[インデックス 18332] ファイルの概要

このコミットは、Goコンパイラ（cmd/gc）とリンカ（cmd/ld）におけるPlan 9環境でのコンパイル時に発生していた警告を修正するものです。具体的には、src/cmd/gc/obj.c、src/cmd/gc/plive.c、src/cmd/ld/lib.cの3つのファイルが変更されています。

コミット

13516383146b12963ba7ec37c852508b3f946e57

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/13516383146b12963ba7ec37c852508b3f946e57

元コミット内容

cmd/gc, cmd/ld: fix Plan 9 warnings

warning: /usr/go/src/cmd/gc/obj.c:23 format mismatch -10d VLONG, arg 9
warning: /usr/go/src/cmd/gc/plive.c:1680 set and not used: printed
warning: /usr/go/src/cmd/ld/lib.c:332 non-interruptable temporary
warning: /usr/go/src/cmd/ld/lib.c:338 non-interruptable temporary

R=rsc
CC=golang-codereviews
https://golang.org/cl/53820046

このコミットは、Goのツールチェイン（特にコンパイラとリンカ）をPlan 9オペレーティングシステム上でビルドする際に発生していたコンパイラ警告を解消することを目的としています。Plan 9はベル研究所で開発された分散オペレーティングシステムであり、Go言語の開発初期にはその影響を強く受けていました。GoのツールチェインはC言語で書かれた部分が多く、Plan 9のCコンパイラ（8c, 6c, 5cなど）は、一般的なGCCなどのコンパイラとは異なる警告を出すことがあります。

具体的に修正された警告は以下の通りです。

format mismatch -10d VLONG, arg 9: snprintf関数のフォーマット指定子と引数の型が一致しないという警告です。VLONG型（Goの内部で使われる64ビット整数型）を%d（通常32ビット整数用）で出力しようとしたために発生しました。
set and not used: printed: 変数printedが設定されたにもかかわらず、その後使用されていないという警告です。これはデッドコードや論理的な誤りを示唆する可能性があります。
non-interruptable temporary: これはPlan 9のコンパイラが生成する警告で、一時変数が割り当てられたが、その変数が使用される前に割り込みが発生した場合に問題が生じる可能性があることを示唆しています。これは通常、特定のコードパターン（例えば、関数呼び出しの戻り値を一時変数に格納し、その一時変数をすぐに別の関数呼び出しの引数として渡すような場合）で発生します。Plan 9のコンパイラは、このような状況で最適化が困難であるか、あるいは潜在的な競合状態を検出する場合があります。

これらの警告は、Goツールチェインのビルドプロセスをクリーンに保ち、将来的な問題を防ぐために修正されました。

前提知識の解説

Plan 9: ベル研究所で開発された分散オペレーティングシステム。Go言語の設計思想に大きな影響を与えました。Goのツールチェインの一部は、Plan 9のCコンパイラやリンカの慣習に従って書かれています。
cmd/gc: Goコンパイラのフロントエンド。Goのソースコードを中間表現に変換し、最適化を行います。
cmd/ld: Goリンカ。コンパイルされたオブジェクトファイルを結合し、実行可能ファイルを生成します。
snprintf: C標準ライブラリの関数で、指定されたバッファにフォーマットされた文字列を書き込みます。バッファオーバーフローを防ぐために、書き込む最大文字数を指定できます。
フォーマット指定子: snprintfなどの関数で使用され、出力するデータの型と形式を指定します。
- %d: 符号付き10進整数を出力します。通常、int型に対応します。
- %lld: 符号付きlong long int（64ビット整数）を出力します。
vlong: Goの内部で使われる型で、通常は64ビット整数を表します。C言語のlong longに相当します。
bvget: ビットベクトル（bit vector）から特定のビットの値を取得する関数。ビットベクトルは、ブール値の配列を効率的に表現するためのデータ構造です。
nextar: アーカイブファイル（.aファイル、ライブラリファイルなど）から次のメンバーのヘッダを読み込むための関数。Plan 9のアーカイブフォーマットに関連する可能性があります。

技術的詳細

このコミットは、3つの異なる警告に対してそれぞれ適切な修正を適用しています。

src/cmd/gc/obj.c の format mismatch 警告の修正:
- 問題: formathdr関数内でsnprintfを使用し、size引数（vlong型、64ビット整数）を%-10dというフォーマット指定子（32ビット整数用）で出力しようとしていました。これにより、Plan 9のCコンパイラが型不一致の警告を発していました。
- 修正: フォーマット指定子を%-10lldに変更しました。%lldはlong long int（64ビット整数）に対応するため、vlong型のsize引数と型が一致し、警告が解消されました。
src/cmd/gc/plive.c の set and not used: printed 警告の修正:
- 問題: printbitset関数内で、printed変数がif(!printed)ブロック内でprinted = 1;と設定されていましたが、その後のelseブロックではprinted変数が再度設定されるだけで、その値が利用されていませんでした。これは冗長な代入であり、コンパイラが「設定されたが使用されていない」と判断していました。
- 修正: if(!printed)ブロック内のprinted = 1;の行を削除しました。この変数は、if(!started)ブロックの最後に一度だけprinted = 1;と設定されれば十分であり、冗長な代入をなくすことで警告が解消されました。この修正は、コードの論理的な振る舞いを変更することなく、冗長性を排除しました。
src/cmd/ld/lib.c の non-interruptable temporary 警告の修正:
- 問題: objfile関数内で、nextar関数の戻り値が一時変数に格納され、その一時変数がすぐにif文の条件式で使用されていました。Plan 9のCコンパイラは、このようなパターンで「非割り込み可能一時変数」の警告を出すことがあります。これは、一時変数の寿命と、その変数が使用されるまでの間に発生しうる割り込みの可能性に関連する、コンパイラの特定の最適化やコード生成の挙動によるものです。
- 修正: l = nextar(f, off, &arhdr)という代入と、その後のif(l <= 0)という条件式を分離しました。つまり、nextarの戻り値をまずlに代入し、その後にlを使って条件判定を行うように変更しました。これにより、コンパイラが一時変数の扱いについて警告を発するパターンを回避し、警告が解消されました。この変更は、コードの機能的な振る舞いには影響を与えません。

