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[インデックス 18859] ファイルの概要

このコミットは、Go 1.3のリリースノート (doc/go1.3.txt) を更新し、いくつかの重要なパフォーマンス改善について言及しています。具体的には、defer のハンドリングの改善によるゴルーチンメモリフットプリントの削減、ガベージコレクション (GC) の高速化、およびデータ競合検出ツール runtime/race のパフォーマンス向上に関する記述が追加されています。

コミット

commit cdc93d24165af721030f05c9aa6c79605011ec1b
Author: Dmitriy Vyukov <dvyukov@google.com>
Date:   Thu Mar 13 19:03:41 2014 +0400

    doc: update go1.3.txt for some performance changes
    
    LGTM=bradfitz
    R=golang-codereviews, bradfitz
    CC=golang-codereviews
    https://golang.org/cl/75350043

GitHub上でのコミットページへのリンク

https://github.com/golang/go/commit/cdc93d24165af721030f05c9aa6c79605011ec1b

元コミット内容

doc: update go1.3.txt for some performance changes

LGTM=bradfitz
R=golang-codereviews, bradfitz
CC=golang-codereviews
https://golang.org/cl/75350043

変更の背景

このコミットは、Go 1.3のリリースに向けて、ランタイムにおける重要なパフォーマンス改善を公式ドキュメント (doc/go1.3.txt) に反映させることを目的としています。Go言語は継続的にパフォーマンスの最適化に取り組んでおり、特にランタイム、ガベージコレクション、並行処理の効率化は常に重要な課題です。この更新は、ユーザーがGo 1.3で期待できるパフォーマンス上のメリットを明確に伝えるために行われました。

具体的には、以下の3つの主要な改善が背景にあります。

  1. defer の効率化: defer ステートメントはGoの強力な機能の一つですが、その実装にはオーバーヘッドが伴います。特に多数のゴルーチンが defer を使用する場合、メモリフットプリントが増大する可能性がありました。この改善は、defer の内部的なハンドリングを最適化し、ゴルーチンあたりのメモリ消費を削減することを目的としています。
  2. GCの高速化と一時停止時間の削減: ガベージコレクションは、自動メモリ管理を行う言語において、アプリケーションの応答性(レイテンシ)に直接影響を与える重要な要素です。GoのGCは、以前のバージョンでは「ストップ・ザ・ワールド (STW)」と呼ばれる、GC中にプログラムの実行が完全に停止する期間がありました。この改善は、並行スイープの導入、並列化の強化、およびページサイズの調整(8Kページ)により、GCの一時停止時間を最大50-70%削減し、全体的なGC性能を向上させることを目指しています。
  3. データ競合検出ツールの高速化: go run -race コマンドで利用できるデータ競合検出ツール (runtime/race) は、並行プログラミングにおけるバグの特定に非常に有用ですが、その実行にはかなりのオーバーヘッドがありました。この改善は、ツールの内部的な最適化により、その実行速度を約40%向上させ、開発者がより気軽にデータ競合検出を利用できるようにすることを目的としています。

これらの改善は、Goアプリケーションの全体的なパフォーマンス、特に大規模な並行アプリケーションやメモリ集約的なアプリケーションにおいて、顕著なメリットをもたらすことが期待されました。

