[インデックス 1824] ファイルの概要
このコミットは、Go言語の公式仕様書の一部である doc/go_spec.html
ファイルに対する変更です。このファイルは、Go言語の構文、セマンティクス、および標準ライブラリの動作を詳細に記述しており、Go言語の設計と実装の基礎となる重要なドキュメントです。具体的には、定数宣言(const
)に関する記述が修正されています。
コミット
このコミットは、Go言語の仕様書における定数宣言の構文と、括弧で囲まれた定数宣言リスト内での型伝播(type propagation)の挙動に関する記述を修正しています。これにより、定数の型がどのように推論され、伝播されるかについての仕様がより明確になりました。
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/f8ba0f45118ebaafca0abab8e9d4211bdf2d4139
元コミット内容
mem.html: nit
go_spec.html: document const type propagation
R=ken
OCL=26223
CL=26225
変更の背景
このコミットの主な背景は、Go言語の定数宣言、特に複数の定数をまとめて宣言する際の型推論と型伝播の挙動を、より正確かつ明確に仕様書に反映させることでした。
Go言語では、const
キーワードを使用して定数を宣言します。複数の定数を括弧で囲んで宣言する構文も提供されており、この場合、最初の定数宣言で型と値が指定され、それに続く宣言では型や値を省略できるという特徴があります。省略された場合、前の宣言の型と値が「伝播」されるというセマンティクスがあります。
元の仕様書では、この型伝播の挙動、特に型がどのように伝播されるかについて、曖昧な記述がありました。コミットメッセージにある (TODO: Substitute type from that declaration too?)
というコメントは、この曖昧さを解消する必要があることを示唆しています。この変更は、この「TODO」を解決し、定数宣言における型伝播のルールを明確にすることを目的としています。これにより、Goコンパイラの実装者やGo言語のユーザーが、定数の型がどのように決定されるかを正確に理解できるようになります。
前提知識の解説
このコミットを理解するためには、以下のGo言語の基本的な概念と、一般的なプログラミング言語における型システムに関する知識が必要です。
-
Go言語の定数(Constants):
- Go言語では、
const
キーワードを用いて定数を宣言します。定数はコンパイル時に値が決定され、実行時には変更できません。 - 定数には、型が明示的に指定される場合と、型が省略され値から推論される場合があります。
- Goの定数は、数値型、ブール型、文字列型に限定されます。
- 型なし定数(Untyped Constants): Goの定数の特徴的な概念です。明示的な型が指定されていない定数は「型なし」と見なされ、その値が使用される文脈に応じて適切な型に変換されます。これにより、柔軟な数値演算が可能になります。例えば、
const x = 1
のx
は型なし整数定数であり、int
、int32
、float64
など、様々な数値型の変数に代入できます。 - 型付き定数(Typed Constants):
const x int = 1
のように型が明示的に指定された定数は、その指定された型を持ちます。
- Go言語では、
-
定数宣言リスト:
- Goでは、複数の定数をまとめて宣言するために、括弧
()
を使用できます。
const ( A = 1 B C = "hello" D )
- この場合、
B
はA
の値と型(型なし整数定数1
)を継承し、D
はC
の値と型(型なし文字列定数"hello"
)を継承します。
- Goでは、複数の定数をまとめて宣言するために、括弧
-
型推論(Type Inference):
- Go言語は、変数の宣言時に型を省略した場合でも、初期値から型を自動的に推論する機能を持っています。定数宣言においても、型が省略された場合は値から型が推論されます。
-
型伝播(Type Propagation):
- このコミットの核心となる概念です。定数宣言リストにおいて、ある定数の型や値が、それに続く型や値が省略された定数に「伝播」される挙動を指します。特に、型なし定数から型付き定数への変換、または型付き定数から型なし定数への変換がどのように行われるかが重要になります。
技術的詳細
このコミットは、Go言語の仕様書における ConstSpec
の文法定義と、括弧で囲まれた定数宣言リスト内での型伝播のセマンティクスを修正しています。
文法定義の変更
元の ConstSpec
の文法定義は以下の通りでした。
ConstSpec = IdentifierList [ CompleteType ] [ "=" ExpressionList ] .
これは、「IdentifierList
の後に CompleteType
が続き、その後に =
と ExpressionList
が続く」という解釈も可能でした。しかし、Go言語の実際の構文では、CompleteType
が存在する場合は、通常 =
と ExpressionList
がそれに続きます。つまり、CompleteType
と =
ExpressionList
は密接に関連しています。
このコミットでは、ConstSpec
の文法定義を以下のように変更しました。
ConstSpec = IdentifierList [ [ CompleteType ] "=" ExpressionList ] .
この変更は、[ CompleteType ] "=" ExpressionList
を一つのオプションのグループとして扱っています。これは、「CompleteType
が存在する場合、それは =
ExpressionList
と共に現れる」というGo言語の実際の構文をより正確に反映しています。これにより、CompleteType
が単独で存在し、値の指定がないという曖昧な解釈の余地がなくなりました。
型伝播のセマンティクス変更
最も重要な変更は、定数宣言リストにおける型伝播のセマンティクスに関する記述です。
元の記述は以下の通りでした。
Such an empty list is equivalent to the textual substitution of the
first preceding non-empty expression list.
(TODO: Substitute type from that declaration too?)
この記述は、値が省略された場合に前の非空の式リストがテキスト的に置換されることを述べていますが、型がどのように伝播されるかについては (TODO: Substitute type from that declaration too?)
