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[インデックス 18807] ファイルの概要

このコミットは、Goランタイムのlock_sema.cファイルにnaclビルドタグを追加するものです。これにより、Google Native Client (NaCl) 環境向けにGoプログラムをビルドする際に、このセマフォロックの実装が適切に含まれるようになります。

コミット

  • コミットハッシュ: 849ee73f67da1cfff446bd0585326d3fe2925249
  • 作者: Rémy Oudompheng oudomphe@phare.normalesup.org
  • 日付: 2014年3月7日 金曜日 23:17:44 +0100

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/849ee73f67da1cfff446bd0585326d3fe2925249

元コミット内容

runtime: add missing nacl build tag for lock_sema.c

LGTM=dave
R=rsc, dave
CC=golang-codereviews
https://golang.org/cl/72240045

変更の背景

この変更の背景には、Go言語のランタイムが様々なプラットフォームで正しく動作するためのビルドシステムと、Google Native Client (NaCl) という特定の実行環境の特性があります。

Go言語のソースコードは、特定のオペレーティングシステムやアーキテクチャ向けに条件付きでコンパイルされることがあります。これは「ビルドタグ」と呼ばれるメカニズムによって制御されます。lock_sema.cは、Goランタイムにおいてセマフォ(semaphore)ベースのロック機構を提供するC言語のソースファイルです。セマフォは、並行プログラミングにおいて共有リソースへのアクセスを制御するための同期プリミティブであり、Goのゴルーチン(goroutine)スケジューラやミューテックス(mutex)の実装など、ランタイムの低レベルな同期処理に不可欠です。

Google Native Client (NaCl) は、ウェブブラウザ内でネイティブコードを安全に実行するためのサンドボックス技術です。Go言語はNaClをターゲットプラットフォームの一つとしてサポートしており、GoプログラムをNaCl環境で実行できるようにコンパイルすることが可能です。

このコミット以前は、lock_sema.cがNaCl環境向けにビルドされる際のビルドタグにnaclが含まれていませんでした。その結果、NaCl環境向けにGoプログラムをビルドしようとすると、lock_sema.cがコンパイル対象から外れてしまい、ランタイムが必要とするセマフォ関連の機能が欠落する可能性がありました。これは、GoプログラムがNaCl上で正しく動作しない、あるいはクラッシュする原因となり得ます。

このコミットは、このビルド設定の漏れを修正し、NaCl環境でもGoランタイムが完全な形で提供されるようにすることで、GoプログラムのNaCl上での安定性と互換性を確保することを目的としています。

前提知識の解説

Go ビルドタグ (Build Tags)

Go言語のビルドタグは、ソースファイルに特定のコメント行を追加することで、そのファイルを特定のビルド条件(オペレーティングシステム、アーキテクチャ、またはカスタムタグ)が満たされた場合にのみコンパイル対象に含めるように指定するメカニズムです。

ファイルの先頭に// +build tag1 tag2のような形式で記述します。複数のタグがスペースで区切られている場合、それらは論理ORとして扱われます(いずれかのタグが有効であればファイルがコンパイルされる)。// +build tag1,tag2のようにカンマで区切られている場合、それらは論理ANDとして扱われます(すべてのタグが有効でなければファイルはコンパイルされない)。また、!tagのように感嘆符を前置することで、そのタグが有効でない場合にコンパイルされるように指定できます。

このコミットでは、// +build darwin netbsd openbsd plan9 solaris windowsという既存のタグリストにnaclを追加しています。これは、これらのOSに加えてNaCl環境でもlock_sema.cがビルドされるべきであることを意味します。

Google Native Client (NaCl)

Google Native Client (NaCl) は、ウェブブラウザ内でネイティブコード(C/C++など)を安全に実行するためのオープンソース技術です。NaClは、CPUアーキテクチャに依存しない中間表現(PNaCl: Portable Native Client)を使用することで、一度コンパイルすれば様々なアーキテクチャで実行できることを目指していました。主な目的は、ウェブアプリケーションで高性能な処理(ゲーム、グラフィックス、暗号化など)を、ブラウザのセキュリティモデルを損なうことなく実現することでした。

Go言語は、初期の段階からNaClをターゲットプラットフォームの一つとしてサポートしていました。GoプログラムをNaCl向けにコンパイルすることで、ウェブブラウザ内でGoの並行処理能力やパフォーマンスを活用できる可能性がありました。しかし、NaClは後にWebAssemblyの台頭によりその役割を終え、現在ではGoogle Chromeからのサポートも終了しています。このコミットが行われた2014年当時は、NaClはまだ活発に開発・利用されている技術でした。

セマフォとGoランタイムにおけるその役割

セマフォは、並行プログラミングにおける古典的な同期プリミティブの一つです。主に以下の2つの操作を持ちます。

  1. P操作 (Wait/Decrement): セマフォのカウンタをデクリメントします。カウンタが0の場合、操作を呼び出したプロセス(またはスレッド/ゴルーチン)はカウンタが正になるまでブロックされます。
  2. V操作 (Signal/Increment): セマフォのカウンタをインクリメントします。これにより、待機しているプロセスがあれば、そのうちの一つが解放されます。