前提知識の解説

このコミットの変更内容を理解するためには、以下のGo言語およびコンピュータサイエンスの基本的な概念を理解しておく必要があります。

  • Go言語の defer ステートメント: defer は、関数がリターンする直前(またはパニックが発生した場合)に実行される関数呼び出しをスケジュールするために使用されます。リソースの解放(ファイルのクローズ、ロックの解除など)によく利用されます。defer はスタックに積まれ、LIFO (Last-In, First-Out) の順序で実行されます。
  • ゴルーチン (Goroutine): Go言語における軽量な並行実行単位です。OSのスレッドよりもはるかに軽量で、数百万のゴルーチンを同時に実行することも可能です。ゴルーチンはGoランタイムによってスケジューリングされます。
  • ガベージコレクション (GC): プログラムが動的に確保したメモリのうち、もはや使用されていない(到達不能な)領域を自動的に解放するプロセスです。GoのGCは、マーク&スイープ方式をベースにしています。
    • マークフェーズ: GCが到達可能なオブジェクトを特定し、マークします。
    • スイープフェーズ: マークされていない(到達不能な)オブジェクトが占めるメモリを解放します。
    • ストップ・ザ・ワールド (STW): GCの特定フェーズにおいて、アプリケーションの実行を一時的に停止させる期間です。STWが長いと、アプリケーションの応答性が低下します。
    • 並行GC (Concurrent GC): GCの一部または大部分の処理を、アプリケーションの実行と並行して行う方式です。これにより、STWの時間を短縮し、アプリケーションのレイテンシを改善します。
  • データ競合 (Data Race): 複数のゴルーチンが同時に同じメモリ位置にアクセスし、少なくとも1つのアクセスが書き込みであり、かつそれらのアクセスが同期メカニズムによって保護されていない場合に発生するバグです。データ競合は予測不能な動作を引き起こす可能性があります。
  • runtime/race パッケージ: Go言語に組み込まれているデータ競合検出ツールです。go run -racego build -race を使用してプログラムを実行すると、ランタイムがメモリアクセスを監視し、データ競合を検出して報告します。
  • CL (Change List): Goプロジェクトにおけるコード変更の単位です。各CLは、特定の変更を記述し、レビュープロセスを経てコミットされます。https://golang.org/cl/ の後にCL番号を続けることで、その変更の詳細を確認できます。

技術的詳細

このコミットで言及されている3つの主要なパフォーマンス改善について、それぞれの技術的詳細を掘り下げます。

  1. runtime: better handling of defers, reduces goroutine memory footprint by 2K (CL 42750044)

    • 背景: Go 1.2以前の defer 実装では、各 defer 呼び出しがスタック上に専用のフレームを割り当てていました。これにより、特にループ内で多数の defer が使用される場合や、多数のゴルーチンが起動される場合に、ゴルーチンあたりのメモリ消費が大きくなる問題がありました。
    • 改善点: CL 42750044では、defer の実装が根本的に見直されました。具体的には、defer の呼び出しをより効率的に管理するために、_defer 構造体が導入されました。この構造体は、defer の情報(関数ポインタ、引数など)を保持し、ゴルーチンのスタックではなく、ヒープ上に割り当てられるようになりました。これにより、defer の数が多くなってもスタックの消費が抑えられ、ゴルーチンあたりのメモリフットプリントが削減されました。コミットメッセージにある「2K」は、この改善によって削減されるゴルーチンあたりのメモリ量の目安を示しています。この変更は、特にメモリ使用量がクリティカルなアプリケーションや、非常に多数のゴルーチンを起動するアプリケーションにおいて、顕著なメリットをもたらしました。
  2. runtime: faster GC: concurrent sweep, better parallelization, 8K pages (up to 50-70% pause reduction) (CL 46430043, 46860043, 58230043)

    • 背景: Go 1.2までのGCは、マークフェーズとスイープフェーズの両方でSTWが発生していました。特にスイープフェーズは、ヒープサイズに比例して時間がかかるため、大規模なアプリケーションではGCの一時停止が問題となることがありました。
    • 改善点:
      • 並行スイープ (Concurrent Sweep): CL 46430043とCL 46860043は、GCのスイープフェーズを並行化しました。これにより、GCがマークフェーズを完了した後、アプリケーションの実行と並行して不要なメモリ領域の解放(スイープ)を行うことができるようになりました。これにより、スイープによるSTWが大幅に削減され、GCの一時停止時間が短縮されました。
      • 並列化の強化 (Better Parallelization): GCのマークフェーズにおける並列処理がさらに最適化されました。複数のプロセッサコアをより効率的に利用することで、マークフェーズの実行時間を短縮し、全体的なGCスループットを向上させました。
      • 8Kページ (8K Pages): CL 58230043は、Goランタイムがメモリを管理する際のページサイズを調整しました。以前はより小さなページサイズを使用していた可能性がありますが、8Kページを採用することで、メモリ割り当てと解放の効率が向上し、GCのオーバーヘッドが削減されました。これは、特に大きなオブジェクトの割り当てや、メモリの断片化を減らすのに役立ちます。
    • 効果: これらの改善の組み合わせにより、GCの一時停止時間が最大で50-70%削減されるという劇的な効果がもたらされました。これは、Goアプリケーションの応答性とリアルタイム性能を大幅に向上させる上で非常に重要なマイルストーンとなりました。
  3. runtime/race: faster by ~40% (CL 55100044)