と疑問符が付いていました。これは、型伝播のルールが不明確であることを示していました。
このコミットでは、この部分を以下のように修正しました。
Such an empty list is equivalent to the textual substitution of the
first preceding non-empty expression list, and its type if any.
この変更により、「前の非空の式リスト、およびその型(もしあれば)」が置換されることが明確にされました。これは、値だけでなく、前の宣言で明示的に指定された型(型付き定数)も、それに続く型が省略された定数に伝播されることを意味します。
例えば、以下のGoコードを考えます。
const (
A int = 10 // Aはint型
B // BはAの型と値を継承
C float64 = 20.5 // Cはfloat64型
D // DはCの型と値を継承
)
この変更前は、B
や D
の型がどのように決定されるかについて、仕様書上は曖昧な部分がありました。このコミットにより、B
は int
型、D
は float64
型として扱われることが明確にされました。これは、Goコンパイラが定数の型を推論する際の挙動と一致し、仕様と実装の整合性を高めるものです。
この修正は、Go言語の型システム、特に定数における型推論と型伝播の厳密性を保証するために重要です。これにより、Goプログラムの挙動がより予測可能になり、コンパイラの実装もより容易になります。
コアとなるコードの変更箇所
--- a/doc/go_spec.html
+++ b/doc/go_spec.html
@@ -1441,7 +1441,7 @@ right.
<pre class="grammar">
ConstDecl = "const" ( ConstSpec | "(" [ ConstSpecList ] ")" ) .
ConstSpecList = ConstSpec { ";" ConstSpec } [ ";" ] .
-ConstSpec = IdentifierList [ CompleteType ] [ "=" ExpressionList ] .
+ConstSpec = IdentifierList [ [ CompleteType ] "=" ExpressionList ] .
IdentifierList = identifier { "," identifier } .
ExpressionList = Expression { "," Expression } .
@@ -1473,8 +1473,7 @@ const u, v float = 0, 3 // u = 0.0, v = 3.0
Within a parenthesized <code>const</code> declaration list the
expression list may be omitted from any but the first declaration.
Such an empty list is equivalent to the textual substitution of the
-first preceding non-empty expression list.
-(TODO: Substitute type from that declaration too?)
+first preceding non-empty expression list, and its type if any.
Omitting the list of expressions is therefore equivalent to
repeating the previous list. The number of identifiers must be equal
to the number of expressions in the previous list.
コアとなるコードの解説
このコミットは、doc/go_spec.html
ファイル内の2つの主要な箇所を変更しています。
-
ConstSpec
の文法定義の変更:- 変更前:
ConstSpec = IdentifierList [ CompleteType ] [ "=" ExpressionList ] .
- 変更後:
ConstSpec = IdentifierList [ [ CompleteType ] "=" ExpressionList ] .
- この変更は、Go言語の定数宣言の構文をより正確に表現するためのものです。変更前は
CompleteType
と=
ExpressionList
がそれぞれ独立したオプションとして扱われる可能性がありましたが、変更後は[ CompleteType ] "=" ExpressionList
が一つのまとまりとしてオプション化されています。これは、型が指定される場合、通常は値の初期化も伴うというGoの構文規則を反映しています。これにより、文法解析の曖昧さが減り、仕様の解釈が一意になります。
- 変更前:
-
定数宣言リストにおける型伝播のセマンティクス記述の変更:
- 変更前:
Such an empty list is equivalent to the textual substitution of the first preceding non-empty expression list. (TODO: Substitute type from that declaration too?)
- 変更後:
Such an empty list is equivalent to the textual substitution of the first preceding non-empty expression list, and its type if any.
- この変更は、括弧で囲まれた定数宣言リスト内で、値が省略された定数に、前の非空の式リストだけでなく、その型も伝播されることを明確にしています。
- 変更前の記述には
(TODO: Substitute type from that declaration too?)
というコメントがあり、型伝播の挙動が未定義または不明確であることを示していました。このコミットは、このTODOを解決し、型も伝播されることを明記することで、Go言語の定数宣言における型推論のセマンティクスを完全に定義しました。 - これにより、例えば
const ( A int = 1; B )
の場合、B
はint
型として扱われることが仕様上保証されます。これは、Goコンパイラが定数の型を決定する際の重要なルールとなります。
- 変更前:
これらの変更は、Go言語の仕様の正確性と完全性を高め、Go言語のユーザーやツール開発者が定数宣言の挙動をより正確に理解できるようにすることを目的としています。
関連リンク
- Go言語の仕様書: https://go.dev/ref/spec
- Go言語の定数に関する公式ドキュメント: https://go.dev/tour/basics/15 (Go Tourの定数に関するセクション)
参考にした情報源リンク
- Go言語の公式仕様書 (
doc/go_spec.html
の内容と周辺の文脈) - Go言語の定数に関する一般的な知識
- Go言語の型推論に関する一般的な知識
- GitHubのコミットページ: https://github.com/golang/go/commit/f8ba0f45118ebaafca0abab8e9d4211bdf2d4139
- Go言語の定数に関するWeb上の解説記事 (一般的な理解を深めるため)
- 例: https://go.dev/blog/constants (Go公式ブログの定数に関する記事 - 検索で関連情報として参照)
- 例: https://www.ardanlabs.com/blog/2013/07/constants-in-go.html (Goの定数に関する解説記事 - 検索で関連情報として参照)
- これらのリンクは、具体的な情報源として直接参照したものではなく、Goの定数に関する一般的な理解を深めるために検索で参照した可能性のある情報源の例です。