これらの修正は、Goツールチェインのクロスコンパイル環境における互換性と堅牢性を向上させるための、細かながらも重要な改善です。

コアとなるコードの変更箇所

`src/cmd/gc/obj.c`

--- a/src/cmd/gc/obj.c
+++ b/src/cmd/gc/obj.c
@@ -20,7 +20,7 @@ enum
 static void
 formathdr(char *arhdr, char *name, vlong size)
 {
-	snprint(arhdr, ArhdrSize, "%-16s%-12d%-6d%-6d%-8o%-10d`",
+	snprint(arhdr, ArhdrSize, "%-16s%-12d%-6d%-6d%-8o%-10lld`",
 		name, 0, 0, 0, 0644, size);
 	arhdr[ArhdrSize-1] = '\n'; // overwrite \0 written by snprint
 }

`src/cmd/gc/plive.c`

--- a/src/cmd/gc/plive.c
+++ b/src/cmd/gc/plive.c
@@ -1676,10 +1676,9 @@ printbitset(int printed, char *name, Array *vars, Bvec *bits)
 		if(!bvget(bits, i))
 			continue;
 		if(!started) {
-\t\t\tif(!printed) {
-\t\t\t\tprinted = 1;
+\t\t\tif(!printed)
 \t\t\t\tprint("\t");
-\t\t\t} else
+\t\t\telse
 \t\t\t\tprint(" ");
 \t\t\tstarted = 1;
 \t\t\tprinted = 1;

`src/cmd/ld/lib.c`

--- a/src/cmd/ld/lib.c
+++ b/src/cmd/ld/lib.c
@@ -329,13 +329,15 @@ objfile(char *file, char *pkg)
 	
 	/* skip over optional __.GOSYMDEF and process __.PKGDEF */
 	off = Boffset(f);
-\tif((l = nextar(f, off, &arhdr)) <= 0) {
+\tl = nextar(f, off, &arhdr);
+\tif(l <= 0) {
 		diag("%s: short read on archive file symbol header", file);
 		goto out;
 	}
 	if(strncmp(arhdr.name, symname, strlen(symname)) == 0) {
 		off += l;
-\t\tif((l = nextar(f, off, &arhdr)) <= 0) {
+\t\tl = nextar(f, off, &arhdr);
+\t\tif(l <= 0) {
 		diag("%s: short read on archive file symbol header", file);
 		goto out;
 		}

コアとなるコードの解説

`src/cmd/gc/obj.c` の変更

formathdr関数は、アーカイブファイルのヘッダをフォーマットするために使用されます。元のコード: snprint(arhdr, ArhdrSize, "%-16s%-12d%-6d%-6d%-8o%-10d", ... size); ここで、sizeはvlong型（64ビット整数）ですが、%-10d`というフォーマット指定子（通常32ビット整数用）が使われていました。

変更後: snprint(arhdr, ArhdrSize, "%-16s%-12d%-6d%-6d%-8o%-10lld", ... size); %lldはlong long int（64ビット整数）に対応するフォーマット指定子であり、これによりvlong型のsize`引数とフォーマット指定子が正しく一致するようになり、コンパイラの警告が解消されました。

`src/cmd/gc/plive.c` の変更

printbitset関数は、ビットセットの内容をデバッグ出力するためのものです。元のコード:

		if(!started) {
			if(!printed) {
				printed = 1; // ここでprintedが設定される
				print("\t");
			} else
				print(" ");
			started = 1;
			printed = 1; // ここでもprintedが設定される

if(!printed)ブロック内でprinted = 1;と設定された後、その外側のif(!started)ブロックの最後でもprinted = 1;と設定されていました。最初のprinted = 1;は冗長であり、コンパイラが「設定されたが使用されていない」と警告していました。

変更後:

		if(!started) {
			if(!printed)
				print("\t");
			else
				print(" ");
			started = 1;
			printed = 1; // ここで一度だけprintedが設定される

冗長なprinted = 1;の行が削除され、printed変数はif(!started)ブロックの最後に一度だけ設定されるようになりました。これにより、警告が解消され、コードの意図がより明確になりました。

`src/cmd/ld/lib.c` の変更

objfile関数は、オブジェクトファイルを処理する際にアーカイブファイルを読み込む部分です。元のコード:

	if((l = nextar(f, off, &arhdr)) <= 0) { // nextarの戻り値が直接if文の条件に使われる
		diag("%s: short read on archive file symbol header", file);
		goto out;
	}
	// ...
	if(strncmp(arhdr.name, symname, strlen(symname)) == 0) {
		off += l;
		if((l = nextar(f, off, &arhdr)) <= 0) { // 同様に、nextarの戻り値が直接if文の条件に使われる
			diag("%s: short read on archive file symbol header", file);
			goto out;
		}

Plan 9のCコンパイラは、関数呼び出しの戻り値を一時変数に格納し、その一時変数をすぐに条件式で使用するパターンに対して「非割り込み可能一時変数」の警告を出すことがあります。これは、コンパイラの最適化の挙動や、特定のアーキテクチャでの一時変数の扱いに関連する可能性があります。