    • 背景: runtime/race ツールは、プログラムの実行中にメモリアクセスを監視し、データ競合を検出するために、追加のインストルメンテーションとランタイムオーバーヘッドを導入します。このオーバーヘッドは、特に大規模な並行アプリケーションでは無視できないものであり、ツールの利用をためらわせる要因となることがありました。
    • 改善点: CL 55100044は、runtime/race ツールの内部的な最適化に焦点を当てました。具体的な最適化内容は多岐にわたりますが、一般的には、メモリアクセスの監視方法の効率化、内部データ構造の改善、および不要な処理の削減などが含まれます。これにより、ツールが導入するオーバーヘッドが削減され、データ競合検出の実行速度が約40%向上しました。
    • 効果: この高速化により、開発者はデータ競合検出ツールをより頻繁に、より大規模なテストスイートで実行できるようになり、並行バグの早期発見と修正に貢献しました。

これらの変更は、Go 1.3がリリースされた2014年当時、Goコミュニティにとって非常に重要な進歩であり、Go言語がより高性能で信頼性の高いシステムを構築するための基盤を強化するものでした。

コアとなるコードの変更箇所

このコミット自体は、Goのソースコード(ランタイムやコンパイラなど)を変更するものではなく、Go 1.3のリリースノート (doc/go1.3.txt) に記述を追加するものです。したがって、直接的な「コアとなるコードの変更箇所」は doc/go1.3.txt ファイルへの追記になります。

--- a/doc/go1.3.txt
+++ b/doc/go1.3.txt
@@ -21,6 +21,9 @@ os/exec: fix Command with relative paths (CL 59580044)
 regexp: add one-pass optimization from RE2 (CL 13345046)
 runtime/debug: add SetPanicOnFault (CL 66590044)
 runtime: output how long goroutines are blocked (CL 50420043)
+runtime: better handling of defers, reduces goroutine memory footprint by 2K (CL 42750044)
+runtime: faster GC: concurrent sweep, better parallelization, 8K pages (up to 50-70% pause reduction) (CL 46430043, 46860043, 58230043)
+runtime/race: faster by ~40% (CL 55100044)
 sync: add Pool (CL 41860043, 46010043)
 syscall: add Accept4 for freebsd (CL 68880043)
 syscall: add NewCallbackCDecl to use for windows callbacks (CL 36180044)

この差分は、doc/go1.3.txt ファイルに以下の3行が追加されたことを示しています。

  • runtime: better handling of defers, reduces goroutine memory footprint by 2K (CL 42750044)
  • runtime: faster GC: concurrent sweep, better parallelization, 8K pages (up to 50-70% pause reduction) (CL 46430043, 46860043, 58230043)
  • runtime/race: faster by ~40% (CL 55100044)

これらの行は、Go 1.3のリリースノートの一部として、ユーザーに新しいバージョンでのパフォーマンス改善を伝えるためのものです。実際のランタイムコードの変更は、括弧内に示されているそれぞれのCL (Change List) で行われています。

コアとなるコードの解説

前述の通り、このコミット自体はドキュメントの更新であり、Goランタイムのコアコードを直接変更するものではありません。しかし、追加された各行が参照するCL (Change List) は、Goランタイムの重要な部分に影響を与えるコード変更を含んでいます。

それぞれのCLがどのようなコード変更を含んでいたか、一般的なGoランタイムの構造と関連付けて解説します。

  1. CL 42750044: runtime: better handling of defers, reduces goroutine memory footprint by 2K

    • このCLは、Goランタイムの src/runtime/panic.gosrc/runtime/stack.go といったファイルに影響を与えた可能性があります。
    • Goの defer は、内部的には _defer 構造体(またはそれに類するもの)と、それを管理するメカニズムによって実装されています。以前のバージョンでは、defer が呼び出されるたびにスタック上に小さなフレームが割り当てられ、これがゴルーチンのスタックサイズを増大させていました。
    • このCLでは、_defer 構造体の割り当てをスタックからヒープに移行したり、defer の情報をよりコンパクトに表現したりする変更が行われたと考えられます。これにより、ゴルーチンが使用するメモリ領域のうち、defer 関連のオーバーヘッドが削減され、結果としてゴルーチンあたりのメモリフットプリントが減少しました。これは、特に多数のゴルーチンを起動するサーバーアプリケーションなどで、メモリ効率の向上に貢献します。
  2. CL 46430043, 46860043, 58230043: runtime: faster GC: concurrent sweep, better parallelization, 8K pages

