupok = 1;\n 
 \ttypecheck(&fn, Etop);\n 
 \ttypechecklist(fn->nbody, Etop);\n

具体的には、if文の条件式にrcvr->etype == TINTERが追加されています。

コアとなるコードの解説

変更された行は、genwrapper関数内で生成されるラッパー関数fndupokフラグを設定する条件を拡張しています。

  • rcvr->etype: これは、ラッパーが関連付けられているレシーバーの基本型(EType)を示します。
  • TSTRUCT: 構造体型を表すETypeの定数です。
  • TINTER: インターフェース型を表すETypeの定数です。
  • isptr[rcvr->etype]: rcvr->etypeがポインタ型であるかどうかをチェックします。
  • rcvr->type->etype: rcvrがポインタ型の場合、そのポインタが指す型の基本型を示します。

変更前の条件: if(rcvr->etype == TSTRUCT || isptr[rcvr->etype] && rcvr->type->etype == TSTRUCT) これは、「レシーバーが構造体型である」または「レシーバーがポインタ型で、そのポインタが構造体型を指している」場合にdupok1に設定していました。これは、匿名構造体のラッパーが複製可能であるという前提に基づいています。

変更後の条件: if(rcvr->etype == TSTRUCT || rcvr->etype == TINTER || isptr[rcvr->etype] && rcvr->type->etype == TSTRUCT) この変更により、新たにrcvr->etype == TINTERという条件が追加されました。これは、「レシーバーがインターフェース型である」場合にもdupok1に設定することを意味します。

この修正の意図は、匿名構造体と同様に、匿名インターフェース(例えば、interface{}や、特定のメソッドを持つが名前のないインターフェース型)のラッパーも、その具体的な内容によらず同じコードパターンを持つことが多いため、複製可能であると判断し、コンパイラによる最適化の対象とすることです。

これにより、コンパイラはインターフェースメソッドラッパーのコードをより効率的に生成し、最終的なバイナリサイズを削減し、コンパイル時間を短縮するのに役立ちます。これは、Goコンパイラの内部的な最適化メカニズムの改善であり、Goプログラムの全体的なパフォーマンスと効率に貢献します。

関連リンク

Goコンパイラの内部的なdupokフラグに関する公式ドキュメントや詳細な公開情報は非常に限られています。これは、コンパイラの内部実装の詳細であり、通常のエンドユーザーが直接関わることのない部分であるためです。

参考にした情報源リンク

  • GitHub上のコミットページ: https://github.com/golang/go/commit/095de8795ab55184c2c0029a9609f9d114d27234
  • Go言語のインターフェースに関する一般的な情報源
  • コンパイラのコード生成に関する一般的な情報源
  • Web検索: "Go compiler dupok flag interface method wrappers" (この検索では、dupokがGoコンパイラの内部的な、あまり文書化されていない側面であることが示唆されました。)