Goランタイムにおいて、セマフォは低レベルな同期メカニズムとして広く利用されています。例えば、ゴルーチンのスケジューリング、ミューテックスの実装、メモリ管理におけるヒープロックなど、様々な場所でセマフォの概念が使われています。lock_sema.cのようなファイルは、これらの低レベルな同期プリミティブを特定のOSや環境のシステムコール(例: futexsem_waitなど)を用いて実装しています。これにより、Goの並行処理モデルが基盤となるシステム上で効率的かつ安全に動作することが保証されます。

技術的詳細

このコミットの技術的詳細は、Goのビルドシステムがどのように特定のプラットフォーム向けにコードを条件付きでコンパイルするか、そしてlock_sema.cがGoランタイムにとってなぜ重要であるかという点に集約されます。

Goのビルドプロセスでは、go buildコマンドが実行される際に、ターゲットとなるOSとアーキテクチャが決定されます。その後、各ソースファイルのビルドタグが評価され、現在のビルドターゲットに合致するファイルのみがコンパイル対象となります。

lock_sema.cは、Goランタイムが内部的に使用するセマフォの実装を提供します。これは、Goのsyncパッケージで提供される高レベルなミューテックスやWaitGroupなどのプリミティブの基盤となる、より低レベルな同期機構です。具体的には、Goのランタイムは、ゴルーチンのブロック/アンブロック、スケジューラの同期、メモリ割り当ての保護など、様々な内部処理でセマフォを利用します。

既存のビルドタグ// +build darwin netbsd openbsd plan9 solaris windowsは、これらのオペレーティングシステムでlock_sema.cがコンパイルされることを意味していました。しかし、NaClはこれらのOSとは異なる独自の実行環境であり、GoのビルドシステムはNaClを別のターゲットとして扱います。naclタグが欠落していたため、NaCl向けにGoプログラムをビルドする際、lock_sema.cはコンパイル対象から除外されていました。

この除外は、NaCl上でGoランタイムがセマフォを必要とする操作を実行しようとした際に、必要な関数やシンボルが見つからず、リンクエラーや実行時エラーを引き起こす可能性がありました。例えば、ゴルーチンがブロックされるべき状況で適切にブロックされなかったり、共有リソースへのアクセスが同期されずにデータ競合が発生したりするなどの問題が考えられます。

naclビルドタグを追加することで、GoのビルドシステムはNaClターゲットでビルドする際にlock_sema.cを適切に含めるようになります。これにより、NaCl環境でもGoランタイムが完全なセマフォ機能を利用できるようになり、Goプログラムが意図した通りに動作することが保証されます。これは、Goのクロスプラットフォーム対応の健全性を維持するために重要な修正です。

コアとなるコードの変更箇所

変更はsrc/pkg/runtime/lock_sema.cファイルの一箇所のみです。

--- a/src/pkg/runtime/lock_sema.c
+++ b/src/pkg/runtime/lock_sema.c
@@ -2,7 +2,7 @@
 // Use of this source code is governed by a BSD-style
 // license that can be found in the LICENSE file.
 
-// +build darwin netbsd openbsd plan9 solaris windows
+// +build darwin nacl netbsd openbsd plan9 solaris windows
 
 #include "runtime.h"
 #include "stack.h"

コアとなるコードの解説

この変更は、ファイルの先頭にあるGoビルドタグのコメント行を修正するものです。

  • 変更前: // +build darwin netbsd openbsd plan9 solaris windows
  • 変更後: // +build darwin nacl netbsd openbsd plan9 solaris windows

具体的には、既存のビルドタグリストにnaclという文字列が追加されています。この一行の変更が持つ意味は非常に大きいです。

Goのビルドシステムは、ソースファイルの先頭にある+buildコメントを解析し、どのプラットフォーム向けにそのファイルをコンパイルすべきかを決定します。この場合、lock_sema.cは、darwin (macOS), netbsd, openbsd, plan9, solaris, windows のいずれかのOS向けにビルドされる際にコンパイル対象となっていました。

naclタグが追加されたことで、GoコンパイラはGoogle Native Client (NaCl) 環境向けにビルドを行う際にも、このlock_sema.cファイルをコンパイル対象に含めるようになります。これにより、NaCl環境でGoランタイムがセマフォベースの同期プリミティブを必要とする場合に、必要なコードが確実に利用できるようになります。

この修正は、Goランタイムのクロスプラットフォーム互換性を維持し、特定の環境(この場合はNaCl)での機能欠損を防ぐための、非常に重要かつピンポイントな変更です。

関連リンク

参考にした情報源リンク

  • Go言語のビルドタグに関する一般的な情報源
  • Google Native Clientに関する情報源
  • セマフォと並行処理に関する一般的なプログラミング知識