    • これらのCLは、Goランタイムのガベージコレクタ (src/runtime/mgc.go, src/runtime/mheap.go, src/runtime/mcentral.go など) に広範な変更をもたらしました。
    • 並行スイープ: mgc.go 内のGCサイクル管理ロジックが変更され、スイープフェーズがアプリケーションの実行と並行して行われるように調整されました。これは、GCのマークフェーズが完了した後、アプリケーションが再開されると同時に、バックグラウンドで不要なメモリブロックの解放が開始されることを意味します。これにより、スイープによるSTWがほぼ排除されました。
    • 並列化の強化: GCのマークフェーズにおける並列処理のアルゴリズムが改善されました。これは、複数のP (Processor) がヒープを並行して走査し、到達可能なオブジェクトをマークする効率を高めるための変更です。これにより、マークフェーズの実行時間が短縮され、全体的なGCスループットが向上しました。
    • 8Kページ: mheap.gomcentral.go といったメモリ管理に関連するファイルで、メモリ割り当ての単位(ページサイズ)が8KBに調整されました。これは、メモリの断片化を減らし、アロケータの効率を向上させるための変更です。大きなページサイズは、特に大きなオブジェクトの割り当てにおいて、システムコールや内部的な簿記のオーバーヘッドを削減するのに役立ちます。
  3. CL 55100044: runtime/race: faster by ~40%

    • このCLは、src/runtime/race.go および関連するインストルメンテーションコードに影響を与えました。
    • runtime/race ツールは、コンパイル時に追加のコードを挿入し、実行時にすべてのメモリアクセス(読み書き)を監視します。この監視は、内部的なデータ構造(シャドウメモリなど)を更新し、競合の可能性をチェックします。
    • このCLでは、これらの監視操作のオーバーヘッドを削減するための最適化が行われたと考えられます。例えば、シャドウメモリのアクセスパターンを改善したり、不要なチェックをスキップしたり、より効率的なデータ構造を使用したりすることで、ツールの実行速度が向上しました。これにより、データ競合検出の実行がより高速になり、開発サイクルにおける利用が促進されました。

これらの変更は、Goランタイムの内部構造とアルゴリズムに深く関わるものであり、Go言語のパフォーマンスと信頼性を向上させる上で不可欠なものでした。

関連リンク

  • Go 1.3 Release Notes: https://go.dev/doc/go1.3 (このコミットで更新されたドキュメントの最終版)
  • CL 42750044: runtime: better handling of defers, reduces goroutine memory footprint by 2K (Goのコードレビューシステムでの詳細)
    • 残念ながら、古いCL番号は直接 https://golang.org/cl/ でアクセスできない場合があります。GoのGitリポジトリの履歴を辿る必要があります。
  • CL 46430043: runtime: faster GC: concurrent sweep
  • CL 46860043: runtime: better parallelization for GC
  • CL 58230043: runtime: 8K pages for GC
  • CL 55100044: runtime/race: faster by ~40%

参考にした情報源リンク

  • Go 1.3 Release Notes: https://go.dev/doc/go1.3
  • Goのガベージコレクションに関する公式ドキュメントやブログ記事 (Go 1.3当時の情報):
    • "Go's new GC" (Go 1.5以降のGCに関する記事ですが、GoのGCの進化を理解する上で参考になります): https://go.dev/blog/go15gc
  • Goの defer の実装に関する議論やドキュメント (Go 1.3当時の情報):
    • Goのソースコード (src/runtime/panic.go, src/runtime/stack.go)
  • Goのデータ競合検出ツールに関するドキュメント:
  • GoのChange List (CL) の検索方法に関する情報:
    • GoのGitリポジトリのコミット履歴 (git log)
    • GoのGerritコードレビューシステム (古いCLは直接アクセスが難しい場合がある)

これらの情報は、Go 1.3リリース当時の技術的な背景と、それぞれの改善がGoランタイムにどのように組み込まれたかを理解する上で役立ちます。