[インデックス 18716] ファイルの概要
このコミットは、GoランタイムにおけるCBARGS
マクロの定義をnacl/amd64p32
アーキテクチャ向けに更新するものです。具体的には、nacl/amd64p32
環境ではCBARGS
が使用されないことを明示するために、その定義をnil
に変更しています。
コミット
commit 13ab78fdd995cf328c341d86cdcffd154e3441b7
Author: Dave Cheney <dave@cheney.net>
Date: Tue Mar 4 10:36:04 2014 +1100
runtime: update CBARGS macro for nacl/amd64p32
CBARGS is unused on amd64p32 so make this explicit.
LGTM=bradfitz
R=rsc, bradfitz
CC=golang-codereviews
https://golang.org/cl/70940043
GitHub上でのコミットページへのリンク
https://github.com/golang/go/commit/13ab78fdd995cf328c341d86cdcffd154e3441b7
元コミット内容
runtime: update CBARGS macro for nacl/amd64p32
CBARGS is unused on amd64p32 so make this explicit.
LGTM=bradfitz
R=rsc, bradfitz
CC=golang-codereviews
https://golang.org/cl/70940043
変更の背景
この変更の背景には、Goランタイムがサポートする様々なアーキテクチャと、Cgo(GoとC言語の相互運用機能)の利用状況があります。src/pkg/runtime/cgocall.c
ファイルは、Cgoコールバック(C言語からGo言語の関数を呼び出す際)の処理に関連するコードを含んでいます。
以前のコードでは、nacl/amd64p32
アーキテクチャ向けにCBARGS
マクロが定義されていましたが、コメントには「There is no cgo support for nacl/amd64p32 but we need to have something here so use the amd64 value as a placeholder.」(nacl/amd64p32
にはCgoサポートがないが、ここに何かを置く必要があるので、amd64の値をプレースホルダーとして使用する)とありました。
このコミットは、この状況をより正確に反映させることを目的としています。nacl/amd64p32
環境ではCgoがサポートされていないため、CBARGS
マクロが実際に使用されることはありません。したがって、その定義をnil
にすることで、コードの意図を明確にし、将来的な誤解や不必要なコードパスの評価を防ぐことができます。これは、未使用のコードパスを明示的に無効化することで、コードの保守性と理解度を向上させる典型的な例です。
前提知識の解説
Cgo
Cgoは、GoプログラムからC言語のコードを呼び出したり、C言語のコードからGoの関数を呼び出したりするためのGoの機能です。これにより、既存のCライブラリをGoプロジェクトで再利用したり、パフォーマンスが重要な部分をCで記述したりすることが可能になります。Cgoを使用すると、GoのガベージコレクタとCのメモリ管理の間でデータの受け渡しを調整する必要があるため、ランタイムレベルでの特別な処理が必要になります。
src/pkg/runtime/cgocall.c
このファイルは、Goランタイムの一部であり、Cgoのコールバックメカニズム、特にC言語からGo言語への呼び出しに関連する低レベルの処理を扱っています。GoとCの間でスタックフレームやレジスタの状態を適切に管理し、関数呼び出しのコンテキストを切り替える役割を担っています。
CBARGS
マクロ
CBARGS
は "Callback Arguments" の略で、C言語からGo言語の関数が呼び出された際に、そのGo関数に渡される引数へのポインタを計算するためのマクロです。Cgoコールバックでは、CのスタックフレームからGoの関数が期待する引数を取得する必要があります。このマクロは、現在のGoルーチンのスタックポインタ(m->g0->sched.sp
)を基準に、引数が格納されているメモリ上のオフセットを計算します。
nacl/amd64p32
nacl
は「Native Client」の略で、Googleが開発したWebブラウザ内でネイティブコードを実行するためのサンドボックス技術です。amd64p32
は、64ビットのAMD64アーキテクチャをベースにしながら、ポインタサイズが32ビットに制限されている特殊な環境を指します。これは、メモリ使用量を抑えつつ、64ビットCPUの性能を活用するために設計されたものです。Native Clientは、セキュリティ上の理由から、通常のシステムコールやCgoのような外部コードとの連携に厳しい制限を課しています。このため、nacl/amd64p32
環境ではCgoがサポートされていない、あるいはその機能が大幅に制限されているのが一般的です。
m->g0->sched.sp
Goランタイムでは、各Goルーチン(goroutine)はg
構造体で表現され、その中にスケジューリング情報が含まれています。m
は「Machine」の略で、OSのスレッドに対応するGoランタイムの抽象化です。m->g0
は、現在のM(OSスレッド)に紐付けられたシステムルーチン用のGoルーチン(g0)を指します。g0->sched.sp
は、このシステムルーチンのスタックポインタ(Stack Pointer)を示しており、低レベルのランタイム操作やCgoコールバックにおいて、スタック上のデータにアクセスするために使用されます。
技術的詳細
このコミットの技術的な核心は、CBARGS
マクロの定義を、特定のアーキテクチャ(nacl/amd64p32
)において、その機能が不要であることを明示的に示すように変更した点です。
元のコードでは、nacl/amd64p32
向けにCBARGS
が以下のように定義されていました。
// There is no cgo support for nacl/amd64p32 but we need to have something here
// so use the amd64 value as a placeholder.
#ifdef GOARCH_amd64p32
#define CBARGS (CallbackArgs*)((byte*)m->g0->sched.sp+2*sizeof(void*))
#endif
この定義は、amd64
アーキテクチャのCBARGS
定義と同じものであり、コメントで「Cgoサポートがないが、プレースホルダーとして必要」と説明されていました。しかし、実際にCgoがサポートされていないのであれば、このマクロが計算するアドレスは意味を持ちませんし、誤って使用される可能性も排除できません。
今回の変更では、この定義を以下のように修正しました。
// Unimplemented on amd64p32
#ifdef GOARCH_amd64p32
#define CBARGS (CallbackArgs*)(nil)
#endif
これにより、nacl/amd64p32
環境でCBARGS
が参照された場合、それはnil
ポインタとして扱われることになります。これは、この環境ではCgoコールバックの引数構造体が存在しない、あるいはアクセスできないことを明確に示します。
この変更の利点は以下の通りです。
- 明確性:
nacl/amd64p32
におけるCBARGS
の役割が「未実装」または「使用不可」であることがコードレベルで明確になります。 - 安全性:
nil
に定義することで、誤ってこのマクロが使用された場合に、早期にnil
ポインタデリファレンスなどのエラーが発生し、問題が特定しやすくなります。以前のプレースホルダーの定義では、無効なメモリ領域を指す可能性があり、デバッグが困難な未定義動作につながる可能性がありました。 - 最適化の可能性: コンパイラやリンカが、
CBARGS
がnil
であることを認識し、関連する未使用のコードパスをより効果的に最適化(デッドコード排除など)できる可能性があります。
この変更は、Goランタイムのコードベースにおける正確性と堅牢性を高めるための、細かではあるが重要な改善と言えます。
コアとなるコードの変更箇所
変更はsrc/pkg/runtime/cgocall.c
ファイルの一箇所のみです。
--- a/src/pkg/runtime/cgocall.c
+++ b/src/pkg/runtime/cgocall.c
@@ -223,10 +223,9 @@ struct CallbackArgs
#define CBARGS (CallbackArgs*)((byte*)m->g0->sched.sp+2*sizeof(void*))\n #endif\n \n-// There is no cgo support for nacl/amd64p32 but we need to have something here \n-// so use the amd64 value as a placeholder.\n+// Unimplemented on amd64p32\n #ifdef GOARCH_amd64p32\n-#define CBARGS (CallbackArgs*)((byte*)m->g0->sched.sp+2*sizeof(void*))\n+#define CBARGS (CallbackArgs*)(nil)\n #endif\n \n // On 386, stack frame is three words, plus caller PC.\n```
## コアとなるコードの解説
変更された行は以下の通りです。
```c
#ifdef GOARCH_amd64p32
-#define CBARGS (CallbackArgs*)((byte*)m->g0->sched.sp+2*sizeof(void*))
+#define CBARGS (CallbackArgs*)(nil)
#endif
これはプリプロセッサディレクティブ#ifdef GOARCH_amd64p32
によって囲まれており、コンパイルターゲットがnacl/amd64p32
アーキテクチャである場合にのみ有効になります。
- 変更前:
CBARGS
マクロは、m->g0->sched.sp
(現在のシステムルーチンのスタックポインタ)から特定のオフセット(2*sizeof(void*)
)を計算し、それをCallbackArgs*
型にキャストしていました。これは、amd64
アーキテクチャにおけるCgoコールバック引数の一般的な配置を模倣したものでしたが、nacl/amd64p32
ではCgoがサポートされていないため、この計算結果は意味をなしませんでした。 - 変更後:
CBARGS
マクロは、単にnil
ポインタをCallbackArgs*
型にキャストするように変更されました。これにより、nacl/amd64p32
環境ではCBARGS
が常にnil
を返すようになり、このマクロが使用されるべきではないという意図がコードに明示的に埋め込まれました。
この変更は、Goランタイムのクロスプラットフォーム対応における細かな調整であり、特定の環境でのCgoのサポート状況を正確に反映させるためのものです。
関連リンク
- Go言語の公式リポジトリ: https://github.com/golang/go
- GoのCgoに関する公式ドキュメント: https://go.dev/blog/cgo (GoブログのCgo入門記事)
- Goのランタイムに関するドキュメント(より深い理解のため): https://go.dev/doc/go1.11#runtime (Goのバージョンごとのランタイム変更履歴など)
参考にした情報源リンク
- Goのコミットメッセージと差分: https://github.com/golang/go/commit/13ab78fdd995cf328c341d86cdcffd154e3441b7
- Goのコードレビューシステム (Gerrit): https://golang.org/cl/70940043
- Native Client (NaCl) の概要: https://developer.chrome.com/docs/native-client/ (Chrome Developersのドキュメント、現在は非推奨)
- Goのランタイム内部構造に関する一般的な情報源(例: Goのスケジューラ、goroutine、M/P/Gモデルなどに関するブログ記事や論文)
- "Go's work-stealing scheduler": https://go.dev/blog/go1.1
- "The Go scheduler": https://morsmachine.dk/go-scheduler
- "Understanding Go's runtime scheduler": https://medium.com/a-journey-with-go/go-understanding-the-scheduler-28374a669030
sizeof(void*)
の意味: C言語におけるポインタのサイズに関する一般的な知識。#ifdef
プリプロセッサディレクティブ: C/C++における条件付きコンパイルの一般的な知識。nil
ポインタ: Go言語におけるnil
の概念と、C言語におけるNULL
ポインタの概念。byte*
キャスト: C言語におけるポインタ型変換の一般的な知識。m->g0->sched.sp
: Goランタイムの内部構造に関する知識。